第二話
「今代の雷って、ファブール国に現れた頭のおかしな奴のことか⁉」
「あれ? ジークさんって、アレックスさんのことを知って……そういえば、バルムンク王国に戻る少し前まで、依頼でファブール国に行っていたとか言ってましたね! 多分、その頭のおかしな人で合ってます!」
あのクレアにまで頭がおかしいと言われるということは、今代の雷はホンモノということなのだろう。
「ああ、話に聞いただけだけどな。それで、そのアレックスはなんで俺に会いに来るとか言っていたんだ?」
「正確には、ジーク・レヴァンティンさんですけど、なんか面白そうな奴みたいだから手に入れたいとか言ってました。もしかしてですけど……アレックスさんって、男の人が好きなんですかね? 私とはあまり目を合わせてくれませんでしたし」
それは会ったことのない俺では分からないが、実際のところはバルムンク王国との戦争で戦力になりそうだからだろう。まあ、クレアの言っていることも完全に否定はできないが。
「だけどなぁ……その今代の雷の目的は果たせないだろうな」
「えっ⁉ ジークさん、すぐにスタッツからいなくなるんですか?」
俺の言葉に、クレアは俺が今にもスタッツから出ていくのではないかと思ったようだが、
「いや、今代の雷の会いたい相手はスタッツの冒険者である『ジーク・レヴァンティン』だろ? しかし、ここにいるのはバルムンク王国の男爵である『ジーク・ヴァレンシュタイン』だ。いない相手に会うことは不可能だからな。クレアも、例え今代の雷に会うことがあったとしてもそのつもりでな」
ジーク・レヴァンテインは仮の姿で、今は王国の貴族であるジーク・ヴァレンシュタインだし、あの時とは髪と目の色が変わっている。
いかに今代の雷が頭のおかしな奴だったとしても、他国の貴族に手を出したらどうなるかぐらいは分かるだろう。
「まあ、ジークさんの言う通りにしますけど……あの人、本当に馬鹿……と言うか、正常な判断が出来ないような人ですよ。下手をすると、力ずくでジークさんを連れて行こうとするかもしれません」
「正常な判断が出来ない? どういう意味だ?」
その言い方が気になり、俺はクレアに聞き返した。
先程までの話の流れなら、今代の雷は馬鹿だから普通ではありえない行動をとるという風に思えるが、クレアの表情は違う意味を持っているように感じたのだ。
「え~っとですね。アレックスさんの目が、薬のせいでおかしくなった人に少し似ていたんですよ。私は少ししか話していないので確実とは言えませんが、会話の最初の方は特におかしなところは感じなかったんですけど、話の途中で顔色が悪くなったと思ったら、急にうずくまって吐き始めてしまいまして……急病かと思って魔法を使おうとしたんですけど、そばに居たファブールの騎士の方に止められてしまいまして。その騎士がアレックスさんをどこかに連れて行こうとした時に一瞬だけ目が合ったんですけど」
「その時の目が、薬物中毒者のものと似ていた……と?」
「はい」
クレアの言うことが本当なら、今代の雷は薬のせいで正常な判断が出来ない、もしくは出来にくいと言うのも信ぴょう性の高い話になる。
ただ問題は、今代の雷が自分の意志で薬を使っているのか、それとも誰かに飲まされているのかだが……正直、その辺りはあまり重要ではないな。何故なら、すでに今代の雷はバルムンク王国に対して敵対行動を起こしていて、俺に対しても害を成そうとする可能性が高いからだ。
「自分の意志ではないとしたら同情する余地はあるが、それは運がなかったとして諦めてもらうしかないな」
同情の余地があるからと言って、敵対した奴を助けようとは思わないし、逆に正常な判断が出来ないのならその分だけつけ入る隙もあるはずだ。
相手は腐っていたとしても今代の雷で、肩書だけで言えば俺やエンドラさんと同格なのだ。弱点があるのなら狙わない手はない。ただ、
「クレアから見て、今代の雷はどれくらいの強さだと思う?」
「私から見てですか? さっきも言いましたけど、会ったのは一回だけで、それも短い時間でしたからよく分かりませんけど……話しかけようとして近づいたら、肌がひりつくような何か嫌な感じがしました。ただ、その嫌な感じはすぐに消えましたけど」
