TSしたら筋肉隆々大男
ナリヒサ製薬で研究されているのは無論、薬関係と言うのはその名の通りの事実である。
詳細を語れば多くあるが概ねの世間のイメージとしては薬品を取り扱っていると言った印象だろう。
しかし、そんなナリヒサの研究と言っても薬だけではない。
つまり、異能である。
四年前に突如発生した異能についての研究、開発が独自に行われていた。
無論それは表立ってのものではないが。
さて、そんなナリヒサ製薬における裏組織には研究チームがあり、先の陽炎騒動においてはその一部が異能組織「陽炎」と協力関係にあった。
おおよその目的してはナリヒサ所有のビルにおける爆発物の窃盗の偽造に始まり、裏組織内でも研究の凍結に至った「異能発現剤」の実験だ。
そう言った交流の中で、ナリヒサからの異能研究の成果として一つの非検体が秘密裏に「陽炎」へと送られていた。
それがのちに異能組織、および異能対策治安維持組織間で「無異」と呼称されるに至ったアナベルと言う少女である。
ある種友好の印としてナリヒサからは非検体は送られていたが、実際のところ「陽炎」の長、ヨストは非検体についてそこまで興味を示さなかった。
行われた研究自体には目は通したものの、その成果と言える少女はぞんざいに扱われていた。
特別過酷な待遇を強いていたわけではないが、何分ヨストは東洋人にこだわっていたために琴線に触れなかったのだろう。
ただ、当の本人であるアナはそう気楽なものでもなかった。
軟禁されていたのは牢屋などではなく、陽炎アジトの一室ではあったが、それでもわずかな食料程度の支給しかなく、異能を制限するためか身動きを碌に取れるような状態ではなかった。
仮に異能を発動したとして、実力者が揃うアジトでは敵いはしないのだが。
そんな彼女の異能は、「変身変化」姿かたちを別のものへと変えると言うもの。
とは言っても、ナリヒサの裏組織で人為的に異能を変異させられた結果、変身できるのは余程本人とは似つかない大男の姿であった。
元々はどんな異能であったのかアナには分からない。
だが、研究者たちはアナとはかけ離れたモノへと変身させるために大きく見た目の違うそれを選んで刷り込んだのだろう。
そしてその結果、少なくともアナについては人為的に異能の結果を誘導することが出来ると結論が出た。
ただ、アナに分かるのはまるで体が置き換わったように大男への変身が出来ると言うだけ。
元の身体が引き延ばされるのではなく、丸々入れ替わるような感覚だ。
けれど、どちらにしてもそれが彼女の助けになることはない。
中小異能組織の構成員程度の理力強化をする手合いであれば、一方的に制圧が可能だろう。
しかし、こと異能組織の幹部級となれば話が違った。
それも彼女がいたのは六大組織に肩を並べることをしうる可能性のあった「陽炎」だ。
当然、幹部に限らず実力者は多くいた。
一対一なら話は違うが、生憎そこは構成員の蔓延るアジトであった。
しかし、彼女にも転機は訪れる。
それは「陽炎」の壊滅。
ネクサス改め異能倶楽部との抗争による「陽炎」はボスを失い壊滅を免れることは出来なかった。
それだけに限らず幹部の無力化により、戦力は半減では済まされない。
すぐに異能倶楽部の手がアジトに入ることは確実であり、陽炎の所有する施設のことごとくは放棄するに至った。
それは、アナが軟禁されていた施設も含まれていた。
ただ、かといって完全に自由の身となったわけではない。
無論拘束状態であったし、異能に制限が掛けられていた。
しかし、前者はともかく後者においては維持する異能者がアジトを放棄したために解かれる結果になった。
そして前者の物理的な拘束は彼女の異能を使えば解くことは可能であった。
「変身変化」の異能を使えば、体積の増加に伴い拘束を引きちぎることは出来たし、そうでないにしてもその体格と理力強化によればそこらの異能者を凌駕する力は出せた。
そうした経緯があってアナは脱出を図り、外へと出た。
しかし、彼女の元々の出自は日本ではない。
そうでなくとも、非検体として長い間過ごしていた彼女には身寄りがない。
