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第49話 セシリアの叔父ネヴィルからの密書

 翌朝、クリフォード領の空気はまだ冷えきっていたが、俺たちは早くから動いていた。前夜までの情報整理でバタバタしていたが、朝になって落ち着きを取り戻しつつある。そんな折、邸宅の門衛から「怪しい客が来ています」と報告が入り、不審がっていると、なんとセシリア宛の密書を携えた使者が現れたという。


 俺は慌てて門へ向かい、使者と対面する。見たところ商隊の一員らしいが、彼が差し出した手紙の封はローゼンブルク家の紋章でしっかり封印されていた。


「ローゼンブルク家……セシリアのご親族か?」

「ええ、そうです。ネヴィル・ローゼンブルク様から預かってまいりました。大事なお手紙だとか」


 使者はそう言い残すと、「この任務を終えたらすぐに戻るように命じられています」と足早に去ってしまった。どうやらあまり長居はしたくないらしい。王太子に睨まれる危険がある以上、当然だ。


「セシリア宛ての手紙か……叔父さんって言ってたよな」


 戻った俺は邸宅の一室でセシリアに手渡し、彼女が封を切るのを見守る。アイリーンやグレイス、デニスも近くで待機している。


「叔父ネヴィルからなんて、滅多にないわ。何が書いてあるんだろう」


 セシリアは一瞬躊躇して封を切ると、複数枚にわたる文書を広げてざっと目を通し始めた。普段は冷静な彼女だが、今回は落ち着かない様子が伝わってくる。


 その横顔を見ながら、俺たちは息を飲んで待つ。やがて、セシリアは深い息を吐き、手紙の一枚を声に出して読み上げ始めた。


「――『セシリアよ、叔父のネヴィルだ。まずはおまえが無事であると知り、ひと安心している。王太子の断罪はあまりに唐突で、私もいろいろ手を回そうとしたが、容易ではない。おまえの父母も衝撃を受けているが、公には動きづらい。どうか無理せず、自らを守れ』……」


 そこには家族の安否を気づかう言葉や、セシリアへの思いやりが記されていた。セシリアの目がわずかに潤むが、読み進めると今度は王都や宮廷の話が続く。


「『フィリップ殿下は周辺国と傭兵契約を進めているようだ。国王陛下の意見を無視して独裁の道を歩み始めており、宮廷内部でも不穏な空気が漂う。殿下に逆らう者は粛清されかねないと恐れ、口を(つぐ)む者がほとんどだが、少数ながら殿下に疑問を抱く貴族もいる……』」


 そう記された文面を聞いて、俺たちは顔を見合わせる。やはり周辺国との密約を進めているという噂は事実らしい。傭兵まで動員されれば、こちらの兵力差はさらに広がる。


 セシリアは淡々と読み進めるが、頬の色が少し青ざめている。よほど衝撃の内容なのかもしれない。


「『王都では既に“クリフォード領を叩き潰す”という声が上がっていると聞く。だが、殿下に嫌悪感を覚える貴族も水面下で動いている。私も微力ながら、おまえを救いたいと思っている。私ができる形で情報を流すから、我々が反撃の手段を得られるよう、そちらも備えてほしい』」

「叔父様……! 本気でわたしを助けようとしてくれてるのね」


 セシリアはそこで文字を読み終え、しばし呆然とした表情を浮かべる。隣のグレイスが「よかったですね!」と小さくつぶやくが、彼女自身もうれしそうだ。


 一方、デニスは厳しい顔で訊ねる。


「周辺国と傭兵契約……王太子がどこまで本気で準備をしているのか、気がかりですね。こちらが先遣隊を撃退したことへの対抗策にしては大がかりすぎる。まるで国全体を手中に収める勢いです」

「そうだな。単にクリフォード領を潰すだけが目的じゃなく、国内で反王太子的な動きも根こそぎ叩くつもりなのかもしれない。国王陛下すら軽視されているとなると、フィリップの独裁は確実に進むだろう」


 俺の言葉に、アイリーンがテーブルを指で軽く叩きながら考え込む。


「ネヴィル様の密書の通り、疑問を持つ貴族もいるみたいですけど、それがすぐにわたしたちの味方になるかはわからないですよね。怖くて殿下に逆らえない人も多いでしょうし」

