誤送信
家を出た俺は送られてきていた位置情報をマップアプリに入れてそこへ向かっていた。
そして此処でトラブルが起こった。
「迷った」
一度目の中華の時も二度目の時も、散々迷ったと言うのにまた迷った。
今度こそはと思っていたのに。
と言うか、緊急事態の可能性もある状況でこれは笑えない。
「って、あれ?」
視界の端に映った人影に声が漏れる。
金の髪にオシャレな私服はなんだか見覚えがあった。
「あれって、篠塚さん?」
何か血相を変えて走る彼女を見た。
それを俺は見失わないように追いかける。
どんな状況か分からないが、あれだけの形相だただ事ではないのだろう。
◆
「私が誘ってもおかしくない場所で、尚且つ彼女がすぐに迎える範囲のところ!」
頭の中で考えたことが口から洩れるのも気にせずに彼女は走る。
笹嶺が送ったメッセージの詳細が分からないだけに、リオがどこに連れ出されたのかは手さぐりで探すしかない。
笹嶺を追うと言う選択肢は逃げられてしまった故に存在しない。
まずは彼女の家に向けて移動しながら、呼び出すのに適した場所を探す。
自分だったらどこに待ち合わせをするか。
いや、笹嶺が考えている以上、篠塚自身の好みなどそう詳しくはないはずだ。
ならば、人を呼び出して彼の言う「捕まえて吐かせる」と言う手段を取らせることが可能な場所であることが必須だろう。
いくら過激な考えを持っている笹嶺と言う男であっても、治安維持組織の一員である以上人目をはばからずに行動を移すことはない。
「でも、ならどこに……」
「し、篠塚さん!」
時間もないだろう。
そんな考えのもと焦る声を洩らした時、不意に声が掛けられた。
振り返るように首を動かせば、見覚えのある少女の姿があった。
髪を乱して息を切らす彼女はよたよたと歩いた方が速いだろうと思える足取りで駆けて来た。
髪の隙間からのぞく青の瞳は彼女を虜にした少女であり、何より今必死になって探していた当人である御野間リオだった。
「はぁはぁ……やっと、追い付いた」
よろよろと動いていた足を止めて膝に手をついて息を整える彼女はそう言った。
その姿に一瞬、ぼーっと放心してしまうも目の前の状況を理解して口を開いた。
「リオちゃん……どうしてここに?」
笹嶺の言っていたことが嘘でないのならどこかに呼び出されているはず。
一つの考えとしてそこに向かう途中で篠塚を見つけた可能性もあるが……
しかしその考えを否定するかのように彼女は言う。
「道に迷っちゃって。それで困ってたら偶々走っていく篠塚さんを見つけたから」
なるほどと納得しながら、一つ思い出して聞いてみる。
「そう言えば、メッセージがちゃんと送信されてるか分からなくて、トーク画面見せてくれない?」
適当な理由をつけてリオに送られたであろう位置情報を得ようと試みる。
彼女はスマホを取り出してアプリを起動させて会話を表示させて見せる。
そしてこちらに見せて来た画面は笹嶺がどこに彼女を呼び出そうとしていたのか分かった。
「これは……ただの裏路地」
送られていたのは位置情報だけ。
それに指定された場所はどこかの店でも何でもない裏路地。
こんなもの怪しすぎて……いや、むしろ何事か気になって急いでそこに向かってもおかしくはない。
笹嶺との物事に対する考え方が全く違うせいで全くの検討違いをしていた。
しかし、偶然にもリオと言う少女は道を間違えてここで自分と出会った。
そして安心する篠塚と裏腹に彼女の疑問は尽きていないよう疑問を口にした。
「そう言えば、なにか急いでると思ったけど……篠塚さん何かあった?」
そう言われて思えば確かに彼女の目線では篠塚が呼び出した形になっているだろう。
それを考えてみたら要件も言わずなのは不自然に映ることは確かだ。
「ううん。実は親に車を出してもらおうと思ってメッセージを送ったつもりだったんだけど、間違えちゃって」
適当な理由を並べてリオに言い訳をする。
彼女は上手く納得してはいないようだが「そうなんだ」と取りあえず頷いたように見えた。
「確かに違う人に送っちゃうこともあるよね。さっきの位置情報とか画像とかだと長押ししたりすると共有されちゃうこともあるし、間違えちゃうこともあるよね。……っあ」
「え?」
「いや、何でもないよ。それより、何もないならよかった」
話しながら何か驚いたような声を出した彼女のことは気になるが、自分を心配してくれていたようでなんだか嬉しかった。
「うん。心配してくれてありがとう。でも、態々来てくれたけど、用事があるから……」
「そっか。じゃあまたね」
そんな言葉を交わしてリオと別れる。
一安心ではあるが笹嶺の対処もしなければならない。
そしてふと思う。
「そう言えば道に迷ったとは言ってたけど。指定された場所と反対側に来ちゃったんだ」
