第十二話
「かなり寒くなってきたな……明日は雪が降るかもな」
卒業パーティーから数日後、旅の荷物の最終確認を終えた俺は、どんよりとした空を見ながらそんなことを愚痴ていた。するとそこに、
「ジーク、今日は早く寝るのよ。明日は朝早くから出発するからね」
そう言ってディンドランさんが、俺の部屋のドアを開けて入ってきた。
「いや、ノックくらいしてよ。一応、男の部屋なんだから」
「……今から変なことをするつもりだったの? そんなのは、皆が寝静まってからにしなさい」
呆れた顔をするディンドランさんだが、そんなことを言う前に人の部屋に許可なく勝手に入ってくるなと言いたい。まあ、これまで何度言っても無駄だったので諦めるしかないし、からかっているだけなので無視するに限る。
「サマンサ様が明日は早いから、今日はいつもより夕食を早くするそうよ。一区切りついているのなら、食堂に来るようにとのことよ」
「今から行くよ」
そう返事をしてディンドランさんと共に食堂に行くと、
「ジーク、そろそろ始まるから早く座れ」
食堂の外の廊下まで使用し、屋敷内のほぼ全員参加の宴会場が出来上がっていた。そんな会場の中央で、俺を呼んでいるのはガウェインだ。
ディンドランさんはサマンサさんが呼んでいると言っていたが、サマンサさんとカラードさんはまだ食堂に来ていなかった。その時、
「ん?」
誰かが屋敷のドアを開けた音が聞こえた気がしたので俺がそちらに顔を向けると同時に、ガウェインを含めた数人が席から立ち上がり、それに反応して一気に食堂が静かになった。ただ、
「お邪魔するわよ」
やってきたのがエンドラさんだったので、すぐに元の雰囲気に戻った。
「エンドラ様、お迎え出来ず申し訳ありません」
ランスローさんがすぐにエンドラさんのところに移動し、俺の近くの席に案内すると、
「いえ、門のところで案内を断ったのよ。身内だけのパーティーだと聞いたから、堅苦しい出迎えは不要だと思ったからなのだけど……今度からはちゃんと案内してもらうようにするわ」
少し申し訳なさそうにエンドラさんが言うと、逆にランスローさんが恐縮していた。
(確信犯だな。質が悪い)
その様子を見て、俺はそんなことを思っていたが……案の定俺の頭の中を覗いたかのようなタイミングで目が合ったので、知らないふりをして頭を下げた。
「皆そろっているな……エンドラ殿、急なお誘い申し訳ありませんでした。どうぞごゆっくりお楽しみください」
エンドラさんが来てからすぐにカラードさんとサマンサさんが食堂にやってきて、二人でエンドラさんに礼をしていた。
どうやらエンドラさんの参加は、カラードさんかサマンサさんが急に決めたようだ。だからランスローさんたちがエンドラさんが急に現れて慌てていたということなのだろうが……それでもエンドラさんが招待されてもいないのに遊びに来たという可能性を俺は捨てきれない……まあ、今更のことなのでどうでもいいのだが。
カラードさんたちの登場とあいさつで、いつもの……俺にとっては数年ぶりの宴会が始まった。もっとも、前にやった時とは違い、面白がって俺に酒を飲まそうとする奴は……ガウェインしかいなかったが、そのガウェインもカラードさんとランスローさんに怒られて飲ませるのを止めていた。
そのおかげか、前とは違い酔いはしても酔い潰れるまで行く者は出なかったが、
「それでジーク……フランベルジュさんとはどうなったの?」
「エリカはいい子よ。大切にしないと、罰が当たるわよ」
すぐ近くにいた酔っ払いに、俺は食事中ずっと絡まれてしまうのだった。
「それじゃあ、行ってきます」
「体に気をつけてな。無事に帰ってこい」
「あまり問題を起こさないようにね。特に、女性関係で……ディンドラン、分かっているわね?」
「任せてください」
心外なと思うが、貴族で女関係の問題となると色々とシャレにならないので、サマンサさんが心配するのは分かるのだが……俺としては、護衛としてついてくるのなら、ディンドランさんではなくランスローさんの方がよかった。それか、気を使わなくてもいいしこき使っても気にする必要のないガウェイン。
