第十四話
「さて、夜中に武装して現れて、一体何の用なのか聞かせてもらえるか?」
気配を消して宿の受付でもめている騎士たちの前に姿を現すと、一瞬だけ鋭い視線が俺たちに向けられたが、隣で剣を肩に担いで微笑んでいるガウェインを見て顔色を変えていた。
「おい、男爵様の泊っている宿に夜中に先ぶれもなくぞろぞろとやってきておいて、無事に済むと思っているわけはないよな?」
そんな騎士たちに対してガウェインが怒鳴り、肩に担いだ剣を下ろしたので、
「ガウェイン、まだ早い。それを使うのは、あいつらの話を聞いてからだ」
今すぐ使うのだけは止めさせた。
これであいつらにも、誰がこの場の主導権を持っているか分かったはずだ。
ついでに、わざとらしくディンドランさんたちの隠れているところに視線を向けると、ディンドランさんもわざと音を出したので、余程察しの悪い奴でなければすでに囲まれていると理解するだろう。
「それで、わざわざ夜中にぞろぞろと騎士……騎士でいいんだよな? 改めて聞くが、男爵とはいえ貴族の泊っている宿に押し掛けるのはどういった理由があるのか、聞かせてもらえるか?」
今度はテラーを使って話しかけると、
「ジーク、やり過ぎだ。平和ボケした田舎の騎士には、少々刺激が強すぎたみたいだぞ」
気が付くと、押し掛けてきた騎士たちは全員が尻もちをついて震えていた。
「やべぇ、やり過ぎた。大丈夫ですか?」
俺はそんな騎士たちを無視して、同じように尻もちをついていた宿の従業員に話しかけ、銀貨を数枚握らせた。
「少しこいつらと話すことがありますから、少々騒がしくなるかもしれませんが、もし何か不都合が生じたとしても責任は取りますのでご安心ください」
と言って従業員を下がらせて、
「ガウェイン、とりあえず剣は仕舞え。ディンドラン、全員で降りてこい!」
とりあえず腰が抜けて反撃は出来なさそうなので、全員で話を聞くことにした。ちなみに、相手に俺が貴族だと分かりやすくする為に、ディンドランさんにもエラそうな態度をとっているが……気を抜くといつもの話し方になってしまうので、エラそうにしているのがふりだというのがすぐにばれてしまうだろう。なお、そういった意味ではガウェインに対してはいつも通りの感じで済むので、とても扱いやすい男と言えるのだ。
「さて、この場で話を聞いてもいいが……内容によっては宿が駄目になるかもしれないからな。ガウェイン、こいつらを外に放り出せ。話は外で聞くぞ。外なら、汚れても処理は簡単だからな」
いくら熊がどこにいるか分からない状況だからと言って、比較的安全な町の中で鎧を着て剣を持った状態で宿に来たのは間違いだったな。これがまだ先ぶれを寄越して事情を説明してからか、もしくは一人だけで来たのならまだ言い訳が出来る状況だったが……もし、泊っているのが俺とヴァレンシュタイン家の騎士でなかったら、先手必勝で攻撃されても文句は言えなかっただろう。まあ、双方の家の力関係にもよるだろうが。
「任せてください、男爵様! ディンドラン、ケイトとキャスカを男爵様の護衛に残して、お前たちもさっさと来て手伝え!」
ガウェインが皆を呼ぶと、ディンドランさんはため息をつきながら二階から飛び降りて、騎士たちの目の前に着地した。
他の四人はどうするのかと思ってみていたら、あんな真似をするわけがないといった表情で、ちゃんと階段から降りてきた。
「全部で五人ね。私と団長で二人ずつ、ロッドかマルクが一人運んで、残った方が扉の係ということにしましょう」
そう言うとディンドランさんは、騎士たちの中でも大柄な二人の足を掴み、引きずりながら外へと向かっていった。それを見たロッドがマルクと顔を見合わせてから、慌てて先回りして扉を開けて手で押さえていた。
「それじゃあ、俺も……っと!」
ガウェインは近くにいた騎士の腰の後ろを掴んで運ぼうとしたが、
「ま、待て! 我々はカレトヴルッフ公爵家の騎士だぞ!」
と叫んだが、それを聞いたガウェインは途端に嫌そうな顔をして、
「それがどうした!」
と声を荒げ、一度騎士たちをわざと落としてから、ディンドランさんと同じように足を掴んで引きずっていった。