迷子にしても全くの見当違いの方へと移動していたことに疑問を覚えながらも結果的に良かったと思った。
◆
時は少し遡り。
「ん?」
黒い髪に白のメッシュの入った少女は雑居ビルの屋上で声を洩らす。
それは眼下にいた少女が予想外の方角へと足を進めていたからである。
現在、彼女は所属している組織、異能倶楽部の同じく幹部であるシロサヤことツムギの指示で部下を引き連れてボスであるリオの姿を追っていた。
と言うのも、リオに届いたメッセージについてはあらかじめ設置してあった鏡でツムギは内容を把握しており、不審に思ってユキナに尾行させたのだ。
当の本人であるユキナはリオ、ツムギと同居するアナのために用意された児童用の日本語教材を何気なく開き夢中になった結果その一連の状況どころか、リオに「行ってきます」の挨拶を遠慮されるほどの集中力を見せて対象年齢が十は違うだろうそれに取り組んでいた。
しかし、事態を把握していたツムギによって尾行及び護衛としての任が下されたのだった。
そしてその時、一つの言葉を掛けられた。
「あと、白腕も連れてって」
「え?」
「貴方の異能じゃ不向きでしょ」
「力比べに行くわけじゃないんだから」とツムギが続けたのには意味があった。
白腕。
異能倶楽部におけるユキナ──雪花の下につけられた部下たちの総称である。
ユキナの異能は強力なモノであるが故に掃討戦などでなければあまり向かなかった。
それ故に、彼女の下にはそれ以外をフォローする部隊が付いていた。
それに加えて前回の幹部同士の戦いの発生する組織同士の抗争でない為、態々幹部単体で動く必要もないのだ。
ユキナが動くのだって、ボスであるルカことリオが関わることだからこそである。
そしてそんなこんなで尾行を続けていたユキナと白腕たちはリオの動きに疑問を覚えていた。
ツムギから聞いていた位置情報では、彼女が呼び出されていたのは彼の家からして今向かう方向とは反対側の裏路地であったはずだ。
「どうします?まるっきり反対側に進んでいるようですが……」
どういう意図かなどと考えていたユキナに白腕の一人から声が掛けられた。
彼女らはボスであるルカの姿を見るのは初めてではなかった。
異能倶楽部の特性である日常生活に溶け込むと言ったものとは少々離れて部隊として動くことが多い彼女らではあったが、ユキナが日常生活でルカと共に学校へ通う関係で見かける機会は幾度かあった。
しかし、ルカの活躍は耳にするものの普段の腑抜けたような彼女の姿を目にしていた彼女らには真にそれを信じることが出来ているものはそう多くはなかった。
ユキナが彼女に従っているからそうしているに過ぎないと言う考えのものが大半であったのだ。
だから、今意味不明な行動をしている彼女に対して疑念の意を持たざるを得ない。
ただ、そんな彼らとは違いユキナは「いや」と声を出した。
その真意を読み取る前に、それを目にした。
ふらふらと変な方へと歩いていた彼女がまるで知り合いを見つけたかのように走り出し、その行方を見た時思わず声がでた。
「まさか……」
すべて計算ずくだとでもいうのか。
白腕の面々はにわかには信じられなかったが、しかし、まるで迷っているかのような足取りの結果、彼女がたどり着いたのは探し人である篠塚舞のもとだった。
「だよねー」
そうだと思ったと言わんばかりの、ユキナの表情を見た。
そしてルカが何かを話していると思ったとき、不意にユキナのスマホが震えた。
「改めて位置情報が送られてきたみたい」
そう言って見せて来たのは、ツムギがユキナに話した裏路地の位置情報だった。
それに対して白腕の一人がつい、「なるほど」と声を出した。
「そうだね」
「丁度、自宅からこの裏路地に歩いて向かったとして、着くのはあと少し。そして我々がこちらから移動しそこに到着するのも同じころ」
「まあ、一応道を変えた時点で数人はそっちに向かわせてはいたけどね」と白腕の声に対して続けた。
同時に白腕は、完全にこちらの尾行もバレていたのだと悟った。
そしてもう一度ユキナはスマホに目を落とした。
「こっちからも連絡……なるほどね。呼び出しの相手は結構強引みたいだね」
先に路地に向かわせていた白腕から送られてきたのは、少し開けた路地裏の奥で座り込む男たちの姿だった。
◆
「それにしても」
何もないなら良かったと内心思った。
不思議に思う事も多くあるけど、親に送ろうとしたメッセージなら確かにそっけない文面でもおかしな話ではない。
俺が迷った先に彼女がいたのだって、親に送迎してもらった後とかだろうし。
とは言え、スマホをいじっていた時にユキナちゃんに位置情報を共有してしまったのは焦った。
彼女とは個人的なメッセージはそこまでやり取りしないから変に思われたりするかもと思ったけれど、特に気にしてなさそうでよかった。
 




