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第34話 フィリップの次なる策略

 王太子フィリップ・ラグランジュは、王宮の奥深くにある一室で、厳重に扉を閉ざした状態で側近たちを集めていた。豪華な調度品が並ぶにもかかわらず、室内の空気は冷たく張り詰めている。


 宰相や数名の取り巻きは、小声でささやき合いながらもフィリップの様子を窺っていた。暗殺が失敗したという報告を受け、王太子の機嫌は最悪のはずだ。それでも、皆が沈黙するのはフィリップへの恐れがあるからにほかならない。


「――それで、クリフォード領について、あれから何かわかったか?」


 フィリップが椅子に腰掛けたまま、静かな声音で問いかける。その姿は一見、落ち着いているかのように見えるが、指先が机をコツコツと叩くリズムが、苛立ちを示しているようだった。


 宰相が一歩前に出て、頭を下げつつ報告を始める。


「はい、殿下。セシリア・ローゼンブルクは確かにクリフォード領へ逃れた模様。彼の地の領主代理であるレオン・クリフォードが彼女を匿っているようで……。しかも、どうやら“ある鉱物”が領地で見つかったとの噂が密かに流れております」

「ある鉱物、だと?」


 フィリップの視線が鋭く宰相を射抜く。宰相は小さく息を呑みながら続けた。


「詳しくはまだ不明です。ですが、レアメタルだとか希少資源だとか、そういった言葉がささやかれています。真偽のほどは定かではありませんが……もし本当なら、あの辺境が急に潤う可能性があるかもしれません」

「ふん……セシリアだけではなく、そんな宝まで手に入れたというのか。レオン・クリフォードの田舎者が、身の丈を超えた宝を……。面白いじゃないか」


 フィリップは机を叩く手を止め、薄く笑みを浮かべる。苛立ちよりも、むしろ興味をそそられた様子だ。そばに控えていた側近の一人が、恐る恐る進み出て言葉を足す。


「もしその鉱物が実際に価値あるものなら、辺境とはいえ、放っておけば力をつけるかもしれません。殿下に楯突く勢力の助力となる可能性も……」

「それは許せんな。わたしを侮辱した下級貴族が、余計な力を得てのさばるなどあり得ない」


 フィリップの声は低く、しかしそこには静かな殺気が混じっていた。貴族たちが一斉に身をすくめる。殿下が本気で動き出したら、誰も止められないことを皆が知っているからだ。


「殿下、では早急に軍を動かしては? いっそ、叛逆の疑いありとしてクリフォード領を踏み潰してしまうのも一つの手かと……」

「愚か者。そんな大っぴらに動けば、周辺諸侯に余計な警戒を与えるだろうが。わたしは時間をかけて軍を拡張している最中だ。今ここで大軍を地方に派遣すれば、内部外部ともに反感を買う。むやみに騒ぎにして、こちらの手の内をさらしたくない」


 王太子フィリップは一方的に言い放つ。確かに、彼は軍拡や他国との密約を進めている真っ最中だ。いま大々的に動いても、得られるものと失うもののバランスが悪い。時間をかけて完璧な包囲網を築きあげ、的確な一手でクリフォード領ごとレオンとセシリアを潰すつもりなのだろう。


 貴族たちは口を挟めず、ただ「殿下のおっしゃる通り」「仰る通りです」と追従する。


「……セシリアなど、最初から婚約破棄すると決めたときにさっさと始末しておけばよかった。だが、こうなった以上、より確実に処分するまで。奴らに逃げ場はない」


 フィリップは片手を握りしめながら言葉を続ける。その瞳に宿るのは、徹底的に叩き潰そうという意思の塊だ。セシリアが潜んでいる以上、クリフォード領は彼にとって絶好の標的となる。


「殿下、暗殺は一度失敗しておりますが、追加で動員すれば……」

「焦るな、と言っている。失敗した馬鹿どもを再び使う気はない。新たな手駒を集めよ。わたしの軍拡計画が完了するまで、巧みに動きを抑えるのだ」

「はっ……仰せのままに」


 宰相や側近たちは深く頭を下げる。フィリップは窓辺に視線を向けながら、思案しているようだ。あの辺境の領地にレアメタルが眠っている――それが事実なら、手に入れたいのは当然だし、同時に王太子の威光を見せつける好機にもなり得る。


「よいか、これからじっくりと事を進める。いずれ、この王国で反抗しようなどという輩を一掃し、わたしの理想どおりの体制を築く。セシリアもレオン・クリフォードも、その礎となるだけだ」

「は、はい……殿下。それで、周辺国との密約の方も、予定どおり進めております。輸入兵器の取引や外交についても、問題はないかと」

「うむ。すべてわたしの構想の一部に過ぎん。あの下級貴族どもが身の程をわきまえずレアメタルなどを手にしても、所詮は小魚が宝を拾った程度の話だ。いずれ、彼らごと取り込むか踏み潰すか、好きにできよう」


 王太子フィリップは、これ以上ないほど冷酷な笑みを浮かべる。貴族たちは沈黙するしかない。宮廷内で彼に反抗すれば、自分の身が危うい。だからこそ、こうして誰もが目を伏せ、王太子の言葉に従うしかないのだ。


 フィリップがゆっくりと立ち上がり、部屋の奥へと歩みを進める。その背中に一同は恭しく頭を下げるが、フィリップは振り返らずに最後の言葉を落とす。


「――さしあたってクリフォード領の動向を探れ。もし奴らが外部と接触したり、レアメタルを取引しようなどと企んでいるなら、その証拠を握って制圧を仕掛ける。兵力が整い次第、あの地はわたしのものだ」


 それだけ言い残して、重厚な扉が閉まる。王太子の気配が去ったあとも、室内に残った貴族や宰相、側近たちは余裕のない表情で顔を見合わせる。背筋に寒気を感じながらも、「殿下の命に従わねば」と自分たちに言い聞かせるしかなかった。


 こうして、フィリップは新たな策略を整え始める。セシリアとレオンが逃げ込んだクリフォード領に関して、レアメタルの情報を握りつつ、軍備を完成させるまでは大きく動かない。


 しかしその時が来れば、一気に飲み込んでしまおう――まさに王太子の静かな狂気を孕んだ計画が進行しつつあった。


 今はまだ、表向きは大きな動きがないだけ。だが王都の闇には、フィリップの野心と歪んだ忠誠心が渦巻いている。この嵐の前の静けさがいつ破られるのか、宮廷中が怯えに包まれながら時を刻んでいた。

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