表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第五章
95/117

第十六話

「え、ええ、もちろんよ」


 エレイン先輩の表情は若干引きつっていたが、俺はそれに気が付かないふりをして、


「まず、ガウェインには迷惑料を含めて金貨三十枚、他の騎士たちにはそれぞれ金貨二十枚をお願いします」


 俺の感覚では金貨一枚が前世の十万円くらいなので、一日二日で一人当たり二百万から三百万というのは法外な金額にも思えるが、ヴァレンシュタイン騎士団はこの国でもトップクラスの強者揃いと有名な集団だ。

 そこの団長とそれに近いと言われる実力者を雇ったのだから、決して高いとは言えないだろう……多分。


「えっ⁉ それは……いえ、その額をお支払いいたしましょう」


 先輩も、一瞬高いと思ったのだろうが、この町が再起不能レベルの損害を与えられた場合のことを考えたら、それくらいは払わなければと思いなおしたのかもしれない。


「それと、ディンドランたちが倒した熊の魔物ですが、これを一頭当たり金貨百枚で引き取っていただきたい」


「へっ? ……はい?」


 流石に熊の金額は想定外だったのか、エレイン先輩は思考が追い付かなかったのか固まっていた。

 まあ、俺とガウェインが倒した熊のボスなら、金貨百枚どころではないだろうが、ディンドランさんたちが倒した三頭はまだ若い個体だったので、俺の見立てでは一頭当たり金貨三十枚と言ったところで、金貨五十枚付けば破格の値段と言っていいと思われる。

 

「まあ、無理にとは言いませんが、俺はそれくらいの()()はあると思っています」


「ちなみに聞くけど……もし熊の買取を断った場合、どうするのかしら?」


 熊三頭で金貨三百枚、合計すれば金貨四百枚を超える金額だ。いくら公爵家が金持ちだとしても、エレイン先輩が独断で即決するのは難しいかもしれない。だが、俺としても、エレイン先輩に遺恨はなくとも、公爵には思うところがある。


「そうですね……最悪の場合、ディンドランたちには俺が熊を買い取ったという形で、同等以上の金額を払うことになるとは思いますが、まずは陛下にお声をかけさせていただきます。そこで買い取っていただけるのか献上することになるのかは分かりませんが、多少はヴァレンシュタイン騎士団と男爵家、そしてヴァレンシュタイン子爵家の地位向上につながるのではないかと思いますので」


 と答えた瞬間、


「買い取ります! 公爵家が三頭丸ごと買い取らせていただきます!」


 エレイン先輩は椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がって俺に詰め寄ってきた。

 まあ、流石にディンドランさんが俺の前に割って入ろうとしたし、同時に後ろに控えていたエレイン先輩の護衛が先輩を引き留めたが、先輩は今にも泣きだしそうな顔をしていたので、少々脅し過ぎてしまったかもしれない。


「それでは交渉成立ということで、契約書でも作成しましょうか」


 そう言って俺は、マジックボックスから紙を三枚取り出し、それぞれに同じ契約の内容と自身の名前を書いて先輩に渡した。

 渡された先輩は、内容を確認して俺と同じように名前を書いたので、それぞれを一通ずつ別々の封筒に入れ、一つは俺の家紋、もう一つは公爵家の家紋、最後の一つに両家の家紋で封をした。


「それでは、これを公爵に渡してください」


 エレイン先輩には男爵家の家紋のものを渡し、俺は公爵家の家紋のものを取った。


「それで、この両家の家紋入りのものは……まさかとは思うけど」


「ええ、陛下にお渡しします。公爵家よりも上となれば陛下しまいませんし、運のいいことに俺とエレイン先輩のことをよく知っていますから。それと、陛下に内容を確認してもらうことで、公爵家は男爵家を対等の取引相手と認めている。つまり、男爵家に対して差別的な意識……敵意を持っているわけではなく、仕事以外では公平であると多少はアピールできるのではないですか?」


