第四話 我が家が恋しい……
「申おおおおし訳ありませええええん!!」
俺は現在、営業先の社長に対して、サラリーマン歴約20年の渾身の土下座を披露している。
元勇者がそんな醜態を晒すなだって……?
俺だってやりたくなんかあるかっ!
それに勇者だったのは異世界での話。
こっちの世界じゃ万年係長だよちくしょう!
「時間に遅れたことは私どもから誠心誠意謝罪させていただきますので、どうか御社との契約破棄だけは見送って頂きたく存じます……! これは私自身の落ち度でありこの件に関しては──」
「あの……間に合ってますよ?」
ここで俺はあることを思い出した。
そういえばあっちの世界にいた頃、俺はモンスターを倒した経験値によってめちゃくちゃに俺のステータスは強化されていた。
それはこっちの世界でも引き継がれているようで、隠してはいるが俺は100m を三秒で走れるのだ。
普段は隠している俺だったが、今日の俺はかなり焦っていて、そんなことを忘れたせいか、電車よりも早く目的地についてしまった。
ちなみに後日談なのだが、その日、人間じゃあありえない速度で走る男が目撃されたとのこと……
世間じゃターボババアならぬターボリーマンなんて言われているが……
いや〜、本当に誰のことなんでしょうねー。
***
遅れることもなく、無事に商談を終えられた俺は帰路について、そして俺の部屋の前まで来ていた。
「あいつらまた変なことをしていないだろうな……?本っ当に預金通帳とかだけはマジでイジってくれるなよ……」
しかし俺は彼らのことをみくびっていたのかもしれない。
彼らは異世界人、それも勇者一行のだ。
扉を開けてから広がっていた光景はなんだと思う?
散らかった部屋、大火事の部屋、はたまた俺が土下座を解除しなかったばっかりに、まだ律儀に土下座をする四人組。
残念ながら俺の想像力ではこの程度が限界だったが、俺が扉を開けるとそこには草原が広がっていた。
言っておくが壁紙が草原で、みたいに見えるという比喩表現ではない。
草原が広がっているのだ……
もう一度言おう
ボロマンションの三階扉を開けたらそこには草原が広がっているのだ。
俺は全く状況が飲み込めず、9秒間脳がフリーズをしてしまった。
「うっそーん……」
「あ! ユウト! こっちこっち」
部屋(?)の中の右側から聞こえてきたのは、エレミアの声だった。
その方を振り向くと、俺の脳は情報量に耐えきれず一時機能停止。
気絶してぶっ倒れる前に俺が目撃したのは、その草原に建つ、貴族の豪邸に負けず劣らない屋敷だった。
***
「おーい、起きてー!」
目が覚めると最初に目に入ったのは、パーティーメンバーの面々。
「お前たちか……昨夜は変な夢を見たよ。俺がもといた世界に戻ってからお前たちと出会って、なんというかすごい目に合わされる夢……」
「ちゃんと起きてるよ! 今ここは一応〝アタイたちから見た異世界〟だよ!」
俺はふと我に帰る。
あたりを見渡すとそこはまるで貴族の家の内装のような、豪華な装飾の施された室内で俺はベットに倒れ込んでいた。
「おい、ここはどこだ?」
「ああ、ここは僕が魔法でつくり出した亜空間に、豪邸を建てた場所ですよ」
「流石に俺たちが住むには、ちっとばかし狭かったからな!」
窓の外を見ると、この豪邸に似合わない、俺が入って来たであろうマンションの扉が、直立していた。
「まじかよ……」
「流石にアタイたちが勝手に住み着いたのに、何も無しってのはあんたが気の毒だったからね」
「ここならある程度騒いでもいいですしね!」
「お前ら……マジでナイス過ぎる!」
これで……これでやっと、狭くて古いワンルームとはおさらばだああああああああああ!!
こいつらがこっちに来てから、トラブルばっかりだが、それを全部不問にしてもいい程だ。
「でもシモン……?」
突然口を開くエレミア。
「あなたさっき水が出る魔道具を触っていて、パーツが取れて水が止まらなくなっていたけれど、それは言わなくていいのですか?」
「ちょっ、エレミアちゃん!?」
「シモン……土下座だ」
「……はい」
全く……今は不問にしてもいいほどの、手柄の貯金があるが、それもいつまでもつのやら……
俺の苦悩は続く……らしい。