クレアは少々おつむの弱いところがあるが、勘はかなり鋭い方だ。それこそ、俺よりも鋭いと思う。
そんなクレアが警戒したということは、弱点があっても油断は絶対に出来ない。まあ、レベル10相手に油断と言うこと自体おかしな話ではあるが。
「どちらにしろ、向こうがちょっかいをかけてくるなら迎え撃つだけだが……」
「ジーク、出来るなら戦闘は避けるべきよ。例えジークの方が強かったとしても、今代の雷を相手に無傷と言うわけにはいかないはずよ」
「分かっているよ。それに、向こうの戦力が分からない以上、こちらが不利になりそうな状況は可能性でも避けるべきだ」
今代の雷がファブールの重要な戦力である以上、一人で来ることは絶対にありえない。下手をすると、俺たちの十倍二十倍の部隊を引き連れてくる可能性もあるのだ。
いかにディンドランさんたちが王国でも上位に来る力量を持っていたとしても、数を揃えられると全員が無事で切り抜けるのは難しい。
「無理してでも、ガウェインを連れてくるべきだったか?」
「団長なら、一人で特攻させても生きて戻ってくるでしょうけど、居ないから仕方がないわね。こうなったら、早くあいさつ回りを終えて戻るしかないわ」
ガウェインならという、謎の信頼感と無茶使いしても大丈夫という安心感がこういう時に活かせないのが残念だが、ディンドランさん言う通り居ないので仕方がない。
「ところで、さっきから気になっていたんですけど、あのワンちゃんジークさんところの子ですか?」
クレアが俺越しに見つめる先に、こっそりと俺たちの後を付けてきていたべラスが居た。まあ、途中から気が付いていたし、大人しく馬車で待っているわけがないと思っていたので好きにさせていたが、べラス自身は気が付かれていないと思っていたようで、クレアに指を差されて驚いていた。
「ああ、ヴァレンシュタイン家の犬だ。怯えるから、クレアは近づくなよ」
いつもなら気が付かれたらすぐに寄ってきそうなものだが、べラスはその場で警戒しているようなそぶりを見せていたので、クレアに近づかないように注意した。
「え~……ちょっとだけなら、なでても……」
そう言ってクレアは、俺の注意を無視してべラスに近づこうとしたが、べラスは小さく唸り声をあげて、クレアに近づかれた以上の距離を取った。
「……ジークさんに似て、人見知りするワンちゃんですね」
べラスに逃げられたクレアは、不満そうな顔をして追いかけるのを止めて、俺に愚痴をぶつけてきた。
「知らない奴に近づかれたら、警戒するのは当然だろ?」
流石の俺も、友好的な相手にはそんなことをしないと反論したが、
「ジークさんのお友達の私にあの態度ですから、人見知りで間違いないです。それに、ジークさんも初めての相手にはあんな感じですから、人見知りと言うことです」
などと、胸を張っていた。
少し頭に来たので、否定しようとしたところ、
「ジーク、いつまで外に居るつもりなの? お茶を入れるから、早く来なさい」
教会の中からモニカさんが出てきて俺を呼んだ。
「今行きま~す!」
それに反応したのはなぜか呼ばれていないクレアで、モニカさんもお前は呼んでいないというような顔をしていたが真っ向から断ることが出来ず、なし崩しにクレアたちも同席することになった。
「それで話を戻すが、今代の雷を見て他にどんなことを思った?」
こうなったら出来る限りの情報を引き出そうと思い、モニカさんに頼んで離れたところに席を作ってもらって、俺とディンドランさん、クレアとクーゲルで席を共にした。
「ジーク……いえ、ヴァレンシュタイン男爵、我々はあまり他国の者、それもレベル10の情報を勝手に話すわけにはいきません」
そう言ってクーゲルが断りを入れてくるが、
「それはおかしな話ですね。そちらは男爵、当時はジーク・レヴァンティンの名でしたが、その情報を聖国に渡しているのですよね。それから今代の雷と接触したということは、当然今代の雷にもその情報は流れているはずです」
