第5話 王都ルベルス
王都へと続く大きな街道を進むにつれ、周囲の光景はみるみる変わっていった。
クリフォード領のときとは比べものにならない数の馬車が行き交い、色とりどりの服を着た行商人が荷車を押している。通りを横切る人々からは活気が伝わってきて、まるで市場の盛り上がりを常に維持しているかのようだ。
「レオン様、見てください! あの人たち、すごく派手な帽子をかぶってますよ! え、何語をしゃべってるんでしょう……?」
隣のグレイスは、まるで子供のように目を輝かせている。確かに、異国風の衣装をまとった旅人らしき集団が、ちょっと聞きなれない言葉で話しながらこちらをちらりと見ていた。
俺は馬車の手綱を握りつつ、そういえばこういう光景は本でしか知らないなと思う。ここは王都ルベルスの外れ――厳密にはまだ城壁の外だが、すでに人通りが多い。
「ふぅ……さすが王都の手前になると違うな。人が集まるのはいいが、道が混み合って馬車が進みづらい」
「でも、なんだか楽しいですよね。いろんなお店が道端に出てるし、ほら、あの屋台は焼きたてのパンを売ってるみたいですよ!」
「おい、今は余所見しないでくれよ。二人とも馬車から落ちたら旅が強制終了だぞ」
「す、すみません。つい……!」
グレイスが嬉しそうにはしゃぐ気持ちはわかるが、王都の街道はやはり危なっかしい。馬車の列が連なり、道端で商人たちが大声を出して呼び込みをしている。うかつに脇へ寄ったりすると衝突事故に巻き込まれそうだ。
デニスは後方で警戒に当たってくれているけれど、それでも気を抜けない。
「レオン様、先に見えるあの高い城壁が、ルベルスの城門ですよね……?」
「たぶん、そうだろうな。いや、でかいな……けっこう遠いのに、あの高さがはっきりわかる」
視線の先には、王都の巨大な城壁がそびえている。遠目でも石造りの強固さが伝わるし、何箇所かに見張り台が設置されているのも見える。
歴史ある都だけに、防衛のために頑丈な壁が建てられているとは聞いたが、これほどとは。さすが国の中心部だ。
そして大門の付近には、兵士らしき人々が並んでいて、馬車や旅人を検問している様子がうかがえた。
「わぁ……なんだか緊張しますね。門番さんに変なこと言われたりしないかな」
「俺たちは正式な貴族という建前がある。招待状があるとはいえ、下級貴族なんて冷ややかに扱われるかもしれないが……まあ、変にビビらずに行くさ」
「はいっ。レオン様、わたしも一生懸命ふるまいますね!」
「変にがんばりすぎると、逆効果だぞ? いつも通りでいい。……ただ、またドジだけは頼むからやめてくれよ?」
「ひうっ……そ、それはわかりません!」
苦笑しながら、俺は馬車を列の最後尾へ並ばせる。門の前には既に何台もの馬車が控えており、それぞれ順番を待っている。
しばらくすると、係の兵士が手招きし、俺の馬車を案内してきた。軽く鞭を振って進み、馬を停める。
「よう、どこから来た? 通行証か身分証はあるか?」
門番らしき男がのぞき込み、無造作に質問を投げてくる。想像していたよりは態度が荒くはないが、淡々としている印象だ。ここへ来る旅人の多さに慣れているのだろう。
俺は鞄から取り出した書類を差し出す。
「クリフォード領から来た、レオン・クリフォードと申します。こちらは侍女のグレイス。そして、近衛兵デニスも同行しています。領主代理として王都へ向かうので、一応この通行書が……」
「ふむ……ああ、なるほど。クリフォード領って、けっこう遠いとこだな。大変だったろ。よし、問題なし。それと馬車の中に怪しいものはないな?」
「見ての通り、旅支度の荷物くらいで……」
兵士がちらっと馬車の後部をのぞいて、一応ざっと点検している。特に不審物もなく、すぐに「よし、通れ」と言われた。
「ありがとう。助かるよ」
