超活性
アナと公園に戻ろうとして、そう言えばと倒れていた人を見る。
ショックが大きすぎて忘れてしまっていた。
病院に電話でも掛けようとした時、一人の声が上げられた。
「ルカ様。ウチのものが失礼しました」
いきなりの声に反射的にフードを被る。
終わった物だと思っていたから、笹嶺って人と会話するときには素顔だった。
「自分は大録會の宝保と言うものです」
そう名乗ったのは厳つい男の人だった。
怖いと思いながらも大録會と言う聞きなじみのある言葉を頭の中で反芻した。
そう言えば六大組織の一つのそんな名前があった。
そうして記憶をたどればオオロクと言うちょっと怖めな人が一度目の中華の際にいたのを思い出す。
そんな人の友達?仲間?の人が俺に何か用だろうか。
そう思ってみたものの、彼の目的は傍に倒れた男の人のようだ。
相当量の血を流して余程無事ではない坊主の彼をホウボさんは抱える。
けが人の扱いにしては少し雑にも見えるけれど、怖いから何も言わないでおこう。
俺が適切な判断を下せるわけでもないし。
「ルカ様にはお礼と感謝を」
ホウボさんは頭を下げた。
ただ時間もそうないのだろう。
彼は「すみませんが、あまり時間もないので、これで」と言うので俺は頷いた。
急いで手当をする必要があるのだろう。
◆
大録會のボス、大録が座る事務所の椅子の前に一人の少女が通される。
少女は黒い髪をなびかせる。
橙色の瞳は大録を映した。
「来ると思っていた。情報の共有と行こうか。なあ、シロサヤ」
シロサヤとそう言われたツムギは頷き返す。
ツムギの格好は休日の女子高生そのもの、少し大人びた格好ではあるものの大学生の域は出ない。
ただ、それでも彼女は六大組織幹部としてその場に立っていた。
「そちらの動きも含めてね」
ツムギはあくまで対等だと言うようにそう言った。
上下などない。
六大組織のボスと幹部。立場としての上下はあるだろう。
だが、各々の組織を代表してのやり取りに六大組織と言う関係上、上下は存在しなかった。
「事実確認から行こうか」
大録はそう言うと話し始めた。
事の発端は4月28日に始まる。
ニット帽の男と金髪の男が最初に「無異」に遭遇。
そこから周辺組織の被害と、動きを説明した。
それに対してツムギは「無異」の正体と今まで保護していた事実を話した。
驚く反面「だろうな」と大録は漏らす。
そして話題はザンマと言う男に移った。
「そちらの話を踏まえればやはり、奴が無異の仕業だと主張した桐坂を始めとする組織の構成員をやったのはザンマか」
「それをわかっていたから、協力するふりをして部下をザンマにつけたのでしょう」
「ああ、確証はなかったがな。ただ、不自然ではあった」
ツムギの言葉に大録は頷く。
「無異は確認する限り殺しはしていなかった。そのうえ、腹部を突くような殺し方は不可能だ」
「無異の腕では腕でついたときの穴の大きさが明らかに違う」と続けた。
「だが、奴もわかってはいたんだろう。分かっていたくせに図太く協力関係を結んだ。そうでなきゃ痕跡を残し過ぎている。どちらにしても、俺たちは奴を探るため、奴は何らかの目的で無異を狙っていた。それで表面上手を結ぶような形をとった」
「問題はその目的でしょうね」
「ああ、明確に無異の脅威がなくなった今、そこが問題だ。奴が無異に着せた濡れ衣は見過ごすことが出来ないほどに多い。このまま放っておくことは出来ない。そして恐らく、奴の目的は、異能者の臓器。断定はできないが、異能の能力の何らかの条件を満たすトリガーがそこにあるんだろう」
これが異能でなくて猟奇的な趣味であればどうしようもないと内心大録は思う。
「問題はその異能の正体ね」
ツムギの言葉に大録は再度頷く。