それに一見強力に見える異能にも大きな欠点があった。
「変身変化」は護衛程度に使えるかに見える能力ではあったが、その実、使用制限が付きまとっていた。
それは異能発動可能時間と異能が使用不可になるいわばクールタイムだ。
発動可能時間は二日、発動不可時間は一日。それも発動可能時間と発動不可時間は異能の使用に限らず周期的に回ってくる。
つまるところ異能を温存して、発動不可時間の調整などは不可能なのだ。
しかし、幸か不幸か「陽炎」が壊滅した日、つまり4月27日は異能の発動可能時間であった。
そのため即座に脱出を開始、それに成功する。
しかし、翌日は発動不可時間であったために、下水道に潜伏して一夜を過ごした。
防衛の術がない状態では下手に動くのは危険であると判断したのだ。
そして同時にアナが考えたのは自身の身の保障についてだ。
一般人としての生活は早々に難しいだろうと見切りをつけて、一つの案を思いついた。
異能組織に助けを求めることだ。
再び、「陽炎」にいた時と同じ境遇になろうとしたわけではない。
しかし、六大組織にはそれなりの規律があり、利用価値があればそれなりの待遇で扱ってくれると言う希望的観測だ。
ただ、全くの根拠がなかったわけでもない。
アナの部屋に通う世話係の女が洩らした断片的な情報をもとに推測したのだ。
アナの知るところではないが、実際のところ話の大元は異能倶楽部であるネクサスが全国から強力な異能を持つ人材を取り込んでいたことに起因し、それについて言っていたのだろう。
経緯はどうであったにしろ、アナの目下の目標は定まった。
しかし、六大組織に接触するために少々手荒な手段に出たのは偶然だった。
それは後に「無異」として彼女が語られることになる行動そのものだ。
軟禁中の世話係が持ち込んだものと、彼女の発言から得たわずかな日本語を頼りに「ツヨイヤツ、シッテルカ?」と問うた。
ただ、意図は単に実力者であるだろう六大組織について探るだけであった。
しかし、結果として起こったのは彼女が話しかけたニット帽の男と金髪の男は常時発動している「変身変化」の異能の気配を察してか、こちらが好戦的であると感じたようだった。
そのため、男たちを無力化したのは偶然ではあった。
少し過剰に攻撃を入れたのは、他人にまで構う余裕がなかったため。
ただでさえ異能に使用制限が付きまとうのだ。一刻も早く力の持つ組織との接触を図る必要があった。
ただ、結果として、その行動は更なる強者を招くことになった。
様々な組織から現れる刺客。
それを頼り、力を持つ組織を探した。
そして、出会った。
リオと言う少女は、異能の気配を最小限に抑えながらも潜伏する他の異能組織の構成員を殲滅して見せた。
そんな彼女はすぐさまアナの目の前から姿を消した。
ただ、人目を気にしたのだとアナは察して元の少女の姿になり接触を図った。
しかし、なおも彼女は一般人のように振舞いアナを遠ざけようとした。
そこで更にアナは察する。
その結果、まるで家に入り込んでしまったかのようにしてリオの自宅へと入った。
しかし、彼女ほどの実力があれば本当に接触を拒むのであれば部屋に侵入するのは阻止しただろう。
それに、リオはアナの言葉を聞いた後、あらかじめ読んでいたかのようなタイミングで現れた白津ツムギ──シロサヤに役を回した。
そしてシロサヤとの会話の中で、今ある状況と異能倶楽部について理解し、そして異能倶楽部の庇護下に置かれることになった。
異能組織だけでなく治安維持組織の目も存在することを知り、異能の発動不可時間の関係もあり暫く日本語の勉強をしつつ引きこもることとなった。
そして5月6日。
リオは動いた。
そして彼女に促されて、アナも家を出た。
しかし、分かるのは丁度異能の発動可能時間に突入した程度のことくらいだ。
事態の収拾に動くように見えるも、全くの想像がつかなかった。
彼女が脚を進める先は統一性がなく、自動販売機のある裏路地ではちょっとした穴場でも紹介するような素振りだった。
アナが印象に残っているのは自動販売機の不調か、商品が一度出てこなかったことくらい。
