見たモノ
「なんだ?こりゃ……?」
ザンマは血だまりの中でそう呟いた。
思わず額に手を充てる。
そして、死体と血で随分と様変わりした事務所を見た。
ザンマが帰宅したのはつい先ほど、通り魔的に暴れまわる外国人の最初の目撃者だと言う二人を殺して、そして此処まで帰って来た。
そして、暫くしてザンマの目の前に広がるのはそんな光景だった。
地面に転がるのは複数の死体。
ここには末端は呼び出されなければいない為、多少格のある者しかいないが。
その中の、一番下と言える位の男から、ボスの側近のように振舞っていた黒スーツの男、そして何よりもこの組織のボスである派手なスーツの男まで一律肉の塊へと変貌していた。
ただ、その損傷具合はボスが一番酷く見えた。
◆
ザンマはその詳細を語った。
組織の事務所に帰ると、そこが血まみれになっていたこと。
そして、誰一人として生きてはいなかったこと。
そこから導き出された結論を。
「恐らく犯人は例の西洋風の男、「無異」でしょう」
ここ数日、人通りのない路地に現れ、通り魔的に多くの組織の構成員を屠ると言うその存在。
ザンマはその存在を頭に思い描いた。
その言葉をこの部屋、いや建物の主であるオオロクは聞く。
そして、閉じていた目を開き、言葉を発した。
「根拠は?」
そう問うた。
当たり前の話だが、根拠のない推測だけでは信じることはできない。
ただでさえ、自身の下につく組織の者とは言え、ザンマは別の組織の人間なのだ。
そう簡単に聞き入れることは出来なかった。
そして、ザンマもそんなことは承知であり、話を続ける。
「無異が多く目撃されている場所。あそこが、ウチの組織の管轄だってことは知っているでしょう」
共通認識であるその話題を、確認するかのようにして彼は言う。
その認識が今回の話の根拠と、彼の組織が躍起になって無異の情報を集めていた根拠とも言えた。
「単純な話、奴は強者を探していると言います。ですんで、何処からか情報を得てこちらに来たと。六大組織の皆さん方を除いて、この辺りの実力者と言えば、直接支配しているウチの名前が出るのは当然かと」
そう難しい話ではない。
不良がここで一番強い者と戦わせろと言えば、その場所をシマとしている腕自慢がでてくるように。
あの場所で比較的接触の可能な実力を持ったものを探し当てればそこに行きつくと言うだけの話だ。
それに、六大組織との接触は身内であってもそう簡単ではない。
自然な話であった。
「そうか。それなら道理だ」
短くオオロクは返した。
彼自身形式状彼に問う事となったが、予想はついていたのだろう。
理解は早かった。
「ただ、それが本当なら、先ほどの話からして無異は複数人相手にあの桐坂に勝ったと言う事か」
事実を確認してオオロクは言う。
桐坂と呼んだのはボスの名前であるが、その一組織のボスを相手どって部下もろとも始末するなど並大抵のものではできない。
少なくとも、無異と言う存在はそれだけの脅威度は有していることになる。
「だが、好機でもあるか」
「はい。奴が、一方的にボスたちと戦って勝つと言うことはないと考えられる以上、今は負傷している可能性が高い」
「ああ。実際、桐坂がやられてからの消息は完全に断っている。傷を癒すために潜伏していると考えてもいいだろうな」
持ち得る情報と照らし合わせて、推測をする。
オオロクの語る通り、桐坂が殺されたとされる時間以降の目撃例はゼロだ。
傷を負い、どこかで癒していると考えるのが無難だろう。
「叩くなら今、か」
思案する彼のようにして、オオロクは呟いた。
◆
「アメンボアカイナアイウエオ」
「おーうまいうまい!」
勉強会をした日から一夜過ぎて、今日も今日とて休みである。
昨日のように篠塚さんとネッカちゃんは居ないけど、ユキナちゃんはなぜか入り浸っていた。
今は、アナの相手をしている。
「そう言えば、篠塚さんは大丈夫だったのかな?」
ふと昨日のことを思い出しつつ俺は口を開いた。
電話に出てから様子がおかしくなった彼女を思い出す。
「リオ君が心配するほどでもないと思うけど」
隣で俺の言葉を拾ったのはツムギちゃんだ。
俺の前にはコップが置かれる。
緑茶だ。うまい。
「そうかな。ほら、元々様子がおかしかったけど、電話に出てからは顕著だったから」
ネッカちゃんを見た時点で固まっていたから、電話だけが彼女をおかしくした原因ではないのかもしれないけど、それでも電話に出てから部屋に戻って来た後の彼女は異様にこちらを見ていた。
異様にこちらを見るのはなんだかツムギちゃんみたいではあるけれど、その表情は険しかった。
「少し気になるけど……次会うにしても連休明けかな」
一応強引に交換させられた連絡先は持っているけれど、連絡する勇気はない。
唯一俺が気兼ねなく連絡できるのはツムギちゃんくらいだ。
とは言っても、彼方からのメッセージが頻繁に来るために何度も返していたからこその結果であり、それもなかったら未だに慣れていなかったかもしれない。
そう思っていると不意に何かに気付いたツムギちゃんが声を出した。
「あれ?リオくん、ケータイ鳴ったよ」
「ん?これって」
自身の携帯の画面が光り、一つの通知が来ていることに気付く。