ディンドランさんが口を挟んだ。ただ、聖国が俺の情報を今代の雷に流したという証拠はないので、完全に鎌をかけたものだったし、それを分かっているクーゲルは顔色を変えなかったのだが……クーゲル以外の二人はそうではなかった。
具体的に言うと、クレアは「みたいですね~」と事実だったように肯定し、フレイヤは動揺したような表情でクーゲルを見ていた。
「クーゲル、バレているから隠しても無駄みたいですよ」
というクレアの言葉にクーゲルも諦めたようで、椅子に深く座りなおした。
「とはいっても、私たちもあまりアレックスさんのことをよく知らないんですけどね」
「それでもいい」
そう答えると、クレアは今代の雷の話を始めたが、あまり有用な情報を得ることは出来なかった。
「話をまとめると、今代の雷は十代後半から二十代半ばの男で、髪は金色の目は黒、身長は百八十後半くらいで細身、あまり鍛えているようには見えない。そして、頭がおかしい……か」
できれば今代の雷としての強さを知りたかったが、そこまではクレアも知らされていないのだろう。
一応、クーゲルにも確認の為に視線を向けたが、クーゲルは静かに首を横に振った。
「実力は未知数ということね。ただ、王国との戦闘に参加して王国側を退けたことから、今代の雷と言うだけの力は持っているのは間違いない……ジーク、予定をかなり早めて、明日にはこの街を出るわよ」
ディンドランさんとしては今すぐにでもスタッツから離れたいのだろうが、ここまでの皆の疲労……特に馬に無理をさせるのは避けた方がいいので、最低でも半日は休ませるということだろう。
「それじゃあ、俺たちはこのまま冒険者ギルドに向かうが……」
「我々も、近々聖国に戻る予定なので、今日のところは宿に戻り準備を整えたいと思います」
連れて行くつもりはないが、念の為クレアたちの行動を確認しようとしたところ、俺の言葉を聞いてクレアはすぐについてこようとしていたが、それを押しとどめる形でクーゲルが口を挟んだ。
「それならここでお別れだな」
クーゲルの言葉にクレアは不服そうにしながらも従うそぶりを見せていたので、そう言ってクレアたちと別れたのだが……クレアはさりげなくクーゲルたちから離れて俺たちの後についてこようとして、フレイヤに腕を掴まれて宿へと連れていかれていた。
「ジーク、かなり懐かれているわね。それで、エリカとカレトヴルッフ家のお嬢様と聖国の聖女、どれが好みなの?」
クレアたちと離れて冒険者ギルドへと向かう途中で、不意にディンドランさんがそんなことを聞いてきたが……反応すると面倒なことになりそうだったので無視していると、
「おすすめはエリカね。いい子だし、伯爵家の出身だけど男爵か子爵家への嫁入りなら十分つり合いが取れるわ。それに、一番……と言うか、唯一家柄に関してトラブルが起こりそうにないからね」
ディンドランさんは勝手に話を続け、それを聞いていたケイトとキャスカも加わってくるという、反応しなくてもとても面倒なことになってしまった。
まあ、全て聞こえないふりして無視したが。
「お~い! ようやく戻ってきたか!」
冒険者ギルドの扉を開けると、すぐにおっさんが声をかけてきたが……相変わらず昼間から酒を飲んでいるようで、おっさんの顔は赤くなっていたが、
「げっ! あの時の姉ちゃん!」
ディンドランさんを見て、椅子をけり倒しながら距離を取っていた。
あの様子では、酔っぱらったふりをしていたのかもしれない。
「おっさん、今はやることがあるから、ナンパなら後にしてくれ」
「誰がそんなおっかない姉ちゃんをナンパするか! ……って、俺に何か用なのか?」
おっさんの叫びを聞いて、ディンドランさんが少しむっとしていたが、今はまだ冷静でいられたようだ。
「おっさんと、ギルド長に少しな」
「ジュノーにも? 何があった?」
俺がギルド長に用事があると知って、何か良からぬことが起こると理解したらしいおっさんは、受付嬢に合図を送ってギルド長の元へと向かわせていた。
「それは、ここで言えないことか?」
「言ってもいいが、余計な混乱が起きるぞ」
おっさんは俺をしばらく睨んだ後で、