 少し前に、公爵が俺を誘拐犯とつながりがあるのではないかと難癖を付けてきたが、それが全くの的外れだったという結果に終わったことで、その先頭に立っていた公爵は評判をかなり落としている。

 まあ、公爵自身はそんなことは無いだろうと考えていたみたいだが、下から強く意見が出された為に可能性を潰すという名目で動いたわけだが……公爵の意見ではなかったとしても、代表という形で動いた以上は公爵が全ての泥を被る形となってしまったのだ。

 なので、少なくとも友好的な間柄ではないにしろ、特別な意識があったわけではないと知らしめるのに役に立つかもしれないのだ。

 ただ、それを狙って色を付けすぎていると言われるかもしれないが、実際に少人数で町一つを救ったとなれば、感謝の印として対価を増やしたと言い逃れすることが出来る。


「確かにそうだけど……いえ、男爵のご配慮、感謝します。ただ、この契約の中に、男爵自身への対価が書かれていませんが、それにはどういった意味があるのでしょうか?」


 エレイン先輩は、話の中で俺への報酬が出てこないのが不気味だったようで、警戒心を隠すことなく俺を見てきたが、


「単純に、それはヴァレンシュタイン()()()()()の者への対価だからです。ガウェインやディンドランは、現在俺の護衛という形で配下となっていますが、実際にはヴァレンシュタイン子爵家の厚意で貸し出されています。なので、俺への報酬とは分けて話を進めるべきだと思いました」


 ディンドランさんたちが俺の配下として動いていても所属は別なので、報酬に関しては俺と切り分けるべきだと考えたのだ。

 もっとも、そのせいでエレイン先輩の俺への評価がものすごく下がってしまったかもしれないが、これは想定内だ。何故なら、


「俺への報酬は金銭や物ではなく、今あるものとこれから得られるであろう()()()()と、いざという時に必要になるものです」


「それは、今ここで私がお聞きしてもよろしいものですか?」


 金銭や物ではないと聞けば少しは警戒を緩めるかと思ったのだが、逆にエレイン先輩の警戒心を強めてしまったようで、先程よりもより口調と雰囲気が固くなった。


「ええ、もちろんです。まず、俺が欲しい情報と言うのは、ファブール国に現れたという『()()()()』の情報です。俺も独自に調べてはいますが、男爵程度では他国の切り札ともいえるような者の情報はなかなか手に入れることが出来ません。そこで、公爵が持っているであろう情報と、今後手に入る情報を頂きたいのです」


 その内容を聞いたエレイン先輩の雰囲気は柔らかくなり始めたが、それでもまだ警戒されているようで、


「その理由を聞かせていただいてもよろしいですか? それと、いざという時に必要だというものも」


 さらに詳しい話をするようにと言ってきた。


「まず、エレイン殿は俺が偽名を使って他国で冒険者として活動していたことはご存じだと思いますが、その一環として、実はファブール国に行ったことがあるのです、その時はファブールの中央から離れた港町だったのですが、そこへ向かう途中でドラゴンを狩ったというのが漏れ伝わってしまって、今代の雷に目を付けられたようなのです。どうやら向こうは、俺をバルムンク王国との戦争に利用出来る便利なコマと言う感じで引き入れようと考えていたみたいですが、俺としてはバルムンク王国との戦争に力を貸す気などなかったので、すぐにその町から引き上げる羽目になってしまいました。そんなことがなければ、もう少し港町を堪能したかったのですけどね」


 そう答えると、エレイン先輩はポカンとした表情を見せていたが、すぐに俺が敵に回るかもしれないかったと理解して、大量の汗を流し始めていた。まあ、先輩は俺が今代の黒とは知らないはずだが、ソウルイーターを倒せるだけの力を持っていることは知っているし、王都やその周辺の地理に詳しいことも知っている。

