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第47話 動き出す周辺勢力

 王都ルベルスから少し離れた地帯にある壮麗な屋敷。その大広間に、数名の有力領主が集められていた。いずれも王太子フィリップに表向き忠誠を誓い、その権威を利用して自らの領地を守ろう、あるいは拡大しようと考えている面々だ。室内は華やかな装飾こそあれど、そこには妙な緊迫感が漂っていた。


「……クリフォード領が殿下に背くとは、あまりにも不敬。下級貴族の身でありながら、王太子のご命令を無視するなど言語道断だ」


 いかにも傲慢そうな領主――ジャクソン伯が、ワインのグラスを掲げながら不快感をあらわにする。彼は豪華な衣装に身を包み、その胸元には王太子から下賜されたとされる徽章が輝いていた。


 周囲の貴族たちも、それに呼応するように口々に同調する。


「そうですとも。クリフォード領の主など、所詮下級貴族。王太子殿下に逆らうならば、即刻潰すべき」

「ええ、しかも高位貴族のセシリア嬢を匿っているとか。殿下のご意向に真っ向から反旗を翻しているのは明白。まさに反逆者ですな」


 中には顔を歪ませて嘲笑する者もいれば、ただ黙ってうなずく者もいる。この場には「王太子派」と呼ばれる領主たちが多く集い、フィリップの配下の使者が一人、中央で彼らを取り仕切っていた。


 その使者は、王太子の紋章が刻まれた手袋を引き締めながら、厳しい調子で言い放つ。


「殿下はすでにクリフォード領への封鎖や通行税の引き上げを決定しております。彼らが逆らう姿勢を改めぬなら、討伐軍を編成することも辞さない、と。しかし……殿下は、こうも仰せだ」

「ほう、なんと?」


 ジャクソン伯が興味深そうに眉を動かすと、使者は続ける。


「“周辺の有力領主たちが先に動き、クリフォード領を制圧するならば、それを大いに評価する”とのこと。つまり、殿下が大軍を動かす前に、諸卿が手を貸してくださるなら、報酬や領地の恩典が待っているというわけです」

「おお、それはまた魅力的な話ですな。つまり、わたしたちがクリフォード領を先行して潰すなり従わせるなりできれば、王太子殿下からのご褒美を得られるかもしれない、ということか」


 その言葉に、室内が活気づく。単に王太子に忠誠を誓うだけでなく、ここには自領の拡大を狙う輩も少なくない。クリフォード領に希少資源の噂があることを知っている者もいるらしく、“ただの辺境”ではない可能性に色めき立つ貴族もいた。


「まったく、王太子殿下はさすがだ。わたしたちにとっても良い機会ですね。資源の噂が本当なら、手に入るものは大きいでしょう」

「そうそう、殿下にうまく取り入れば、今後の地位向上も望めるかもしれん。これを機にクリフォード領を乗っ取れば、一石二鳥というわけだな」


 野心に目を輝かせる領主たちの会話に、笑いが起きる。彼らは年長者から若い領主まで混ざっているが、総じて“己の利益を最優先に考える”という点は共通していた。


 そんな中、少し離れた席でワインを傾けている男――アーロン子爵が、どこか沈んだ表情で溜め息を吐く。


「しかし、本当に大丈夫なのだろうか……。王太子殿下のやり方、あまりにも強引すぎる気がするんだが。クリフォード領を制圧して、その後殿下がこの国で独裁を進めたら、いずれわたしたちも用済みに――」

「おい、アーロン子爵。まさか殿下の方針に疑問を呈するのか? ここは王太子派としての集まりだぞ?」


 隣の侯爵がチラリと警告めいた視線を向ける。アーロン子爵は肩をすくめて首を振る。


「べ、別に逆らうつもりはない。殿下に従わねば生き残れぬことは承知している。だが、あの方が暴走すれば、国全体が混乱し、いずれわたしたちも……」

「甘いことを言うな。殿下が暴走しようが、わたしらが初手で役に立てば寵愛を受ける。それで安泰だろう。何なら殿下の軍勢に入って巨大な権力を得ることだってできるかもしれんぞ」


