第53話 反逆者の討伐宣言
王都ルベルスの大広間が、まるで凍りついたような緊張感に包まれていた。玉座の前には王太子フィリップ・ラグランジュが堂々と立ち、数多の貴族や軍関係者がその言葉を待ち受けている。いつもなら華やかな服装で社交を楽しむ彼らも、この場では皆、固唾を飲んで静まり返っていた。
フィリップの背後には、側近の宰相や騎士団の上層部が控えている。大広間の中央には、立ち並ぶ将校たちが列を作り、貴族たちはその後方に控えるという配置だ。誰もが王太子の一挙手一投足を見逃すまいと、息を詰めるようにして視線を集中させていた。
「――反逆者は許さない」
低く響くフィリップの声が、大広間の隅々まで届く。彼の冷えきった瞳には、まるで狂気にも似た確信が宿っているようだ。
「レオン・クリフォード。そしてセシリア・ローゼンブルク。王家を踏みにじり、私の命に背いた下賤な者どもが、いまだ反省もなく抵抗を続けている」
彼は手にしていた書簡をバサリと振り払い、下に控える将校たちにそれを見せつけるように掲げた。その紙には、レオンがセシリアを庇い、断罪を拒んだ場面や、先遣隊を撃退した報告などが記されていると見てとれる。将校の間から小さなざわめきが起こるが、フィリップが一睨みすると皆すぐに黙りこくった。
「この場で宣言する。レオン・クリフォードとセシリア・ローゼンブルクは正式に“反逆者”である。彼らは王家の権威を無視し、領地を私物化し、私に弓引く愚行を犯した。よって――」
フィリップは大きく息を吸い込み、言葉を鋭く突き刺すように放つ。
「近々、私自らが討伐軍を率い、反逆者を徹底的に潰す。彼らの領地、クリフォード領ごと焼き払い、セシリア・ローゼンブルクを捕らえて処刑する。王家に仇なす者の末路を、全国に知らしめねばならん」
一気に大広間がざわめき始めた。「そこまでするのか……」「あのセシリア嬢を処刑?」「クリフォード領の民はどうなる?」と小声が飛び交う。しかし、誰も大声では言えない。フィリップに逆らえば、同じく反逆の烙印を押される可能性があるからだ。
「王国軍の将校たちは、全員が討伐軍編成に協力せよ。歩兵、騎兵、弓兵の大規模な動員を図る。周辺国から傭兵も招集する予定だ。私の計画に忠実な諸侯からも部隊を預かろう」
フィリップはまるで国王の権限を飛び越えて、好き勝手に動いているようにさえ見える。
「反逆者どもが一時的に先遣隊を退けたらしいが、それだけで私に歯向かえると思っているなら大間違いだ。奴らのくだらない誇りを粉々に砕き、二度と立ち上がれないようにしてやる」
凍りついたような静寂と、隠しきれない動揺が大広間に渦巻く。貴族たちは皆、顔を引きつらせている。中には、心底おびえた様子で「これはもはや王太子自身の私怨では……?」とささやき合う者もいるが、声を大にして言えずにいる。
そんなざわつきに気づいたフィリップは、周囲をぐるりと見回した。
「何か文句があるのか? 言っておくが、私に逆らうということは、王家に背くも同義だ。誰も異を唱えぬのなら、早急に各自の準備を進めるがいい」
将校たちの列の中で、互いに目配せをしながら首を振る者がいた。結局誰も名乗り出ることなく、視線を床に落として固まっている。周囲の貴族たちも同じように息を潜めたままだ。
フィリップは顎を引き、薄い笑みを浮かべる。その姿はまるで絶対権力を掌握したかのような余裕さえ漂わせていた。
「ジャクソン伯やデルモア侯らが、すでに討伐の先陣を申し出ていると聞く。周辺領を巻き込むのも時間の問題だ。諸卿も私の計画に乗るか、置いてきぼりを食らうか、好きに選べばいい」
無言のまま下を向く者。焦って汗を浮かべる者。まるで群れの中の獅子を前にした小動物のような光景だ。殿下に従わねば生きていけない。それが彼らの口にしない本音だろう。
大広間の後方では、一部の若い貴族が不安げにささやき合っている。「これでは国がどうなる……」「殿下は国王陛下の意を無視して……」しかし、声を潜めているだけ。目立てば自分たちが粛清されるだけだとわかっている。
「今回の件を通じて、私の意に沿う者と反逆する者とがはっきりするだろう。いずれこの国は私のもとで生まれ変わる。……さて、下がれ。準備を怠るな」
そう言い放つと、フィリップは踵を返して大広間の奥へと進む。宰相や側近が慌てて後を追うようにして続く。取り残された将校や貴族たちは、一瞬にして解放されたかのように息を吐き出し、眉をひそめながら散っていく。
その背中のいくつかには不穏な影が宿っている。殿下の命令に従うしかないとはいえ、“そこまでしなくても”という疑念が心をかすめる者も少なからずいるのだ。しかし、それを言う勇気が今の誰にもない。
「……ついに殿下は公に討伐宣言か。クリフォード領を焼き払うなんて、そこまで必要なのか?」
「口にするな。誰が聞いているかわからない……。殿下が本気で動くなら、下手に動いたら俺たちが危ない」
そんな小声の会話が、すでに人影まばらになった大広間の片隅に漂う。だが、誰も具体的に“やめるよう諫めよう”などという選択肢は口にしない。完全に恐怖で支配されているのだ。
一方、フィリップは側近を連れて廊下を進みながら、既に傭兵隊のライナス・ブラックバーンを呼び寄せるなど次の手を打っている。討伐軍に加えて、周辺領主の援軍、そして傭兵――完全にクリフォード領を叩き潰す準備を整えにかかっているというわけだ。
「レオンとセシリア……貴様らが私を侮辱した代償は高くつくぞ」
廊下を一人で先んじるフィリップは、誰にも聞こえないような小声でつぶやく。その表情には狂気にも似た執念があり、もはや止められる者は王国内にいないように思われる。
こうして、王太子フィリップは公然と“反逆者討伐”を宣言した。貴族たちが大広間から出ていく様子は、まるで大きな嵐の前の静けさを表すようにも見える。近いうちに、この国を揺るがす大きな戦いが幕を開けることを、誰もが感じ取っていた――ただ声には出せずに。




