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夢中さ君は

作者: 毬目



 水族館、行った。映画館、行った。

 遊園地、はまだ行けていない。



 彼はスピードが出る乗り物が苦手らしい。なので絶叫系に乗せられては困ると友人に誘われても断り続けた結果、一度も遊園地へは行ったことがないそうだ。

 ソフトクリームを食べながら次に乗るアトラクションの相談をしたり、夕暮れ時の観覧車に乗ってみたいと憧れたりもしたけれど、彼が楽しめないのなら気はすすまないのでそれを口にはしなかった。



 私たちは二人で楽しめるところへ出かける。思いつく限りの場所へ訪れては時間を共有し、思い出をつくる。

 ガス欠で車が動かなくなっても、自動車修理の人が来るまで時間をつぶすためにたまたま入った喫茶店のコーヒーが美味しかったり、秋桜畑の丘に行った時は着いた途端に雨が降り出して花を見るどころではなくなったと思ったら眼下に傘の花が広がっていたりと、意外と何とかなるもので。

 最終的には上手くいくので、嫌な思い出は記憶にない。



 だから今日も、ことの他寒くて薄着をして来てしまった私たちは慌てて車に避難をし、そのほとんどを車内で過ごすことになったけれど、ラジオから流れる知らない音楽と、自販機で買ったココアと、缶を持つ手と反対で握る手が暖かいから少しも残念ではなくて。

 時折はさむ沈黙も、強くなる指先の感触のおかげで愛おしい。こうして体温を感じていられるのなら、ずっとこのままでもいいのにと思う。でも、だけど。


「そろそろ帰るね」

 いけない。もうすぐ時間が来てしまう。


「それじゃあ、今日はさようなら」

 彼をかえさないと。現実の世界へ。



「んん……」

 眩しい。カーテンの隙間から太陽が顔を出している。

「……朝か」


 活動しきっていない体を無理矢理動かし、ベッドから立ち上がる。テレビをつけると新しく出来た遊園地のニュースが放送されていた。

 行ったことがないため乗り物に乗ったときの景色なんて想像がつかないが、きっと怖くて足が震えてしまうだろう。それでも、楽しそうな来場客の様子を見ていると少しだけ羨ましくなる。



 顔を洗い、欠伸をしながらキッチンへと向かう。湯を沸かし、目を擦りつつ淹れた眠気覚ましのコーヒーはインスタント独特の味気なさがあった。もっと美味しく飲みたいけれど、道具も技術もないので、さてどうしたものか。

 そういえば昔飲んだ喫茶店のコーヒーでとても美味しいものがあった。車が故障し、一人で動揺しながらどうにか修理の連絡をとりつけ、スタッフを待つ間、偶然入ったあの店のコーヒーはどんな風にして淹れていたっけ。


 ニュースが切りかわり、見頃を迎えた秋桜の映像が映し出される。

 紅葉狩りもそうだが、こういった花などを見に行楽地を訪れたのは小さい時分に家族と行って以来記憶にない。

 久しぶりに観光しに行きたい気もする。けれど、一人で行っても虚しいだけだろう。



 コーヒーをもう一口ふくむと少しぬるくなっていた。

 これを飲み終わったら次はココアをいれよう。お湯は熱めにして。


 そうぼんやりと考えながら、小さくあくびをした。


 どこかへ出かけたくなったら目を閉じればいい。寂しくなったら眠ればいい。誰かもわからないし、存在もしやしないけれど。夜が来ればきっと。

 また君と、夢の中で会えるから。




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