「分かった。ついてこい」
俺たちをギルド長室へと案内した。
「それでジーク、俺たちに用とはいったいなんだ?」
「バルトロ、それは私のセリフだろう」
ギルド長室に入るなり、おっさんは俺に向き直って要件を聞き出そうとしたが、この部屋の主であるギルド長に呆れた口調で止められていた。
「改めて聞くが、私とバルトロに何の用だ?」
ギルド長は警戒した様子で尋ねてきたので、
「ファブール国の今代の雷が、近々スタッツに来るそうだ」
俺は簡潔に理由を話した。
「はぁ? いったい何の目的で……って、もしかしなくてもジークか?」
おっさんはすぐに今代の雷の目的に気が付いたようで俺を睨んでいるが、
「まあ、そうなるな。もっとも、正確にはスタッツのジーク・レヴァンティンにらしいがな」
「なるほどな」
俺がそう答えると、おっさんではなくギルド長が納得したように頷いていた。
「つまり、今代の雷の目的と思われるジークはすでにおらず、この街に滞在しているのはジーク・ヴァレンシュタイン……つまり、バルムンク王国の男爵だから、手を出せば国際問題になるというわけか」
やはりギルド長は俺が何故バルムンク王国に戻り、そこで何があったか理解していたようだ。
「ということは、今代の雷は無駄足を踏むことになるというわけか」
おっさんの言葉に、ギルド長も安堵の表情を見せていたが、
「ただ、今代の雷はかなりヤバイ奴らしくてな。クレアによると、薬で頭をやられている可能性が高いらしい」
「つまり、普通では考えられないことをやらかす可能性が高いということか」
クレアからの情報を伝えると、おっさんとギルド長の表情は一転して苦々しいものに変わった。
「それでだ。俺たちは明日にはスタッツを発とうと思っている」
「今日来たばかりなんだろ? 流石に今代の雷も今日明日に来るというわけではないだろうし」
などと、おっさんは言うが、
「いや、すぐにでもスタッツを出た方がいいだろう」
ギルド長としては、今すぐにでも出て行ってほしいようだ。
「ジュノー、スタッツから離れたと言っても、ジークには恩があるだろうが。その言い方はないんじゃないか?」
「いや、いつ今代の雷が来るか分からない以上、出会うのがこの街だとは限らない。出来る限り早く、この街から離れるべきだ」
おっさんも俺と同じように思っていたようでギルド長に抗議したが、ギルド長にはギルド長なりの考えがあったらしく、それは俺も納得できる理由だった。
「確かに、それはそうだが……もっと言い方があるだろうが」
おっさんも一理あると思ったみたいだが、それはそれとしてギルド長に注意はしていた。
「ギルド長はいつもこんなんだろ。いまさら言っても仕方がない。それに、俺としても街中で遭遇するのは避けたいからな」
俺としては戦うとなれば街中の方が有利に戦えそうだが、本当に先頭になった場合の被害は甚大なものになるだろう。
そうなれば、今度は逆に俺の貴族という肩書が邪魔になりかねない。
(下手をすると国際問題になるが……まあ、こちらから先に手を出さなければ、いくらでも言い訳は出来るか。もっとも、たとえそうだとしても戦闘は最終手段にしなければならないが)
そんなことを考えていると、ディンドランさんも同じことを考えていたらしく、俺の方を見て頷いていた。
「そういうわけで、今回はこれで終わりだな。本当はフリックたちにも挨拶しようと思ったが、あまり時間がないから、おっさんの方からよろしく言っといてくれ」
ギルド長室に移動する時にギルド内を見まわしたが、フリックとチーの姿が見えなかったので依頼か何かでスタッツを離れているのだろう。
そう思いおっさんに頼んだのだが、
「フリックは依頼でスタッツを離れているが、チーはスタッツにいるはずだぞ。大方、酒でも飲んで寝こけているんだろう」
フリックは残念だがチーはいつも通りか、ある意味安心した。
などと思っていると、
「失礼します、ギルド長。今しがたチーが顔を出しまして、レヴァ……ヴァレンシュタイン男爵が来ていると聞いて呼んでいるのですが……いかがいたしましょう?」
