表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/153

第10話 セシリアとの邂逅

 グレイスと一緒にテーブルで飲み物を受け取っていると、大広間に突然――まるで風がそよいだような、何ともいえない静寂が一瞬だけ落ちた。


 俺は不審に思って周囲を見回す。すると、貴族たちがいっせいに視線を向ける先があるようだ。何だろう、とそちらへ目をやってみれば……そこには、一人の女性が立っていた。


 白銀の装飾が縫い込まれた漆黒のドレスをまとい、長い銀髪をさらりと垂らしている。動きは控えめだけれど、その姿には周囲の空気を変えるようなオーラが漂う。まるで大舞台の中心に立っているのは、その人なんだ――と一瞬でわかってしまう程の存在感だった。


「……なんだ、この圧倒的な雰囲気は」


 思わず声が漏れる。グレイスも手にしたグラスを落としそうになるくらい、目を丸くしている。


 人々が遠巻きに彼女を見ていて、誰も近づこうとしない。けれど完全に無視するでもなく、視線を送りながらささやき合っている。


 言葉ははっきり聞こえないが、断片的に「セシリア・ローゼンブルク……」「王太子との不仲……」なんて耳に入ってきて、先ほど名前を聞いた気になっていた人物と確信する。


「レオン様、あの方、セシリア・ローゼンブルクでしょうか……」

「……どうやらそうらしい。確か……高位貴族の令嬢なんだよな。気品ってレベルじゃない。あんなに周囲を圧倒する人、初めて見た」


 彼女は特別な声を上げるわけでもなく、ただ静かに大広間の中央あたりを歩いているだけだ。それなのに、その一歩一歩で周りがさざめく。まるで誰もが引き寄せられるような美しさを宿している。


 冷ややかな表情からは、どうにも近寄りがたい印象を受ける。下級貴族の俺などが話しかけても、あっさりあしらわれそうな――そんな“遠い”雰囲気。


「わあ……すごい。人があんまり近づかないんですけど、存在感がありすぎて逆に浮いてないような……」

「言いたいことはわかる。きっと、あの人自身にオーラがあるんだ。変な話、ここにいる誰よりも堂々として見える」


 そのとき、彼女――セシリア・ローゼンブルクがふとこちらを向いた。つややかな瞳が俺たちの方へ流れ、ほんのわずかに動いたように感じる。気のせいかもしれないけれど、俺はまるで心臓をつかまれたような衝撃が走った。


 ほんの一瞬。彼女と目が合った……ような気がする。でもその瞬間はすぐに終わり、セシリアはすっと視線を外してゆるやかに進む。たったそれだけの動作で胸が高鳴るなんて、自分でも驚きだ。


(なんだ……この感覚……)


 脈がどくどくと速まる。俺はただ見とれていただけなのに、変に緊張して息が詰まる。これが“圧倒的な人”ってやつなのか。


 周囲では、いくつかの貴族が彼女を見ながら小声で噂を飛ばしている。


「セシリア様は相変わらずだな……強い意志を宿している目だ」

「王太子殿下との婚約話、どうなるんだろう……」

「性格が高飛車、なんて言われてるけど、実際どうなんだろうね」


 そんな言葉を耳にして、俺の頭の中で何かがもやっと残る。王太子の婚約者――またはその候補? それなのに、ここの場で距離を置かれているのはどういう事情なんだろう。


 グレイスがそっと袖を引っ張った。


「レオン様、どうします? あの方に声をかけてみます? ……無理ですよね、さすがに」

「ま、無理だな。話しかける度胸も理由もないし。正直、向こうもこっちに興味なんて微塵もなさそうだ」

「ですよね……。あんなに近寄りがたい雰囲気、初めて見ました。あ、でも、すっごく美しいですよね」

「……ああ、本当に」


 呆然としたまま、俺はセシリアが視界から離れるのを見届けるしかなかった。まるで一瞬だけすれ違った彗星のようで、その残像が脳裏に焼きつく。


 周りの貴族たちも似たような感覚なのか、誰一人あからさまにセシリアへ近寄ろうとしない一方で、視線やささやきは絶えない。遠巻きにされるというのは、何らかの理由があるのだろう。王太子殿下と不仲だとか、高飛車だとか、いろんな噂が飛び交っているが、本当のところはわからない。


「……気になる、な」

「え? レオン様、何がです?」

「いや、彼女がさ。セシリア・ローゼンブルクって名前だけど、本当にどんな人なんだろうって」

「確かに、周囲があれだけ噂しているんですから、何か大きな問題でもあるんですかね」


 頭を横に振って、気持ちを切り替えようとする。このままだとセシリアのことを考え続けてしまいそうで、場にそぐわない挙動を見せかねない。


 この夜会には、いずれ王太子が登場する。その時、セシリアとどう絡んでくるのか……俺の胸に不穏な予感が芽生える一方、なぜか魅了されたような不思議な感覚を伴っている。


 確かに周りは華やかだが、まるで空気に張り詰めた緊張が流れているようだ。


「レオン様、とりあえずドリンクと軽食をもう少し取ってきますね。あっ、またドジしないように気をつけます!」

「お、おう。頼むからこぼさないようにな」


 グレイスが意気込んで離れていくのを見送る。俺は沈むようにため息をついた。


 初めて見たセシリアの姿は、美しさと怖さが同居していた。まるで氷の結晶みたいな冷ややかな空気をまとっていて、でも見とれずにはいられない。


 この先、彼女が夜会でどんな役割を担うのか、あるいは王太子フィリップとの関係がどうなるのか……考えただけで、胸がざわつく。


「……彼女は一体何者なんだ……?」


 そうつぶやいて、大広間の奥に視線をやる。セシリアの姿は、もう人垣の向こうに隠れて見えない。けれどその存在感だけは、はっきりと残像のように意識にこびりついていた。


 少し先には、きっと激動の幕開けが待っている――そんな予感を抱きながら、俺はこの華やかな場所で息を飲み続けるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