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汚ねぇ話

作者: 雉白書屋

 ……よぉ。初めに言っておくと、これはクソ汚ねぇ話だ。

 まあ、回れ右して帰って貰ってもいいが

できればご勘弁、おっと、ご勘便してお付き合い願いたく思う。便だけにな。

 はははっ、そうさ。寒い話でもある。

そう冬、便座にケツをつけたときみたいにヒヤッと冷たく寒い話さ。

オマケにくせえ話だ。腹壊さないよう気をつけてくれよ?




 俺は自分の糞と会話できる。

糞っていうのは大便、ウンコ、人糞って意味だ。念のため言ったけどま、わかるよな。

 ああ、ただし会話といっても口と肛門から声を出して和気あいあいと喋るわけじゃない。頭の中さ。

イカれてる? まあ、そう思うのは当然だが、役に立つことがあるんだ。

 糞が出そうだっていうのにトイレが近くにないってこと、誰にでも経験あるだろう?

 腹が痛い。漏らしそう。もう限界……でもそんな時

糞と会話できると、どうなるかというとな、はははっ、交渉ができるって話なわけさ。

 そうだ、初めて会話したときもそうだった。


「あぁ……頼む……まだ出て来るな……」


『よぉ』


「え、な、え?」


 俺は辺りを見回した。ま、定番だな。その後、何度か問答があったが割愛しようか。

 もう一人の俺? 超能力者のテレパシー? それとも未来からの?

とか考えてあたふたした自分が恥ずかしいからよ。

 しかも、その質問の回答が『違う。俺はお前の糞さ』なんだから余計にな。

 でも呑み込みが早いのが俺の良いところさ。

 必死に懇願した。その場で膝をつき、踵を肛門に当てて両手を合わせて

頼む、もう少しだけ待ってくれ! ってな。

 すると奴はこう答えた。


『いいぜ』


 思わず愛してるって口走りそうになったもんよ。

糞にしちゃ随分あっさり、さっぱりしたもんだ。

ここが俺の花道、散り際。豪快な花火を打ち上げてやるぜ! 

とか言われなくてよかったって俺は思った。

 その後まもなく腹痛も便意もみるみるうちに治まった。そう、糞のお陰さ。

 俺は今のは本当だったのか、と疑念と腹の中の糞を抱えつつ駅のトイレに急いで向かった。

 個室に入り、ズボンを脱いでさあ、いいぞ、ってなったとき

奴は尻の穴から這い出て来た。


「サンキューな」


 俺は糞に向かってボソッとそう、呟いた。

隣の個室にいたやつか小便器の前にいたやつに聞かれたかもな。でも構わない

糞にクソ感謝。クソアーメン。

 糞の奴は『いいってことよ』って言って便器の中に落ちた。

 で、そこで俺は気づいた。


 こいつ、これからどうなる?


 いや、どうなるかはまあ、大体わかるさ。

俺が水を流したら配管の中を通って、処理施設なり川なり海なりに出るんだろう。

 でも原型は留めていないだろう。どうなる? 死ぬのか? どのタイミングで?

体を半分以上失ったら? 頭を? 糞の頭ってどこだ? 尻から最初に出た部分か?

と、そこまで考えた俺はフッと笑った。

 いや、たかが糞じゃないか。

それに冷静になって考えたらやっぱりあれは幻聴だったかもしれない、とそう思ったんだ。

 事実、便器の中を見下ろしながら小さく声をかけても、もう糞は返事をしなかった。

体の中から出たせいだろうか。いいや、やっぱり幻聴さ。

ある意味、極限状態だったわけだからな。


 だから俺は糞のやつとお別れした。ははははっ、昔そんな絵本がなかったかな?

 ウンチさん、ばいばい。

 水が流れる音と共に奴は姿を消した。まるで最初から何もなかったかのように。

 俺は抱いたこの喪失感は単純に糞を捻り出したからだと言い聞かせ、家路についた。



 でもまあ、糞っていうのは毎日か二日おきにするもんだよな?

 そう、奴はまた俺の中で生まれた。


『よぉ、相棒』


 ああ、よろしくな。

 感動の再会ってわけじゃない。いや、正直、嬉しかったがそういうことじゃない。

奴はあの奴じゃなかったんだ。糞は糞でも糞の他人。俺の糞だが別個体なわけだ。


 口調がよく似ているのはそもそも親である俺に似たせいだろう。

だから余計に愛着が湧いたが、まあ慣れれば同じ電車に乗り合わせた旅の仲間って感じだ。

奴が俺のケツの穴から捻り出されて便器の中に落ちるまでの間のな。


 ああ、罪悪感も少しはあった。何せ、我が子を殺しているようなもんだからな。

でもまさか取っておくわけにはいかないし、そもそもどうやって保存するんだ?

 糞の声は肛門から出た時点で聞こえなくなるから

生きているのか死んでいるのかわかったもんじゃない。

腹の中に留めておくわけにも行かないしな。俺が死んじまうよ。


 悩んだとき、一番の相談相手はやっぱり身近な人物だよな。

 恋人? 家族? 違う違う。


『俺は別に構わないぜ。おもちゃが子供に遊んでもらうのが最上の喜びのように

俺は、俺たち糞はお前の肛門から外に出るのが嬉しいのさ。本望だってなもんさ』


 そう、糞さ。これが俺たちのクソ・ストーリー。

 俺はツイてるぜ。こんなサッパリとした相棒を持てたんだからよ。

 まあ、探せば糞に限らず「何だこの生き物の一生は? これでいいのかよ?」

なんてもんはあるだろう。価値観は人それぞれ。

 だから糞の一生を、その糞自身が幸せというのなら

他人がとやかく言うもんじゃないのさ。

まあ、他人っていっても俺の分身のようなもんだがな。


 そんなわけで俺は出会いと別れを繰り返した。

何度も何度もな。時には相談に乗ってもらったし、ジョークを言い合ったりもした。

勿論、糞がらみのな。

 一回、気に入ったのを飲み会で披露したことがあって

あの空気はもう、はははっ、水に流したいくらいだったぜ。

でもいい話し相手さ。特に一人の時なんかはな。


 そんな訳で俺は糞が好きなんだ。

みんなもそうだろう。少なくともそんな時期が人生にあったはずさ。

ウンコウンコ言って笑ってた時期がな。


 だからどうしたって? 毛嫌いせずに試しに話しかけてみてくれよってことさ。

案外、交渉に応じてくれるかもしれないぜ?


 

 なあ、相棒。そうだよな? ははは、もう聞こえねえや……。

さみいな、いてえな……。ああ、ははははは、そこにいたのか。

ありがとよ。あっためてくれてよ。

 でも、やっぱろちょっとくせえよ、お前……。




 ほらな、寒い話と言っただろう? 

おまけにくせえだろ。知らねえ奴の友情話なんてよ。

 ああ、でも汚ねぇ話っていうのは取り消すぜ。

そりゃ、こいつは遭難したこの山で腐り、骨になるんだけどよ。

俺はそれを汚ねぇとは思わねぇ。

 だってよ、俺もこいつの一部なんだからよ。

ああ、水に流されなかったこの俺はどうなるのかな……。

死ぬにしても、できるだけ傍にいてやりてえもんだぜ。

 俺たちは相棒なんだからよ……。

 

 こんなクソ話、ご静聴どうも。汚くてご便な。

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