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第26話 井戸掘りからの発見

 朝の涼やかな風が吹き抜ける中、俺たちは領内の東側にある小高い丘のふもとへ足を運んだ。ここは新しい井戸を掘ろうと、領民たちが数日前から作業を続けている場所だ。大規模な川が近くになく、どうしても井戸水に頼らざるを得ないから、井戸の追加は死活問題に等しい。


「皆、けがだけは気をつけてくれよ。無理はするなよー!」


 俺が声をかけると、作業服姿の領民の男たちが「おう!」と頼もしい返事を返してくれる。


 若者から年配の人まで入り混じって、泥まみれになりながら、シャベルで地面を掘り下げている様子はなかなか大変そうだ。それでも、彼らの表情にはやる気がみなぎっていた。


「レオン様、この辺りは結構硬い岩が多いらしいですね。でも水脈が近くにあるって噂なんです!」

「そうなのか。やっぱり地形的に地下水が出やすいんだな。少しでも豊富な水源があれば、農作業にも大助かりだ」

「はい! あ、うわわっ、危ない……」


 グレイスが足場に気づかず、転びそうになるのをデニスがさっと腕を伸ばして支える。いつものドジっ娘ぶりだが、笑ってばかりもいられない。この井戸作業が成功すれば領民の生活が随分と変わるのだから。


 そんな場面を、セシリア・ローゼンブルクは少し離れた場所から眺めていた。都会育ちの彼女にとって、土まみれの労働現場はなじみが薄いはずだが、その瞳には興味がきらりと光っている。


「大勢で力を合わせるのね。王都の工事なんかじゃ、工法や人夫の管理も複雑なのに……ここでは意外とスムーズに進むのね」

「まあ、皆で協力するのがこの領地の流儀というか、自然なんです。細かいルールじゃなく、お互い助け合う感じでやってきたから」

「ふうん……。でもそれで、なかなか上手くいかないことも多かったんじゃない?」

「はは、正直それは否定しないです。けど、こうやって一歩ずつでも成果を出せればいいかな、と」


 俺が苦笑すると、セシリアは「なるほどね」と小さくつぶやき、目線を再び井戸掘りの現場へ戻した。彼女が特に鋭い指摘をするわけでもなく、ただ静かに観察しているのがちょっと不思議だ。


 すると、急に作業場の一角から大声があがる。


「おい、なんだこれ! なんか変な石が出てきたぞ!」

「光ってる……? え、まさか金とか?」

「お、おいふざけんなよ、金属にしちゃヘンな感じだぜ……」


 ざわざわと領民が集まり始める。俺もあわてて駆け寄ると、そこには土くれの中にキラキラと輝く石が混じっていた。金というわけでもなく、銀でもなさそう。だが、何だか只者ではない雰囲気が漂っている。


 グレイスが目を瞬かせ、「き、綺麗……! でも、いったい何の石ですかね?」と首をかしげる。


 デニスが手で軽く拭いながら見極めようとするが、「硬そうな鉱石だな……俺も詳しくはわからない」と首を振った。


「……見せてみなさい」


 そこに、セシリアが小さく息をついて一歩前に出た。皆が驚いたように道をあけると、彼女はその光る石をひょいと拾い上げる。


 近くの清水で表面をざっと洗い、日光に透かして確認し始める。真剣なまなざしだ。


「これは……少なくとも貴金属ではないわね。でも、不純物が入り込んだ金属鉱石の可能性がある。王都の学問で多少習ったけれど、こういう色と質感……」

「そ、そんなに特別なものなんですか?」

「ええ、ただの装飾石じゃない気がするわ。……あくまで憶測だけど、ものによっては、これがレアメタルと呼ばれる鉱脈の一部かもしれない」


 セシリアの言葉に、周囲が一気に息を呑む。レアメタル――普段は王都や鉱山地区で話題になるような希少資源。それが俺たちの領地に? 信じられない話だ。


 領民の一人がおそるおそる言う。


「そ、そんな大層なもんが、こ、こんな井戸掘りで……?」


 セシリアは石を軽く叩きながら、難しい顔をして首を傾げる。


「正確な鑑定は専門家を呼ばないとわからないわ。でも、これほど光沢があって、しかも強度も高そう……ただの石にしては妙に重い。可能性はある。場所によっては結構な鉱脈が眠ってるかもしれない」

