第6話 王都の光と影
宿を出てしばらく、俺たちは王都ルベルスの大通りを歩いていた。やはりすごい人の量だ。道幅は領地の何倍もあるというのに、行き交う馬車と人とで混雑している。こんなに多様な商人や旅人が集まる光景を目にするのは生まれて初めてだ。
「レオン様、あっち見てください! うわぁ、あの馬車、飾りが豪華ですね。金ぴかで……馬にもきらびやかな羽飾りがついてる!」
「おい、あんまり指差しするな。失礼だろ……」
「はっ……す、すみません!」
グレイスがキョロキョロしながらはしゃぐ声が、雑踏の中に溶ける。俺も正直興味津々だ。
目の前に広がるのは、高価そうなドレスや宝飾品を売る店ばかりが並ぶ通り。まるで絵本の中の世界みたいだ。洗練された服を着た貴婦人たちが、笑いさざめきながら馬車を降りていく。それをエスコートする男性もバッチリと正装していて、とてもじゃないが俺なんかが立ち入れる雰囲気じゃない……なんて思ってしまう。
「ほら、あそこにも服飾品の露店が出てる。なんかキラキラしたレースとか、初めて見るなあ」
「わぁ……! ああいうのを使えば、田舎でもおしゃれできるんでしょうか。わたしもちょっと欲しいかも……」
「値段聞くのが怖いが……まあ、そのうち覗いてみてもいいかもな。夜会に着ていく服の参考にもなるし」
「はいっ、よろしくお願いします!」
そんなやりとりを楽しみながら、さらに奥へ進む。道は広いが、左右に高い塀や大きな門が続く区画がある。見ると、どうやらここは貴族街らしい。石造りの塀の向こうには、豪勢な邸宅が並んでいるのがわかる。
「うわ……まるでお城みたいな家ですね。ひとりで住むには広すぎるくらい……」
「さすが王都の上流貴族ってやつか。うちの領主館の何倍あるんだろうな……」
「レオン様がここの当主だったら、わたしは掃除だけで一日が終わっちゃいそうです」
「ははっ、そりゃ勘弁だな。こうして見ると、王都は本当に富が集中してるんだなあ。やっぱり地方は比べ物にならないか」
馬車が往来するのを避けつつ、歩道を進んでいく。貴族街を見学していると、まるで別世界だ。整った街路樹と綺麗な石畳、行き交う人たちの服装も上品だし、使用人らしき人々が慌ただしく仕事に励んでいる。
……だが、気になったのは、そこから少し外れた裏通りに差しかかったときの光景だった。
「……ん? グレイス、ちょっとついてきて」
「え? どこ行くんですか?」
「いや、なんだかちょっと気になったんだ。あっちの路地、見てみろよ」
大通りから脇へそれた路地は、さっきまでの明るさと違ってどこか薄暗い。建物も古びていて、崩れかけの塀がむき出しだ。足元にはゴミが散らばり、鼻をつく嫌な匂いが漂ってくる。
グレイスが尻込みするのをなだめつつ、こっそり踏み込んでみると、道端に座り込む子どもたちの姿があった。服は泥まみれで破れ、痩せた顔には生気がない。彼らは俺たちが来ると、警戒したように肩をすくめて震えだした。
「これ……どういうことだ。王都には、こんな場所もあるのか……?」
「子どもたち、すごくやせてますね……。お金もないのかな。あ、あの、大丈夫?」
「……う、うう」
グレイスが声をかけると、子どもたちは言葉も出ない様子。どこかに親はいるのか――いないなら、彼らは物乞いとして暮らしているのだろうか。
俺は鞄の中に手を伸ばし、小さなパンのかけらを渡してやる。子どもたちは躊躇しつつも、すぐに食べ始めた。その姿を見ると、胸が苦しくなる。
たしかに、王都には富が集まると聞いていた。しかし、それは同時に富からこぼれ落ちる人々も多いということなのか。
「レオン様……これ、何かしてあげたら……」
「そうだな……でも、俺たちに何ができる? 通りすがりの下級貴族が、ちょっとした施しをするだけじゃ根本的な解決にはならないだろう」
「そう、ですよね……。でも、こんなに広い都なのに、こんな貧しい人たちがいっぱいいるなんて……」
王都ルベルスの華やかさと豊かさ、それがある一方で、こうした闇も存在する。立派な貴族街のすぐ裏通りで、こんなにも悲惨な光景があるのだ。
子どもたちがパンを食べ終えると、弱々しく礼を言う素振りを見せて、また黙り込んでしまった。
「……行こう、グレイス。深入りは危険だし、ここで長居してもどうにもならない」
「は、はい……ごめんなさい、わたしも気が動転しちゃって」
「いや、俺も同じだ。正直、ショックだよ。まさか、王都にもこんなスラムがあるなんてな」
後ろ髪を引かれる思いで路地を出て、再びメインの通りへ戻る。先ほどの豪華な雰囲気とはまるで別世界を覗いてきたようだった。
城壁の外もそうだが、王都はとにかく大きい。その分、いろんな格差が存在するのかもしれない。
俺は不意に、心の奥に疑問を抱く。
(どうして王都は、こんなに富があるのに、あの路地みたいな貧困を放置しているんだ? 王太子殿下も、貴族社会も……それでいいのか?)
理想論かもしれないが、あそこまで悲惨な状態の人々を見過ごすことが当たり前になるのは、どうしても納得できない。
王都には栄華もあるが、同時に厳しい陰もある。どちらも事実だ。
しかし、今の俺は王都に来たばかりの下級貴族に過ぎない。余計なことに口出しする立場でもないし、できることも限られている。
「……レオン様、どうしました? さっきから黙り込んでますね」
「いや、ちょっと考えてて……。この街の光と影がすごい差だな、って思っただけだ」
「たしかに。けど、わたしたちにできることって……難しいですよね。まずは、夜会で上手く立ち回ることが優先でしょうし……」
「そうだな。今は、それどころじゃない。領地のためにも、まずは殿下の夜会に正式に出席して……できれば、良い結果を持ち帰りたい」
そう言葉にしてみても、何だか胸の奥がざわつく。華やかな貴族街と、物乞いの子どもたちの落差。俺の中で何かが揺れ始めている気がするが、今はまだ形にならない。
とりあえず、俺たちは予定通りに王宮を下見しつつ、夜会までに服や準備を整えなくては。どこにどんな店があるか、ざっと把握するのも大変そうだ。
意識を切り替えて、俺はグレイスに微笑みかける。
「行こう、グレイス。まだまだ歩くとこはいっぱいあるぞ。夜会の会場がどんなところにあるか、遠目にでも見ておきたいからな」
「はい、レオン様。わたし、頑張ってついていきます!」
こうして、王都の「光」と「影」を一瞬だけ覗いた俺たちは、よりいっそう複雑な思いを胸に、次の目的地へと足を向けるのだった。