なので、ディンドランさんを護衛として連れて行くように言われた時に、カラードさんにこっそりと要望を出したのだが、
「ランスローは騎士団の要だ。数か月単位になりそうな旅に連れていかれると困る。ガウェインもあれで我が家の騎士団長だからな。流石に許可は出来ない。それに、最近のやらかしのせいでサマンサが反対するだろうしな」
ということで、騎士団の中で上位にいるが仕事の代わりを用意できるディンドランさんが護衛の役に決まったということだ。
ランスローさんは仕方がないにしろ、ガウェインに関しては……パーティーの時の報告で、サマンサさんの信用が落ちていたというのも関係しているのだろう。
ちなみに他の護衛は、女性騎士と男性騎士が二人ずつで、強さよりは対応能力の高さで選んだらしい。まあ、そうは言っても四人共戦闘面においてもかなりの実力者なので、問題はない……と言うか、四人は総合的にみると、『戦闘』がずば抜けているディンドランさんよりも上だと思う。
そうして始まった旅は、早くも最初の目的地である街の近くまで来ることが出来た。その街から半日程移動すれば、バルムンク王国と隣国である『スオ』の国境に到着する。
ここまでは一つを除いて問題なく順調な行程だった。
「さて、着いたら早速宿を探さないとね……犬も泊まれる宿をね」
「ガウッ!」
その問題とは、馬車にべラスが隠れていたのだ。
王都を出発して数時間後に、そろそろ一時休憩をしようとしていた時のことだった。
馬車の中に俺と乗っていたディンドランさんが、休憩の指示を出そうと窓から身を乗り出した時、腰を上げたタイミングでディンドランさんのお尻の辺りからおならのような音が聞こえたのだ。
状況的にも俺は音の主はディンドランさんだと思ったので聞こえないふりをしたのだが、慌てたディンドランさんの発言の直後にまたもおならのような音が聞こえたので椅子の下にある空間を調べようとしたところ、座面を上げた瞬間にべラスが飛び出してきたというわけだ。
どうやらべラスは、俺がまたどこかに行くと気が付いたらしく、出発前に先回りして椅子の下にある空間に入り込んでいたらしい。
慌てた俺たちはどうしようかと相談し、ここまで来て引き返すのは時間がもったいないので、近くの街の冒険者ギルドで緊急の依頼という形でサマンサさんに手紙を出し、国境までこのまま進むことにしたのだ。
サマンサさんへの手紙にはべラスがついてきていたことと、国境まで事前の計画通りに進むのでスオに入る前に迎えに来てほしいということを書いたので、べラスとの旅は多分明日までだろう。
「街に着いたらすぐに宿を探します。ロッド、ケイト、二人は宿の候補を門で聞き出しなさい、条件は馬車置き場があって最低でも二部屋と五頭分の馬房が空いており、犬を部屋の中に入れてもいいところ。まあ、べラスに関しては最悪馬車の中で休ませればいいわ。キャスカはそのまま御者を続けて、私とマルクは周辺の警戒よ」
街の入り口の手前でディンドランさんが他の四人に指示を出すのを、俺とべラスは黙って見ていたが……べラスは自分のことを犬と呼ばれた瞬間、小さく唸り声を出していた。どうやら狼(の魔物)としてのプライドが傷ついたようだが、傍から見ると犬も狼も見分けがつきにくいので仕方がないし、下手に狼の魔物だと言ってしまうと変に警戒されてしまうので、犬で通せる間はそうした方がいいので、唸り声を出した瞬間に軽く口をつかんで注意した。
馬車に貴族と分かるような装飾をしていなかった為、入り口のところで少し待たされはしたものの、手続き自体はすぐに終わったので教えてもらった宿へと向かうと、二か所目で条件に合う宿を見つけることが出来た。
ただまあ、犬は部屋に入れないでくれとのことだったのでべラスは不服そうにしていたが、そればかりは仕方がないだろう。
「宿も問題ないみたいだし、食事までまだ時間があるから、明日の予定を相談しましょう」