 つまり俺が敵に回ってその気になれば、今代の雷を連れて王都に侵入することも可能だったというわけだ。

 そうなれば、いくら今代の緑であるエンドラさんがいたとしても、最初の攻撃を防ぐことは難しかっただろうし、むしろエンドラさんを王都から引き離した後で、ウーゼルさんや王国の重鎮たちを襲うという最悪の状況を作っていたかもしれないのだ。


「男爵の……ジークの愛国心に、心から感謝いたします」


 俺をこの国から追いやる直接の原因を作ったのは、元とはいえ侯爵家のアコニタムだが、帰国後も他の貴族たちからやっかみを受けていたのだ。そして、本気ではなかったとはいえ、その筆頭ともいえるような行動を起こしたカレトヴルッフ家の関係者としては、その感謝は本心からのものだろう。


「それで、いざという時に必要だというものは、バルムンク王国とファブール国が戦争になった時、戦場に今代の雷が現れるとなった場合、今代の雷が参加している場所を俺に知らせ、その戦争に参加できるように、公爵に取り計らっていただきたいのです」


 国同士の戦争ともなれば、最終的には派閥関係なしの総力戦になるだろうが、まずはどこかの派閥が固まって対応することになるはずだ。

 そうなった時、ヴァレンシュタイン子爵家や俺のコネが使える派閥なら問題はないだろうが、別の派閥となればそう簡単に介入するわけにはいかず、もし勝手に参加した場合は俺だけでなく子爵家への責任問題になりかねない。


「確かに、公爵家の力なら別の派閥の戦争であっても男爵を参加させることも可能でしょうけど……なぜそこまでして今代の雷にこだわるの?」


 傍から見れば、いくら強いとはいえ、男爵程度がこの世界の最高戦力とも言われているレベル10に喧嘩を売りに行くと宣言しているのだ。不思議に思わない方がおかしい。


「それは簡単ですよ。俺は今代の雷に目を付けられなければ、もっと港町の美味しいものや面白いものを堪能出来ていたはずなんです。それを邪魔したということは、今代の雷が俺に喧嘩を売ったということ……それなら、買ってやるのもある種の礼儀ですからね」


 事情を知らなければ完全に狂った思考の持ち主だと思われるだろうが、それくらい俺は今代の雷に対して頭にきているのだ。それと同時に、強い警戒心を抱いている。

 それは、相手が世界で最高戦力の一角であるというだけでなく、どうやら俺と同じく異界人であるかもしれないというのも関係している。

 今代の雷が俺と同じ世界から来たかは分からないが、調べた限りでは異界人の可能性が非常に高く、もしかするとこの世界にない知識……それこそ『核』に匹敵するような危険なものを知っているかもしれないのだ。

 だから、可能なら出来るだけ早く対処する必要があるという考えに至ったのだ。


「確かに、今代の雷が戦争に出てくるとなれば、ジークのような実力者が一人でも多く居た方がいいのは確かだけど……それくらいなら、陛下に頼めば簡単じゃない?」


「陛下……ウーゼルさんだと、俺に参加要請を出す前に、エンドラさんに頼むと思います。そうなれば、俺のうっ憤は晴らせませんし、仮に今代の雷が想定以上に強かった場合、エンドラさんに万が一のことがあるかもしれません。仮に死ななかったとしても、王国の誇る今代の緑の敗北は、王国全体の士気を大幅に下げ、逆にファブールの士気を挙げることになるでしょう。それだけでなく、もしかすると王国と同盟を結んでいる国も、約定を破棄して襲い掛かってくるかもしれません。その点俺なら、もし負けても調子に乗った若造が功を焦って自滅しただけという話になりますし、逃げ足に関して言えば、エンドラさんと同等かそれ以上だと自負していますので、最悪の場合でも情報を持ち帰る可能性が高いでしょう」