そして、不意に扉の方を見て言った。
「ただ、新しい情報を踏まえて話そう」
大録のその声に事務所の扉は開かれた。
現れたのはリオの前に現れてホウボと名乗った男と抱えられた志渡澤であった。
志渡澤は未だ意識を戻さない。
それどころか余程手当をされた痕跡を見せない穴の開いた状態であった。
「おい。志渡澤を起こしてくれ」
「はい」
ホウボは頷き床に置いた志渡澤の頬を叩いた。
ツムギはその様子を見ていたが、まるで寝起きのように目を開いた志渡澤に表情を変えた。
そして。
「志渡澤。異能を使え」
「ぁ、はい」
喉に血が逆流した故にか喉に違和感を感じる声を出して返事をした。
曖昧な意識のままに見える彼はそのまま異能を発動させた。
そして更にツムギは驚きを増した。
目の前で起こるのは損傷した身体の修復。
超再生と表せるほどの治癒力を発して志渡澤の身体は治っていく。
血こそべったりと残っているが内臓の見えた腹部は時間を撒き戻すように閉じられた。
そして、意識を覚醒したのか志渡澤は咳をしだす。
「ゴホッ!ゴホッ!」
喉に張り付いていた血を吐き出し、気持ち悪そうに起き上がった。
強力なんて言葉ではとても表せない異能。
前回の集会で彼を大録が従者として連れてきているのに疑問を抱いていたが、やっと意味が分かった。
これは才能では済まされない力だ。
強力ゆえにツムギは彼の異能の特性を掴もうと観察をする。
わかったのは、回復後の彼の丸められた髪はわずかに伸びていて、爪も同様の結果が見て取れた。
本当にわずかな変化ではあるが、今の回復量を考えると体の代謝を始めとする諸々を高めたとは思えない。
過剰に体の機能を高めたとしてあれだけの傷を治せばもっと髪や爪は伸びてしかるべきだろう。
ただ、結論が出せないままに大録は彼から情報を聞きだした。
「確かにザンマは二つの異能を使ったってことで良いんだな」
志渡澤の言葉を聞いたあと大録は念を押すように言う。
それに志渡澤が頷き補足する。
「それに二つ目の異能は桐坂さんが使っていたっていう異能と似てました。ただ、聞いていたものよりも小規模でしたけど」
炎で象られた龍を志渡澤は霞む視界でとらえていた。
敢えて、ザンマの攻撃を喰らったとはいえ、相当に身体はきつくここまで見ていられた自分を褒めたいくらいだ。
理力があったって、無敵でないのだ。
「決定的ではあるな。その十字の刃で攻撃する異能も数年前消息を消した奴が似たようなのを持っていた。それもザンマが奪ったんだろう」
結論としてザンマの異能が他社の内臓を必要とする異能を奪う、または模倣するものであると暫定出来た。
「それに無異の事も知っていたから」
「記憶か。にわかには信じられんが。あるだろうな」
どこまで他者の記憶を探れるか知らないが、少なくともそう言った能力を有しているだろう。
それが彼本来の異能に付随するものなのか、何らかの奪った異能によるものなのか。
「ただ、確実に言えるのは無異を狙ったのはその異能を奪うため」
「見た目を変えられるだけで随分強力な異能であることは確かだしな」
無異の異能は姿を変えることが出来、尚且つ肉体の強化の可能性も秘めている。
奴が狙うのには十分な理由があるだろう。
「ただ、それもルカ殿が対処したと」
大録は先ほどの報告を聞いてそういう。
そして、ツムギも頷いて見せる。
「恐らく無異を消滅させたと偽装して、ザンマの目を自分に移すのが目的でしょうね」
ザンマの目を自身に移す。
それは簡単なようで難しい。
彼ほどの実力者であるから成立したと言える半面で、彼ほどの実力者だからこそ叶いにくいのだ。
六大組織のボスであるからこそ無異という強力な力の代わりとなれる。
しかし、だからこそ挑みにくい。
