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第35話 王都からの書簡

 翌朝、書簡が届いたという報告を聞き、俺――レオン・クリフォードは嫌な予感を拭えないまま執務室へ急いだ。グレイスが息を切らせながら入室してきて、手には王都の紋章が押された封書を握りしめている。


「レオン様、こ、これ……王太子殿下の紋章が……」

「わかった。ありがとう、グレイス」


 王太子フィリップからの手紙――言うまでもなく、良い内容であるはずがない。少し手が震えるが、このまま放置するわけにもいかない。素早く封を切り、中身を読む。


 そこには、思ったとおりの脅し文句が並んでいた。


「クリフォード領当主代理レオン・クリフォードへ――セシリア・ローゼンブルクを直ちに王都へ引き渡せ。さらに領内に眠る資源があれば、それも速やかに献上せよ。従わぬ場合は反逆者とみなし、厳正なる処断を行う――」


 俺は一気に読み下し、深い溜め息をつく。手紙の文面はあまりに乱暴だが、フィリップの強権を考えれば、こんなのは序の口だろう。どうやって対抗すればいいのか。


 すぐに父アルフレッドと、セシリア、デニス、そしてグレイスを集めて協議を始めることにした。執務室の大きなテーブルを囲み、皆が硬い表情で座っている。


「……やはり来たか。脅迫そのものだな」


 病床から無理をして出てきた父アルフレッドが、手紙の内容を聞きながら渋い顔をする。唇を噛みしめるようにして、椅子に寄りかかった。


 セシリアは眉をひそめ、うつむきがちに口を開く。


「従わないと“反逆者”扱い……。王太子なら本当にそう仕向けられるわ。国全体が殿下の権力を恐れてるもの」

「資源って……レアメタルの話、どこまで嗅ぎついているのかしら。もし完全に把握されてるなら、これ以上隠しようがないんじゃ……」


 グレイスが不安げにつぶやく。確かに、王都に漏れている情報がどれほどの精度かはわからない。だが少なくとも、殿下側が俺たちが何か“利益を生む鉱物”を発見したらしいとつかんでいるなら、彼らが動く日は近いだろう。


 デニスはいつもの冷静さを失ってはいないが、その拳を固く握りしめているのがわかる。


「少なくとも、殿下はセシリア様がここにいるという確信を持ってますね。しかも“資源”を献上しろと言う以上、レアメタルの存在も認識している可能性が高い……」

「だけど、なぜ今? 本格的に軍勢を動かす準備でもしているのかしら。それとも、こちらに先に揺さぶりをかけて、内部から屈服させようという腹積もりか」

「たぶん両方だと思うよ。脅迫に応じず抵抗しようとしたら、軍を投入して叩き潰す……そんな展開が最悪だな」


 俺はそれぞれの顔を見回す。父アルフレッドの表情は厳しく、セシリアは沈痛な面持ち。グレイスやデニスも、今の状況を深刻に捉えている。


 少しの沈黙が落ちたあと、父が苦しそうに咳き込みながら、静かに口を開く。


「我々はどう動く? セシリア嬢を引き渡すなど、わたしには到底考えられん。あのような脅迫に屈しては、領地の誇りも何もあったものじゃない」

「もちろん引き渡せません。セシリアだって、“処分”されるのが見えています。それに資源を差し出せば、ただ利用されるだけでしょう。殿下が手にすれば、わが領地は吸い尽くされ、わたしたちは捨てられる」