そして、最後の一人をマルクが連れ出そうとした時、
「て、手紙! 手紙を持ってきた! カレトヴルッフ公爵家からだ! それを読んでくれ!」
などと叫んだが、俺が「どこにある?」と聞くと、外に連れていかれた奴が持っていると答えたので、マルクにはそのまま運んでいくように指示を出した。
そして、全ての騎士をガウェインたちが放り投げたところで、ディンドランさんに連れていかれた騎士から手紙を受け取り中を読むと、
「ガウェイン、殺気立つな。これは公爵からの手紙ではないぞ」
カレトヴルッフ公爵家の家紋である蛇の封蝋がされていたが、差出人は公爵ではなくエレイン先輩だった。
苛立ちを隠していないガウェインにエレイン先輩からの手紙だと言うと舌打ちをしていたが、手紙を読ませると殺気を押さえるまでに気を静めることが出来たようだ。まあ、手紙にはいない相手にイラつくことを忘れるような面白いことが書かれているしな。
「お前たちは、これに書かれている内容を聞いているか?」
俺の質問に、騎士たちは知らないと答えた。自分で聞いておきながら、それは当然だろうと思った。何せ、手紙の内容を知っていたら、こんな武装した状態で俺のところに来ようなどと思わなかっただろう。
「手紙には、差出人のエレイン・カレトヴルッフ殿が、熊の魔物対策の為に急遽兵を率いてこの町にやってくることが決まったと書かれている。ただ、この町にへの到着は早くても二日はかかるそうで、その間ジーク・ヴァレンシュタイン男爵に町の防衛を頼みたいとのことだ」
エレイン先輩が俺がこの町に居ることを知っているのも、こんなに早く手紙を送ってこれたのも不思議ではあるが、この町での滞在に関しては王家とのコネを使えば知ることが出来るだろうし、この世界には魔法のような超常的な力が存在するのだ。今俺の手元にこの手紙がある以上、俺の知らない何らかの方法で行ったと納得するしかない。
しかし、問題はそこではない。俺に町の防衛を頼みたいということは、カレトヴルッフ公爵家が俺……ヴァレンシュタイン男爵に大きな借りを作るということになる。
カレトヴルッフ公爵は俺のことを敵視している節があるが、公爵家の封蝋がされていて、なおかつエレイン先輩の名前で依頼されている以上、カレトヴルッフ公爵家所属の騎士が直々に持ってきているので、後になって手紙は偽物だったとか言ってなかったことには出来ない。
「ガウェイン、最後の方に書かれていることについてどう思う?」
「これが本当なら一時的にとはいえ、この町は男爵様の指揮下に入ることになると思われます」
ガウェインの言葉に、騎士たちどころかディンドランさんたちも驚いていた。
「ジ……男爵様、その手紙、私にも読ませてもらえませんか?」
そう言われたので許可を出すと、ディンドランさんはガウェインからひったくるようにして手紙を受け取り、内容を斜め読みして笑っていた。
「一応、お前たちにも見せておいた方がいいな。ディンドラン、そいつらにも読ませてやれ」
俺たちの言葉だけでは信じられないだろうと思い、騎士たちにも特別に許可を出すと、騎士たちは全員で手紙をのぞき込んで信じられないものを見るような目をしていた。
まあ、普通は公爵家の配下ではない貴族に、町の騎士や兵士たちの指揮の全権を一時的にとはいえ任せるなど、正気の沙汰とは言えないだろう。
「報酬については書かれていないが、公爵家からの依頼なのだから期待していいだろう」
こんなこと、普段の俺なら引き受けたりはしないが……公爵には俺も少し思うところがあるので、意趣返しにはちょうどいいだろう。それに、俺の力を知らしめるいい機会だ。公爵家の令嬢であるエレイン先輩がやってくれと言うのなら、今回は喜んで引き受けるとしよう。
「なら、今から作戦会議……と言いたいところだが、厄介ごとはさっさと終わらせておきたいな。ガウェイン、熊の親玉……課は分からないが、デカい二頭はどの辺りに隠れていると思う?」
「俺も詳しいことは知らないが、恐らくは近くの森の中だろうな。ジークが倒した熊よりも大きいとなると、その辺りに身をかがめて隠れることは出来ないだろう……と思います」
