表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/27

05 太公の嫌がらせ

          ◇



 ドアマンの仕事の合間にヴィクター殿下のツボを押す日々が続いた。マリオンは今日も笑顔で客人を迎えていたが、珍しく貴族に話しかけられた。


「君が噂のマリオン王子?」


 後ろで警護兵が困った顔をしているから、先触れ無しのお客様のようだ。立派な貴族服を着た金髪のお美しい男性で、沢山のお供を連れている。


「いらっしゃいませ」


 マリオンは丁寧に頭を下げた。そこへ執事長が小走りにやって来て、


「これはダロワイユ太公閣下。皇太子殿下は間も無くお帰りです。中でお待ちください」


 と、深々とお辞儀をした。なんと皇弟殿下であらせられた。マリオンは慌てて、再度腰を曲げた。


「良い。通りがかっただけだから」


 太公閣下はマリオンの顎を人差し指で持ち上げ、繁々と顔を眺めた。そして勧誘をしてきた。


「ドアの前に立たせたら映えるね。僕の屋敷に来ない?ここの倍、出すよ」


「身に余るお言葉ですが、私は人質でございます。皇宮を離れることは難しいかと」


 婉曲にお断り申し上げると、閣下は顔を顰めた。


「逆らうの?たかが男妾(おとこめかけ)の分際で?おい、ピエール!」


 お供の赤い髪の大男が、唐突にマリオンの腹を殴った。華奢な体は吹っ飛んだ。


「!!」


 取り巻き達は、倒れ伏した獲物が血を吐くまで蹴り続けた。あまりに理不尽な暴力から、マリオンは必死に頭を守った。


「止められよ!」


 誰かが、サッと早技のようにマリオンを救い上げた。腫れた瞼の間から、細い目の男が見える。


「何者だ?」


「マリオン殿の友だ。貴公ら、卑怯だぞ。たった一人を寄ってたかって!」


 アオキだ。彼は威厳ある声で太公閣下に言った。


「お引きあれ。誇りあるゴダイバ皇族のなさりようとは思えませんぞ」

 

「…フジヤマ国のサムライか」


「いかにも」


 一行が立ち去る気配がする。マリオンの意識はそこで途切れた。



          ◇



 目が覚めると小屋の天井が見えた。手当てをして、ベッドに寝かされている。マリオンは驚いてガバッと起き上がった。


「痛っ!」


 たちまち全身に痛みが走る。呻いていると、アオキが部屋に入ってきた。


「まだ動くな。恐らく肋骨にヒビが入った。喋るのも辛かろう」


「…」


 彼はそっとマリオンを横にして上掛けをかけてくれた。後ろに黒づくめの服を着た女性が桶を持って立っている。


「このトラが手当てをした。男のふりをしていたのだろう?大丈夫だ。他の誰も知らぬ」


 それを聞いて安心したマリオンは、今頃になってガタガタと震え出した。


「ちょうどマリオン殿を訪ねてみようと思ってな。間に合って良かった」


「ありがとうございます…本当に助かりました」


 話すと胸が痛むが、彼女は2人に礼を言った。トラと言う女は濡らした布を怪我人の額に乗せた。


「もう黙って。熱が出てきた。安心して。治るまで、私がお世話する」


 マリオンは再び目を閉じて眠った。誰かが側にいてくれる。それが嬉しかった。



          ◆



 ヴィクターの前には、宮の警護兵が伏して許しを乞うていた。ダロワイユ太公の狼藉を止められなかったそうだ。


 太公の嫌がらせは今更だ。しかし、マリオンが怪我をした。警護兵の罪はその重さに比例するが、どの程度の怪我なのか、フジヤマ人が彼を連れて帰ったので分からない。


「殿下。アオキという者がお目通りしたいと」


 執事が恐る恐る声をかけてきた。先ほどから側近達も無言だ。


「通せ」


 許可をすると、1人のサムライが来た。彼は這いつくばる警護兵を冷たい目で見た。


「お初お目にかかります。フジヤマ国サムライ大将(マスター)、アオキ・コシロウ・サダハルと申します。して、この惰弱なる奴輩(やつばら)は、何故今だに生きているのでしょう?」


「死ねと?」


 驚いて訊くと、アオキは頷いた。サムライは一撃で100人を倒すと言う。マスタークラスなら千人でかかっても勝てない。それが恐ろしいほどの殺気を放ち、警護兵を罵倒した。


「一方的な私刑を傍観したな。呆れた腑抜け共よ。腹を切れ!」


「まあまあ。太公閣下は一応皇族です。逆らえないんですよ。それで?マリオン君は目覚めましたか?」


 コージィが硬直した兵とサムライの間に割って入り、怪我の具合を尋ねた。


「ああ。だが危ないところだった。恐らく肋骨と内臓がやられている。顔も腫れて、とても人前に出られぬ。暫く休ませてほしい。ついては、(それがし)の部下に手当てをさせる故、許可をいただきたい」


 ヴィクターは話が違うと思った。目撃者達は、マリオンの負傷を過小に報告していた。


「ではこちらで預かります。急ぎ宮廷医に手当てを…」


 アオキはコージィの言葉を遮った。


「いや。失礼だが、帝国人は信じられぬ。また太公とやらが来たらどうする。逆らえぬのだろう?」


「…」


 皇太子は、サムライに介護人を下宮に出入りさせる許可を与えた。警護兵は謹慎と減俸、降格処分とした。



          ◆



 ダロワイユ太公は皇帝陛下の弟、ヴィクターの叔父にあたる。何かと嫌がらせをしてくる俗物だ。本気で仕掛けてこない限り、排除しないつもりだったが。


 夜更け。ヴィクターは自室の壁の中にある抜け道に入った。真っ暗な通路を暫く歩き、外に出ると、音波笛を鳴らす。すぐに潜んでいた隠密が駆けつけてきた。


「御用ですか?」


「マリオンの住まいへ案内せよ」


「こちらです」


 隠密は庭園の裏にある小屋へ主人を連れて行った。雑草の生い茂る庭に足を踏み入れた途端、すうっと白い髪の男が現れた。右手で剣の柄を握り、赤い目でこちらを睨んでいる。


「様子を見に来た。少しで良い」


「…」


 貴族にも臆さない。良い護衛だ。男はヴィクターに背を向け、闇に消えた。すぐにランプを持った介護人らしき女が小屋から出てきた。


「マリオンは?」


 女は無言で寝室に先導した。ベッドに横たわるマリオンは、苦しそうに喘いでいる。美しい顔は包帯で巻かれて半分も見えていない。手足も腫れ上がっていた。


「具合は?」


「熱が出た。数日続くだろう」


 黒髪の女は簡単な帝国語で答えた。


「何か要る物は」


「無い。アオキ様が全て揃えた」


 それから度々、ヴィクターは密かに小屋を訪れた。しかしマリオンの寝顔を見るだけで帰った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あわわわマリオンが大変な目に!なんという狼藉!皇太子を歯牙にもかけぬ粗暴な振る舞い!これには怒りプンプンです!脱毛の呪いをかけたい位です!アッ、鼻毛だけ残して、ですよ?「お前らの毛は何色だぁー」もんで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