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第14話 撤退するレオン

 王宮の正面扉を飛び出すと、夜の冷たい空気が一気に肺に流れ込み、頭が痛いほどに冴えてきた。


 先ほどまでの騒然とした大広間の様子が脳裏から消えないまま、俺は無我夢中で足を進める。グレイスが必死に後を追いかけてくるのを感じるが、もう立ち止まる気にはなれない。


「レオン様っ、ちょっと……待ってください! そんなに急いで……」

「わ、悪い……でも、今はとにかくここを離れたいんだ」


 自分の行動がどれだけ無謀だったか、頭ではわかっているのに胸がざわつきっぱなしで止められない。呼吸が上手くいかなくて、酸素が足りないような感覚だ。


 王宮の外庭を駆け抜け、俺たちは門番たちの怪訝な視線を背中に受けながら表の門に飛び出した。そこでようやく足を止める。


 視線を落とすと、鼓動がまだ暴れまわっていることに気づき、片手で胸を押さえた。


「……はぁ、はぁ……な、なんてことだ……俺、王太子殿下に、あんな風に逆らって……」

「レオン様、大丈夫ですか? お怪我は……? 殿下は追ってきてませんよね……」


 グレイスが慌てて周囲をきょろきょろ見回す。今のところ、衛兵が追いかけてくるような気配はない。しかし、こちらを不審そうに見る兵士は一人や二人じゃない。さすがにこんな夜会の途中に大慌てで出てきたら注目されるのも当然だろう。


 そのとき、暗がりの方から一人の男が駆け寄ってきた。金属の鎧がかすかに鈍く光り、その顔を見れば見覚えのある人物――近衛兵のデニスだ。


「レオン様! お怪我ありませんか? グレイスさんも……無事ですか?」

「デニス……お前まで来てくれたのか」

「王宮内の夜会に合わせて警備をしていたんですが、廊下で“レオン様が騒ぎになった”って噂を聞いたんです! それで飛んできたんですよ。何があったんです?」


 グレイスが不安そうに俺を見て、そしてデニスを見て、言葉を詰まらせる。かわりに俺が意を決して説明した。


「夜会で……王太子殿下がセシリア・ローゼンブルクって女性を断罪し始めて、それがあまりにも理不尽に思えたから……思わず俺が口を挟んでしまった。完全に殿下の逆鱗に触れた形だ」

「ええっ……。レオン様が、王太子殿下に……」

「……ああ。自分でも無謀だと思う。けど、あの場で黙ってることができなくて……」


 自分の声が震えているのがわかった。冷静になればなるほど、絶望的な状況だと理解してしまう。王太子を敵に回すなんて、下級貴族としてはありえないミスもいいところだ。


 デニスは眉をひそめ、厳しい表情を浮かべるが、すぐにぐっと奥歯を噛みしめて力強くうなずいた。


「それでもレオン様がそうしたのなら、きっと正義はあると信じたいです。ですが……今はとにかく退きましょう。ここにいるだけで危ないかもしれません」

「そうだな……王宮付近に長居して、余計に恨みを買うわけにもいかない。先に宿へ戻るか」

「はいっ、わたしもそのほうがいいと思います。すぐに馬車を呼んできますね!」


 グレイスが慌てて門の外へ走る。俺とデニスは門番の前を小さく頭を下げて通り、王宮をあとにした。


 夜の王都の冷たい風が、熱くなった頬をスッと撫でていく。まるで夢から覚めたような気分だが、現実は悪夢に近い。


「……王太子殿下、本気で怒ってた。俺のこと、覚えておくなんて言ってたし、クリフォード領がどうなるか……考えるだけで胃が痛い」

「そんな……でも、何とかなる方法、きっとありますよ。まだ物事が決まったわけじゃない。まずは落ち着いて策を練りましょう」

「策って言っても、相手は王国そのものを動かせる殿下だぞ。俺たちに何が……」


 フラフラする頭を押さえる。酒のせいもあるが、自分がやらかした事態の重さにクラクラする。そんな俺の肩を、デニスがぎゅっとつかむ。


「レオン様、ご無事なら何とでもなります。命さえ失わなければ、領民がいる。わたしたちがいます。だから、まずは一旦引いてください」

「……ああ、そうだな。悪いな、デニス。冷静で助かるよ」


 そう言葉を交わした直後、グレイスが馬車を引き連れて戻ってくる。息を切らしているところを見ると、かなり急いで用意してくれたらしい。


 何人かの貴族や衛兵がこちらを遠目に見てヒソヒソとささやいているが、もう構ってる余裕はない。とにかく、今はここから離れなくては。馬車に乗り込み、急ぎ宿へ戻ることにした。


「レオン様、大丈夫です。絶対に大丈夫ですから……!」

「……ありがとう。グレイスも、こんな夜になってすまない。お前にまで迷惑をかけちまって」

「いいえ、わたしはレオン様の侍女ですから!」


 少しだけ、その笑顔に救われた気がする。馬車の車輪がガタガタと鳴りながら夜の王都を走り抜けていく。


 ——セシリア・ローゼンブルクのことが頭から離れない。あの断罪はどうなるんだ? 俺が飛び出したことで何かが変わるわけでもないだろう。むしろ悪化させた可能性だってある。


 それでも、無視できなかった。彼女がどんな人物であろうと、あの場のフィリップ殿下のやり方は納得いかなかったのだ。


「はあ……」


 馬車の中で大きくため息をついていると、デニスが申し訳なさそうな顔をして小声で尋ねる。


「レオン様、今後のことはどうなさるおつもりです? 殿下の怒りがどう鎮まるか……」

「わからない。すぐに何か手を打つべきか、下手に動くと余計火に油を注ぎそうだし……」

「でも、動かなければ王太子に睨まれたままですしね……悩むところです」


 グレイスも不安げにうなずく。結局、この時点では何も決まらない。俺たちはただ、一時撤退して再考するしかない。


 馬車が宿の前に到着し、降りると肌寒い夜風に身が震える。見上げると淡く月が輝いているが、その光はやけに冷たく感じた。


「とにかく……今は夜も遅い。頭を冷やして休もう。明日以降、もう一度考えるんだ。領地のこともあるし、これからどうするか……」

「はい。何があっても、一緒に頑張りましょう、レオン様!」


 こうして、俺たちは宿へ駆け込むように戻る。王宮の夜会は、俺の中で最悪の形で終わってしまった。恐ろしくて不安でたまらないが、少なくとも命はあって退けたのだからまだマシ……と言い聞かせるしかない。


 布団に潜り込むまで、セシリアの顔とフィリップ殿下の怒りが交互に脳裏をよぎり続けた。果たして、このままでは終わらない。そんな確信が、俺を眠らせてはくれなかった。

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