「ま、マジかよ……!」

「レオン様、どうしますか? もし本当に希少鉱脈があるのなら、領地が大きく変わるかもしれませんよ!」


 グレイスが目を輝かせる。俺は一瞬、頭が白くなるほど驚いている。たしかに井戸を掘れば地中深くまでいくし、偶然鉱石に当たる可能性はゼロではない。だが、本当にこんな形で見つかるとは……。


 そしてもう一つ、強烈な不安が胸に芽生える。もしこれが希少な資源だと知れ渡れば、王都や他の領地が放っておくわけがない。今ですら王太子に目をつけられている状況で、さらに大きな争いを生む可能性がある。


「……これは、いいニュースなんだろうけど、同時に大変なことになるかもな」

「そうね。貴重な資源は諸刃の剣。下手をすれば余計に敵を増やすだけ。だけど、今の領地の財政を救う可能性も大きいのよ」

「ええ、セシリアの言う通りです。どこかでバレたらどうなるか……考えるだけで胃が痛いけど、ここは冷静に手段を講じなきゃいけませんね」


 俺が苦い表情でつぶやくと、セシリアはキッと眼差しを鋭くしながらうなずく。


「時間をかけてここを掘るのもリスクがある。少数精鋭で調査し、外に情報を漏らさないようにするのが得策ね」


 領民たちも、すでに少しパニック気味だ。喜びと不安が入り混じった声があがっている。俺は両手を広げて彼らを落ち着かせる。


「皆、とりあえず今日の作業はここまでにしよう。あんまり深く掘って失敗したり、噂が広がったりするとまずい。あとで作戦を立てるから、くれぐれも秘密にしてくれよ」

「りょ、了解っす……!」

「わ、わかりました、レオン様」


 そうして領民たちは半信半疑のまま、井戸掘りを中断して帰っていく。俺もセシリアと顔を見合わせ、どうにも落ち着かない気分を共有した。


「まさか、本当にレアメタルの鉱脈が眠っているなんて……」

「本物かどうかまだ断定はできないけど、可能性は高いと思う。これを利用できれば、王太子の脅威に対抗できるかもしれない。逆に狙われる可能性もあるわ」

「本当に、諸刃の剣だな……。どちらにせよ、早めに手を打つ必要がある。専門家を呼ぶとしても、誰を信じられるかが難しいところだが」


 セシリアが小さく息を吐き、「わたしの知り合いに、鉱物関係に詳しい叔父がいるけど、今さら頼れるかどうか……」とつぶやく。


 王太子との断絶がある今、下手に王都ルートで動けば、すぐに嗅ぎつかれるリスクもある。俺たちの内部だけでどうにかできる問題ではないが、慎重に判断しなければならない。


「とりあえず、父にも一応伝えるか。セシリアがいてくれて助かった。俺だけじゃ絶対に石の正体に気づかなかったろうし……」

「それはお互い様よ。わたしも身の置き所がなく、こうして貴方の領地に救われている立場なんだから」

「じゃあ協力して、この領地の危機と自分たちの危機を同時に救いましょうよ。簡単じゃないけど……きっと何か方法があるはずです」


 そう言うと、セシリアは眉をひそめながらも笑みのようなものを浮かべた。


「ふふ、あなたは本当に楽観的というか……でも、その前向きさがいい方向に動くと信じたいわ」


 俺も苦い笑いを返す。怖いものは怖い、でもそれでも前に進まないとな。


「とにかく、一旦戻ろう。詳しい話はあとで作戦を立てよう。絶対に外に漏らさないよう、気をつけないとね」

「ええ、わかったわ」


 こうして、井戸掘りから派生した思わぬ大発見――希少資源の可能性に、俺たちは動揺と期待と恐れを抱きながら領主館へ戻っていく。


 レアメタル鉱脈という扉を開けてしまった以上、この領地の運命が大きく変わるのは間違いない。果たしてそれが光の道なのか、深い闇へと続くものなのか、俺はまだ何もわからないまま、息をのんでいた。

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