 そんな感じで、公爵家に情報の提供を頼む理由を話すと、エレイン先輩は少しの間考え込んで、


「分かりました。その話、確実にカレトヴルッフ公爵に届けましょう。ただし、結果の確約までは出来ないことを理解してください」


 そう答えた。


「分かっています。まあ、その時は陛下とエンドラさんに情報の提供を頼むだけですから、無理だったとしても気にしないでください」


 そう言っておけば、仮に先輩が俺を心配してこの話を握りつぶすという可能性は低くなるはずだ。


「……その言い方はずるいわね」


「これでも一応、貴族の仲間入りを果たしましたので」


 エレイン先輩のすねたような言葉に、俺は軽くおどけて返したのだった。



「ジーク、私たちは嬉しいけれど、本当に自分の分の報酬はあれでよかったの?」


 エレイン先輩たちが宿を去ってから、ディンドランさんがそんなことを聞いてきたが、


「あれだと、公爵は絶対に報酬を払うからね。むしろ、払わないという選択をすれば、ウーゼルさんをはじめとした様々な人からの信用を損なうことになりかねないよ。逆に、もしこの話が広まれば、俺の評価は上がることはあっても下がることは無いからね。今後は何をやるにしても、もっと動きやすくなる」


 今回請求した報酬は、全てヴァレンシュタイン騎士団に充てられるもので、俺には金貨一枚も払われていないことになる。その代わり、俺では手に入れにくい情報を要求したが、これに関しても公爵家は身銭を切る必要はないものだ。

 つまり、俺への報酬は公爵が少し時間を割くだけでいいので、ヴァレンシュタイン騎士団への報酬と合わせても町一つが大きな被害にあったことと引き換えにするのなら、最低でもトントンと言ったところで損はしていないと言える。

 いくらカレトヴルッフ公爵が俺を嫌っていたとしても、そんな計算が出来ないということは無いだろう。ましてや今回の件は、カレトヴルッフ公爵家のみの問題だったので、前回の時と違い配下や周りの貴族が関わってくることは無い。


「断れば公爵家は方々からの信用を損ね、逆にジークは同情が集まるし、そうでなくても対外的には私欲で動いていないから、どちらに転んでも損はしないというわけね。ついでに、私たちの熊の買取が拒否されたとしても、陛下に話を献上すればお褒めの言葉と共に、それなりの名誉も得られる……と。本当に()()()()()()ね」


 どう転んでも損が出ないように動いたことを、ディンドランさんはずるいやり方と評したが、にこやかに笑っているので誉め言葉だろう。


「それと、もし公爵が熊の買取を拒否してウーゼルさんに献上することになったとしても、エレイン先輩に請求した金額分は俺から払うよ。そっちの方が、より公爵が困ることになるからね」


 公爵がケチって払わなかったものを俺が穴埋めする形で払ったとなれば、より効果は増すはずだ。まあ、流石にそうはならないと思うし、もしなったとしたらエレイン先輩は卒倒するどころか脳卒中を起こしてしまうかもしれないけれど。


「ジーク、カレトヴルッフの嬢ちゃんを外まで見送ってきたぞ。それで、明日はどうするつもりだ?」


「雨もこれ以上降りそうにないし、カレトヴルッフの騎士団と簡単に引継ぎをしたら、予定通り国境を越えようと思う。朝早くに出発すれば、昼前には国境を越えられるだろうし、そうなれば俺たちは次の町に余裕をもっていける。それに、ガウェインもこの町でなく昨日の町まで進めるだろ?」


 ガウェインとは国境までと言うことなので、そこから分かれて行動することを考えなくてはならない。


「そうだな。それなら俺もカレトヴルッフ騎士団のいるこの町を素通りすることが出来るな」


 ガウェインも嫌いな公爵の部下たちといるのは避けたいらしく、一人でまたこの町に泊まるくらいなら野営を選ぶだろうから、出発が早くなるのは構わないらしい。


「それじゃあ、あまり睡眠時間が取れないからきつくなるかもしれないけれど、そこは交代で移動中に休むことにするか。()()()()()()()、俺も御者をやるつもりだから、ディンドランさんはそのつもりで順番を考えておいてね」


