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第44話 王太子の先遣隊来襲

 朝から空気がピリついていた。遠くの見張り台から急報が飛び込み、領主館の廊下をバタバタと駆け回る足音が響いている。俺は居室から飛び出すや否や、待機していたデニスと鉢合わせした。


「レオン様、緊急事態です! どうやら王太子の先遣隊らしき部隊が、北方の街道をこちらに向かっているとのこと!」

「先遣隊……こんなに早く動いてくるとは。まだ通行税を上げるとか、交易を封鎖するとか……そういう嫌がらせレベルだと思ってたんだけどな」


 嫌な予感はしていた。しかし、実際に軍が動いたと聞くと、胸が強く締めつけられる。少人数とはいえ、相手は王太子の配下。武装した兵士たちが押し寄せれば、領民の日常が崩れるのは間違いない。


 俺はデニスを促して廊下を急ぎ、玄関のほうへ向かう。慌てて集まってきた警備兵や領民の姿が目に入る。皆一様に不安そうな顔だが、いざというときに動けるよう準備しているようだ。


「いま確認された兵の数はどのくらいなんだ?」

「ざっと数十名との報告です。おそらく偵察も兼ねた小規模な討伐隊だと思われます」

「数十名か……正面から撃退するのはリスクが大きいな。民兵がまだ十分に訓練を積めてないし」


 玄関先に出ると、ちょうど馬に乗ろうとしているアイリーンの姿が見えた。いつもの華やかな服装ではなく、動きやすい格好をしている。俺に気づくと、小走りで近づいてくる。


「レオン、いま街道沿いで逃げてきた商人から話を聞いたの。先遣隊は30人ほどだけど、やる気満々みたいで、武装もしっかりしているらしいわ。どうするの?」

「正面から受けて立つには数が足りない。こっちの民兵や警備兵を合わせても、まだ運用に慣れてない人が多いから、下手に大怪我させるわけにはいかないし……」


 悔しいが、無謀に戦って被害を出すわけにいかない。敵がこちらを舐めている可能性はあるが、相手は一応、王太子配下の兵士。兵装は整っているはずだ。


 俺はひとまず深呼吸し、デニスに目を向ける。


「まずは迎撃する場所を考えよう。領地の中心部で暴れられたら取り返しのつかない被害が出る。むしろ人家や畑を避けて、山道や林道に誘導できないか?」

「そうですね。いきなり正面衝突はマズいかと。民兵の数名を陽動に使い、森の中からゲリラ的に攻撃する形がいいかもしれません」

「ゲリラ戦……なるほど。少数で相手の攻撃を受け流すなら、こちらが地の利を活かすしかないな」


 アイリーンが少し不安そうに口を挟む。


「でも、兵同士の戦いになったら、領民が危ないんじゃ……」

「そうだね。だからこそ、周辺の村には一時的に避難してもらう手筈を。大丈夫、セシリア様が作ってくれた地図で安全ルートを確保してあるはずだ」

「わかった、わたしも村へ行って避難指示を急がせるわ。気をつけてね、レオン」


 アイリーンが馬に跨がるのを見届け、俺は警備兵の集団へ合流。デニスを中心とした数名と一緒に、先遣隊を迎え撃つための作戦を練る。幸い、本隊ではなく先遣隊なら、全力で正面突破してこない可能性もある。あくまで偵察や威圧が目的かもしれない。


 しかし、だからと言ってなめてかかるのは危険だ。何かの拍子に小競り合いが起きれば、こちらの被害は小さくない。


「デニス、お前が中心となって民兵を指揮し、街道から少し外れた林道に誘導できるか? 合図を受けて散開しつつ、威力偵察でこちらの手の内を見せない形で時間を稼ぎたいんだ」

