人気者
「えっと、どうも」
ツムギちゃんがどこかにメッセージを送って数分。
そんな声と共に現れたのは、確かに俺も知る人物だった。
肩くらいにかかるかかからないくらいの黒髪に赤いメッシュが入るその少女は異能倶楽部の一員、二ツ神ネッカであった。
俺自身驚いたこともあって、その場で一瞬固まってしまった。
先日の中華を食べに言った件で仲良くなった気にはなっているが、それでもツムギちゃんとユキナちゃんほどの交流があるわけでもない。
「あ、いらっしゃい。ネッカちゃん」
俺が反応する前にツムギちゃんが近寄ってそう言った。
そしてそこでやっと俺も固まっていた身体を動かして口を開いた。
「いらっしゃい」
そんなことを言ったとき、そう言えば馴染み過ぎて気付かなかったが、本来ツムギちゃんが「いらっしゃい」と言うのは不自然なことだな、なんて思う。
まあ、俺よりもこの家のことを熟知していそうではあるし、別にやめてほしいという気持ちはないんだけど。
と、そんなことを思っていると、手招きをされる。
俺、だけではない。ツムギちゃんもだ。
どうしたのと聞こうとすれば、素早くキッチンの方へと引っ張られる。
誰に隠れるわけでもないのに、なぜかしゃがみ込んで輪を囲むように顔を見合わせた。
「状況が分からないんだけど」
そう口を開いたのは、ネッカちゃんだった。
状況が分からないと言うからには説明もされずにここまで来たのだろうか。
そう思うも、すぐにそれは否定された。
「状況と言うなら、メッセージも送ったでしょう」
そう言いながらスマホの画面を見せるようにして否定するのはツムギちゃんだ。
彼女が見せるトーク画面にはしっかりと、勉強会をしていてユキナちゃんを手伝ってほしいと言う旨が掛かれていた。
「それはもちろん分かってるけど……そうじゃなくて、なんで組織以外の人間がここにいるのかって」
その言葉を聞いて俺はなんとなく察した。
結構派手な見た目をしてるけど、ネッカちゃんは案外人見知りなのかもしれない。
今回の勉強会を企画したのが篠塚さんだからいるのは当たり前だけど、彼女は知らなかった。
だから、いきなりのことに驚いたのだろう。
それに、異能倶楽部は濡れ衣とは言え、現在は世間的に犯罪組織としての認識が強い。
異能倶楽部の前の名前が、あの悪名高きネクサスとかいう組織だったとよくわからないほらを吹く人もいるくらい。
だから、もし何かの拍子に外部の人に異能倶楽部であるとバレるのはあまり気持ちの良い事ではないのだろう。
そして、俺がそんなことを考えている間にツムギちゃんは口を開いた。
「それは──」
「ツムギちゃん!来てぇ!助けてぇ!」
ただ、それは向こうから飛んできたユキナちゃんの声にかき消された。
そんな声にやれやれと笑いながらネッカちゃんは行っていいよとジェスチャーすれば、ツムギちゃんはあっちへ戻っていった。
その様子を俺も見て、顔を戻した時気付いた。
あ、これ気まずい奴だ。
「…………」
俺は二人きりになってしまったと言う状況に気付き、次の行動をどうすればいいか迷った。
共通の友達がいなくなったとかではなく、俺とネッカちゃんは普通に話せる。
中華の時も少し会話をした。
そして始まる前に帽子を貸してもらったほどである。
あ、帽子。
不意に湧いて出た話題に俺は口を開いた。
「ネッカちゃん。あの時の帽子ありがとね。確かツムギちゃん経由で返したはずだけど」
「無事帰って来ましたよ。それにボスだったらいつでも言ってくれたら貸すし」
俺のお礼に対してそんなことを言ってくれる彼女に嬉しく思いながらそう言えばとまた言葉を紡ぐ。
「あ、約束通り敬語なしでね。あと、名前で呼んでいいよ」
「……わかった。でも、敬語はともかく名前は……苗字とかでも。………………名前で言うとあの人怖いし」
「ん?」
最後の方が良く聞こえなかったけどまあいいか。
それにしても苗字か。
「うーん。まあ、いっか」
考えた末に俺はそう言った。
よく考えれてみれば、俺も人の名前を呼ぶのは難しい。
日々の成長で何とかコミュニケーションを取れるようになってきたが、未だに知らない人と話すのは難しい。
「じゃあ、御野間ちゃんで」
「うん?うん!」
ちゃんと言う響きに疑問を覚えたが、そう言えば篠塚さんも俺のことはちゃん付けだった。
「それにしても、あの人の口調の変わりようは軽く恐怖なんだよね。さっきも迎え入れてくれた時だって、もしかしたら偽物かと疑ったくらいだし」
唐突にそんな話題を振った彼女に一瞬何のことかと思うが、多分ツムギちゃんの事だろう。
そう言えば、学校とか俺の前では普通の口調だけど、組織の皆と話すときはなんだか話し方が違う。
俺的にはいつもの方が聞きなれているけど、よく考えてみればネッカちゃんからすればこの状態のツムギちゃんの方が珍しいのか。
そうこうしている内に再びユキナちゃんの声が聞こえてくる。
「二人も早く来てぇ。篠塚さんが大変!」
その声に俺たち二人は、元の場所へと戻るのだった。
◆
ユキナちゃんの声は状況を端的に表していた。
少なくとも「大変」であると言う事は分かった。
では、具体的にどう大変かと言えば。
「起きてぇ!篠塚さん!」
てっきり、一回目にツムギちゃんを呼んだ時、俺は勉強についての事だと思った。
だが、二回目の声と今の目の前の状況を踏まえればそうでないことは分かった。
「どうしちゃったんだろ?」
「ネッカちゃんが、ここに入って来たとき、と言うか、ネッカちゃんを見た瞬間にこうなっちゃって……」
俺の疑問にユキナちゃんが返答する。
今の篠塚さんの状態はまるで魂が抜けてしまったようにボーっとしていた。
だが、「起きてぇ起きてぇ」とユキナちゃんが揺すれば、「は!」と声を出して起き上がった。
「ゆ、夢じゃない!?」
俺たちの顔、そして今いるこの部屋を一通り見渡したあとそう言った。
夢?と俺が内心首を傾げるも彼女の口からなんとなくのヒントがでた。
「『Kraken』のネッカさんですよね?ほ、本物なんですか?」
くらーけん?
