第十五話
「男爵様、この町の冒険者ギルドが熊の魔物を売ってくれと言ってきていますが、どうしますか?」
熊を倒してから一夜明け、部屋でマジックボックスに保存していたもので朝食を済ませていると、宿の従業員からガウェインが呼ばれて、戻ってくるなりそんなことを言った。
「売るつもりはないと言っておいてくれ。俺は冒険者でもあるが、今回の熊の魔物は冒険者としてではなく、カレトヴルッフ公爵家のエレイン殿から頼まれて動いた結果手に入れたものだとな」
「了解しました。そう言って追い返しときま~す」
もしも冒険者ギルドが積極的に俺たちに協力していたのなら、まだ交渉の余地はあったのだが……今回の件で、冒険者ギルドはこの町の騎士と同じかそれ以上に活躍していない。
戦力不足で役に立たないのは仕方がないが、それでも協力を申し出て俺の指示に従うふりくらいは出来たはずだ。それをしなかったのは、本当に戦力不足だから動かない方がいいと判断したか、もしくは俺が冒険者としても活動しているから終わった後で交渉出来る、または販売先の候補に入っていると考えていたのかもしれない。
前者ならまだましだが、それでも事前に説明の為の職員を寄越すくらいは出来ただろうし、裏方の仕事ならここの冒険者ギルドでも十分にこなせたはずだ。
そして後者だった場合、あまりにも俺たち……貴族とその騎士たちをなめているということになる。
確かに、冒険者ギルドは多数の国をまたぐような巨大組織だが、全てが一枚岩としてまとまっているというわけではなく、むしろ同じ国に所属していても足の引っ張り合いをすることなど珍しくない。
つまり、ギルドを相手にするのならこんな田舎の小さな町でなくとも、交渉先はいくらでもあるのだ。そして、同じようにこの町よりも高値で買い取ってくれるところもな。それこそ、冒険者ギルドに売らなくても商業組合を相手にすると言う選択肢もある。むしろ、商業組合の方が熊の価値を正しく認識し、高値を付ける可能性が高いだろう。
「それで、ジーク。結局のところ、熊はどこに売るつもりなの? 王都に帰るまで保管しておくつもり? 私としては、ジークがちゃんと保管しておいてくれるならどこで誰に売っても構わないけれど」
ガウェインが部屋から出て行くのを待ってから、ディンドランさんがそんなことを言ってきた。
「王都で売るのならそれでもいいけれど、個人的に売りたいところがないのなら、ディンドランさんたちの分は俺に任せてほしい。先に聞いておくけど、丸ごと売っても問題ないよね?」
熊の素材としてパッと思いつくのは、毛皮と肉と骨と熊の胆こと胆のうだ。他にも、心臓や肝臓も食べられるみたいだが、それらにどれくらいの値が付くのか分からないので、他の部位のおまけ程度に考えておいた方がいいだろう。
もしもディンドランさんたちが知り合いに譲りたいとか個人的に使いたいというのなら、第一候補に話をする前に解体しないといけないので、もしかすると交渉までに間に合わないかもしれない。
「私は丸ごと売っても構わないわ。どうせお肉なら、ジークが倒した分のを食べさせてもらうつもりだし。他の皆は……私と一緒みたいね」
ディンドランさんに場合、一人で熊を倒しているので取り分の話し合いをしなくていいので即決できるが、他の四人はコンビを組んでいたので、必要な部位があるのなら話し合わなければならない。
まあ、他の四人もディンドランさんと同じく、肉は俺が倒した分があるから売っても大丈夫で、むしろお金の方が嬉しいと言った感じですぐに決まっていた。
「俺が独り占めするとはかんがえないのかねぇ?」
などと呟いてみたものの、「少なくとも、ジークは団長以外にそんなことはしないでしょ?」と言われてしまった。
「あとはガウェインだけど……ちょうど戻ってきたな。ガウェイン、熊の素材をどこに売るかを話していたけど、ガウェインはどうする?」
