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第20話 王都脱出の準備

 朝焼けに染まる王都の空を眺めながら、俺は宿の裏手で必死に馬車の荷台を整えていた。


 夜会での事件、暗殺未遂、そしてセシリアとの奇妙な共闘――全てが重なって、俺たちは王都からの早急な脱出を決めた。王太子の追及が本格化する前に離れなければ、何が起こるかわからない。


「レオン様、馬車の手配は完了しました!」

「グレイス、ありがとう。代金はかなり高かっただろう……?」

「はい。すごく。わたしの交渉じゃどうにもならなくて、結局予定の倍の金額になっちゃいました……すみません」

「仕方ないさ、時間がないから足元を見られたんだろ。とにかく手に入っただけでもありがたい」


 宿の裏には、新しく借りた少し大きめの馬車が停められている。領地へ戻るには物資をそこそこ積まなければならないし、セシリアをこっそり匿うためにも、広い荷台が必要だった。


 それにしても、慌ただしすぎる。まさか王都に来てからこんな形で逃げることになるとは思わなかった。


「レオン様、こっちはどうすればいいですか? 服や食料、それから……」

「デニス、全部荷台へ放り込んでくれ! 雑に扱わないようにだけ頼む。グレイス、お前は……え、ちょっと!?」


 視線を向けると、グレイスが箱を抱えながら盛大につまずいているところだった。バランスを崩して、箱が大きく傾く。


「ひゃあっ、あ、危ない……――わ、わああ!」

「ストップ! 落とすなよ、割れ物だって聞いたじゃん!」

「わ、わかってますぅ……わっ、うう、よいしょ……!」


 何とか箱を守ろうと四苦八苦するグレイスの姿は微笑ましいが、状況は切迫している。俺はあわてて駆け寄り、箱をひったくるようにして支えた。


 彼女は肩で息をしながら情けない顔をする。


「す、すみません、レオン様。わたし、こういうときほどドジが出ちゃって……」

「はあ……無事ならいいさ。もう少しで中身が壊れるとこだったぞ?」

「うう、余計な出費はごめんです……はい、気をつけます!」


 胸を撫で下ろしながら、デニスが俺の肩をポンと叩く。


「レオン様、荷台への積み込みはこれでだいたい完了です。あとはセシリア様がこっそり乗り込むだけ……」

「助かる。大きな鞄や箱の中に完全に隠れるのは無理があるし、フードで顔を隠してもらうしかないだろうな。出発したら周辺の兵に見とがめられないよう、一気に王都を出るんだ」


 もともとセシリアは“謹慎”という体裁になっているが、ほぼ幽閉のような状況だったらしい。そこをこっそり連れ出すために、夜明け前から動いたのだ。細かい経緯は省くが、とにかくこの計画に失敗は許されない。


 背後の隅で、フードを深く被ったセシリアが静かにたたずんでいる。その横顔からは、昨日までの不安や苛立ちがやや和らいでいる……いや、そう見えるだけかもしれない。


「セシリア様、すぐ出発できますよ。準備は万端……とは言えませんが」

「ええ、ありがとう。昨夜のうちにこうして手配してくれたとは、正直驚いているわ」

「そりゃあ、あれだけの危険に遭ったばかりなので、悠長なことは言ってられませんから」


 俺がひとり苦笑すると、セシリアは小さく息をついた。馬車の足音が聞こえれば周囲に気づかれる可能性もあるが、時間がない以上仕方ない。


 どうにか彼女が身を隠しやすい位置を確保しつつ、デニスが声を低くして提案する。


「王都の兵士や王太子の手下が動き出す前に、早朝に門を抜けるのがベストでしょう。大通りは混雑する前に通り抜けたいですしね」

「そうだな。門番には俺たちがクリフォード領に帰るって話を通すだけで充分。セシリア様の姿はできるだけ気取られないように……」

「……わかってるわ。行き先は貴方の領地、クリフォード領ね。あんな辺境、行ったこともなかったけれど……」


 セシリアのつぶやきには、やや寂しさが混じっている気がする。なにも好き好んでこんな脱出をしたいわけじゃないのだろう。それでも、状況が状況だ。王太子に命を狙われている以上、逃げるしかない。


「大丈夫ですよ、クリフォード領は田舎ですが人があったかいですし、落ち着けると思います。俺たちが全力でサポートしますから!」

「貴方のその言葉、嘘でないことを願うわ……」


 セシリアのつぶやきを聞きながら、グレイスが燃えているのが面白い。荷積みでヘトヘトなのに、本人は「頑張るぞ!」と心の中で叫んでいそうな勢いだ。


 俺は腕にまだかすかな痛みを感じつつ、手早く荷車の上部をシートで覆い、見た目から中身がわからないように工夫する。これで多少はセシリアが隠れられるはずだ。


「よし……これで一通りそろった。あとは門を突破するだけ。動くぞ、みんな」

「はいっ! 任せてください!」

「ええ、こちらも準備完了です、レオン様」


 緊張が走る。王都の城門は早朝とはいえ多少の検問があるだろうし、王太子の兵が目を光らせていないとも限らない。


 デニスが先頭を、俺が馬車の御者台に座り、グレイスが後部で荷物を押さえる。セシリアはシートの影に身を潜めている。出立前に最後の点検をして、馬車の車輪をドンと叩いて合図する。


「オーライ……行くぞ!」


 馬が小さく(いなな)き、車輪がゴトリと回る。いよいよ、王都脱出に向けた旅路が始まるのだ。


 周囲を警戒してキョロキョロするグレイスの姿が微笑ましいが、冗談を言っている暇はない。後ろには王太子の配下がいるかもしれないし、暗殺者が再度狙うかもしれない。


「……セシリア様、窮屈かもしれませんが、少しの辛抱です。領地までの道のりはそこそこ遠いので……」


 ちらっと声をかけると、シートの奥から小さな返事が聞こえる。


「ええ、大丈夫。命がかかってる以上、多少の不便は我慢するわ……ありがとう、レオン」


 その声にはわずかな温もりが含まれている。あれほど強い光を放っていた彼女が、今はひっそりと震えている姿を想像すると、こちらの胸が苦しくなる。


 俺は歯を食いしばり、しっかり手綱を握る。責任は重大だ。だけど、こうせずにはいられないのだから、やるしかない。オーライ、と自分に言い聞かせて馬を叩く。


「さあ、クリフォード領へ帰るぞ……ぜったいに、無事に着いてみせる」


 グレイスがうんうんと力強くうなずき、デニスが剣に手をかけつつ周囲を睨む。まだ始まったばかりの逃亡行――王都から離れれば、それはそれで道中の困難が待っているだろう。


 けれど、セシリアを救うため、そして俺自身が王太子に逆らった責任を果たすため。もう迷っている時間はない。


 こうして、俺たちの馬車は王都の冷たい朝の風を切り、少しでも早く城門を抜けるべく駆けていくのだった。

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