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第17話 偶然の再会

 夜の街道を歩くなんて、これまでの俺なら避けていたことだ。王都の夜は物騒だという噂もあるし、そもそも気軽に出歩く余裕なんてなかった。


 だけど、いまはそんなことを言っていられない。王太子を敵に回し、セシリア・ローゼンブルクという貴族令嬢を救いたい……いや、救えるかどうかもわからないけど、何か行動しなきゃ何も変わらない。そう考えたら、じっと宿で待つだけでは落ち着かなかった。


(デニスとグレイスには“少し散歩してくる”ってごまかしちゃったけど、申し訳ないな……)


 実際には、王宮周辺を探って少しでもセシリアの行方を突き止めようという目的だ。もちろん、夜中にうろつくなんて愚策かもしれない。しかし、宵闇の中でなら、目立たずに情報が手に入るかもしれない……と思ったのだ。


 繁華街を離れ、幾分静かになった街道の辺りを歩いていると、日中の賑わいとは打って変わって夜の冷たさを感じる。街灯は少なく、足元が闇に包まれていて、時折聞こえる虫の音が余計に心細い。


 心の中で「本当にこんなことして大丈夫か……」と自問自答しながら、街道をもう少し奥へと進んでみた。


「うーん、なにもないな……。下手に王宮敷地に近づけば警備兵に見つかるし、どうすりゃいいんだ……」


 ため息が漏れる。重苦しい心を抱えたまま足を動かしていると、不意に暗がりの向こうで光が揺れた。


 誰かが馬車を停めているらしい。闇の中で、ランタンの灯りがぼんやりと街道を照らしているのが見えた。周囲の景色と不釣り合いなほど静かだ。俺は咄嗟に身を隠すように街道脇の影へ移動する。というのも、どういう人物かわからない以上、むやみに近づくのは危険だろうと判断したからだ。


(でも、こんな夜更けに……? 旅人か? それとも……)


 どきどきと胸が高鳴る中、じっと様子を窺う。すると、馬車の扉が開いて、誰かがふわりと降りてくるのが見えた。暗いから顔までははっきり見えないけれど、シルエットにどこか見覚えがある。


 長い髪が夜風に揺れ、姿勢の美しさを際立たせているようだ。まさか、と思った瞬間、その人がランタンの灯りの位置に近づき、顔がわずかに照らされた。


「――セシリア……!」


 思わず声を上げそうになったのをなんとか堪える。見間違いではない。あの凛とした面差しは、この前の夜会で見かけたセシリア・ローゼンブルク以外にいない。


 ただ、王宮から追放されたとか謹慎させられるとか、そんな話があったのに、まさかこんな場所に現れるとは。しかも彼女は周囲に誰も連れず、一人きり……に見える。いや、馬車の御者もいるだろうが、少なくとも彼女の傍には誰の姿もない。


「どういうことだ……。まさか自分の意志で夜の街道を出歩いてるのか? いや、馬車はあるんだから移動中か……?」


 混乱する思考を落ち着かせようと、唇を引き結ぶ。助けたい気持ちがあるのは確かだけど、彼女にとって俺など“何者でもない”下級貴族だ。下手に声をかけても迷惑かもしれないし、王太子の手下に見つかれば面倒なことになる。


 が、俺が悩んでいるその瞬間――周囲の闇の奥から、ぞっとするような殺気を感じ取った。街道のさらに先、ほとんど灯りもない死角に、複数の人影が動いた気がする。


(まずい……これ、もしかして暗殺者……?)


 頭が警鐘を鳴らす。さっきまでの緩い雰囲気とは打って変わって、全身に嫌な汗が浮かぶのがわかった。


 セシリアもそう感じたのか、ふと背後を振り向くような仕草を見せた。しかし、気づいたときには既に数人の影がさっと馬車を包囲するようににじり寄っている。


(まずい、まずい!)


 拳を握りしめ、身体が硬直する。勢いで夜会に飛び込むのとはまた違う恐怖感。あきらかに“命を狙う”ような雰囲気。大広間での王太子の公開断罪より、さらに露骨な悪意を孕んでいるということか。


「――セシリア……危ない!」


 俺はたまらず物陰から飛び出しかけるが、まだ敵の数も不明だし、どう戦うかも決まっていない。このまま突っ込んでいけば、俺自身が何もできずにやられる可能性が高い。


 でも、ここで放置すれば、本当に彼女が危ない状況だ。たとえセシリアが高位貴族で強い意志を持っていたとしても、暗殺者たちの数が多ければ対処しきれないだろう。


(とにかく、タイミングを見計らうしかない!)


 心の中で自分に言い聞かせる。敵がまだこちらに気づいていないなら、先手を取る方法があるかもしれない。


 一方のセシリアは、いつでも何かを切り捨てられそうな鋭い瞳をしているが、まさか暗殺者がいるなんて思わないだろう。ここは馬車が停まる程度には安全な場所……のはずだったのだから。


「……何者、そこにいるの?」


 闇の向こうから声がした。セシリアが一瞬だけ身構える。彼女はドレス姿ではなく、動きやすそうな外出着に身を包んでいるけれど、それでも武器を持っているようには見えない。


 複数の黒ずくめの人物が、小さく笑うかのような息遣いをこぼしているように感じた。俺の位置からは彼らの顔は判別できない。


(ここで躊躇(ためら)うな、出るしかないか……!)


 腹を決める。どうせ、俺はもう王太子に目をつけられている身。セシリアがこのまま襲われて黙っていられるわけがない。いま飛び出して、彼女を守れれば……いや、守りきれるかはわからないが、やるしかないんだ。


 闇の夜道で、いよいよ危険な事件が始まる――そんな予感が全身を包む。俺は意を決して姿を現すため、一歩を踏み出した。


(頼む……間に合ってくれ!)


 自分の足音が小さく響くのを聞きながら、拳をぐっと固める。夜会の断罪劇とはまた別の、純粋な命のやり取りが今、目の前に迫っているんだ。

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