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第41話 領内での評議会

 領主館の大広間に、領内の主要メンバーが続々と集まった。いつもの使用人や衛兵だけではない。農業を仕切る長老や商人たち、そしてアイリーンやデニス、セシリアまでもが席に着く。その中心には、俺――レオン・クリフォードが立ち、父アルフレッドも病を押して同席している。


「皆、今日は忙しいところ集まってもらってありがとう。ご存じのとおり、王太子殿下から圧力が強まっている。資源の献上やセシリアの引き渡しを拒み続けるなら、通行税や交易の禁止など、いろいろ不利益が生じる恐れがある」


 俺が開口一番そう切り出すと、広間から低いざわめきが起こる。すでに王都からの嫌がらせが始まるという噂は領内にも広まっており、不安を抱えたまま生活する人が増えていた。


 父アルフレッドがゆるやかに咳き込みながら、穏やかな声を出す。


「咳……失礼。わたしも病の身ではあるが、今日は少しでも皆の意見を聞きたくて出てきた。殿下の命令に従うか、抵抗するか……答えはもう決まっていると思うが、その過程でどう動くのかを話し合ってほしい」


 父が言う“答え”とは、もちろん引き渡しや献上を拒むということだ。領民たちの誰もが、それを否定しないまま沈黙している。どれほど怖くても、この土地を荒らされたくない気持ちが強いのだろう。


 そんな張り詰めた空気の中、アイリーンが手を挙げて声を張る。


「わたし、商家として活動してきたから、王都や周辺領主との繋がりはいくらかあるの。だけど、もう殿下が通行税を引き上げたり、わたしたちとの取引を禁止しようとしている以上、普通のやり方じゃどうにもならないわ。各地の商人も王太子に逆らうのは怖いって言ってる」

「そうよね……わたしも、殿下が絡めば商人たちが遠ざかるのは当然だと思う。だけど、全員が殿下に従いたいわけじゃないわ」


 セシリア・ローゼンブルクが言葉を継ぐ。彼女はそっと机に手を乗せ、周囲を見渡す。かつては王都の貴族社会で生きてきたからこそ、王太子フィリップの横暴に苦しむ人々を多少知っているらしい。


「今は誰も表立って反対できない。でも、その中には密かに殿下のやり方に疑問を持っている人もいるわ。時間をかけて、水面下で連携できる可能性はあると思うの」

「問題は、殿下との正面衝突が先に来るか、わたしたちが味方を得るのが先か……ってところですね」


 デニスがささやくように発言すると、集まった領民代表の一人が手を挙げる。白髪の農民がゆっくりと口を開いた。


「わしらは、レオン様とアルフレッド様が守ると仰るなら、ついていく覚悟です。ただ、正直、不安も大きい。重税や交易停止なんかが実行されたら、畑で取れた作物を売る先がなくなってしまう。それでも領地は殿下に屈しないってことでいいんですか?」

「ええ、屈しません。苦しい戦いになるかもしれないけど、この領地が殿下の掌の中に落ちたら、さらに酷い搾取が待っているはずです。負けるか勝つか、少なくとも抵抗しなきゃいけないと思うんです」


 俺が力強く答えると、老人はそうか……とつぶやきつつ、うなずきを返した。それを見て、ほかの領民代表も深刻そうな表情ながら大きくうなずいている。


 父アルフレッドが苦しい呼吸を堪えながら、静かに言葉を続ける。


「もしものときには、民兵を作って防備を固める必要もある。だが、その前にどうやって商人や周辺領主との繋がりを確保するか……意見が欲しいな」

「わたしは、王都と直接取引するのは難しいけど、周辺の“殿下に不満を持つ”領主や商人へ接触を試みるわ。大っぴらにはできないけど、方法は考えてみる。少しでも物資や情報を運べれば助かるでしょう」

「アイリーンさんが動いてくれるなら、わたしも情報収集を手伝いますよ!」


 グレイスが手を挙げる。アイリーンとグレイス――正反対の立場ながら、そこそこ息は合うようだ。領民の一人が「助かるな」とつぶやき、意外と心強い気配が広間に漂う。


 そしてセシリアが、机に手を置いたまま緩やかに言う。


「それと、今後の戦術や外交戦についても、わたしから提案したいの。王太子に睨まれているなら、ただ防戦するだけではなく、逆に殿下に不満を持つ領主や人々に呼びかける余地があると思うのよ」