男女で部屋を分かれて一息入れていると、男部屋にディンドランさんが他の二人を引き連れてやってきた。三人部屋に六人が入ると少々手狭に感じるが、あまり外で話したくないような内容になるかもしれないので我慢するしかない。
「まず明日の進路だけど、これは予定通り進むことになるわ。ただ問題は、明日朝早くに出発したとしても国境を越えるのは夕方遅く、下手をすると明日は関所の手前で野営をすることになるわ。だからその手前にある町で宿泊するのがいいのだけど……明日の天気次第では、町の宿に泊まることは出来ない可能性があるわ」
ディンドランさんの言葉に、俺たちはそろって窓の外を見た。今日は天気が荒れることはなかったのだが、今はいつ雨が降ってもおかしくないような曇り空なので、明日はほぼ雨が降ると思っていた方がいいだろう。
そうなれば、国境から近くて宿泊することのできる町や村は国境を目指す者たちが集まることになり、宿の取り合いになってしまうのだ。
「幸い、私たちはジークのマジックボックスのおかげで、野営でも雨風に耐えることのできるテントがあるけれど……なるべくなら使いたくはないわ」
それはみんな同じ気持ちだろう。晴れの日ならともかく、雨の中で野営はなるべくなら避けたいところだ。
しかし、最悪の場合そうは言っていられないので、その時は町の中でどこかの一角を借りてということになるだろう。まあ、町の外でやるよりはかなりマシだが、それでも防犯上の理由などから、荒れた天気の日はちゃんとした建物の中で過ごしたい。
「そこで、誰か一人が明るくなると同時にこの街を出発し、国境の手前のこの町まで先行して宿を確保することにしましょう。それだけでも、雨の中で一夜を過ごすという可能性がだいぶ減ると思うわ」
皆の気持ちが同じ方向に向いたころ合いで、ディンドランさんがいかにも名案かのように言ったのだが……問題は誰が選ばれるかというところだ。
この中でその役目を選ぶ前に、真っ先に外れるのは一応護衛対象になっている俺で、次に外れそうなのは護衛隊のリーダーのディンドランさんとなるが、正直に言うと、この中で荒天の中の単独行動で成功率が高そうなのは俺とディンドランさんだ。
他の四人も実力者だが、何かあった時でも無事だろうというほどではない。
なのでその話が出た瞬間に、俺たちの視線が一斉に提案者本人へと向けられた。
「私は護衛隊のリーダーよ?」
ディンドランさんは、すぐに視線の意味に気が付いて抗議したが、
「一時的に、護衛隊の指示は俺が出せばよくない? カラードさんやサマンサさんも、よく自分で自分の護衛に指示を出しているし」
ヴァレンシュタイン家でよくあることだというと、他の四人から賛成の声が上がった。
「やっぱり、数少ない戦力を割るのはよくないわね。ここは宿が取れなかったら運が悪かったと諦めましょう」
するとディンドランさんは、そんな往生際の悪いことを言い出したので、俺たちからブーイングを浴びせられることになった。
まあ、確かに五人しかいない護衛のうちの一人を長時間単独行動させるのはなるべくなら避けたいので、無理に行かせる必要はないだろう。それこそ、しなくてもいい単独行動でもしもの可能性を考えるなら、雨の中で野営をした方がいいに決まっている。
「まあ、ディンドランさんの不用意な発言は帰ってからサマンサさんに報告することにして、そろそろいい時間だし、夕食に行こうか?」
「そうね、そうしましょう。宿が取れないって決まったわけでもないし、明日のことは明日考えればいいわ」
形勢が不利になったことを感じていたディンドランさんは、俺の提案にすぐに乗っかってきた。それを見ていた他の騎士たちは呆れた顔をしていたが、四人は俺よりもディンドランさんとの付き合いが長いので慣れているらしく、何も言わずに夕食に向かうディンドランさんの後に続いた。
「やっぱり、田舎の方になると値段も安くなるわね。そのおかげで、予想と大して変わりがなかったわ」
泊っている宿の隣に併設されている食堂で食事を終えた俺たちは、寝る前に馬の様子を見る為にそろって馬小屋へと移動していた。
