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辺境の冴えない下級貴族の俺が“断罪された令嬢”を庇ったら、恋も革命も始まりました!?  作者: ぱる子
第1部:暁光のレオン

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第48話 クリフォード領の情報収集

 翌朝、領主館の広めの書斎に全員が集まった。いつもは執務室にこもって作業することが多いが、今日は人数が多いのでこちらを使うことにした。大きなテーブルの上には地図や紙が散乱しており、情報共有のための“作戦会議”といった雰囲気が漂っている。


 まずはアイリーンがテーブルをトントンと叩いて口を開いた。


「みんな、集まってくれてありがとう。昨日も王太子派がいろいろ動いているって話を聞いたし、こっちも最新の情報を共有しておきたいの」


 参加者は俺――レオン・クリフォード、そしてセシリア・ローゼンブルク、グレイス・ミルボーン、デニス・ファーナム。それぞれが資料やメモを抱えていて、表情は真剣そのもの。とくにセシリアは昨夜も眠らずに作業していたらしく、少し目が赤い。


「まず、わたしの商家ルートで得た情報から話すわね。どうやらジャクソン伯やデルモア侯など、いくつかの有力領主が王太子に忠誠を誓っているらしい。これ、ほぼ確定」

「ジャクソン伯……あの独善的な貴族か。殿下に取り入って領地を広げたいと考えててもおかしくない連中だね」


 俺が苦い顔でそう言うと、グレイスがメモを見ながら小さくうなずく。


「はい、領民の噂でも『ジャクソン伯は殿下から勲章を賜った』とか、『デルモア侯が次の討伐軍の先頭に立つかも』とか、いろいろ流れてます。でも確証はないんですよね……」


 セシリアは地図を指し示しながら、淡々と情報を追加する。


「わたしの知るかぎり、ジャクソン伯は野心家で、昔から王太子殿下と一緒に派手な贅沢をしていたわ。デルモア侯も王都の社交界でそれなりに力を持っている。いずれにせよ“フィリップ様に歯向かうやつは潰せ”みたいな考え方が強いと思う」

「となると、この辺りの領主がフィリップ側に回る可能性は高い。人数はどれくらいなんだ?」


 デニスが地図を覗き込む。アイリーンは肩をすくめてから、紙をめくって数値を確かめるように目を落とす。


「うーん、軍としてどれだけ召集できるかは断言できないけど、それぞれ30~50人くらいなら動員できそうって話を聞くわ。合わせれば百人を超える可能性がある。もちろん王太子本軍が加わればさらに増える」

「こっちの民兵を合わせても、その人数には対抗しきれないね……。ゲリラ戦で時間を稼ぐにしても、相手が手強い連合軍になれば、村や畑を守るのが大変だ」


 俺が頭を抱えたところで、セシリアがペンを走らせながら口を開く。


「その一方、わたしの元同僚――というか昔の知人――で、フィリップの暴走に疑問を感じてる人たちもいるの。リチャード子爵やブラッドリー男爵とか。彼らは口には出さないまま“殿下の力が強すぎるのは不安”と思ってるはず。あと、アーロン子爵もね」

「アーロン子爵か……たしか名門出身だけど、王太子にはべるのを嫌ってるって噂があったな。そっちは“形だけ”殿下に従ってるのかもしれない」

「ええ。でも、だからといって、すぐにわたしたちに味方するとは限らないわ。恐怖と利害を天秤にかけてるはずだし。今はまだ中立を保ちつつ、状況を見極めていると思う」


 セシリアの筆がシャカシャカと地図にマーキングを入れる。親フィリップ派、反フィリップ派、中立寄り――周辺の領地が色分けされていくのを見て、俺は現実感が増すのを感じた。国が本当に二分されつつあるんだと痛感する。


「となると、わたしたちが“フィリップに従わずとも生き延びる道がある”と示せれば、中立の連中が一気にこっち側につくかもしれない。逆に、わたしたちが弱いと見られれば、皆フィリップにつくだろうな」

「だからこそ、先遣隊を撃退できたのは大きいわ。わたしたちが簡単には潰れないと証明できたから、余計に周辺の連中は慎重に動き始めると思う」


 グレイスが興奮ぎみに手を振りながら、「じゃあ、わたしたちが情報を発信すればいいんじゃないですか? “先遣隊に勝ったんだぞ”って!」と提案する。


 アイリーンは苦笑しつつ、「あんまり大々的に言うと王太子の怒りを買いそうだけど、秘密裏に噂を流す程度ならありかもね」と肯定してくれた。


「それで、アイリーンさん。そのあたりの商人ルートでの情報拡散、頼める?」

「任せて。わたしの取引先には王太子に不満を持ってる商人もいるし、“クリフォード領は思ったより強いらしい”っていう噂を自然な形で広めるわ」

「助かる。じゃあ、セシリアは引き続き、彼らがどう動くかを読み解いて情報をまとめてほしい。誰がフィリップに完全忠誠で、誰が内心嫌ってるか……君の貴族仲間の知識が必要だ」