急な展開に、思わず警護を忘れていたらしいガウェインだったが、最後の最後で思い出してとってつけたように言葉遣いを直していた。
「それなら、そこに乗り込んでみるか。ただ、そう思わせるのも罠だったという可能性も考えて、森に行くのは俺と……ガウェインのみ。後は町で熊の襲撃に備えるということにしようか」
「ちょっと、ジー……」
「べラス!」
「わう?」
ディンドランさんが何か言おうとしていたが、それよりも先に俺は物陰に隠れてこちらを見ていたべラスを呼んだ。
「べラス、お前は熊が町に近寄ってきたら、その方向をディンドランさんたちに知らせるんだ。熊は複数いるそうだから、一頭を見つけたからと言って油断するなよ」
「ワン!」
べラスが任せろとばかりに吠えて周辺を警戒し始めたので、ガウェインの予想に従って俺たちは森に移動することにした。
流石に置いてけぼりの騎士たちが何か言っていたが、指揮権を持っているのは俺なので、俺のいない間はディンドランさんの指示に従うようにとの命令を一方的にして、騎士たちの言葉は全て無視することにした。
「ああ、確かにガウェインの言う通り、熊の親玉はあの森に潜んでいるみたいだな。側近なのか、もう一頭いるな」
「知能は高いみたいだが、それは普通の熊に比べて……と言ったところだったな。こんなに離れていても気が付くくらいの殺気を飛ばしていたら、隠れている意味がないのにな。もっとも、あの町の騎士たちだったら、この殺気にも気が付かないかもしれないから、あいつらを相手にするだけなら正しいやり方ともいえるけどな」
町を出て十分程で、俺たちは一番近い森の入り口に到着したのだが……森の奥から熊の殺気が俺たちに向けて放たれてきた。
「これは例え正規の騎士でも苦戦するかもしれないな……まあ、ドラゴン程でもないけどな」
「流石にドラゴンと比べるのはどうかと思うが……確かに、そこそこの強さを持った魔物だな」
もしもドラゴンに近い知能を持つ魔物なら、殺気をむやみに放って自分の居場所を知らせるようなまねはしないはずだ。もしもする魔物がいるとすれば、それはドラゴンに近いではなく、ドラゴンと同等かそれ以上の魔物で、居場所を知らせたくらいでは自分の優位が揺るがないくらいの強さを持っている奴だろう。
というわけで、
「さらに詳しい居場所を教えてもらうとするか」
俺は少し前に殺した熊の魔物の頭部を取り出して、槍に突き刺して親玉を挑発することにした。
「お前……えげつないことを平気でするな……まあ、効果は抜群みたいだけどな。いや、抜群どころか、我慢しきれなくなって動き出したな」
子分の首を掲げた瞬間、殺気は一気に膨れ上がり、森の奥から何か巨大なものが突進してくる音が聞こえてきた。
「それでジーク、どっちを担当……って、どこ行った?」
ガウェインがよそ見した瞬間に陰に潜ったので俺を見失ったみたいだが、その間にも熊の親玉はガウェインに接近していた。しかし、
「ガウェイン! 俺の方は終わったから、残った側近は頼んだぞ!」
熊の親玉が姿を現した瞬間に後ろから首を落としたので、親玉は爪どころかその血すらガウェインに届くことはなかった。
「全く、美味しい獲物を勝手に持っていくなよ」
そう言いながらガウェインは、突然倒れた親玉に驚いて混乱していた側近を脳天から縦に切り裂いた。
「ガウェイン、狙うなら首にしろよ。これだと毛皮が半分になるだろ」
「そんなもん、加工する時につなげればいいし、そもそもこの大きさだったら丸々使うことはないだろ? それに、どうせ切り分けることになるんだったら、こっちの方があいつらに見せつけた時に面白そうな反応するかもしれないだろ?」
確かにガウェインの言うことにも一理あるが……ガウェインが見せつけたいのは騎士たちではなくカレトヴルッフ公爵だろう。
「まあ、どうせそいつは倒したガウェインのものだから、好きにすればいいか」
「おっ! 丸々貰っていいのか? 流石に男爵様は太っ腹だな!」
冒険者の流儀として、倒した獲物は倒した奴のものと言うと、ガウェインは笑いながらからかってきたが、元から貰えると思っていた節がある。
