おとぼけ光秀
本能寺の変の前に、明智光秀が自らの家臣の一人を呼びだした。
「何でしょうか?」
「信長の野郎をやっつけると決めたが、どうにも不安でな。なにしろあいつは百戦錬磨だ。命を狙ってるのを感づかれやしないかって」
「確かに、あの信長殿ですからね」
「そこで、疑われた場合に動揺しないように練習しとこうと思うんだ。ちょっと信長役をやってくれないか?」
「わかりました。では……おい光秀、お前、なんか様子がおかしいな。どうかしたか?」
「えー、そうですかあ? 別にいつもと変わらないですけどお」
「なんでそんなバカな子どもみたいになるんですか。余計に怪しまれますよ」
「駄目か。じゃあ、もう一回」
「光秀、お前、なんかいつもと違うな。どうかしたか?」
「何をおっしゃいますか。まったく変わりありません」
「しゃべりは良くなりましたけど、顔のおとぼけ具合がひどいです」
「いや、そうなっちゃうって」
「しかし気づかれますよ、それでは」
「うーん……じゃあ、もう一回」
「光秀、お前、様子がおかしいな。何かあったか?」
「全然。いつもと変わりございませんよ」
「なぜにハンサム男子みたいになるんですか?」
「だって、普通の俺じゃ、どうしたってドキッとしちゃうから、別キャラになればと思って」
「それもおかしいですよ。なんとか怪しまれないおとぼけ顔を身につけるしかないです」
しかし光秀のおとぼけ顔はどうしても変なおじさんのようになってしまうのだった。
ところがご存じの通り、本能寺の変は成功した。なぜかというと——。
「信長殿の光秀様への興味が極薄で、ろくに視線を向けることがなくて助かりましたね」
「そもそもあんにゃろうのその態度が気に食わなくてやっつけることにしたんだけどな」