 セシリアはこくりとうなずくと、先ほどつけていた印をもう一度見直している。その顔は真剣かつ頼もしい。


「もしアーロン子爵あたりに接触できれば、一気に状況が変わるかもしれないわ。彼は表面上は王太子側に属しているけど、本心は違うはず。彼のような人が他の領主を説得してくれれば、こちらへの同調者が増える可能性がある」

「じゃあ、そこを狙っていくしかないな。どうやって接触するかだが……簡単にはいかなそうだ」


 俺が腕組みするのを見て、デニスが静かに言葉を挟む。


「危険を承知で密使を送るか、商人経由で会うか、そのあたりでしょうかね。どちらにしても慎重に行わないと殿下にバレるリスクが大きい」


 グレイスが手を挙げるようにして、「わたしも頑張ります!」と自信なさげに宣言する。少し前に戦闘後の惨状に取り乱したが、今は覚悟を決めているらしい。


「うん、頼りにしてるよ、グレイス。お前の人脈やコミュ力も大きいから。少しずつでいいから、周辺の商人や旅人から情報を収集してくれ」

「はいっ! わたし、もう泣いてるばかりじゃダメだって分かりましたし、精一杯頑張ります!」


 その言葉に、セシリアがほんの少しだけ笑みを浮かべる。


「あなたがいてくれると助かるわ。わたしも貴族仲間相手に取り(つくろ)うのは得意だけど、一般の商人や旅人とのやりとりはそこまで得意じゃないの」


 グレイスが「えへへ」と照れくさそうに笑うのを見て、室内の空気が少しだけ和む。だが、それを見たアイリーンがすぐに勢いを取り戻すように声を張る。


「よし、それじゃあ情報戦と外交をまず展開しましょう。こっちが強い姿勢を見せられれば、王太子に従わないですむ連中も出てくるかもしれないし。わたしも取引先に探りを入れてみるわ」

「ありがとう、アイリーン。じゃあ、俺は兵や民兵の訓練と防衛線の整備だ。次に先遣隊より大きな規模で攻められたときに対応できるよう、シフトを組む必要がある」


 書類をまとめながら、俺は一同を見渡す。セシリアが中心となって外交と情報整理、アイリーンとグレイスが商業ルートで情報収集、デニスと俺が防衛力を整える。こうして役割分担を明確にすることで、組織として動く体制が整いつつある。


「あと、デニスには周辺の地形をもっと詳しく調査してもらいたい。崖や林道、川沿いのルートなど、前回の先遣隊を撃退したときの戦術をさらに活かせるようにしたいんだ」

「承知しました。地元の猟師さんたちにも協力を仰いで、細かい道を把握しておきます。ゲリラ戦で相手を翻弄できるようにしましょう」


 俺がひとまず議題を締めようとすると、セシリアが小さく咳払いをして発言する。


「それと、レオン……わたし達の動向を“味方になってくれそうな領主”へさりげなく伝えてほしいの。『クリフォード領は先遣隊を退けた』『大きな被害は出ていない』……そういった情報を広めれば、こっちが多少有利に見えるはず」

「了解。アイリーンやグレイスのルートで、それとなく噂を流す形にしよう。表立っては言えないけど……中立の領主たちが関心を持つかもしれない」

「そう。そこでこちらを頼れる勢力だとわかれば、王太子に従わずに済む道があるかもしれないと考えるでしょ?」


 セシリアの切れ味のある戦略に、俺は内心感謝する。まさに貴族的才能だ。冷静に政治情勢を読みながら、どこに働きかけるべきかを的確に示してくれる。


 デニスやアイリーン、グレイスも同意の声を上げ、会議は一旦終了となる。紙の束を抱えて立ち上がると、セシリアが小さく伸びをしながらポツリとつぶやいた。


「わたし、昔は嫌々覚えさせられた貴族のしきたりや社交術が、こんな形で役に立つなんて思わなかったわ」

「いやいや、助かるよ。俺ひとりじゃ思いつかない手段ばかりだからさ。王都の世界、複雑なんだな……」


 セシリアは「まあね」と言いながら、どこか誇りを取り戻したような表情をしている。アイリーンが「まったくもう、セシリア様がいなかったら詰んでたわ」とからかい気味に笑うと、セシリアは恥ずかしそうに目を逸らした。


 グレイスはその光景を見てニコニコしている。デニスは「さて、準備に取りかかりますか」とあくまでクールに動き始め、俺もすぐに腕まくりをして資料を整理する。


「よし、それじゃあみんな散開だ。情報収集と防衛準備、外交を同時進行で進めよう。王太子が本腰を入れる前に、こっちも形を固めるんだ」

「了解です。じゃあ、行きましょうか、セシリア様。わたし、商人との連絡をすぐに始めます」

「わたしも地図の更新を終わらせたら、連絡すべき人に手紙を出すわ。前にも言ったけど、軽率な動きは命取りになるから、慎重にね」


 こうして、クリフォード領のチームは分散して行動を開始する。王太子に忠誠を誓う領主が動き出した以上、次の戦いまで時間はあまりないだろう。


 しかし、だからこそ俺たちは一丸となって備えるしかない。情報を得れば得るほど、戦いは国全体を巻き込んでいくのが見えてくる。それでも――守りたいものがあるからこそ、諦めるわけにはいかないのだ。

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