故に目の前で力を見せて、いわば「惚れ」させたのだろう。
欲は時に正常な判断を狂わせる。
それでも何とか働かせた理性によってザンマは一度の撤退を行ったのだろう。
「同時に見逃すことで、恐らく少なからずいるザンマとつながる人物たちをおびき出す」
「そりゃ、ルカ殿と戦うには持てる力を総動員せざるを得ない。だからこそ、残党を残さない、か」
不安要素を完全に消すからこその手なのだろう。
◆
ザンマと言う男は長らく爪を隠していた。
ある程度の実力は見せて、桐坂と言う男の組織には居座っていた。
しかし、その異能を明かしたことはなかった。
異能の名は「五臓収奪」。
五臓のいずれかを取り込むことで持ち主に関連する何かしらの恩恵を得る。
例えば「魂」を蔵すると言う肝臓であれば、異能の一端を得る。
「神」を関する心臓は記憶の一端を掬いとることが出来た。
どちらも異能発動のトリガーは体内に摂取すること。
つまり、食すことで恩恵を得る。
とは言え異能と言っても既存のリスクは負う事となる。
ウィルスや菌は当然ついており、人肉であると言うこと以前に極めてリスクが高い。
それで得られるのは、本来の力を引き出すことが出来ない劣化品の異能。
あってない様な能力だった。
記憶に関してもそうだ。
狙った記憶を得るのは相当に難しい。
内臓を抜き取るときにそのときの行動を想起させると得られる可能性もあるがそれも絶対ではない。
それに五臓の名は関しているが、一人から得られるのは基本的に一つまで。
正確に言うならば自身の異能の領域圏内にとどめる時間によって会得数が大きく変わる。
とは言っても、臓器一つにして一年。
一つ目に関しては関係がないが、二つ目を得ようとすれば二年の歳月異能の領域内にとどめる必要があった。
とは言え、トータル時間だ。一時も離れてはいけないことはない。
だが、莫大な時間が必要であることには変わらない。
だからこそ、ザンマは桐坂と言う男の組織にもぐりこんだ。
目的は、六大組織には及ばないまでもそれなりに実力のある彼らを異能の対象にするため。
そして先日丸二年分の異能領域下での桐坂を始めとする構成員への対象設定は完全に完了した。
後はいつ動くか。
そんなことを思いつつザンマは機を伺っていた。
そんな時に起きたのが無異騒動だ。
無差別的に中小異能組織への攻撃を行っていると言う。
それを聞いてこの機に乗じようと考えた。
桐坂を始めたとした構成員を殺害し、濡れ衣を着せるのだ。
そして手始めに辻褄を出来るだけ合わせようと、初めの被害者であるニット帽の男と金髪の男を現場に連れていき、無異の記憶を呼び出させたところで臓器を抜き取った。
腹を貫いたが実際抜き取ったのは心臓だ。
柔らかい腹からの方が楽だと言う理由だけの事だった。
そして事務所に戻った後、桐坂を始めとする男たちを殺した。
その場にいたのは格の高い男たちであるために基本的に異能重視、次点で記憶を狙った。
桐坂を残して、他の男たちを殺し終わった時、必要としていた記憶の多くを得ることが出来ていた。
とは言え、これだけのことをするのに結構な時間をかけていた。
記憶を得る際は強烈な吐き気と頭痛がザンマを襲い、連続の使用は出来る事なら避けたいところであった。
そして頭を押さえるザンマは情報を整理する中で、一つの情報がザンマの頭にはあった。
桐坂は「陽炎」とつながっていた。
先の戦いでいち早く異能倶楽部のボスであるルカを叩きに動けたのは「陽炎」の動きを知っていたからだ。
だからこそ、体よくすぐにルカのもとへ向かえる位置にいた。
そして、これは完全に偶々だ。
敢えて誘導するような拷問、または尋問をして情報を想起させて記憶を拝借したわけではない。