「俺の分か? そうだな……悪いけど、ジークが王都に戻ってくるまで預かっておいてくれ」
「それでもいいけど、預かり賃として素材の一部を貰うぞ?」
ガウェインは無理に売るつもりがないみたいで、俺が王都に戻るまで預かることになったが、その対価はちゃんともらうことにした。
「あ~……まあ、仕方がないが、どこを持っていくつもりだ?」
「そうだな。熊の胆のうでどうだ?」
胆のうを熊の胆として使うには乾燥させないといけないが、他の部位と比べた場合、グラム単価は一番高額になるかもしれない。
「マジか……まあ、そう言うだろうとは思っていたが……ジーク、胆のうは半分に負からないか? 他に肉なんかをつけるからさ?」
まあ、熊の胆は消化器系の薬として有名なので、よく酒を飲み過ぎるガウェインにとっては必需品かもしれないし、俺の取り分は三頭あるので、胆のう半分と熊の肝臓で手を打つことにした。肝臓なら食べてもいいし、他の魔物や動物をおびき寄せるエサにも使えるだろう。
こうしてガウェインとの話がまとまったので、全員で朝食の続きをし、その後でガウェインから冒険者ギルドの話を聞いてから、交代で自由時間を取って日が暮れるのを待った。
「さて、日も暮れてきたし、今日も夜の警戒をお願いね」
と、ディンドランさんたちを送り出してくつろいでいると、
「ジーク、お客さんみたいよ」
一時間もしないうちに、ディンドランさんが宿に戻ってきて俺を町の入り口の方へと連れて行った。
「あれは……カレトヴルッフ公爵家の家紋か? 早くない?」
二日はかかると聞いていたので、到着は明日の午後くらいになるだろうと予想していたのに、それよりもかなり早い到着となったようだ。
「そうみたいね……もしかしてだけど、手紙が来るのに一日かかったから、公爵家の到着が早いように感じるんじゃない?」
「……そうかもしれないね。どうやって手紙を運んだのか知らないけれど、運ぶだけで一日二日かかってもおかしくないし、俺が読んだのを確認してから出発するとかできないしね」
俺も手紙を使うことはあるけれど、今回のような緊急案件で使うことはないのでどれくらいの時間がかかるものなのか分からないし、前の世界なら電話かメールですぐに連絡がついていたので、その感覚が混ざってしまっていたようだ。
「王都周辺なら、鳥を飛ばせば一日かからないけれど、この辺りだと鳥は魔物のエサにされるわね。そうなると早馬を使ったと考えるのが自然だけど、それならこの町の騎士に預けずに直接ジークのところに届けるだろうし、そのついでに援軍を送ってくるはずよね?」
ディンドランさんも手紙の速さの理由が分からないようで首をひねっていたが、現実に公爵家の騎士と思われる一団が視認できる距離まで来ているのだ。手紙通りならエレイン先輩もいるはずなので、教えてくれるかは分からないが、直接聞いてみてもいいだろう。
「とりあえず、公爵軍を迎え入れようか? ディンドランさん、この旗を持って出迎えに行ってくれる? 万が一のことを考えて、剣は下げたままで。もしもそれで何か言われたら、まだ熊の魔物が潜んでいる可能性が捨てきれていないからと言えばいいよ」
「分かったわ。馬を取ってくるわね」
ディンドランさんが急いで宿に戻っている間、俺は公爵家の騎士たちから見えない位置から様子を窺うことにした。
今のところエレイン先輩らしき人物は見当たらないが、遠目からでも分かるくらい統率のある動きをしているので、公爵家の偽物と言うことはないだろう。それに、エレイン先輩は見えないだけで、多分安全な中央付近にいると思われる。
「ジーク、どんな感じだ?」
隠れて様子を窺っていると、ガウェインがこっそりとやってきて俺の後ろから公爵軍の様子を覗き始めた。
「多分、本物だと思うけど、念の為ディンドランさんに武装したまま様子を見に行ってもらうことにした。万が一偽物だったとしても、ディンドランさんなら俺たちが駆け付けるまで十分持ちこたえるはずだしな」