「任せてください。民兵には『撃っては退く』を徹底させます。決して深入りせず、夜まで引き延ばせば、おそらく先遣隊は本格的な攻めを諦めるはず」

「よし。それに俺も加わって前線で指揮をする。あまり分散しすぎると混乱するから、少数精鋭で行こう。グレイスはどうしてる?」


 周りを見回すと、グレイスが必死な顔で兵に鎧を運んだり、物資の準備を整えたりしている。彼女に戦闘力はないが、サポート役として欠かせない動きだ。


「グレイス、無理しなくていいから、避難の誘導も手伝って。負傷者の出る可能性もあるから、応急処置の準備もお願いしたい」

「はいっ! わたし、せめて応急処置くらいはできますから! レオン様も気をつけてくださいね!」


 彼女を見送った後、デニスと再度視線を交わす。敵兵が来る前に、できるだけ陣形や作戦を決めてしまわないと。


 そこへ慌てた足音を響かせてセシリアが駆けつける。書類や地図を手にしたまま、少し息が上がっている。


「レオン、いよいよ先遣隊が来るのね……! わたしにできることは?」

「セシリア、戦場に出るのは危険すぎる。ここは民兵の指揮をデニスに任せて、君は領主館から全体を見守ってくれ」

「わたしも前線に出たいわけじゃないけど、もし状況が変わって新たな指示が必要なら、すぐ対応しないと。ここにいては遠すぎる……」


 迷うところだが、セシリアの安全を確保したい気持ちと、彼女の有能さを活かしたいという気持ちがせめぎ合う。デニスが口を挟んだ。


「セシリア様、丘の上にある小屋から戦場を見下ろせば、そこまで危険を冒さずに全体を把握できるかと。敵も少数ですから、あの地点は最前線にならないはず」

「なるほど。その位置なら敵もそう簡単に寄り付けないし、万一のときは退避が間に合う。……わかったわ、そこを拠点にして状況を報告するわね」


 セシリアが決意に満ちた表情でうなずく。俺はそんな彼女に“無理するな”という視線を送るが、彼女は負けじと目を合わせて「大丈夫よ」と返してきた。


「よし、それじゃあ皆、準備はいいか? 王太子の先遣隊なんて聞こえは大きいが、所詮は威力偵察だ。こちらに地形や人の配置を察知しに来たんだろう。絶対に好きにはさせないぞ」

「おお!」


 警備兵や民兵からの力強い声が上がる。まだ訓練期間は短いが、彼らの覚悟は本物だ。


 俺はデニスと手短に作戦を再確認すると、馬にまたがって先頭に立った。この程度の小規模衝突なら、正面から戦うよりゲリラ戦術で散発的に嫌がらせをするほうが被害は少なく抑えられるはず。敵の規模と動きを見極めつつ、夜まで粘れば、相手も本隊を呼ぶか引き上げるか悩むに違いない。


「……じゃあ、行くか。セシリア、丘の小屋に移動頼む。無茶だけはしないで」

「ええ。そちらこそ気をつけて。なるべく無駄な血は流さないようにね」

「了解。守ってみせるよ、この領地を。そして、君を」


 小さく微笑みあって、それぞれが別の場所へ向かう。足早に駆け出す兵や民兵が周囲を取り巻き、俺は彼らを率いて北の街道へ急ぐ。


 先遣隊が来る時間はそう長くない。数時間以内には接触が起こるだろう。


(王太子の軍を迎え撃つなんて、想像もしていなかったけど、もう迷ってはいられない)


 不安と高揚が混じった気持ちを抱えつつ、俺は馬を走らせる。後ろを振り返ると、セシリアが地図を片手にグレイスと一緒に邸宅を出ていくのが見えた。遠くからでも、その姿勢に揺るぎがないのを感じる。


 こうして、俺たちは初めての衝突へ臨むことになる。王太子側の先遣隊がどれほどの攻撃を仕掛けてくるかは不明だが、絶対にここで簡単に引き下がるわけにはいかない。俺たちの覚悟と知恵を試す、最初の戦いが始まろうとしていた。

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