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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

5億年ボタンを押して暇だったので筋トレしていたら気づいた時には世界最強

作者: 乙彼秋刀魚



 ——もし五億年ボタンを押したとしたら。


 あるところにスラム街に住む名もなき少年がいた。

 

 ここは世界で一番汚い街。

 鼻が曲がるほどの汚臭が常に漂い、一歩踏み出せば地面は廃棄物や排泄物です埋まっている。

 ここは世界で最も価値のない人間が住んでいる。

 無法地帯のここは弱肉強食の世界、強気者は食料を手にし弱気者はその残飯を食う。

 

 小汚いビリビリに破れた腰まで伸びる服を着用し、今日も食料を探している。

 僕は自分の名前を知らない。年も知らない。なぜなら親が生まれつきいなかったからだ。今まで誰かに育てられて生きてきたわけではなく、赤ん坊の頃から何もかもを全て自分自身でなんとかしてきたのだ。

 肉体的に弱者である僕は食べ物にしばらくありつけない時があり、時には排泄物を食ったこともあった。


 ふとした時、視界にエルフが入る。

 彼女は痩せ細り、蒼い顔をして顔をくらませジッとどこかを見つめていた。

 昨日と何処も位置が変わっていない。

 きっと彼女の命日はもうすぐなのだろう。

 美男美女が集まるというエルフであるが、それはまるっきりの嘘である。目の前にいるエルフがそれを物語っている。

 目に光を失い、荒れた肌からは美しさを感じられない、むしろ醜いと言える。

 確かにかつて彼女は美しかったのだろう。

 売春婦として使われ、性病を拾い、捨てられたそんな彼女であった。

 初めて彼女がここに来た時、まだ彼女は太陽の笑みを浮かべていた。

 今でも鮮明に覚えている。それはまるで、雨雲から差し掛かる一本の太陽光のようであった。

 彼女は平和を望み、争いを嫌った。そんな表の世界では賞賛されるような言葉が仇となったのだろう。

 それはこの弱肉強食の世界に自ら降りるということを差す。

 それがこの様だ。


 ここのルールをしっかりと理解しなければこの先長生きできないのだ。


 とはいいつつ、最近。僕は倒れることが増えた。つまり僕の身体は着々と死に近づいているのだろう。

 時間が経つに連れ、体はデカくなり、背も伸びる。すると身体は更なるエネルギーを欲す。僕はそのエネルギーを供給しきれていないのだろう。


 この脆い身体に嫌気がさす、この恵まれない環境に嫌気がさす。

 全ては金さえあれば、金さえあれば解決したというのに……!!


 と、脳に血を登らせると、一気に気分が悪くなり、ドロドロな地面に倒れた。



 「金が欲しいか?」


 「……?」



 低くもなく、高くもないその声は僕の耳へ届いた。

 ゆっくりと顔を持ち上げると、そこには漆黒のフードを被った謎の人物が手に何かを持っていた。

 顔はよく見えず、闇に包まれている。



 「金が欲しくば、このボタンを押せ。押した時には金貨10枚が手元に降ってくるぞ」


 「押すだけでか?」



 久しぶりに出した声はなんとも言えないガラガラな声であった。



 「ただし、お前さんは何もない空間に5億年飛ばされる。だが5億年経てばその間の記憶はなくなる。どうだ良い提案だろう?」



 つまり僕はこのボタンを押せば実質何も感じないまま金貨10枚を手にできるのか……。



 「まぁそんな難しい顔をするでない。ほら一回でいいから押してみな」



 男はそれを催促してくる。


 (まあ、一度くらいなら……)


 そう思い。スイッチに手を置き、力を込めた。



 ”カチッ”



 そんな音が聞こえたのも束の間。

 僕は薄暗い空間に飛ばされたのだった。




◆◆◆◆




 果てのない先を見つめ、後ろ髪をぽりぽり掻いた。



 「本当に何もないな」



 思わず、そんな言葉が溢れてしまう。

 とりあえずゴールの見えない道を歩いた。




 ざっと、6時間ほどだろうか? それくらい歩いた気がする。

 そしてわかったことがある、ここの空間は無限に続いているということを。

 歩いても無駄、何をすべきだろうか。




 1日後、1人ジャンケン、1人しりとり、色んなことを始めた、暇だ。やはりボタンを押したのは間違いだったのかもしれない。





 まだまだ数日しか経っていない、このシステムの嫌な所は眠れないことだ。いつまで経っても眠気が来ない。

 まぁ、確かにスラム街にいた時とは退屈とはいえ肉体的には楽だ、というか、疲れていない。

 よく考えたら、ここに来て以来疲れたことはあったか?




 更に数日。しばらく走ってみて分かった。僕はここにいる限り、疲れない。かといって身体能力も変わらないわけではない。感覚だが走るに連れて走力が上がってきている気がする。

 



 数ヶ月後

 筋トレに全てを見出した。決して疲れない筋トレであっても筋肉はついていく。こんなにもラクな筋トレは他にないであろう。

 気の向くままに走り、腹筋を鍛え、腕立てをする。

 するとみるみるうちに筋肉が増えてくる。




 100年後

 時間の進みを忘れ、ずっと筋トレをする。

 楽しいのだ。

 しかし最近思うことがある。この身体、筋肉が膨張をし果たして美しい筋肉とはいえるのだろうか。

 真の美しい筋肉とは、実践に向けた、完全無欠な筋肉ではないのか!!