食事の最中にべラスが食堂に突入してきたせいでちょっとした騒ぎになってしまい、宿の人や利用客に迷惑をかけてしまったせいで予定外の出費があったが、その分を差し引いても王都で食事した場合の値段と大した差はなかった。
そんな騒ぎを起こしたべラスはというと、食堂の人に専用の食事を作ってもらい、それをきれいに平らげると眠たくなったのかさっさと食堂を出て行ったのだった。そして、
「大きいいびきだな……」
「それだけ安全だということでしょう。それじゃあ、手分けして確認しましょうか?」
俺たちが近づいても、べラスは起きることなくいびきを立てながら寝ていたのだった。
まあ、ディンドランさんの言う通り、それだけこの宿が安全だということなのだろうと納得し、俺たちは手早く馬の様子を確認して水と飼い葉を補充したのだった。
「問題もないみたいだし、明日和頑張ってもらうわよ。ジーク、この子たちの餌はまだ十分あるのよね?」
「飼い葉だけで数日分は余裕であるね。道中で生えている草を食べさせればもっと持つし、塩の準備も万端だね」
実のところ、今回持ってきた荷物の半分以上は馬たちの餌で占められている。飼い葉だけでも三百kg以上あるし、塩分補給用の塩は俺たちとの兼用だが数十kg入りの樽で五個ある。
流石に塩に関しては多過ぎではないかとディンドランさんに言われたが、塩と水があれば数日は生き延びることが出来るし、いざという時には売り物にもなるし物々交換にも使える旅の必需品なのだ。
なので、余裕があるのなら持てるだけ持っていた方がいいと言うと、ディンドランさんではなくガウェインの方が納得していた。もっとも、それでも多過ぎだとは言われたが。
「それじゃあ、部屋に戻ろうか……べラス?」
少し早いが、明日のことも考えて早く寝るように提案しようとした時、それまでいびきを立てて寝ていたはずのべラスが急に起き上がり、周囲を警戒し始めた。
その様子に、何かがあると感じた俺たちはすぐに警戒態勢に入ったが、俺の感じられる範囲に敵意や異変はないように感じた。
それはディンドランさんたちも同じようで、べラスの行動に疑問を感じたその時、
「誰かが近づいてきている……敵意はないみたいだし怪しい動きもしていないみたいだけど、総員警戒態勢」
俺がそう言うと、すぐにディンドランさんが俺の前に立ち、女性騎士の二人が俺の後ろに回った。
男性騎士の二人は、互いに距離を保ちながら近づいてくる何者かに備えていたが……
「おっ! まだここにいたか!」
現れたのは、ここにいるはずのないガウェインだった。
「がうっ!」
そんなガウェインに対し、べラスは俺たちの間をすり抜けて飛び掛かった。
「うおっと、あぶなっ!」
しかしガウェインは、べラスの奇襲を難なく躱し、それどころか首の後ろをつかんで動きを封じていた。
「冷静に考えれば、ガウェインがここにいるわけがないな。そうなるとあいつは偽物で、何らかのよこしまな考えを持って俺たちに近づいてきたと思うのが自然だな」
「自然だな! ……じゃねぇって! ほら、カラード様からの命令書だ。念の為用意してもらって正解だったな」
ガウェイン(仮)が急いで命令書だという紙と手紙を取り出して近くにいた男性騎士に渡すと、ロッドはすぐに命令書の内容に目を通して命令書をディンドランさんに、手紙を俺に渡してきた。
「本当に本物の団長のようね」
渡された命令書を呼んだディンドランさんは、皆に警戒を解くように指示を出し、ガウェインに抑えられているべラスを呼んだものの……べラスはディンドランさんを無視して、ガウェインに嚙みつこうともがいていた。
「べラス、戻ってこい。一応本物みたいだから、噛みつくとサマンサさんに怒られるぞ。多分……」
俺が手紙を読みながらべラスに声をかけると、べラスは不承不承と言った感じで暴れるのを止め、それを見たガウェインが手を離した隙に俺のところまで戻ってきた。
「とにかく、その命令書に描いてある通り、サマンサ様がべラスが居なくなったことに気が付いて調べら他、どうもジークの馬車に潜りこんだ可能性が高いとわかったから、俺が来たというわけだ」