そしてその文字に目を見開いた。
◆
全国に点在する異能対策治安維持組織の施設。
その一室の扉が開かれた。
「はぁ」
金の髪を揺らす少女は、バタンと自身が出て来た部屋のドアを背にして息を吐く。
少女、篠塚舞の頭には今も一つの悩みが居座っている。
それは、最近交友を深めている御野間リオと言う少女の事だ。
彼女が通り魔的な犯行を繰り返す「無異」と言う存在と何かしらの関係があるのではないかと言う疑いが治安維持組織の中で持ち上がっている。
今だその真実が露になったわけではないが、丁度交友関係のある篠塚に監視の任が与えられた。
友人の存在を疑うのは十そこらの少女にとっては相当な心の負担になりえるものである。
彼女が異能によって操られていることや脅されていることも考えられる。
それでも、もし彼女の意思で「無異」に協力している可能性を考えると心が持たなかった。
そんな状態が日を跨いでも彼女を蝕んでいた。
携帯電話を取り出して暗い画面に写るのはやはり暗い表情をしている自分。
しかし、ものの数秒で画面は明るさを取り戻して、自然と自身の顔を捉えたカメラは顔認証を解除する。
こんなにひどい顔をしているのに「異常なし」と判断するのを見ると、やはり機械には人の感情の機微による顔色など測れないのだろう。
そうふと思ったとき、そんなことは関係ないとばかりに一つの声が掛けられた。
「隙あり」
声と共に手元から携帯をひったくられて、その相手を睨む。
「笹嶺……さん。返してください」
「そんな怒るなよ。冗談じゃねぇか」
今時携帯電話は最大の個人情報の塊、冗談で済むわけがないだろと篠塚は内心思う。
しかし、その真意は届くことなく目の前の男、笹嶺は嫌な笑みを浮かべる。
「ほらよ」
無造作に投げられたそれをキャッチする。
仮にも篠塚は異能特査だ。
これくらいキャッチすることは容易い。
だが、人のものを奪っておいてこんな返し方をする男は許せなかった。
しかし、文句を言う前に笹嶺は言う。
「聞いたぜ?お前の友達が「無異」の協力者だったんだってな」
嫌みな笑みを浮かべる顔面に一発拳を入れたくなるのを我慢しながら、口を開く。
「可能性があると言うだけです。それに協力していたとして、それが異能による強制的なものである可能性も──」
「俺さぁ。結構、篠塚の事高く評価してたんだぜ」
反論の途中、いきなり挟まれた笹嶺の声に口をつぐむ。
「お前は俺と同じ実力だけで選ばれた真の強者である異能特査。だから他のカスどもとは違うって。でもがっかりだよ。私情を挟んでどう考えても怪しいお友達を見逃すなんて」
「今は調査中なので、下手に動いていないだけです。それが終わり次第動きます」
笹嶺に自信と同類であると思われていたことへの嫌悪感。
そのうえで勝手に失望されたことに対する苛立ちを声色に乗せないように必死に言葉を紡ぐ。
「あ?調査だ?んなの必要ねぇだろ。とっ捕まえて吐かせれば終わり。それになぁ篠塚、もうおせぇわ」
「は?」
今度こそ口から洩れたその声は本心からのものだった。
ただ、それに笹嶺は大したリアクションを見せることなく、口を開いた。
「さっき、お前のケータイ取った時に送ったんだよ。お友達にここまできてくださ~いってな」
「ああ、ちなみにメッセージは画面上から削除しといたから取り消しは出来ないぜ」と笹嶺は続けるが篠塚には届かなかった。
「俺が直接吐かせるからよ。任せとけよ」
◆
交換したばかりの篠塚さんの連絡先から俺宛に届いてのは一つのメッセージだった。
詳しい要件は分からないが、位置情報と「ここへきて」と言う旨のそっけない言葉が添えられていた。
それは見て俺はらしくないな、なんて思った。
彼女と連絡を取り始めて一週間と経っていないが、それでも普段送られてくるメッセージとは明らかに違った。
いつもの余裕のありそうな文面とは打って変わって、まるで急いで打ったようなそんな印象を受ける。
そんな状況から恐らく、彼女は何らかのトラブルに巻き込まれた可能性もあることも視野に入れた。
メッセージに時間が掛けられない原因が歩きスマホを出来るだけ避けたいからとか、そんな理由もあるだろうが、今の時代何があるか分からない。
きわめて健全な……と言うか学生間でのちょっとしたグループ程度に過ぎない異能倶楽部が悪者のように仕立て上げられるような時代に楽観的な考えは危険だ。
それに協力な異能さえあれば犯罪もたやすいのだから。
そんなわけで俺はツムギちゃんとアナに一言声を掛けた。
「ちょっと、出て来るよ」
「何かあったの?」
「ううん。今、篠塚さんから連絡が来て、昨日の忘れ物がどうとかって。近くにいるみたいだから届けて来るよ」
まるっきり嘘をつかずに適当な言い訳を並べてそう言った。
正直、一人で行くのは気が引けるがもし危険があったとしてツムギちゃんとアナを巻き込みたくはない。
そんな思いもあっての言葉だった。
最悪、俺一人なら異能で脅かして逃げることくらいは出来るだろうし。
一瞬、ツムギちゃんの表情が硬くなったような気がしたが、一泊置いて「そう」と言った。
「気を付けていってね」
「イッテラッシャイ」
「うん。二人とも、行ってきます」
二人にそう言って俺は家を出た。