 侯爵がせせら笑い、他の貴族も似たような反応を示す。アーロン子爵はさらに口を(つぐ)んだが、わずかに憂鬱そうな表情を浮かべていた。


 この集まりでは、そんな良心的な懸念など受け入れられない空気が支配的。王太子の言葉さえ絶対であれば、たとえ国がどうなろうと構わないという考えがまかり通っているようだった。


「では、諸卿。殿下の望むとおり、クリフォード領を叩き潰すための準備を進めるとしよう。偵察隊からの情報では、小規模な衝突があったらしいが、こちらが本気で動けば一蹴できるはず」

「ええ。すでに民兵ごときではどうにもならない。わたしは三十の兵をすぐに動員できる。あとは殿下に届け出るだけだ」

「わたしも二十を……ああ、いや、殿下の本軍が動くまでにどこまで準備するか、考えないとな。ま、大事なのは先に手柄を挙げることだ。遅れを取れば殿下の気を損ねる」


 あちこちから数字や兵の話が飛び交い、誰もが勝算を計算している。殿下が実際に大軍を派遣する前に、どれだけの成果を挙げられるか、ここが大きなポイントらしい。


 その中で、使者が改めて咳払いし、全員の視線を自分に集める。


「皆さま、殿下はこの件を“試金石”と捉えておられます。クリフォード領を叩ける者が、今後の王太子派の中核となるでしょう。報酬もさることながら、地位の保証や領土の恩恵も見込める。皆さまの意気込みに、期待しております」

「もちろんですとも! このわたしが、あの下級貴族を追い詰めてみせましょう」

「何なら、資源とやらも調べてみたいですな……くくっ、うまくいけば殿下に献上して、“これは我が手柄”と高らかに報告できますぞ」


 室内には薄ら寒い笑いが広がる。自分が手柄を立て、王太子に認められ、さらに相手の資源をかすめとる――そうした欲望を隠そうともしない貴族が大半だ。


 一方で、アーロン子爵のように内心の懸念を抱える者もいるが、いまは圧倒的多数の強硬派に飲み込まれて黙っている状態。


(このままだと、本当に国が割れてしまうんじゃ……)


 子爵はそうつぶやきそうになるが、周囲の空気に押されてぐっと飲み込む。いま反論すれば、自分が危険な立場になると痛いほどわかっている。


 こうして、王太子派の領主たちは密かに集まり、クリフォード領への制圧に向けた画策を進めていく。討伐軍というほどの大軍ではなくても、各領主が少数ずつ兵を提供すれば、合わせて百を超える兵力になる。相手が下級貴族でしかないと考えていれば、その数でも十分すぎるのかもしれない。


「では、殿下のご命令に従い、わたしたちは準備を始めましょう。近々、再度この場で報告を持ち寄るといたします。クリフォード領の動きや、資源の話など、情報を集めておいてください」

「ええ、もちろん。楽しみですね。どれほどの宝が眠っているのか……。殿下への貢物としても申し分ないし、まずは一刻も早く奴らをねじ伏せるだけだ」


 そう言い合って、会合は解散へと向かう。しんしんと冷え込む室内には、領主たちの野心と狡猾な笑いだけが残っていた。


 国を憂える者は少ない。一見して同盟を組むかのように見えても、結局は「個々の利害」で動いているにすぎない。周辺の有力領主の何名かが同調すれば、クリフォード領への圧力は大きくなり、戦いの火種がさらなる勢いを帯びるだろう。


 こうして、王太子に忠誠を誓う領主たちが本格的に動き出す。彼らが本当に手を取り合うわけではなく、互いに手柄を競い合う関係かもしれない。しかし、その行為がいよいよ「クリフォード領の危機」を現実味を帯びさせていくのだった。

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