「確かに、下手に男を向かわせるよりは、ディンドランに行かせた方が相手も油断するはずだな。もっとも、公爵家を騙るくらいの連中なら、ディンドランの正体に気が付くか俺たちがいることを知った上で来ている可能性もあるが……そうだとしても、何とかなるだろう」
そう話しながら二人で隠れていると、馬に乗ったディンドランさんがヴァレンシュタイン男爵家の家紋が描かれた旗を掲げながら走っていき、町の外……一kmもないところで公爵軍と接触した。
ディンドランさんは馬から降ろされて待たされたみたいだが、相手側は特に怪しい動きはせずに隊列を整えたまま歩みを止めた状態で待機していた。
そして、ディンドランさんが公爵軍と接触してから十分程でディンドランさんはまた馬に乗り、こちらへと戻ってきた。
「ジーク、やはり本物の公爵家の軍よ。代表のカレトヴルッフ公爵の令嬢と会って確かめたわ」
ディンドランさんが報告すると同時に、公爵軍はまた移動を開始した。恐らく、ディンドランさんが町に入るまで待っていたのだろう。
「あの状態でディンドランと同時に来たら、下手をすると人質にしていると思われるのを嫌がったのかもしれないな。だとすると、向こうはかなりジークに対して気を使っているのかもしれない」
ガウェインが移動を開始した公爵軍を見ながらそう言うと、
「そうかもしれないわ。向こうの……エレインさんだったわね? 彼女が、ジークにはこちらから会いに行くと伝えてほしい。もしもすでに寝ているようなら起こさずに、朝起きた時に昼に会いに行くと伝えてほしいと言っていたわね」
ディンドランさんがガウェインに同意しながら、エレイン先輩の伝言を伝えてきた。
「確かに、かなり気を使っているみたいだな……俺が学園の後輩で緊急事態だったとはいえ、男爵家の当主を働かせたことを気にしているのか?」
「確かにそれも関係しているとは思うが……他に何かありそうな気もするな。とにかく、向こうの代表と会って話をするしかないだろう。それで、ここは駆け引きの一環として、会うのは明日にするか?」
ガウェインもエレイン先輩の伝言が気になったようだが、会って話してみないと分からないと考えたようだ。
それで、さらに俺たちが優位に立つ為に駆け引きをするのかと聞いてきたが、
「相手は先輩だし、面倒ごとを明日に回すのも嫌だからな。今から会えばいいだろう。ちょうど向こうはこのままだと正面から入ってくるし、ここで待つのが手っ取り早いだろ?」
エレイン先輩にそこまで気を遣わすのは気が引けるので、すぐに会うことにした。
「それはそれで向こうは気を使いそうだが……まあ、後回しにするよりはましか」
ガウェインはそんなことを言いながら、俺たちから離れたところに隠れていたロッドたちを呼び寄せて、俺の後ろで整列させた。
「今からだと、馬を戻す時間はないわね……仕方がないから、近くに木につないでおきましょうか」
ディンドランさんは馬を戻す余裕がないと判断し、急いで近くに木に馬をつないで、俺の左斜め後ろに立った。
今の俺たちは、俺を先頭にその右斜め後ろにガウェイン、左斜め後ろにディンドランさん、さらにその後ろにロッドたちが横一列で整列しているので少し仰々しい気もするが、公爵軍を迎えるのだからこれくらいでちょうどいいだろう。
俺たちが待ち構えてから数分後、最初に入ってきた先ぶれのような騎士が俺たちを見て慌てた様子で引き返すと、それからすぐにエレイン先輩が走ってやってきた。
「こ、これはヴァレンシュタイン男爵、わざわざお出迎え頂き、誠に申し訳ありません」
「いえ、予想していたよりも早い到着だったので、驚いて外に様子を見に来ていたところだったのです。様子を見に行かせたディンドランがカレトヴルッフ公爵家の軍だと言うので、これはお出迎えせねばと思い、こうしてお待ちしておりました」