俺にはネッカちゃんがイカだかタコだかの怪物には見えないが。
まあ、そう言う事ではないんだろうなと思って疑問を口にする前に当の本人であるネッカちゃんが答えた。
「うん。まあ、あってるけど」
「うわ~!本物だぁ!」
返答に対してテンションを上げる
「篠塚さん、ネッカちゃんの事知ってるの?」
「う、うん、もちろんだよ。ネッカちゃんと言えば、バンド『Kraken』のベースボーカルで凄い人気なんだよ!」
「す、すごい!」
俺もついそう漏らす。
バンドなんてよく知らないけどカッコいい。
それも人気だなんて。
「いや、別に普通だよ。大体インディーズだしね。でも、ありがとう」
よくわからない横文字で謙遜した後にそうお礼を言った。
英語はわからん。
「リオちゃんも凄いね、こんな人とお友達だなんて」
「え、うん」
俺はその事実を知らなかったし、そもそも最近交友するようになったばっかりではあるけれど、まあいいか。
ネッカちゃんは何度でも俺に帽子を貸したいと言っていたし。
なんか凄い友情が生まれてる気がするし。
まあ、それはともかく。
なんて、思ったとき、不意にスマホが震えた。
俺のではない。
ツムギちゃん、ユキナちゃん、ネッカちゃんでもないようで。
最後に残ったのは篠塚さんだった。
「あ、ごめんね。ちょっと、電話来ちゃったから外すね」
気にしないよと言おうと思ったが、本人が聞かれたないと言う可能性は多いにあるだろうと思ってそれは言わなかった。
幸い廊下があるので家の外に出る必要はないだろう。
そんなことを思っていると、ネッカちゃんが口を開く。
「じゃあ、こっちはこっちで始めよ」
ユキナちゃんは嫌そうな顔をしたが、勉強は再開されることとなった。
◆
ゴールデンウィーク後半戦。
そんな表現があっているかは不明だが、とにかく仲良くなりたいと考えた御野間リオの家に篠塚は来ていた。
そしてスマホに着信が入り、廊下で受け取ったのがつい先ほどの事だった。
「なんですか~。私勉強会の途中だったんですけど~」
電話口に向かって不満をぶつける篠塚。
それを言える間柄の相手との電話なのか、口調も軽かった。
『言ったはずだぞ。自覚を持てと』
だが、電話口から帰ってきた言葉は、決してフレンドリーなどと言えるものではなかった。
威圧的な男の声。
いや、本人にはその気はないのかもしれない。
だが、その声に温かみはなかった。
あくまで篠塚を咎めるようにしてその言葉は発せられた。
「わかってますよ~。で、なんなんですか。こんな時間に。今日は完全な休暇ですよ」
相変わらず男の声には怯む様子もなく篠塚は問うた。
だが、その問う声は真面目な口調であった。
普段の口調とも打ち解けて来た友達と話す時とも違う。
とは言え、電話の向こうの男も慣れているのか驚くことなく返答を返した。
『先日異能検知器に反応があった』
「そんなのは珍しくないでしょう。そこらの学生がいたずらに使っても履歴はつく」
『最後まで聞け。その問題の異能検知器と言うのが、例の西洋風の外国人が通報された時間に、周辺で強力な異能を感知している』
「無関係ってことじゃないんですね」
『ああ。そして調査の結果、付近の監視カメラに一人の少女が映っていた。その少女が外国人の男と接触しているかは不明だが、何か知っている可能性が高い。そして、その少女の正体だが、お前が今いる家の主、御野間リオが怪しいと踏んでいる』
「あの子が」
自分の居場所が知られていることには特に驚かず、自身の知る人物の名前が出たことに表情を大きく変えた。
『それでだが、その時間に通報が入っている。それをしたのが彼女であるとこちらは考えているが、その後現場から治安組織の到着を待たずして離れているのがわかっている。これがもし、混乱、あるいは危険回避のための行動であればいいが、そうでなかった場合……』
電話口の男の言葉に一拍の間が開く。
そして、その後が続けられた。
『御野間リオが男の協力者である可能性が高い』
その言葉に上手く声が出なかった。
だが、なんとか絞り出して。
「どう言う事ですか」と発した。
『暫定だ。決まったわけじゃない。ただ、そいつが何か情報を持っていると言う可能性が高い。あの場には、他の異能組織の構成員がいた証拠もある。外国人の男とは敵対関係にあるそれらから逃がす手伝いをしているかもしれない』
ペラペラと告げられる言葉に思わず口を挟む。
「そんなわけが」
『彼女本人の行動によるものにしろ、異能による洗脳、あるいは脅されたにしても理由はつく』
その言葉に押し黙る。
その間にも、耳元の声は言葉を続ける。
『どうやら仲良くしているようだが、彼女のことを信じ、その疑いを晴らしたいなら尚のこと奴から目を離すな。これは仕事だ、篠塚異能特査』
「頼んだぞ」と言って電話は切れた。
 