 馬車の中で休む人数を増やせば、睡眠時間が少なくても何とかなるだろう。もっとも、これくらいで動けなくなるような鍛え方はヴァレンシュタイン騎士団ではしていないが、少ない人数での旅なので、比較的安全な場所を移動している間に体を休めておいた方が道中の危険性は減るので、護衛対象だからと言って働かないというわけにはいかない。


「分かったわ。ロッドたちにはジークから伝えておいてちょうだい。朝寝坊しないようにね。特に団長」

「分かってるよ!」


 ディンドランさんが落ちを付けたところで、俺とガウェインは男部屋に移動して待っていたロッドとマルクに報告し、すぐに布団に潜った。

 それから数時間後、


「流石にあまり寝た気がしないな」

「まあ、カレトヴルッフの奴らよりもましだと思うしかないな」

「向こうは徹夜で調査をしていたみたいですからね」


 何とか時間通りに起きた俺たちは、身だしなみを整えてロッドたちに出発の準備の指示を出し、俺とガウェインとディンドランさんでエレイン先輩が宿泊しているこの町の騎士の宿舎に向かった。


「ジ……ヴァレンシュタイン男爵、朝早くからどうかされましたか?」


 入り口で立っていた騎士にエレイン先輩に用があることを告げると、すぐに先輩のところに案内されたが……先輩は徹夜していたらしく、かなり疲れた表情をしていた。それに比べれば、数時間寝ることのできた俺たちは恵まれている方だ。それに、先輩と違ってこういった状況に俺たちは慣れているので、余計に先輩が付かれているように見えるのかもしれない。


「そろそろ私たちは出発しますので、その前に簡単な情報交換をと思いまして」


 そう言うとエレイン先輩は驚いた表情を見せたが、これ以上俺たちを拘束すれば追加の金銭が発生すると考えたのか、すぐに援軍の中で中心になっていると思われる人物を何名か呼んでくるように指示を出していた。



「それでは、男爵がボスと思われる熊を討ち取ったのはこの森の比較的浅いところと……この辺りと言うことですね?」


「ええ、周辺に二頭以外の熊の気配はしませんでしたが、もしかするともっと奥の方に隠れていたか、気が付かなかったくらい小さな個体が残っているかもしれません。まあ、戦力になりそうならディンドランたちのところに向かっていたと思われますから、()()()()()()()()ならそれほど脅威となるのは残っていないと思います。ただ、あくまでも私の推測なので、慎重に調査する必要があるとは思いますが」


 先輩が周辺の地図に書かれている森を指さしたので肯定し、個人的な推測を付け加えた。


「確かに、残っているのが()()()()の個体なら、私たちでも対処は十分可能でしょう」


 エレイン先輩は、報告前に俺がマジックボックスから取り出した売却予定の三頭の熊を見て、少し安堵したような表情を見せている。


 熊に関することと防衛時の感想を話せば報告は終わったも同然なので、最後に夜中に合意した取引の確認をして俺たちは宿舎を去ることにした。

 取引の話をした際、先輩に呼ばれてこの部屋に来た騎士たちが何か言いたげな顔をしていたが、事前にエレイン先輩に指示されていたのか小さな問題すらも起こることは無く、俺たちは予定よりも早く宿に戻ることが出来、すでに準備を終わらせていたロッドたちと共にこの町を出発することになった。

 しかし、町を出てすぐのところで、


「ジーク、町から誰かが追いかけてきているわ」


 馬に乗った誰から俺たちを追いかけてきているのにディンドランさんが気が付いた。


「あれは……カレトヴルッフのお嬢さんとその護衛ね」


 ディンドランさんの報告を受けて、一瞬警戒態勢をとった俺たちだったが、その正体がエレイン先輩とその護衛の二人だとのことなので武器は抜かず、馬車を止めて先輩たちを待つことにした。


「何かありましたか?」

「男爵、何かありましたかじゃなくて、せめて見送りくらいはさせてください。男爵たちが宿に戻ってすぐに町を出たと聞いて、せめて挨拶だけでもと思って追いかけてきたのです」


