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第31話 互いを想い合う気持ち

 夕食後のダイニングは、昼間の喧噪とは打って変わって穏やかな空気に包まれていた。


 質素だが温かな料理が並んだテーブルの上には、夕食の名残りがいくつか残されている。セシリアは普段なら絶対に口にしないような野菜中心の田舎料理を、少しずつ味わうように食べ進めていた。そこに脂ぎった高級食材などはないが、素材そのものの甘さや素朴な味つけが、意外と口に合ったらしい。


「……こんな料理でも、案外いけるのね。王都じゃ出回らない野菜が多いし、味も新鮮だわ」


 セシリアが軽く息をついてそう告げると、俺は少しだけ誇らしい気持ちになった。ふだんは辛口な彼女がちゃんと評価してくれると、領地の皆が喜びそうだ。


「それはよかった。うちの領地は大した贅沢はできないけど、その分食材は新鮮だ。農作物も心を込めて作ってるからね」

「ええ、そう感じる。……グレイスも料理の手伝いをしたの?」

「は、はいっ! 野菜を切るのは苦手なんですけど、頑張りました! セシリア様のお口に合ったなら嬉しいです!」


 グレイスは満面の笑みで胸を張る。ドジな彼女だけど、意外と料理への熱意はあって、最近は少しずつ腕を上げているらしい。


 セシリアは「そう。ありがとう」と素直に応じ、食器をそっと置いた。その動作には貴族らしい優雅さがまだ残っているけれど、硬い表情はだいぶ和らいで見える。


「それにしても、ずいぶん落ち着いてきたな。最初はこの家にすら嫌そうだったのに」


 俺がからかうような口調で言うと、セシリアはむっとした顔を向けたが、すぐにふっと笑みに変えた。


「別に、嫌ってわけじゃないわよ。慣れないだけで。……まだ、この田舎生活に戸惑うことは多いけど、悪くはないと思い始めてる」

「そう言ってもらえるなら助かる。せっかく一緒に暮らすなら、窮屈すぎるのは辛いだろうし」

「……そうね。いまはまだ落ち着いていられるけど、いつまた王太子の手が伸びてくるかわからないわ。だからこそ、一日の終わりくらいはリラックスしたいのかも」


 セシリアが小さく息を吐く。王太子フィリップの脅威が常に潜んでいる状況で、完全にリラックスなど難しいはずだが、それでもこの邸宅の空気は彼女の心に一時の安らぎを与えているらしい。


 その証拠に、彼女の眼差しがどこか柔らかい。相変わらず言動にはツンとしたところが残るが、前みたいに壁を感じることは減った。


「……ところで、レオン。あなたはこれからどうするつもりなの?」


 セシリアがカップを手に取りながら問いかける。


「ん? どうするって、いろいろあるけど。王太子のこと、資源のこと、領地のこと。全部同時進行だからなぁ。正直、悩みは尽きないよ」

「わたしはそこに協力する立場ってことになるのかしら。王太子に追われる身ではあるけれど、ここをただの隠れ家にするつもりはないわ」

「助かるよ。その政治的な知識や経験は、俺には絶対に必要だから」


 俺が素直に感謝を述べると、セシリアの唇がわずかに動いて「……頼ってもらうのは嫌いじゃないわ」とつぶやいた。彼女なりに受け入れる気持ちが芽生えているのだろう。


 不思議な静けさの中、俺たちはお互いの瞳を見つめ合った。昼間は領民の子供たちとも触れ合い、彼女が少しずつこの土地に溶け込むのを感じた。どこかくすぐったいような安心感がある。


「レオン様、セシリア様、お茶のおかわりいりますか?」


 グレイスがタイミングを見計らって声をかけてくる。すると、セシリアは「お願い」と短く答え、俺は「俺も」と軽く手を挙げる。


 湯気の立つお茶が再び注がれ、気まずいような、でもどこか居心地のいい沈黙が落ちる。


「こうして話していると、まるで普通の仲間同士みたいね。王太子の影も、希少資源の重圧も忘れそうだわ」


 セシリアのその言葉に、俺はうなずいた。


「確かに。俺も一瞬、全部忘れてしまいたいくらいだ。……でも、この時間があるからこそ明日も頑張れる気がする」

「ふふ、それは同感ね。……あまり甘えすぎると、現実が来たときに大変だけど」


 そう言いながら、セシリアの瞳はほんの少し寂しそうにも見える。きっと不安が常にあるのだろう。


 俺は思わず口を開く。


「俺は君を、そしてこの領地を守るつもりだよ。力足らずかもしれないけど、父や領民たち、そしてセシリアと一緒になら、きっと何かできる。……そんな気がしてるんだ」


 セシリアはかすかに息を呑んだかもしれない。けれどすぐに、照れを隠すように視線をそらして、「……本気で言ってるのね」とだけ言う。


 俺はうなずく。言葉にしなければ伝わらない、でもそれ以上口にすれば、自分の中の何かが変わってしまいそうで怖い。


 そんな雰囲気を破ったのは、やはりドジな侍女の存在だった。


「わわっ、ごめんなさい! ひゃあっ……! きゃー!」


 ダイニングの隅で、グレイスが盛大にぶつかる音とともに悲鳴を上げる。何やら壺を落としたらしく、ガシャンという破砕音が響き渡った。


 俺とセシリアは一瞬驚いて顔を見合わせ、それから同時に立ち上がる。


「グレイス、大丈夫か!?」

「ご、ごめんなさい! ここに置いてあった壺が……落ちて割れちゃったみたいで……うう、わたしったら……」


 グレイスは落ちて割れた陶器の破片を前に、今にも泣きそうな顔をしている。セシリアが呆れ顔で「またなの?」と口にするが、その声には苛立ちではなく、どこか優しい響きが混じっていた。


「とにかく手を怪我しないようにね。ほら、布巾か何かないの? 破片を片づけるから」

「う、うん! ああ、すみません、本当に……片づけます、片づけます!」


 バタバタと後始末を始めるグレイスを見て、俺とセシリアは顔を見合わせ、くすっと笑い合ってしまった。


 王太子の脅威や、希少資源という火種が存在しているのに、この一瞬はまるで普通の生活の中のハプニングみたいだ。セシリアも昼間よりずっとリラックスしているように見える。


「……やれやれ、いつのまにかドタバタが日常化してるな」

「でも、悪くないわね、こういうの。少なくとも退屈はしないでしょう」

「だな。……じゃあ、続きはまた後で。グレイスのフォローしないと二次被害が出そうだし」

「ええ。わたしも少し手伝うわ」


 こうして、夕刻のダイニングはグレイスのドジをきっかけににぎやかさを取り戻す。俺とセシリアも何気なく皿を片づけ、壺の残骸を拾いながら、お互いの距離感をほんの少しずつ縮めていく。


 守りたい、そして頼りにしている――そんな気持ちを互いに抱きつつ、口には出さない。でも、その思いは確かにあたたかな空気を運んできている。明日にはまた荒波が待ち受けているかもしれないが、今日だけは、こんな日常の一幕を大切にしていたいのだ。

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