驚いた表情で頭を下げたエレイン先輩に対し、俺も出来るだけ丁寧な口調を心がけて答えた。
ただ、そんな俺の様子が気に障りでもしたのか、心なしかエレイン先輩の表情は引きつっているようにも見える。
「男爵様、こんなところにいつまでも公爵軍の方々をお引止めするのは、いささか失礼に当たるかと……お話は、どこか座ってゆっくりできるところでするべきかと思います」
ガウェインが見たこともないようなにこやかな顔でそんなことを提案してくるので、俺は思わず「キモっ!」と口に出してしまいそうになったが何とか堪え、
「それもそうだな。エレイン殿、もしよろしければ、我々の泊っている宿……いえ、公爵軍の方々が滞在する予定の場所で、少しお話をさせていただいてもよろしいでしょうか? もしお疲れでしたら、明日でも構いませんが?」
と、エレイン先輩に提案した。
流石に俺の泊っている宿に、知り合いとはいえ公爵家の令嬢を招待するのは失礼だと思ったので、どこがいいかエレイン先輩に決めた貰おうと思ったのだが……
「いえ、今からでも構いません。場所も、ご迷惑でなければ男爵の泊っている宿でお願いします」
即座にそう返されたので逆に少し驚かせながらも、俺はエレイン先輩を宿に案内することにした。
「夜分遅くに済まないが、少々込み入った話をすることになった。申し訳ないが、我々の泊っている部屋の周辺には近寄らないようにしてくれ」
宿に戻り、受付に居た従業員に命令口調でお願いすると、従業員は顔色を変えながら何度も頷いていた。
俺はその様子を見てからエレイン先輩に声をかけ、俺が止まっている部屋……は少々男臭いので、申し訳ないがディンドランさんたちが止まっている部屋を会談の場所にさせて貰うことにした。
そう言った瞬間、
「男爵様、申し訳ありませんが少々部屋の中が散らかっておりますので、すぐに片付けるので五分……いえ、三分程時間を頂きます」
などと言って、ディンドランさんたちは俺の了解を取らずに走り去っていった。
「ありゃ、部屋を使うのが自分たちだけだからと油断していたな……」
その様子を見ていたガウェインが、俺にだけ聞こえるくらいの小さな声で呟いたが、俺は気が付かなふりをして、
「そういえばエレイン殿、お連れの方はそのお二人だけでよろしいのですか?」
エレイン先輩に話しかけることで時間を稼ぐことにしたのだった。
「ええ、あまり多くを連れて行ってもご迷惑でしょうし、この二人は父ではなく私の部下なのでご安心を」
エレイン先輩も俺の時間稼ぎに気が付いたようで、その場で立ち止まって連れてきた二人を紹介を始めた。
もっとも、最後の言葉は俺に向けてというよりは、ガウェインに配慮した感じがしたが……まあ、ガウェインとカレトヴルッフ公爵の仲の悪さは有名なので、気を使ってくれたのだろう。
エレイン先輩のお付きはどちらも女性で、一人は騎士で護衛も兼ねているのか周囲……特にガウェインを警戒しているようで、ガウェインが動くと視線が向かっていた。もう一人はメイドの格好をしていて、明らかに世話係と言った感じだ。ただ、ある程度の戦闘訓練はしているらしく、足運びは素人のものでは無いし、服の下に隠し武器を身に着けているようだった。
「ここまで来て立ち話もなんですから、続きは部屋に行ってからにしましょうか?」
そろそろいいだろうと思い、ディンドランさんたちの部屋に向かいノックをすると、
「お待たせしました、準備は万端です。どうぞ」
すぐにディンドランさんが出迎えた。
中に入ると、
(散らかっていたものをベッドの下に押し込んだな……俺でも気が付くくらいだから、エレイン先輩たちも気が付いているだろうな)
明らかにベッドの下に何かを押し込んだような形跡があったので、皆部屋に入った瞬間に気が付いただろう。まあ、これから今回のことについての話をするのに散らかったままの場所でするわけにはいかないので、表面的にでも片付いていた方がいいのは間違いない。