「別に、俺は仕事でやってるだけさ。次の検問もあるからな、忘れずに書類を見せるように」
「わかった。……助言感謝する」
兵士の横を通り抜け、大門の内側へと進む。そこで一気に目に飛び込んできた光景に、俺は思わず息を呑んだ。
城壁で囲まれた巨大な市街……建物がまるで森のようにぎっしり詰まっている。至るところに立派な石造りの家々が並び、軒先には色とりどりの看板。人の声が混じり合って、まるで潮の満ちるような勢いだ。
「すごい……これが、王都ルベルス……!」
震える声を出したのはグレイス。俺も思わず同じ気持ちを抱く。何度か頭の中で想像はしていたが、その現実は圧倒的だ。
舗装された広い通りには、騎士らしき人や、華やかな服をまとった貴婦人、さらには荷物を背負った職人風の男など、様々な人々が行き交っている。まるでお祭りの最中みたいな活気と雑多感だ。
「レオン様、あっち見てください。馬車がずらっと……わあ、あっちはフルーツ売ってるお店かしら、何て大きな果物……うわっ!」
「おいおい、落ちないように支えろよ。馬車から乗り出すと危ないって」
「す、すみません! でも、すごく目移りしちゃうんです……。領地にこういう商人を連れて帰れませんかね?」
「それはアイリーンに頼むとして……あんまりはしゃぐなよ。ここは王都だし、俺たち、まだ右も左もわからないんだから」
「わ、わかってます……でもでも、目が回りそうなくらい刺激的で……」
グレイスは完全に田舎娘の挙動になっている。それを見ていると、自分も似たようなもんだと再認識する。
こんなに人と馬車が入り乱れる場所にいるだけで、頭がクラクラしてくる。
それでもなんとか馬車を進め、少し余裕のある脇道へ入る。しばらく走ると、宿屋の看板が見えてきたので馬車を停めた。とりあえずここで宿を確保しないと。
「ようこそ! 何名様かな? 馬車も泊めるかい?」
宿屋の親父が人なつっこい笑顔で迎えてくれる。内装もそこそこ綺麗で、王都価格だろうけど、背に腹はかえられない。
「三名で数日間、部屋を借りたいんだが、空いてるか?」
「もちろん! 今はちょうど部屋に余裕があるから安心しな。……でも、うちはあんまり高級じゃないんだけど、よろしいかな?」
「助かるよ。むしろ高級宿なんて予算が持たないし……ね、グレイス?」
「は、はい、庶民的なところのほうが落ち着きます!」
そんなやりとりを交わしつつ、部屋を確保する。値段は想定の範囲内。何より対応が親切そうだし、立地も悪くない。
俺たちは部屋に荷物を置き、すぐに軽く外を見に出ようかと話を進める。初日のうちに、王宮の所在地や夜会の詳しい日程を確認しておく必要があるからだ。
「よし……まずは落ち着いて周辺を回ってみよう。道を覚えないとな」
「そうですね。あと、服屋さんでレオン様の夜会用の服ももう少しチェックしたいですね」
「……ああ、そうだったな。王都の服屋はどこも高そうだけど、あまりみすぼらしい格好で行くのも失礼だし……。そろそろ財布が泣きそうだ」
「お任せください! 少しでも安くて見栄えのいい服を探しますから。……あ、わたしまたドジしちゃうかもですけど」
「なんかもう覚悟した。頼んだぞ、グレイス」
宿を出たところで、俺たちはもう一度、王都の通りを見上げる。上空にはのぼり旗が並び、行き交う人々の喧騒が絶え間なく耳を刺激する。
田舎の静けさとは正反対。ワクワクと同時に、不安も増していく。でも、ここが“王都ルベルス”か……と、胸に込み上げるものがあるのは事実だ。
(この巨大な街で、王太子殿下が主催する夜会……いったいどんな人たちが集まるんだろう?)
そう思いながら、俺はグレイスを連れて、改めてこのきらびやかな都を歩き出した。まだこの時点では、あの夜会で何が待ち受けるのか、まったく知る由もなかったのだ。