ガウェインを連れて部屋に戻り話を聞き、べラスとはここでお別れだな……などと思っていると、
「それでサマンサ様からの伝言だが、べラスが望んでジークが迷惑でないのなら、旅に連れて行ってやってくれとのことだ。それと手紙に書いてあると思うが、ついでだからバルムンク王国を出るまで、俺も同行してこいってさ」
と言うので、手紙を読み返して、
「べラスに関してはその通りみたいだが、ガウェインについてはそんなこと書かれてないな」
というと、
「団長、遊びではないんですよ。サボりたいからって、嘘をつくのはどうかと思いますが? 少なくとも、私たちを巻き込まないで関係のないところでやってください」
ディンドランさんたちが一斉に抗議の声を上げた。
「おい待て、ジーク! ちゃんと書いてあるだろうが! そのことに関しては、俺も確認してから来ているからな!」
「……ああ、本当だな。見落としていた。すまん」
もう一度命令書を見てみると、ちゃんとガウェインの言う通りのことが書かれていたので、一応謝っておいた。まあ、俺もディンドランさんたちも、分かっていて遊んでいただけだけどな。
「全く、ふざけていないで、俺にもこれからの予定を教えてくれ。それと、今回の俺は臨時の参加ということで、ディンドランの指示に従うからな」
とガウェインが言った瞬間、俺とディンドランさんは同時にあることを思いつき、目を合わせた。そして、
「それなら団長には、明日の朝早くに次の目的地の街に単独で先行してもらいます。目的は宿の確保ですね。宿の条件は……」
「ちょっと待て!」
とディンドランさんが話したところで、ガウェインは驚いた顔でディンドランさんの言葉を遮った。
「なんで俺がそんなことをしなけりゃならないんだ?」
などとガウェインは言うが、
「団長が私の指示に従うと言ったからです」
「ついでに言うと、ディンドランさんを含め他の四人も役割があるしな。それでその作戦を断念したところに、丁度いいのが来たというわけだ」
そう俺とディンドランさんが言うと、他の四人も頷いていた。
「そうは言ったけどな……」
「詳しく言うと、単独で次の街まで雨の中で馬を走らせて無事にたどり着けるのは、ディンドランさんでも少し厳しいからな。ガウェインなら大丈夫だろ?」
「そうです。これは団長にしか出来ないことです」
俺に続いてディンドランさんがガウェインを持ち上げる発言をすると、他の四人も次々にガウェインを褒め始めた。
「ま、まあ、そこまで言うのなら行ってもいいが……」
皆に持ち上げられてガウェインがその気になったところで、
「ガウェイン、これは宿への手付金と、単独任務中の必要経費だ」
と言って、俺は宿の代金が入った袋とは別に金貨を一枚ガウェインに握らせた。
「宿に関しては、これだけあれば足りないということはないだろうし、必要経費の方は余っても返す必要はない。俺たちが付くまで、町で自由に……そうだな、酒場か何かで周辺の情報収集でもしていてくれ」
「そういうことなら、情報収集をがんばらせてもらおう。ただ、その任務中に酒を飲むかもしれないが……」
ガウェインがにやつきながら聞いてくるので、
「俺たちが付いた時に前後不覚になっていたり、変な女としけこんだりしていなければ、余程のことがない限り任務の範囲内だ」
そう答えると、急いで金貨を懐に入れていた。
「そういえば、ガウェインも宿に泊まらないといけないな。この部屋でいいから、使えるように交渉してきたらどうだ?」
「ああ、そうしてくる」
そう言ってガウェインは、少し浮かれたような足取りで宿の受付へと向かっていった。
そして、ガウェインの気配が遠ざかったのを確認して、
「ガウェイン、結構ちょろかったな」
「まあ、ここに来る前にカラード様からいくらか資金を貰っているでしょうし、それに加えて金貨が手に入るんだから、結構割のいいバイトよ。むしろ、あの半分でもよかったくらいだわ」
と俺の言うと、その言葉にディンドランさんがそう返してきたので、「なら、代わりにディンドランさんがやる?」と聞くと、「面倒臭いから嫌よ」と返ってきたのだった。