「そうすると、ディンドランたちが文句を言うかもしれないが……まあ、あっちにも熊が出ているだろうから、あそこの騎士たちを囮にも使っていない限りはディンドランたちの懐も温まるだろうな」
続けてガウェインはそんなことを言っていたが、もしも騎士たちを囮に使って重症でも負わせていたら俺の責任にされかねないので、頼むから言い訳のできる程度の怪我で納めていてほしいと思いながら、俺は町へと戻ったのだった。
「ジ……男爵様、そちらの首尾はいかがでしたか?」
町に戻るとやはり熊の襲撃があったらしく町の壁の一部が崩れていて、そこから近い家が何件か壊されていた。
そして、壊された家のすぐ近くでは、返り血で顔や服を汚したディンドランさんが俺たちを出迎えてくれたのだった。
「こっちは無事に熊の親玉を討伐したぞ。それで、その熊はディンドランが一人で倒したのか?」
「そうです。男爵様と団長が町を出てから十分程して、三頭の熊が別々の方向からほぼ同時に町を襲撃したのですが、すぐにべラスが気が付いてくれたおかげで、町の住人に人的被害はありませんでした。ついでに、この町の騎士は全く役に立ちませんでした」
詳しく話を聞くと、三か所からの襲撃だったので、ディンドランさんがそこに転がっている熊に対応し、残りの二頭にはケイトとロッド、キャスカとマルクがそれぞれ組んで向かったそうだが、この町の騎士たちは熊が襲撃してきたと聞いて尻込みしていたので、邪魔になると判断して置いて行ったとのことだった。
「最悪の事態にはならなかったみたいだけど……それは俺たちにとってであって、あいつらは最後の名誉挽回のチャンスを活かせなかったということか……馬鹿だな」
そう言って俺はエレイン先輩から送られてきた封筒に入れられていたもう一枚の手紙を取り出して広げた。
その中には、俺を公爵家の問題に巻き込んだことへの謝罪と、この町の騎士がもしも役目を果たさなかった場合、その騎士の称号をはく奪するつもりだということと、一枚目の内容は騎士たちに教えても構わないが、二枚目に関しては秘密にしてほしいということが書かれていたのだ。
「騎士の称号ははく奪されるけど、クビになると決まったわけではないのよね?」
周囲を気にしながらディンドランさんがそう俺に聞いてきたが、
「それに納得して、一からやり直せる奴が何人いるかってところだな。見たところプライドばっかりが高い奴らみたいだったから、あの中の一人か二人残ればいい方じゃないか? もっとも、公爵家を去ったとしても、他のところではそう簡単に雇ってもらえないだろうし、運よく雇ってもらえたとしても下っ端からの出直しには違いない。まあ、俺としては野盗や犯罪者にならなければ、どうでもいいことだけどな」
俺の代わりにガウェインがどうでもいいという感じで、興味なさげに答えた。まあ、聞いたディンドランさんも、騎士たちを心配してというよりはただ気になったから聞いたという感じだったので、ガウェインの言葉に「確かにそうですね」と返していた。
「それはそうとディンドラン、男爵様が倒した熊はそれぞれの取り分と言うことにしていいそうだぞ」
ガウェインが騎士たちのことよりも、そっちのことの方が重要だとばかりに嬉しそうにディンドランさんに教えると、
「流石、ジーク! 話が分かるわね! ただ、この町だと換金できないから、しばらくの間預かって頂戴ね。でも、それなら団長じゃなくて、私を連れて行ってくれてもよかったんじゃない?」
「ディンドラン、男爵様だ」
ディンドランさんも嬉しそうにしていた。しかし、想定外の臨時収入が嬉しかったのか、口調がいつもの感じに戻っていた為、珍しくガウェインに注意されてしまった。
まあ、ガウェインも本気でというよりは、半分以上は俺をからかっている感じだし、俺たちの周囲には人がいないので笑いながら注意していた為、ディンドランさんは軽く謝罪しただけで済ませていたけれど。
その後、別々のところにいたロッドたちもやってきて無事に倒したと報告してきた際に、ガウェインから倒した熊は倒した者が貰えると聞いて喜び、ディンドランさんと同じようにその場で俺に預けることを決めていた。
