金髪
汚い金色の髪を男は自身の手で撫でつけてゆらりと歩く。
細身で猫背、だが不思議とガリと言った印象は抱かない。
きっとそれは本来筋肉がついて程よく引き締まっているが、それが姿勢や仕草によってマイナスに見えているからこそのギャップだろう。
そんな印象を抱かせる男の名は残熊と言い、今現在自身の所属する組織の命によってダルそうに歩いていた。
そしてザンマは不意に口を開いた。
「すまんね。ボスにも事情があんだよ」
その言葉は、後ろをついて歩く二人の男に投げかけられるか、いきなりの事だったのか反応が遅れる。
何とか返せたのは「え?」と言う咄嗟に出た言葉だけ。
それを聞いたザンマは自身の言葉を補うように付け加えた。
「さっきのことだよ。ニット帽の君は首のところ怪我してたでしょ」
そう言われて思い出すのは、先ほどの光景。
ニット帽を被る男、そしてその横を歩く金髪の男は自身の所属する組織のボスに説明を行った際の事だった。
雨が降ったあの日、突如として現れた西洋風の男に襲われた二人はこれは報告した方が良いとその情報を上につたえた。
そして、ちょうどこの辺りでそれと同一人物であろう外人が異能者狩りを繰り返していると言う問題が発生していたために、参考人としてボスの前に召集された。
その時にボスの気分を害してしまい危うく殺されそうになったのだ。
つい先ほどの話、忘れるわけもない。
今は丁度、先ほどの話が終わってザンマと言う男についてこいと言われて外に出ている状況。
本当に今さっきの出来事なのだ。
「い、いえ。俺が迂闊なことを言ったから……。それに助けてもらっといて文句なんて」
申し訳なさそうにニット帽の男は謝罪をし、それに金髪の男も賛同するように頷いた。
本来、話をするだけならあのようなことにはならなかったのだ。
余計な一言を言ったせいで、お世話になった人まで死ぬこととなった。
異能を持っているだけで、組織の末端として所属している物の。男たちは未だ学生である。
自分の判断の甘さに後悔することしかできない。
それでも取り乱さずにいるのは、裏の世界を少しでも知っているからなのだろうか。
「そう言ってもらえると助かるわ。ほら、陽炎との抗争の時に、ここら辺の組織がこぞって異能倶楽部のボス狙っただろ?だから、俺らの直接的な上に当たる大録會にも泣きつけねぇんだよ。仮にも、同じ六大同盟に名を連ねる組織のボスにカチコミ仕掛けたんだからな」
末端である彼らが知らない、あるいは頭が回らないであろうところを補足するようにザンマは教えた。
4月27日、先の陽炎と異能倶楽部のごたごたに乗じて彼らのボスもルカを討ち取るために挑んでいたのだ。
「俺たちが、こうやって何事もなくまだ組織続けられてるってのは完全に異能倶楽部のボス、ルカの温情だ。それなのに、都合が悪くなったら泣きつくなんてできねぇよ。ルカが許してるから大録會は何も言ってこないが本当なら組織自体がなくなるようなことをしちまったんだよ」
異能倶楽部に泥を掛けたと言う事実は他の六大組織に泥を掛けたも同然だった。
だから、大録會に泣きつこうなどと言ったことは端から出来るはずもなかった。
筋を通すことや貸し借りと言った様々なことに敏感である大録會であれば尚更に。
「ま、そんな気にすんなよ。どうせボスの事だから明日になったらお前らの顔なんて忘れてる」
「よくも悪くもな」とザンマは言った。
そして立ち止まると再度口を開いた。
「と、この辺だったか」
「はい」
ザンマの声にニット帽の男は頷きを返した。
「で、その外人ってのは、どんな感じで出て来たんだ?」
「俺ら、そこでタバコ吸ってんですけど。雨降って来て濡れない所に避難しようとした時に、そこの奥から」
今度は金髪の男が指を指して伝える。
そして詳細を述べていく。
こういう事は、ニット帽の男よりも彼の得意とするところだ。
それから一通り語った後、ザンマが口を開く。
「まあ、大体わかった」
そして、「あ、そうそう」と思い出したように言う。
「忘れてたわ」
何をと思い二人は首を傾げようとして、喉を這いあがった血に疑問を覚えた。
「ごほっ」
訳も分からず視線を降ろせば、自身の腹にはザンマの腕が突き刺さっている。