 どうやら先輩は、すぐに出発すると言っても食事をとるくらいのことはするだろうと思っていたらしく、宿舎を出てそのままの流れで町を出て行ったと聞いて慌てて飛び出してきたそうだ。

 その証拠ではないが、先輩たちの後を追うように数頭の馬がこちらに走ってきているのが見える。


「それは申し訳ありませんでした。宿舎でのあいさつが分かれの言葉だと思っていたものですから」


 俺がそう答えると先輩は呆れたような顔をしたが、


「これを国境を守っている騎士に渡してください。中は、男爵たちに出来る限りの融通を利かせるようにとの指示を書いたものが入っています。これを見せれば、多少は早く出国できると思います」


 と言って、一通の公爵家の紋章が入った封書をくれた。


「国境にいる騎士たちは、男爵があの町に居たことを知っていますから、この手紙を見せても疑われることは無いはずです」


「ありがとうございます」


 先輩は、国境にいる騎士たちが何故俺たちのことを知っているかまでの理由は教えてくれなかったが、こんなことで俺たちをだます意味がないのでありがたく受け取ることにした。


「そういえば、先輩はこのまま公爵領にずっといることになるんですか?」


 まだ公爵家の騎士たちが到着していないし、貴族的な対応は封書を受け取ったところで終わっていいだろうと思っていつもの口調に戻すと、先輩からは少しほっとしたような雰囲気が感じられた。


「いえ、今回は少し公爵領……と言うか、実家の方にちょっと用事があって王都から戻っていたのよ。そこに国境の騎士から急ぎの知らせが届けられて、急遽私が騎士を率いて向かうことになったのだけど、その途中でヴァレンシュタイン家の騎士が町に現れたという報告を受けたから、すぐにジークに救援を頼むことにしたのよ。まあ、流石に到着したら元凶はすでに倒されていると聞いた時には驚いたけどね。だから、この件が終わって少しは公爵領での滞在が伸びるとは思うけど、十日もしないうちに王都に戻ることになると思うわ」


「そうなんですね。ということは、俺が王都に戻った時、先輩も王都の方にいる可能性が高いということですね。ところで、よく移動の途中でガウェインのことを知ることが出来ましたね。俺のことはウーゼルさんかアーサーから聞いていたとしても、国境に向かう途中であの町によるとは分からなかったと思うんですけど……鳥でも使って情報をやり取りしていたんですか?」


 先輩がどうやって早い段階で俺たちのことを知ったのか少し気になっていたし、もしかすると今後何かに使えるかもしれないから駄目もとで聞いてみたところ、


「そんな感じね。詳しいことは言えないけれど、ある程度の規模がある町や村に情報を送る方法が公爵家にはあるのよ。それを私たちは、道中の町や村で受け取りながら進んでいたのよ」


 先輩は否定はしなかったものの、あの感じでは鳥は違うということだろう。ただまあ、使っているのが鳥ではないだけで、何かしらの動物を使うというのは間違っていないような気がする。


「そうですか。その方法を知ることが出来れば、離れていてもヴァレンシュタイン子爵家とやり取りが出来ると思ったのですが……残念です」


 残念なのは確かだが、薄っすらとだが方向性は見えてきた気がするので、十分な収穫があったと言えそうだ。


「ようやく追いついてきたみたいね。ヴァレンシュタイン男爵、旅のご無事を祈っています」

「ありがとうございます。エレイン殿も、これから少し大変でしょうけど、頑張ってください」


 先輩と共に来た騎士たちがすぐ近くまで来たので、俺たちは貴族としてのあいさつで会話を締めくくり、それぞれ反対の方向に馬を進ませた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
エレインさん、本当にお疲れ様ですな。 後世の歴史家たちからこの時の彼女のジークさんへの対応がバルムンク王国の危機や被害を最小限にする布石となった とか評価されるかもしれませんね。 敵性国家がいるとい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