「ガウェイン、俺たちの部屋から椅子を持ってきてくれ。エレイン殿たちは、そちらの椅子をお使いください」
ガウェインに指示を出すと、「了解っす!」と言って部屋を出ていき、すぐに椅子を三脚持ってきた。その間にエレイン先輩たちに椅子を勧めたが、座ったのはエレイン先輩だけで、他の二人は先輩の後ろに控えるようにして立っていた。
それを見たガウェインは、俺の分の椅子を置いた後で、残りは部屋の隅に置いて、エレイン先輩側と同じように俺の後ろにディンドランさんと立ったが……
「ガウェイン、悪いが外で誰かが近づいてこないように見張っていてくれ。ロッドとマルクも頼む」
ガウェインが後ろに立っていると圧がすごいので、男衆は外で待機させることにした。
「流石に宿の従業員が近づいてくることはないと思いますが?」
仮に近づいてきても気配で分かると言いたげなガウェインだったが、
「宿の者たちは聞き分けがよさそうだったから大丈夫だろうが、この町の騎士たちや冒険者ギルドの連中はそうでもなさそうだろ?」
というと、納得して部屋から出て行った。
「あの……ヴァレンシュタイン男爵、この町の騎士たちはそこまで信用できないですか?」
心外というよりは、何かに怯えるような感じでエレイン先輩が尋ねてきたが、その質問に答える前に、
「エレイン先輩、いつも通りの話し方でいいですよ。流石に知り合い同士でそんな話し方だと、少々肩がこってしまうので」
男爵と公爵令嬢の話し方を止めるように提案した。
「男爵……ジークがそれでいいのなら、私としては構わないけれど……それで、この町の騎士たちはどんな感じだったのかしら?」
いつも通りの話し方に戻ったエレイン先輩に安堵しつつ、俺はガウェインから聞いた話や俺が実際に見たことを思い出しながら、
「まず、俺たちはこの町の宿を確保する為にガウェインを先行させたのですが、そのガウェインが言うには、他家に所属している騎士であるガウェインに対して、公爵家の名を使って熊の討伐を要請したそうです。ガウェインはそれを断ったそうですが、その間に熊が町から逃げ出そうとした商人や住人を襲っているにもかかわらず傍観しかしなかったそうです」
まずはガウェインの話をした。
その時点でエレイン先輩の顔色が少し悪くなっていたが、
「次に、我々……と言うか、俺が一人で熊に襲われている住人を助けたのですが、襲われた後だったので住人はかなりの大怪我を負っていて動けないにもかかわらず、こちらの手の者が呼びに行くまで町の外へ出ようとしませんでした。さらには、やってきた騎士たちに対して俺が男爵の身分を明かした上で怪我人を町の中に運ぶように要請したのですが、最初はその要請に従おうとしませんでした。なので、多少脅す形で従わせたのですが……それが気に食わなかったのか、夜分遅くに届いたらしい先輩の手紙を、この宿まで先ぶれを出さずに持ってきました。それも、複数人で武装した状態で」
その話を聞いた瞬間、先輩は卒倒して椅子から転げ落ちそうになっていた。
いきなりのことに驚き、慌てて手を伸ばしたものの、俺より先に護衛の二人が助けたので床に体を打ち付けることはなく、それからすぐに先輩は意識を取り戻して二人に支えられながら椅子に座りなおした。
「一応確認の為に聞くけど、それは間違いないこと……なのですね?」
「そうですね。俺たちと騎士たちとで内容に多少の食い違いはあるでしょうが、武装した状態でやってきたというのは、宿の従業員に聞いたらすぐに分かることだと思います」
俺がそう答えると、先輩は護衛のメイドに指示を出して確認に行かせた。その結果、
「ヴァレンシュタイン男爵、公爵家の騎士の非常識な振る舞い、誠に申し訳ありませんでした。公爵家の目の届かないところでの出来事だったとはいえ、カレトヴルッフ公爵家の責任は非常に重いものであります。このことはカレトヴルッフ公爵である父に報告した上で、後日正式にお詫びさせていただきたいと思います」