アナがもう一度ボタンを押せば出てきたのを見て、「一緒だよ」と同じボタンを押したと彼女が主張した程度だ。
ただ、アナにも彼女の目つきが変わったように見えた場面があった。
それは公園へと脚を進めた時。
「俺も久しぶりに体を動かそうかな」
そう言う彼女は異能倶楽部のボスの一面を見せたように見えた。
身体を動かすと言うのは何か戦闘を思わせる。
ツムギやユキナから聞いたリオの異能の威力はすさまじいものになるはずだ。
それを考えれば今から彼女直々に手を下すのは想像に難くはない。
しかし、予想に反して彼女が指示をしたのはアナ単独での行動であった。
彼女は先に行けと言い……そしてその先でザンマと呼ばれる男と遭遇した。
◆
無異と言う人物を探して数日。
大録會から志渡澤と言う人物を借りたザンマは苦労の末に無異を発見した。
「とは言っても、偶然だがな」
ザンマは目の前の金髪少女を見てそんな言葉を吐く。
しかし、どうもそれは無異と言う人物とは似つかない。
同行していた志渡澤もそんな感想を抱いたのか、思わず口を開いた。
「ザンマさん。何を言って。無異は西洋人と言っても屈強な大男何でしょう?」
実際に見たことがあるわけではない。
しかし、ここ数日は無異を嗅ぎまわっていたのだ。嫌と言うほどその特徴は頭に焼き付いていた。
だからどう考えても、この目の前の少女とは違うはずだ。
ただ、ザンマは言い換えるように言う。
「志渡澤君にもわかりやすいように言うなら、無異の協力者って言った表現も出来るかな」
その言葉は先ほどのザンマ自信を否定するようなものだった。
その意図に志渡澤は気付けなく、言葉を続けられない。
それを気にすることなくザンマは続ける。
「各異能組織の監視を掻い潜っての物資の調達を行えたのはその少女の姿があったからだ」
ザンマの言葉に志渡澤も徐々に可能性を探っていく。
異能でしか成し得ない可能性を。
「なあ、もう一つの姿を見せてくれよ」
ザンマは少女、アナにそう声をかけた。
そしてアナは息を吐く。
その表情は異能組織のシマを荒らしまわった人物とは思えない。
まるで追い詰められたかのような。
それでも、少女は異能を発動した。
「コレデ、イイカ」
アナは言う。
いや、先ほどまでの少女とは似つかない姿の男はそう言った。
服が破れることもなく、まるでそのすべてが大きくなったようなその姿はまさに異能の産物と言えた。
「成長、変異の類じゃねぇな。変身ってところか」
「側の入れ替えってとこですかね」
ザンマも志渡澤も似たような感想を浮かばせる。
身体を変化させたのではなく、別の何かと置き換えたような現象。
服が破れることはなく。服ごと大男の姿へと変貌していた。
しかし一方で志渡澤の脳裏には疑問が浮かぶ。
何故そこまで無異の事情を把握しているのか。
少なくともここ数日間は志渡澤と共にザンマは手を組んで行動していた。
ここ数日で新たに情報を手に入れると言う意味では無異について知る情報は大差がないはずだ。
だが、そんな志渡澤を他所に会話は交わされる。
「ハヤク、ヤロウ」
「なんだ。随分急かすじゃねぇか。いや、時間がないのか」
ザンマは何かを見透かすように言う。
しかし、彼も戦うのはやぶさかではないのか構えを取ろうとして何を思い出したように呟いた。
「その前に一つだけ」
「な!?」
声を洩らしたのは志渡澤だった。
ザンマについては訝しんでいた。しかし、さしもの志渡澤もザンマの突拍子のない行動までは読み切れなかった。
その光景は先日ニット帽の男と金髪の男を殺した時と同様のものに見えた。
突如志渡澤の腹部を腕で刺したザンマはにやりと笑う。
「志渡澤君、ちょっと寝ててくれ」
身体から力が抜けていく志渡澤にそう吐いてザンマはアナに向き直った。
やはりそれを見てアナが感じるのは疑問。
「ナカマジャ、ナイノカ」
「協力者ではあるが。まあ、気にすんな。お前と戦うには邪魔ってだけだ」
「殺してもねぇし。ほっといたら死ぬけどな」とザンマは続けて戦闘態勢に入る。
「さあ、やろうぜ」
ザンマから異能の気配が漏れ出た。
 




