第27話 資源がもたらす利益とリスク
翌日、領主館の一室に家族と仲間が集まり、あの“光る鉱石”について話し合うことになった。俺とセシリア、アイリーン、そして病床の父アルフレッド、さらにグレイスも端っこで控える形だ。
父は苦しそうな咳をこらえつつも上体を起こし、真剣なまなざしをこちらに向けている。アイリーンは帳簿やらメモやらを手に、いつにも増してきびきびしている。
「それで、その石って本当にレアメタルなの?」
開口一番、アイリーンがずばり本題を切り出す。
セシリアは指先で例の鉱石の欠片をそっとつまみ、光にかざしてみせた。
「わたしが学んだ知識の範囲では、かなり可能性が高いわ。特にこの硬度と輝き、そして独特の質量……。武具や工業材料として重宝される金属の派生鉱石だと思うの」
「武具?」
俺が思わず顔をしかめる。武器となれば、領地の平和と真逆のイメージがあるが、それだけ重要な資源だということかもしれない。
「そう。王都でも騎士団が装備する高性能な武具は、希少な金属を使うことが多いわ。もしこれが本物なら、国中の貴族や商人が喉から手が出るほど欲しがるはず。もちろん、殿下もね」
「つまり……めちゃくちゃ価値があるってことだな。領地の財政が全部吹っ飛ぶくらいの利益が見込める?」
アイリーンが目を輝かせる。商家の令嬢としては、そこが気になるポイントだろう。
セシリアが小さく息を吐いて、「利益は莫大でしょうね」とつぶやいた。
「ただし、その分リスクも大きいわ。王都や周辺諸国にこの情報が漏れたら、奪い取ろうと動く勢力が必ず出る。王太子フィリップが知れば、尚更」
その言葉に、父アルフレッドがうなずく。
「ふむ……やはり、何かの形で制圧される危険もあるか。クリフォード領は小さく、軍勢など持っていないからな」
俺は父の顔を見て、深い不安を共有する。まだ療養中の父を抱え、王太子に付け狙われている今、これ以上火種を抱えるのは相当きつい。
「でも、もし活用できれば、領地の借金や不安定な財政を一気に解決する手段になりませんか?」
グレイスが遠慮がちに口を開く。彼女なりに、領民の苦労を見てきたからこそ期待を抱いているようだ。
アイリーンは大きくうなずき、「うん、わたしもそう思う。商家としても、新しい鉱石を取り扱えば商機が広がる。でも……」と視線を落とした。
「でも、その利益を目当てに絶対周りが動くわ。わたしの取引相手の中にも、武器商人や大規模な商隊がいる。彼らにバレたら、一気に噂が広まるかもしれない」
「なるほど。噂が広まれば、今度は王太子だけでなく、周辺諸侯や他国まで目をつけてくる。俺たちにそんな大勢を相手にする力はない」
俺が肩を落とすと、セシリアが首を横に振った。
「だからこそ、慎重に動くべき。レアメタルを売るにしても、大っぴらにはできないわね。少なくとも、まだ実際にどれくらいの量が埋まっているかもわかっていないんだから……」
「確かに。量が少ないなら騒ぐほどでもないし、多いならそれこそ大問題になる。鑑定が必要だけど、信頼できる専門家がいないと……。どいつもこいつも裏切る可能性があるし」
「王太子絡みで裏切られたら、一巻の終わりよ。あの男は王都の人材を大半掌握してるわ」
重苦しい空気が漂う。父が穏やかな声で「まあ、今日は情報を共有するだけでいい。結論は急ぐな」と言ってくれた。
俺はその言葉にうなずきつつ、ふと心に引っかかるものがある。ここにいるのは、俺、父、アイリーン、セシリア、グレイス――信用できる顔ぶれではあるが、皆一気に驚きと不安を抱えている状況だ。
「父上の言うとおりですね。今日はまず、この発見を最小限の人に留める。作業員にも口止めして、急いで井戸を掘らずに一旦保留にする」
「ええ、わたしもそう思います。あまりにも危険が大きすぎる……」
セシリアの言葉に、アイリーンが「了解!」と力強く答える。一方でグレイスは「は、はい! わたしも余計なこと言わないよう気をつけます!」と控えめに返事した。
「王都に伝手があるなら、慎重に人選して専門家を呼び寄せるしかないな。俺が王都に戻るのはリスクが高いし、セシリアも当然行けないし……アイリーンに頼るしかないか?」
「うーん、考えとくわ。あくまで極秘裏にね。あまり派手に動くと、王太子の耳にすぐ入るから」
その言葉に、デニスが入り口で控えていたのがふいに思い出される。「おっと、デニスはどうする?」と聞かれないまま、彼は黙って護衛に専念してくれているようだ。
「よし、じゃあ、当面は静観する。資源が本物だと確信が持てるまで、無理に掘らない。外に漏らさない。殿下に嗅ぎつかれたら最悪だ……」
俺が改めて方針を確認すると、父は弱々しくうなずく。「皆、よろしく頼むぞ」と。
その場の空気がいったん落ち着いたものの、緊迫感が消えたわけではない。部屋の外で風が吹き、窓を揺らす音がやけに大きく感じる。
「……ねえ、レオン。わたしはどうすればいいかしら」
不意にセシリアが声を上げた。その瞳に、わずかな戸惑いが浮かんでいる。
「高位貴族としての交渉術は知ってる。でも、今は王太子と対立してる身分よ。私が動いたら足がつくかもしれない」
「確かに、セシリアは表立って行動できません。だけど、領地にいてもらうだけでも心強いですよ。いざとなったら、政治や貴族の情報に詳しいあなたのアドバイスが絶対役に立つ」
俺がそう言うと、彼女はうっすら笑みを浮かべた。
「……わかったわ。じゃあ、貴方の領地にしばらく“滞在”するだけじゃなく、少しは役に立たせてもらうとしましょう」
ツンとした言い回しながらも、その瞳には以前より柔らかな光が宿っている。まるで、ここで生きる道を見出そうとしているようにも見える。
アイリーンが「それなら領民との間に入って、レオンの補佐をするのもいいかも!」と提案すると、セシリアが少し恥ずかしそうに「んん……考えておく」と言葉を濁す様子に、皆がクスリと笑う。
「よし、じゃあこれで今日のところは解散。すぐにどうこう動く問題じゃないし、騒ぎを大きくしないのが最優先だ。王太子には秘密で、こっそり話を進めよう」
そう言いながら、俺自身も胸がざわめく。財政を立て直す大きなチャンスでもあり、同時に命取りにもなりかねない。
部屋を出る頃、セシリアがそっと袖を引っ張ってきた。
「ねえ、レオン……この領地と希少資源、どちらも貴方の大切なものだってわかったわ。わたしも微力ながら力になるから」
意外な言葉に、思わず胸が熱くなる。だが俺は照れ隠しに笑い返し、「ありがとう」とだけ答えた。
こうしてクリフォード領に新たな火種が生まれる。その輝きは救いになるのか、それともさらなる混乱を招くのか――まだ、誰にもわからない。じりじりする焦りと希望の入り混じった空気だけが、部屋の中に名残を残していた。