「これで熊は七頭か……ガウェイン、この七頭で町に現れたのは全部だと思うか?」
「多分、そうじゃないか? 目撃者の話をまとめたものによると、デカいのが二頭でそれよりも小柄……まあ、その二頭に比べればの話だが、それが五頭と言うことらしいから、これで全部だとは思うぞ。まあ、デカい二頭は離れていても分かるくらいの差があるから間違い用はないと思うが、五頭の方はほとんど見分けがつかないから、もしかすると討ち漏らしがあるかもしれないがな」
六頭目以降がいるとすれば厄介だが、俺やべラスが気が付かなかったし、そもそも与えられた情報が七頭なので、それで何かしらの被害が出たとしても、非があるのはその情報を持ってきた奴ら……つまり、この町の住人なので、責任を負わされるようなことにはならないはずだ。まあ、エレイン先輩が到着するまではこの町に居るのでその間は念の為警戒するし、この町の騎士たちを寝ずの番で働かせるつもりなので、そう簡単に住人に被害は出ないだろう。もしも出たら、それはこの町の騎士たちの責任だと主張すればいい。
「それじゃあ、ガウェイン。この町の騎士たちへの指示を頼む。昼間は大丈夫だと思うから、夜中を重点的に回らせてくれ」
騎士たちへの命令に関しては、ガウェインに丸投げにしたが……ガウェインは不服そうだ。
ただ、そういった指示の出し方や見回りの振り分けに関して言うと、俺たちの中で一番慣れているのは当然ながらヴァレンシュタイン家の騎士団長であるガウェインなので、任せるのは当然の流れなのである。
「エレイン先輩……カレトヴルッフ家の騎士たちが到着するのは、早くても明後日くらいになるだろうから、念の為今日と明日は警戒を続けることにしよう。ディンドランさん、夜間の見張りの順番決めは任せた」
「見張りね……熊というよりは、この町の騎士たちがサボっていないかを見張るのかしら? まあ、隠れてサボって被害が出たとしても、私たちには関係ないけどね。それで、その順番に、ジークを入れてもいいのかしら?」
「入れてもいいけれど、ちょっとやそっとのことだと、俺は外に出て動くわけにはいかないから、寝ている誰かを叩き起こすことになると思うけど……それでもいい? ああ、ちなみに、その時の気分で起こす相手を決めるから、誰に当たるか分からないよ」
町の騎士や住人たちは俺が男爵だと知っているはずなので、貴族が自ら見張りに参加して動き回っているというところはあまり見せない方がいいだろう。なので、夜中に外に出て働くようなことがあるとすれば、それは熊か他の脅威が町に迫った時くらいだ。
そういうわけなので、大したことではないのなら誰かを代わりに向かわせなければならない。
「ディンドラン、ジークは外しておいた方が無難だ。こいつのことだから、気持ちよく寝ている奴を狙うぞ。そのついでに、他の奴も起きるように騒ぐはずだ」
「そうですね。ジークは止めておきましょう。一応、私たちの代表で、唯一の貴族ということになってますので、変なところを見られでもしたら、ヴァレンシュタイン子爵家の評判にもかかわります」
ガウェインは、自分が真っ先に起こされる可能性が高いと判断し、俺を除外するようにディンドランさんに進言した。
ディンドランさんも、自分が二番目に狙われる可能性が高いと理解したようで、ガウェインの提案を受け入れていた。その際、かなり失礼なことを言っていた気がするが、それくらいなら聞かなかったことにしておこう。
「それじゃあ、ガウェインは騎士たちへの指示出しで、ディンドランさんは夜間の打ち合わせをお願い。俺は先に部屋に行っておくから、何かあったら……朝に報告して」
と言って、俺は六人の鋭い視線を受けながら先に部屋に戻ることにした。
ちなみに、何かあったら起こしてくれと言わなかったのは、そんなことを言ってしまえば、絶対に起こされてしまうからだ。
ちなみに、俺が朝にと言った瞬間に、ガウェインとディンドランさんが舌打ちをしていたので、二人は起こす気満々だったようだ。
なお、どさくさに紛れて部屋に戻る俺の後をべラスがついてきていたが、宿に入るところで戻るように言うと、不貞腐れたような顔をして馬小屋の方へ向かっていった。