「ええ。それでも、情報をやりとりできるルートがあるだけで希望が見える。ネヴィル叔父様がわたしのためにここまで動くなんて、正直驚いたわ。昔からあまり馴れ合う関係ではなかったから……」


 セシリアがぽつりと苦笑する。彼女も自身の一族との関係が複雑だったらしいが、こうして手を差し伸べる者がいるというだけで心強いに違いない。


 俺は密書を手に取り、改めてその一文一文を目で追う。フィリップが他国の傭兵を雇い入れ、国内の体制を完全に掌握しようとしている事実は重い。恐らく、クリフォード領だけの問題じゃなくなる。


「確かに、国全体の動乱に発展しそうだ。王太子の勢力が強まると、他の貴族や領主がどう動くか分からない。俺たちだけでなく、殿下を嫌う人々の行方も気になるな」

「そうね。ネヴィル叔父様も、ここで足並みを揃える貴族を探してるんじゃない? わたしたちは民兵を中心に守りを固めるしかないけど、いずれは連携を模索できるかもしれないわ」


 セシリアが手紙を丁寧に畳み、封筒に戻す。その動作にかすかな感慨がこもっているように感じる。いつも冷静な彼女だが、やはり血縁からの協力を得られたことで少し表情が柔らいでいる。


 デニスは腕を組んでから、ふとつぶやいた。


「王太子が傭兵を雇ったら、先遣隊の比ではない練度と装備を持つ兵が来るかもしれません。わたしたちだけで対抗できるか、いまから悩んでもしょうがないですが……」

「いずれにしても、こちらも味方を増やさないとな。周辺領地や商人、そしてネヴィル様のような反フィリップ派をうまくつなげていければ、ワンチャンスあるかもしれない」


 俺がそう言うと、グレイスが目を輝かせて「わたしもお手伝いします!」と言ってくる。だが、彼女は先日の戦闘でひどく取り乱していたからか、まだ少し不安を抱えているようにも見える。


 そんな彼女に、セシリアが「無理はしないで。あなたはあなたにしかできないことをしてくれればいいわ」と優しく言うと、グレイスはうれしそうにうなずく。


「はい! わたし、セシリア様のお役に立ちたいです。王都の情報や他国の噂も仕入れてきます!」

「頼りにしてるわ。……わたしたち、いまが踏ん張りどころね。叔父様の手を借りながら、殿下が傭兵を呼ぼうが負けないように準備を進めましょう」


 セシリアの瞳には、もう後戻りしない決意が表れている。俺もその決意に応えるように拳を握りしめた。


 ネヴィル・ローゼンブルクからの密書がもたらしたのは、王太子の動向に関する衝撃的な情報と同時に、セシリアを救いたいという家族の想い。たとえ一族がバラバラになりかけても、ここへきて繋がりを取り戻す人もいるのだ。


(フィリップの企みはますますスケールが大きくなる。だけど、俺たちだけじゃない。殿下に疑問を持つ人は確かにいるんだ)


 それがいまの俺たちの励みとなる。希少資源を巡る争いは国家規模へと膨らみそうだが、ネヴィルと連携できれば大きな一歩を踏み出せるかもしれない。


 そんな希望と不安を胸に、俺はセシリアや皆と新たな行動計画を立て始める。王太子の独裁へ立ち向かうために、いまこの領地ができることを――こんな小さな舞台からでも、国を変えられる可能性を模索し続けるしかない。


「さあ、まずはこの密書の内容を活かして、次の策を練ろう。時間はあまりないぞ」

「ええ、わたしも気合を入れるわ。叔父様が手を貸してくれるなら、その糸口をつかむ価値があるもの」


 セシリアの背筋が伸び、かすかな微笑みがこぼれる。手紙に込められた叔父の思いが、彼女の背を押しているようだ。


 俺たちもその力を借りて、さらに前へ進む。王太子フィリップの陰謀が大きくなるほど、こちらも相応の対抗手段を整えねばならない。戦いは加速していく一方だが、ここで足を止めるつもりはない。

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