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第21話 道中のトラブル

 王都を出て半日ほどが経った。街道をひた走る馬車には、微妙な緊張と気まずさ、そして妙に弾むドタバタ感が詰まっている。


 俺が御者台で手綱を握り、デニスが隣で警戒を怠らない。馬車の中では、グレイスが地図を広げて悪戦苦闘し、セシリアがため息まじりにチラチラと外を見ていた。


「レオン様、この道で合ってるんですよね? 地図によると、もう少し先で分岐があるって書いてあるんですが……」

「ええと、確かにそんな感じだけど、地図の記号がやたら小さいな。ほんとにそこ曲がる必要あるのか? まっすぐじゃダメか?」

「いえ、分岐を見逃すと遠回りになるはずで……あれ、でも、あれ? あっ、やだ、わたし……地図の向き間違えてたかも!」


 グレイスは慌てて地図をひっくり返す。すると、大きく方角がずれているのが判明し、彼女自身が真っ青になった。


「ちょっと! あなた方、本当に大丈夫なのかしら?」


 馬車の奥の方で、セシリアが冷ややかな視線を送ってくる。まあ、そりゃそうだ。王都を抜け、危険を冒してまで逃げてるんだというのに、道中からして怪しすぎる。


「す、すみません、セシリア様。わたし、地図なんてめったに読まなくて……」

「道くらい正確に把握しなさいな。これではいつ敵の追っ手に追いつかれるかわからないじゃない」

「……はい、すみません。うう……」


 グレイスがシュンとして縮こまる。セシリアはツンとしたままではあるけれど、わずかに眉をひそめたまま視線を外に戻す。彼女も無理矢理馬車に乗っている状態だし、快適とは程遠いだろう。


 デニスが横から口を挟む。


「まあ、幸い今は襲撃もなければ追っ手の姿もありませんし、地図を見直して正規ルートを探しましょう。あと、ここの森に入るかどうかが問題ですね」

「森って……できれば避けたいよな。暗殺者が潜んでたら厄介だし」

「レオン様、でも迂回するにしても時間がかかりますよ? どっちにしろ悩ましい……」


 俺が悶々としていると、馬車が突如大きく揺れた。ガタガタという嫌な振動が走り、御者台が不自然に傾く。


 思わず「なんだ!?」と叫んで手綱を引くと、どうやら車輪が溝に落ちたらしい。デニスが身を乗り出して確認する。


「うわっ、車輪の留め具が外れかかってる……! このまま走ると危険ですね」

「まじかよ……セシリア様、すみません、少し止まりますね」


 俺は馬を止め、道の脇で馬車を降りる。グレイスもあわてて降りてきて、車輪を覗き込みながら首をかしげる。


「どうしましょう……わたし、こういうの詳しくないです。あ、デニスさんなら修理できますか?」

「うーん、簡易的な工具なら持ってますけど、本格的に壊れたら困りますね。ひとまず留め直してみます」

「手伝うよ。セシリア様はそこにいてください……」


 ちらりと振り返ると、セシリアは馬車の段差に腰を下ろしていた。相変わらず高貴なオーラを崩さないものの、微妙に居心地が悪そうだ。


「こんな狭い馬車と、でこぼこ道……。普通ならあり得ないわね」

「ごめんなさい。しっかりした馬車を借りる余裕がなかったんで……」

「別に責めてるわけじゃないの。ただ……こういう生活に慣れてないの、わたし」


 セシリアが肩をすくめる。王太子の婚約者という立場がなくなり、高位貴族の威光も失いかけているとはいえ、やはり育った環境が違うのだろう。


 俺はデニスと一緒に留め具を調整しながら、少し先の茂みに視線をやる。何かが潜んでいないかと警戒しながら作業を進める。


「これで少しは持ちこたえてくれそうですね、レオン様」

「よし、これで走れるか……グレイス、一度荷物のバランスを整えてくれ。偏ってるとまた壊れそうだから」

「は、はい! お任せください!」


 グレイスが嬉々として荷物の位置を直し始めると、案の定「うわわっ!」と足を滑らせた。でも何とか踏みとどまって無傷。見てるだけでハラハラするが、本人は必死。


 セシリアが半分あきれ顔で小さくつぶやく。「相変わらず落ち着きがない侍女ね……でも頑張り屋さんというのは伝わるわ」


「……セシリア様、彼女なりに必死なんです。俺たちも、大した準備もなく王都を出たから」

「わかってる。助かってるわ」

「え?」


 思わず聞き返す。セシリアの頬がわずかに染まったように見えたけれど、「別に」とそっぽを向かれてしまった。これが彼女の素直じゃない部分なのだろう。


 そんなツンとした態度に苦笑しつつ、俺は車輪をもう一度チェックする。多少ガタつきは残るが、このままゆっくり走れば領地方面までは持つはずだ。


「よーし、なんとかなったぞ。セシリア様、さっきは失礼しましたね。ほんとはもっといい道具と時間があれば……」

「言い訳はいいわ。今はこうするしかないんでしょう? 逃亡者の道とは、こういうものなんでしょうね」

「逃亡者、ですか……そういうことになりますか。重たい響きですね」

「でも、他に選択肢はなかったのでしょう? 王太子の手が伸びる前に、とにかく走るしかない……」


 セシリアの目が、深く夜会の事件を思い出すかのように陰る。俺たちとて、その余波で苦しい立場にある。全員が全員、背水の陣とも言える状況だ。


 しかし、このギクシャクした旅を乗り切らなければ、先へ進めないのは事実。デニスが大きく伸びをして、馬車に戻るよう促す。


「さあ、早めに再出発しましょう。道を間違えないように地図を確認したら、この先の森を抜けるルートか迂回するかを決めましょう」

「わかりました……グレイス、地図はもう大丈夫なのか?」

「あ、はい、今度こそ完璧です! 多分……」


 そんな頼りない宣言に、セシリアがくすっと笑った。先ほどまで殺気立っていたのが嘘のような、わずかな微笑み。俺もつられて笑みがこぼれる。


「セシリア様、こんな形の逃亡ではありますが、今は協力してお互い生き延びましょう。文句を言ったらキリがないですけど、誰かが欠けても旅は続けられませんから」

「ふふ……そうね。わたしも文句は控えるとするわ。少なくとも、この馬車には感謝してるの。守ってもらう立場だしね」

「ありがたいお言葉です。はい、グレイスも気を引き締めろよ!」

「はーい! 失敗しないよう気をつけますっ!」


 こうして、車輪のトラブルも何とか解決して再び馬車を進める。森に突入するか、遠回りで安全を期すか。まだ課題は多いが、少しずつ心が通い始めたのは悪い気分じゃない。


 素直になれない言動が目立つセシリア、ドジっ娘全開のグレイス、そして頼もしいデニス――何とも変わった旅の一行だが、今はこれしかない。


 郊外の街道はまだまだ続く。遠くには森の影が揺らめき、静かな風が俺たちの行く手に吹き抜ける。果たして無事にクリフォード領まで着けるのか、不安と期待を胸に、旅路は始まったばかりだ。

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