他の構成員の対しては拷問をして情報を得る。そして異能を使うと言う二重の網で記憶を掬っていた。
しかし、最後に残した桐坂の番になるときにはすでに出尽くしていた。
だから、ふと陽炎の情報を引き出そうと考えたのだが……まさか、桐坂が無異の情報を持っているとは思わなかった。
いや、桐坂自身実際同一人物だとは思っていなかったのだろう。
陽炎に送られた非検体と無異の存在が同一であると。
桐坂の記憶でも姿形は分からなかった。
それでも、記録ではなく記憶を読み取る。
激痛に耐えながら追体験をするだけあって、その場にいたように感じながら記憶を遡ることが出来た。
だから、無異と遭遇した際の異能の気配。
異能を使っていないのだとすればありえないその現象から「変身変化」の異能と結び付けた。
そして、被害を装って大録會へと助けを求めた。
ただ、大録會も不義理を働いた桐坂を始めとする組織の構成員に対して手をただで貸すことはないだろう。
だからこそ、無異が構成員をすべて殺したのだとして報告をした。
そうであれば手負いであるはずだからと。
ザンマが無傷でことを成し遂げられたのは、飲食物に対しての薬等の混入、また、入念に練った計画があったからだ。
そうでなければザンマだって手傷を負っている。
そう確信できるだけに大録も信じたのだろう。
いや、実際のところは嘘をついている可能性の考慮した承諾だっただろう。
ただ、ザンマの提案を受けるしか選択肢がないだろうというのも分かっていた。
正確に言えば拒む意味がないと言えばいいだろうか。
ザンマを怪しんでいたとして、穏便に監視の目を行き届かせる絶好の機会だ。
一日中行動を共にし、尚且つ無異の調査も並行することが可能だ。
実際、別組織の人間と手を組むことが出来れば、別の手がかりを得る機会もあると考えるだろう。
そして、それらを呼んだうえでの最適解が志渡澤と言う男をザンマにつけることだったのだろう。
身体の異変は答え合わせでもするようにザンマを蝕んだ。
「がっ……ぐ」
異能の根幹にほど近いところが欠落してゆく感覚。
そう、これは志渡澤の蔵を取り込み身に宿した部分であるとザンマは直感的に理解した。
どういう理屈か分からないが、今この時ザンマが取り組んだ志渡澤の臓器に異能的価値がなくなった。
それだけが確実に言えた。
そもそも、臓器に異能を司る部分などなく、同様に心臓に記憶はない。
それを異能と言う手段を持って、紐づけ強引に行うのがザンマの「五臓収奪」だ。
そこにあるのはものに対する主観的な価値だ。
身体の一部であり、なくせば惜しいモノと言う意識だけが、彼の異能を成り立たせている。
故に、本体の身体で同様の臓器を用意する。
また、同等の生命活動がなされていると判断されれば取り込んだ臓器はまるで灰になるようにしてその効力を失う。
それに伴うのは激痛。
異能を強制的に削られると考えればむしろ優しいと言えるほど。
それでも、耐えがたいそれがザンマを襲った。
「……志渡澤くんが攻撃を受けた理由はこのためか」
何か裏があるとは考えながらも、この手は推測していなかった。
若いとはいえそれ相応の実力者である彼が不意を突かれたとはいえ攻撃を真面目に受けるのはおかしな話であるとは思っていた。
仕留めきれておらず意識があってこちらを見ていることにも気付いていた。
しかし、生還し情報を吐く可能性は全く考えていなかったために気に留めていなかったし、同様に異能による攻撃も考えていなかった。
ザンマは志渡澤が何をしたのかを情報がないなりに分析し、しかし、答えが出ない為一度考えを振り切った。
「いや、それよりも……」
今は目の前の目的を遂行しようと意識を切り替えた。




