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第24話 父アルフレッドとの対面

 父の部屋へ足を踏み入れると、胸の奥がぎゅっと締まるような思いがした。


 アルフレッド・クリフォード――俺の父は病に伏せって久しい。昔はまだ領地を支えるだけの体力と気力があったのに、いまはこの狭い部屋から出ることも難しい状態だ。


 しかし、その瞳にはまだ力が宿っている。父がベッドに横になったまま微笑みを浮かべ、こちらを見つめていた。


「レオン……帰ったんだな。無事だったか? 連絡が途絶えて、心配していたぞ」

「ごめんなさい、父上。……ちょっと色々あって遅れました。体調はどうですか?」

「はは、相変わらずだ。あまり動けんが、こうして息子の顔を見られるだけでも救われる」


 父は痩せた手で俺の腕をそっと握る。病による消耗は大きいが、その笑顔はまだ温かい。


 グレイスが控えめに微笑み、「お久しぶりです、アルフレッド様」と声をかけると、父は小さくうなずいた。


「グレイスもいるのか。おまえたちが帰ってきたということは、何かしら問題があったのだろうな?」

「それが……父上、少しばかり大変なことになりまして……。すみません、詳しい話は後ほど。先に紹介したい方がいます」


 そう言うと、室内に続いて入ってきたセシリア・ローゼンブルクの姿があらわになる。高貴な衣装こそ着ていないが、漂う雰囲気はやはり格が違う。彼女はベッドサイドに近づき、少し居心地悪そうに口を開いた。


「……初めまして、アルフレッド様。セシリア・ローゼンブルクと申します。ご病気のところお邪魔してしまい、失礼いたします。実は、色々あって……」

「やあ、遠いところから大変だったね。こんな辺境の領地にようこそ。私はアルフレッド・クリフォード、レオンの父だ。どうぞ楽にしてくれ」


 父が少し上体を起こそうとするが、危なっかしい。俺が支えに入ると、父はにっこり微笑んだ。セシリアも礼儀正しく一礼する。


 父はすぐにセシリアをじっと見つめると、わずかに首をかしげてから言葉を選ぶように話し始める。


「……失礼ながら、お若いのに、どこか疲れた表情をしておられるね。王都で嫌な目に遭ったのかい?」

「正直、そうとしか言えません。わたしは……王太子殿下の……いえ、もう過去形でしょうけど、婚約者の立場にありました。そして、あり得ない形で退けられました」

「なるほど……聞いてはいたが、王太子のやり方は目に余るな。本来、王家というのは、民や貴族を導く立場なのに……。どうも最近は権力を乱用する話を耳にするんだよ」


 父の目が静かに怒りを帯びる。一方で、セシリアは微妙な沈黙に包まれたまま下を向いている。かつての栄華を失った現実を、こうして口にされると改めて痛感するのだろう。


 父は続けて、セシリアに向けて穏やかな言葉を投げかけた。


「いまや、貴女は王太子殿下からも忌避されているのだろう? うちの息子が命を張ってでも救うべきと判断したということは、よほどのことがあったのか。だが……安心してほしい。わがクリフォード領は狭いが、貴女を拒みはしない」

「……ありがとうございます。こんな遠くに来るのは、生まれて初めてで……まだ戸惑っています。でも、皆さんが温かく迎えてくださって、少し救われてます」


 セシリアの声にかすかな震えが混じる。感謝を示したいが、今の状況ではそれすらもままならないという戸惑いが、彼女の表情から伝わってくる。


 そんな中、父がゆっくりと視線を俺に移した。


「で、レオン。王都で何があった? 殿下に逆らったとは聞いたが、下級貴族のお前が無事に帰ってこられるとは……」

「正直、かなり危なかったです。夜会の場で断罪されるセシリア様を見て、勢いで口出ししてしまって……。おかげで王太子に目を付けられ、暗殺者に襲われたり……」

「ふむ……ご苦労だったな。しかし、これで殿下からの圧力が本格化するのは避けられないかもしれん」

「はい、それを承知の上でセシリア様をかくまうことにしました。この領地だって安全とは限りませんが、王都よりはマシかと」


 父は短く笑い、眠そうに目を閉じる。


「お前は本当に優しい子だ。そこが長所であり、危なっかしいところでもある……」


 俺は苦笑いして、父の肩をそっと叩く。そんな雰囲気の中、セシリアが少し姿勢を正して改めて頭を下げる。


「アルフレッド様、あの……。わたしは、王太子に見捨てられ、ほとんどすべてを失いました。正直、クリフォード領にご迷惑ばかりかけることになるかもしれません。それでもよろしいのですか?」

「もちろんだとも。わたしも息子も、そしてこの領地も、お互い支え合わなければ生きていけない。貴女が必要としてくれるなら、助けるのが筋じゃろう」


 その言葉に、セシリアの目がほんの一瞬(うる)んだように見えたが、すぐに目をそらしてツンとした表情に戻した。「……ありがとうございます。ご恩は忘れません」とだけ言う。


 まるで、彼女の本心をさらけ出すにはまだ時間が必要だと言わんばかりの態度。仕方ない、いきなり打ち解けられるほど生易しい経緯ではなかった。


「父上……もう少し休んでください。話はまたあとでゆっくりと」

「そうだな……すまんが、体が……あまり動かなくてな。セシリア嬢、今日はゆっくり休むといい」

「はい、ありがとうございます。お大事に」


 父が疲れた様子を見せ始めたので、俺はセシリアを促して部屋を出る。扉を閉める直前、父の小さな声が聞こえた。「レオン、頼むぞ」と。


 俺は胸にこみ上げる何かを押しとどめながら、静かに扉を閉めた。


「……アルフレッド様は優しい方ね。本当に……」

「そうですね。病床でも領地や俺のことを気遣ってくれる。自慢の父です」

「少し眠そうだったし……ごめんなさい、無理をさせて。わたしの話なんか聞くより、ご自身の体を大事にすべきなのに」

「父上は昔からそういう人なんです。人を見捨てられない性格は俺に似たのかもしれない」


 そんな言葉のやりとりをしながら、俺たちは廊下を歩く。グレイスが後ろで「わあ……やっぱりお屋敷は落ち着きますね」とキョロキョロしているのを横目に、セシリアがぽつりとつぶやく。


「王太子……フィリップが、こんな場所までわざわざ追ってくるのかしら。田舎とはいえ、逆に隠れるにはいいのかもしれないわね」

「そう思ってもらえるなら嬉しいです。安全とは限らないですけど、力を合わせればきっと大丈夫です」

「レオン……ありがとう。あまり甘えるつもりはないけど、少しだけ、気を抜いていいかしら」

「もちろん。ここはあなたの隠れ家であり、少しの安息の場でもあるんですから」


 するとセシリアはそっぽを向きながら、小さな微笑みを浮かべたようだった。「……なら、甘えさせてもらうわね」と言ったか言わないか定かではないが、そう聞こえた気がする。


 これからどうなるかわからない。王太子の怒りがいつ噴き出し、領地へどんな圧力をかけてくるか予測不能だ。けれど今のところ、父が受け入れてくれた事実だけで、セシリアも少しほっとしているようだ。


 俺は父の安否や領地の行方を思いながら、心の中で固く決意する。――この小さな領地で、セシリアを、そしてみんなを守り抜くために何ができるのか。おそらく楽な道ではないが、やるしかない。


 まだ始まったばかりの共闘生活は、俺たちに多くの試練と、わずかな希望を同時に与える。セシリアが失ったものを再び見つけられるよう、そして俺も王太子に挑む決意を新たにしながら、長い廊下を一歩ずつ踏みしめて進むのだった。

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