 そう断言すると、セシリアが「……申し訳ない」と表情を陰らせる。


「わたしがいなければ、クリフォード領もここまで追い込まれなかったのでは……」

「違うんです、セシリア。すでに殿下が目をつけていたなら、いつかはこんな圧力が来たはず。あなたの存在は言い訳にされてるだけですよ」

「そう……ありがとう。でも、実際にわたしは狙われているし、この領地も危険が増してしまっている。……ごめんなさい、アルフレッド様、レオン」


 うつむくセシリアに、父アルフレッドは力強く首を振った。


「謝る必要はない。わたしも息子も、この領地を守るために動く意思は変わらない。それは、セシリア嬢を守ることとも直結しているはずだ」


 セシリアは何か言いたげだったが、言葉にならないようで小さくうなずく。俺も父の決意に同調するように声を上げた。


「書簡の返事はどうしましょう? 従う気がないなら、下手に挑発もできないですよね。無視すれば“反逆”扱いを加速させるだけだし……」

「形式上は、答えを濁す手紙を送るくらいしかないか。時間稼ぎをしながら、こちらの体制を整えよう。……兵を動かすなら、ある程度の備えをしておかないと」


 デニスが静かに提案すると、父と俺はすぐに賛同した。無論、わずかな時間を稼げる程度だが、やらないよりはマシだろう。


「この辺境で大軍を迎え撃つなんて考えたくもないけど、避けられない可能性があるのね……」


 セシリアの声は消え入りそうだ。王太子の軍勢が来れば、正面から当たっても勝ち目は薄い。だが、だからといって屈服すれば、領地はただ踏みにじられるだけとなる。


 グレイスがしゅんとした表情で、「そんな……戦いなんて怖いです」とつぶやくのに、デニスが肩をすくめる。


「わたしも戦いは避けたいですが、向こうが本気で攻めてきたらやるしかありません。少なくとも、領地を丸ごと蹂躙されるのはまっぴらですし」

「ええ、そうよね。わたしたちは自分たちの家を守る権利があるわ」


 セシリアが小さく微笑み、デニスと目を合わせる。いつかの夜会の喧騒や暗殺未遂とは違う、共闘の意識がそこにあるようだ。


 父アルフレッドが苦しい呼吸を抑えつつ、椅子から少し身を乗り出した。


「……時間をかけて仲間や同盟を探せぬものか。わたしの古い友人や、アイリーンの商家ルートを使えば、わずかながら援護してくれる勢力があるかもしれん。しかし、あまり大きな支援は望めないかもしれない」

「でも、やらないよりはいいか。仲間を増やさないと、王太子相手にほんの少しでも対抗するのは無理筋だろうし……」


 俺は父の言葉に同意を示す。とにかく、何もしないまま殿下の一方的な要求に従うわけにはいかない。


「じゃあ、まずは王都の書簡にはぼかした返事を出す。そして、アイリーンや周辺への協力要請も考える。あと……」

「あのレアメタルの件も、今は秘密を徹底ですね。噂が漏れれば、殿下の動きが加速するかもしれない」

「そう……。レアメタルを活かすにしても、今は下手に取引もできない。下準備も何も整ってないから、王都から目をつけられるだけリスクが大きいわ」


 セシリアは冷静な判断で周囲を納得させる。彼女の政治知識が徐々に頼りになってきたが、それを活かすにはまだ地盤が足りない。


 こうして、一同は緊迫感を胸に抱えながら方策を練る。それでも、当面は具体的な解決策が見えないままだ。父アルフレッドが苦い顔をして、「情けないが、まだあまり動けん」とつぶやくと、セシリアがそっと声をかけた。


「ご無理はなさらないで。レオンとわたし、それに皆が協力しあって進めますから。……アルフレッド様こそ、お身体を大事に」

「ありがとう。わたしがもっと丈夫ならよかったのだが……」

「父上、そんなこと言わないでください。俺たちが力を合わせて守りますから。絶対にあの書簡を受け入れるわけにはいかない」


 その言葉に、テーブルを囲む全員が静かに気持ちをひとつにする。王太子フィリップの脅しが現実となるのは時間の問題――しかしだからこそ、今こそ動くときだ。


 手紙を一瞥(いちべつ)し、レオンはその真意を見透かそうとする。


(殿下は絶対、セシリアを引き渡すだけでは満足しないはず。資源も奪い、領地を支配し、俺たちを排除する。そんな未来は絶対に認められない)


「……書簡の返事、どうしますか? グレイスが使者を返事とともに送り返すんですよね?」


 デニスが確認し、俺は小さくうなずく。


「ああ、できるだけ穏便な口調で、検討に時間を要するとでも言っておこう。はっきり拒絶はせず、あやふやにする。時間を稼ぐしかない」

「そうね、それが最善だわ。殿下はすぐ動かないと読んでいるけれど、何が起きるかはわからない。気を抜かないようにしないと」


 セシリアの言葉に皆が同意する。封筒を再び閉じ、重い決断が下される。強気の拒絶ではなく、巧妙な先延ばし――薄氷のような戦略だが、他に手がないのも現実だった。


 こうして、王都からの脅迫まがいの書簡は領主館に緊張をもたらした。俺たちは守るべきものを守るため、進む道を模索するしかない。深い焦りと、わずかな決意を胸に抱えながら、会議はひとまず終わりを迎える。


 しかし、誰もが察していた。フィリップが本格的に動き出すのは、そう遠くない。次に手を打つとき、ここクリフォード領には更なる試練が襲いかかるだろうと。

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