「呼びかける……? 例えば具体的には?」


 デニスが首をかしげると、セシリアは真っ直ぐに彼を見て返事をする。


「殿下のやり方に怯える領主や商人は多い。彼らもいずれ殿下に従うしかないと諦めているけれど、本心では現状を変えたいと思っているはず。その受け皿になれれば、わたしたちだけでなく、もっと大きな力が得られる可能性があるの」

「なるほど。反王太子連合みたいな形か……。確かに規模が大きくなれば、殿下が容易に軍を送り込むのも避けられるかもしれない」


 俺がそう受け止めると、セシリアはうなずいて続きを語る。


「ただ、それには評判や信用が必要。わたしたちが『ただ頑固な下級貴族が逆らっている』だけというイメージでは、誰もついてこないでしょう。わたしが貴族としての政治力や知識を使って、少しずつ呼びかけを進めるわ。もちろん、危険はあるけど……」

「リスクは大きいけど、やらないよりはマシだよな。アイリーンやグレイスの商人ルートとも連携して、徐々に勢力を広げる……か」


 そうまとめると、広間の空気が少しだけ希望を感じ始める。王太子の圧力がある以上、無策で迎え撃つのは自殺行為。でも手をこまねいているだけでは危機が迫るばかりだ。ならば思い切って動くという選択肢も悪くない。


 複数の領民代表が顔を見合わせながら、意を決したように言った。


「わしらは頑張って畑を守ります。作物がなくなったらみんな餓えちまう。民兵の訓練にも協力するし、できる限り力になります」

「そっちが通行税を上げるって言うなら、密かに迂回路を作って物資を運ぶ方法も考えられますしね。仲間が協力してくれそうなんで」

「ありがたい。よし、みんなでこの領地と暮らしを守ろう」


 軽く拍手が広間の隅で起きて、少しだけ和やかな雰囲気が広がる。暗雲立ちこめる情勢の中で、こうして一致団結できるのは心強い。


 父アルフレッドが苦しい呼吸を抑えながら、テーブルに身を乗り出す。


「レオン、無理をするなよ。お前はこの領地を背負い、危険を負う形になる。セシリア嬢やアイリーンたちと協力して、足元を固めながら慎重に進めていくんだ」

「わかってる。父上も身体を大事にしてくれ。俺がどんなに頑張っても、父上が倒れたら……心細いから」

「ふふ、若い者が頼もしいが、それでもわたしもまだ捨てたもんじゃない。お前や皆を見守り続けるよ」


 こうして、話し合いはひとまずの方向性を固める。


 王太子に無条件降伏はしない。重税や圧力が始まったら、民兵を組織し、商人や周辺の同調者を探す。そして長期戦となっても、領地を守り抜く――そんな大筋で意見がまとまったのだ。


「これからやるべきことは山積みですが、一歩ずつやっていきましょう。……セシリア、あなたの政治的知識が大きな力になるはずです」

「ええ、少しは役に立てるよう頑張るわ。……よかった。ちゃんと協力してくれる人がいて、わたしもうれしい」


 セシリアが素直に言葉を漏らすと、デニスやアイリーン、そして領民代表たちもほっとした表情を見せる。グレイスは「セシリア様がいれば心強いです!」といつもの調子で声を張り、広間が少し明るくなる。


 俺は胸の奥で安堵を感じながら、気を引き締め直す。まだ序章に過ぎない。この評議会は、後に「クリフォード領が王太子に対抗するための組織づくりを始めた瞬間」として語られるかもしれない。革命軍――そこまで大袈裟かは分からないが、王太子に対抗するための基盤はここに芽吹いたのだ。


(そうだ。ここからが勝負だ。皆で立ち上がるなら、どんな苦難でも乗り越えられる……はず)


 心中でそう自分を励ましつつ、評議会を終える。会議室を出る皆の表情は決して明るいとは言えないが、意志は決まっている。


 廊下を歩きながら、俺はセシリアの横顔に目をやる。彼女は昨夜の悩みを引きずっているかと思いきや、毅然とした瞳で前を見つめていた。昨日の涙が嘘のように、その姿は凛々しい。


 そう、もう悩んでいるだけでは前に進めない。王太子の影は日に日に濃くなるが、俺たちは抗う手段を見つけたのだ。ここから始まる大きな戦いに備え、クリフォード領の結束が固まっていく。


 まだ道のりは長い。だが、この一歩こそが俺たちの未来を切り開く要となるのだ――そんな高揚感と緊張を胸に抱きながら、次なる作戦に向けて動き始めるのだった。

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