ニット帽の男も金髪の男も文字通り片手間でそれがなされていることに気付いた。
「どう、して」
「あ?」
問いにザンマは今までのダルそうでありながらそれでも浮かべた柔和な笑みを消して声を出した。
それに対してニット帽の男は何とか言葉を続けた。
「人殺しは、ダ、メだって」
「ああ、そういう。する必要が無きゃしねぇよ。今はする必要があって、さっきはまだ必要なタイミングじゃなかっただけ」
それだけ言うと、ザンマは二人の腹部から血だらけの腕を引き抜いた。
◆
朝は散々雨が降っていたが、放課後になればすっかり晴れていた。
とは言っても、未だ靴は乾いてないし水溜まりもあるけれど。
まあ、傘を差さなくていいのだから、それだけで大分マシだ。
いや、俺朝も傘さしてなかったけど。
ツムギちゃんに持ってもらっていたけども。
そんなことを思いながら俺は一人歩く。
一人と言うところに疑問を抱かれるかもしれないが、生憎とツムギちゃんには委員会の用事があるらしい。
今日委員会の集まり何てあったかなと思うものの、俺は入っていないので俺の曖昧な記憶ではきっと役に立たないだろう。
実際に自分が役割を持ってないとそう言うのは気にしないからな。
「って、あれ」
俺は不意に立ち止まり首を傾げた。
「おいおい、マジかよ」
つい、そんな言葉が口からこぼれた。
いや、そうでもしていないとこの事実から目をそらしてしまいそうだった。
目の前には、見知らぬ路地。
後ろにも見知らぬ路地。
つまるところ。
「通学路で迷子になった」
意味の分からない状況。
流石の俺でも受け入れがたい事実に硬直する。
いや、地図を読むのは苦手なことは事実であるが、毎日朝と夕方に登下校する通学路で迷うほど方向音痴ではない。
これは明らかにおかしい。
こんなことが起こるとすれば異能による攻撃くらいだろうか。
そんなことを考えて、頭を振った。
馬鹿馬鹿しい。
そんな異能あるわけがない。
第一俺に対して使う必要などないし。
いや、待てよ。
つい忘れてしまうことだが、俺の身体は美幼女。
なら誘拐される可能性だってなくはない。
異能と言う力があるのだから、もし誘拐犯がそれを持てば活用しないはずがない。
そこまで考えて足音に気付いた。
男の足音だ。
それもかなり身長がある。
そう思ったときには反射的に、制服の上から来ていたレインコートのフードを被り、顔に影を差していた。
結局傘ではなく何故か俺にあるサイズのレインコートをツムギちゃんが持っており、今日は偶々着ていたレインコートが功をそうした。
異能が発現してからと言うもの、何かがあると顔を隠す癖があるが今回は良かったかもしれない。
だって、暗がりから出てきたのは、軍人も掻くやと言った厳つい西洋人だったのだから。
◆
放課後。
授業も終わり、生徒たちは各々部活や下校に動き出す。
それが落ち着けば、騒がしかった教室には人の姿は消える。
空き教室であれば尚更に静けさが訪れる。
だが、今日空き教室に差す茜色の西日は、二つの影を映し出していた。
伸びた影は、すらりと伸びた脚を尚更に強調するように床に映る。
そんな中で、影は口を動かした。
「で、話って何かな?篠塚さん」
一人の影の正体は、白津ツムギであり、その声が向けられた先に居たのは篠塚と言う女子生徒だった。
異能の影響かそれとも染めているのか金の髪は夕日によって輝きを増した。
「そんな、かしこまらなくてもいいんだけど~」
ツムギの言葉に篠塚は表情を柔らかくして話し始める。
その様子はなんだか相手をなだめるようにも見えた。
いや、その表現は実際あっていたのかもしれない。
ツムギから見れば、ことあるごとにリオにちょっかいを出す女に思うところが少なからずあって、言葉にはその片鱗が見え隠れしていた。
それを向けられる当人にとって、そう言った意識は自然と芽生えてもおかしくない。
そして、篠塚は言う。
「まあ、でも大事な話ではあるかな」
茜差す中、金の髪の少女は薄く笑った。
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誰もみてくれないのでのっけときます。
 