 1000年後

 完全無欠な筋肉を手に入れた。

 しかしまだ果てが見えないのが筋肉の良い所、今日も動きをやめない。




 1万年後

 筋肉の収縮を自在に操れるようになった。

 もはやなんにだってなれる気がしてやまない。



 

 10万年後

 空を飛べるようになった。

 人は自由になったのだ。



 

 1億年後

 筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉




 そして5億年の月日が流れた。



 ◆◆◆◆




 “カチッ”



 スイッチの音が鳴り響き、目を瞑った。

 

 すると何も起こらず、握り拳には何かが入っている。

 そしてそれよりも異変を感じたのは身体中であった。なぜだろうか、体は身軽で何か防具に覆われたような慣れない感覚。

 身体を見渡すと、がっちりとした肉付きとなり、以前よりも何倍何億倍も逞しくなっている。

 そういえば男は消えている。

 いったい僕に何があったのだ。

 

 (まあ、とりあえず金を手に入れたから首都の方へ行くか)


 そして拳に握られたはずの金貨を覗く。

 ……覗く。

 あれ? 金貨はいつのまにか粉々になり砂の如く散って行った。


 そうだ、おかしい。なんで僕はこんなにつよいんだぁぁぁ!!!!



 それから王都で凄まじい力を持つ少年がいると知られるのも時間の問題であった。



 

◆◆◆◆




 あれから数ヶ月、色んなことがあった。色んなことがありすぎてここは割愛させていただく。

 あれ以来ボタンを使ったことはないし、誰かにボタンの存在を伝えたこともない。

 というか、怖くて使えない。

 触れるだけで崩れる岩、素振りで飛び散る城。

 なんて恐ろしい力を手にしてしまったのだろうか。


 そして僕は今、単独で



 「魔王城にいる!!」



 って、ええええええええええ!!

 なんで僕、魔王城いんの? たった数ヶ月だぜ? 魔王軍チョロすぎだろ。

 てか、誰かついてこいよ。なんで単独で行かせんだよ。



 「よくぞ来た勇者よ……」



 図太い声が暗黒の城内に鳴り響いた。

 そして部屋の奥からのしのしと足音が聞こえ、かの魔王の姿が現れる。



 「いや、勇者じゃないっす」


 「ん……? なんだって」



 僕は素っ気ない返事をした、魔王は予想外の言動に焦りを露わにする。

 この世界の勇者は神によって選別される、そして僕はそれに選ばれていない。

 前の話になるが、僕は過去に勇者にあったことがあった。

 何か気に食わないことがあったのだろう、すると何故か僕に怒りの矛先を向けてきたのだ。

 まあ、僕はデコピンで勇者の剣を粉々に粉砕したら、尻尾巻いていったのだが。

 


 「ゴホン、まあそれはいい。ここまでくるのに長い年月を費やしただろう。少し冒険話に花を咲かしてくれないか」


 「うん〜まあ、長い年月といっても2、3ヶ月だしなぁ、冒険正直なんもしてないんだよな」


 「な、なるほど。なかなかやるではないか」


 

 汗をダラダラと流し、魔王は呟いた。



 「よし、そろそろ戦いを始めるとするか」

 


 そう言った、魔王の雰囲気はガラリとからり、恐ろしい覇気を纏い、まさに生命の頂点の名に相応しい。

 


 「一つ、お前に良いことを教えてやろう。我に物理攻撃は効かぬ。つまり物理攻撃無効のスキルを獲得しているのだ」



 (天敵、きたぁー!!)


 物理攻撃しか脳のない、僕にとって魔王はまさに天敵。

 


 「どうした? かかってこい」


 

 とにかく僕は飛び出し、限りなく光速に近いスピードで魔王に拳を振り抜いた。

 すると、拳が先に魔王に当たり、その後轟音が響く。魔王城はぽかりと穴が空いた。

 そして攻撃をやめず、更に蓮撃へと拳を両方使いぶつける。

 魔王は丁寧に腕でガードまでしている。



 「『エクスプロージョン』っっ!!」



 魔王がそう叫ぶと、一気に魔王との間に爆裂魔法が降り注いだ。

 その強烈な爆裂魔法により魔王城は吹き飛び、全壊となる。そして晴天の空が見え出した。



 「言った筈だ、我に物理攻撃は通じないと」



 魔王の纒う漆黒の鎧は眩しい光に反射して輝いて見えた。

 そんな言葉聞く耳を持たず、足に力を込め、渾身の一撃を放つ。


 しかし魔王はピクリとも動かず、効いたようには見えない。



 「まさかお前、魔法が使えないのか?」


 「……」


 「どうやら図星のようだな、なるほど物理攻撃しか使えないのか!!」



 更に打撃を繰り出すが、相手にされていない。そして先程受けた爆裂魔法が身体に響いた。

 あの時から、どんな物理攻撃はもってのほか攻撃魔法も痛みもダメージも受けたことはなかった。

 しかし今はちゃんと痛い。


 僕のどんな技でも魔王に通らない。

 絶望の一言で完結する。

 

 雲一つない真っ青な空を見上げた。

 あの時とは違う雲一つない空。

 脳内にあのエルフが浮かんだ。

 今はしっかり笑えているようで何よりだ。


 僕は太陽の笑み浮かべた。



 「そうだ、まだ足りなかったのだ……」



 “カチッ”



 ボタンを押した。

 ボタンを押した先は何一つ知らない、があの時きっとここで何かがあったんだ。

 そして僕はここで更なる強さを求め、魔王を撃破するのだ!!


そう、


——もし5億年ボタンを押したとしたら

 





ふぁ

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