都合よくそのチーが来て俺のことを知り、会おうとしていると職員が知らせに来た。
まあ、チーにも挨拶しようと思っていたし、せっかく来ているのなら会おうと思うが……何やら嫌な予感がしたので、ギルド長室にチーを呼んでもらうことにした。
ギルド長は他所でやってくれという雰囲気を醸し出していたが、おっさんが別のところでトラブルを起こされるよりはましだと言って納得させていた。
そして、呼ばれて現れたチーは、
「ジーク、いいところに戻ってきたね! ちょっと今金欠でさ、一緒に依頼を受けてくれないか?」
部屋に入ってくるなり、いきなりそんなことを言い出した。
しかし、
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「へ? いや、あのジークでしょ……って、あれ?」
俺が他人のふりをすると、チーは俺の髪と目の色が違うことに気が付いたようで混乱し始めた。そこに、
「おい、チー! こちらはバルムンク王国のヴァレンシュタイン男爵様だ! 何を勘違いしているんだ!」
おっさんが慌てた演技で騒ぎだした。ちなみに、ディンドランさんはすぐに何かを察したらしく、チーが気が付く前にキャスカたちの後ろに隠れている。
「えっ⁉ いや、バルトロさん、私はジークが来ていると聞いたから……」
「だから、そのお方はジーク・ヴァレンシュタイン男爵様だ! 何を勝手に勘違いしている! てっきり俺たちは、チーがヴァレンシュタイン男爵様に何か用があるんだと思っていたというのに……」
おっさんは必死になってチーをしかりつけていたが、途中で言葉をなくしたように口を押えてそっぽを向いた。
チーは、おっさんの演技に騙されたようであたふたしていて気が付いていないが、俺の位置からはそっぽを向いたおっさんの横顔がにやけているのが見えるので、あれは演技というよりは笑いをこらえる為の行為だというのが分かる。
なお、俺はテーブルに片肘をついて手を口にやり、座ったままの状態で体を斜めに傾けている。そうしなければチーの姿が正面に来てしまい、笑いをこらえることが出来そうにないからだ。
しばらくの間俺とおっさんが黙っていると、チーが勢いよく床に頭をこすりつけようとしたところで、
「バルトロ、チーをからかうのはその辺にしておけ。男爵も、あまりふざけないでいただきたい」
ギルド長が割って入ってきた。
「へ? ……え?」
「ふはっ! 流石にこれ以上はチーが可哀そうだしな! チー、今いるのはバルムンク王国のジーク・ヴァレンシュタイン男爵ではあるが、チーの知っているジーク・レヴァンティンでもある」
急に土下座直前の体勢で止められたチーは混乱し、それを見ていたおっさんは笑いながらネタばらしをしたが、チーはすぐにはその意味を理解できずにいた。まあ、しばらくするとからかわれていたと分かり、おっさんと俺に抗議し始めたが、
「あのな、チー……確かに俺とジークのしたことは悪ふざけではあったが、そもそもの話、チーがちゃんと相手を確認すればあんなことにはならなかったんだぞ。今回は本物のジークだったから問題は無い……無しでいいんだよな? ……無かったが、これがもし相手が本当に同名の別人でしかも貴族だった場合、相手次第ではチーの命が危なかったんだからな。今後、チーも貴族と関わるような依頼が来るかもしれないんだから、もう少し慎重になれ」
騒ぐチーを黙らせて説教を始めたおっさんが俺に確認をしてきたので頷くと、おっさんもホッとした感じでチーへの説教を続けた。
「まあ、今回は俺も悪いところがあったし別に問題にするつもりはないが、貴族の中には問答無用で罰を与えようとする奴もいるからな。まあ、そうでなくても難癖を付けてくることはあるから、気を付けるに越したことは無い。それと、別に隠しているわけではないが、俺がジーク・レヴァンティンと同一人物だということはあまり触れ回るなよ。ちょっと面倒な奴が近づいてきているみたいだしな」
そう話しかけると、チーは問題にならないと分かってホッとしたような表情になった後で、すぐにいぶかしむようなものに変わった。