メイドの報告を聞いた先輩は急に立ち上がり、地面に付いてしまうのではないかというくらい俺に対して頭を下げて謝罪した。
「いえ、確かに公爵家にも責任はあるとは思いますが、先輩がそこまで頭を下げる必要はありません。それと、最後にもう一つ追加があるのですが」
俺の言葉を聞いた先輩はすごい勢いで頭を上げ、「まだあるのか⁉」とでも言いたげな顔していた。
「先輩からの手紙を受け取った後で、すぐに熊の討伐に行き、俺とガウェインで群れのボスと思われる二頭を近くの森で討ち取ったのですが、その間に三頭の熊が町に侵入してきたそうです。幸いなことに、ここにいるディンドランの指揮の元、建物に損害は出たものの住人に怪我一つ負わせることなく迅速に対応することが出来たのですが……その時の騎士たちが、全く役に立たなかったとのことです。詳しくは、その時の対応に当たった騎士に報告させましょう」
俺よりも、直接見たケイトとキャスカから聞いた方がいいだろうと思い二人に報告させると、それを聞いた先輩は卒倒こそしなかったものの、椅子に力なく座り込んでしまった。
「この町の騎士は素行に問題があるとは聞いてはいたけれど……まさかここまでとは……」
先輩は泣きそうな声で呟いていたけれど、俺としては先輩が泣きそうということよりも、この町の騎士たちが問題のある奴らだったと聞いて、やっぱりなという感想の方が先に来た。
普通は国境近くの街に配属されるとなるとエリートと呼ばれる者たちが多くなるはずだが、バルムンク王国と隣国であるスオは長年友好関係が続いており、国境の砦というのならともかく、近くの町にまで使える騎士を配置するのはもったいない。例えそれが、多くの配下を抱える公爵家であってもだ。
しかし、抱える騎士が多すぎるがゆえに、使えないにもかかわらずある程度配慮しなければならない騎士も存在する。つまり、
「あいつらは、貴族の子息……と言うことですね」
その親たちが必要な人物の場合だ。
「ええ、上は伯爵家出身から下は男爵家まで、能力は足りないもののある程度の肩書が必要な者をこの町に配置していました」
多分、三男とか四男のように、嫡男の予備としての価値は低いものの、少しでも家の役に立たせたい、もしくは家に置いていても役に立たないから、どこかで付加価値をつけてこいと言った感じの奴らだったのだろう。
「ああ、だから男爵でしかない俺の命令を聞きたくはなかったというわけですね」
「恥ずかしい話だけど、間違いなくそうでしょう」
自分たちは爵位を持っていなくても、昔は伯爵家や子爵家の御曹司だとちやほやされていたから、今になって他家の男爵程度に指示されることはちっぽけなプライドが許さないと言ったところなのだろう。
「それで、こんなことを聞くのもどうかと思いますけど、あいつらへの罰はどうするつもりですか?」
流石にエレイン先輩の様子から無罪放免と言うことは無いだろうが、公爵自身がどう判断するか分からないし、もし仮に公爵が軽い罰で済まそうとするのなら、俺としてもそれなりの抗議をしなければ、今後他の貴族から舐められ続けるだろう。
「ジーク、心配しなくてもいいわ。元からここの騎士たちは問題視されていたし、きちんと調査する必要はあるでしょうけど、恐らくは公爵家からの追放、もしくは騎士の地位をはく奪した上で、一兵士からの再出発と言うことになると思う……いえ、そうなるように私からもお父様に強く進言するわ」
エレイン先輩がそう言い切るのなら、俺は口を出さずに全て任せる方がいいだろう。ただ、
「でしたら、そちらは全てお任せします。それでは、ここからは俺たちへの対価の話に入らせてもらってもよろしいですか?」
こっちの話に関しては、納得いくまで口を出させてもらうとしよう。