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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第五章
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第十一話

「お~い、ジ~ク~……どこいったぁ~?」


 パーティー開始からおよそ一時間後、俺は会場の外の木の枝に腰かけてボッチ飯を楽しんでいた。まあ、会場から逃げたとも言うが、これには仕方のない理由があったのだ。


「思った以上に女子生徒の圧がすごかったな……」


 エリカたちからも言われていたから、俺を結婚相手としてみる女子生徒には最後のチャンスだから多少は強引な手段で寄ってくるだろうとは覚悟していたが……まさか女子生徒同士でつかみ合いの喧嘩に発展しかけるとは思わなかった。それも、俺の正面を確保する為だけに。


 その女子生徒たちがあまりにも醜く見えたせいで、思わず殺気を放ってから会場から出てきたが……その際に大盛りで皿に乗せた料理が無くなりかけているので、これが無くなったらこっそりと学園から抜け出すか……などと考えていたら、


「ジ~ク~……み~つけた~……あぶなっ!」


 ガウェインの接近に気が付かず、背後を取られてしまった。


「何だ、ガウェインか……てっきり、アコニタムの残党かと思ってしまった」

「んなわけあるか! そんなこと言ってるが、俺だと気が付いていただろ! 聞こえたぞ、舌打ちが!」


 突然現れたガウェインに、俺は思わず持っていたフォークを眉間目掛けて投げてしまったが、残念なことにガウェインはわずかな動きでそれを回避したのだった。


「まったく……いいから、会場に戻るぞ。お前が殺気を放ったせいで、ちょっとした騒ぎになったんだからな。具体的に言うと、殺気を当てられた生徒が粗相した上に、エンドラ様の命令で別室に隔離された」


 それは申し訳ないことをしたと思いながらも、まあ自業自得ではあるなとも思いつつ、俺は最後まで皿に残っていた肉を指でつまんで口に放り込んだ。


「それじゃあ、戻るか。ちょうど料理もなくなったことだし、戻ってみて気が乗らないなら帰ってもいいしな」


 そこら辺の判断はその場の雰囲気で決めようと思い、ガウェインと共に会場に戻ると、


「ジーク、戻ったか!」


 アーサーが真っ先に駆け寄ってきた。その様子に、俺に注目していた生徒や教師たち、それに立会人たちが驚いていたが、誰一人としてアーサーを止めることはせずに俺たちを静かに見ていた。


「持って行った料理が無くなったからな」

「もしかして、静かに料理が食べられなかったから、会場の外に行ったのか?」

「うまいものを食べようとしている時に邪魔をされたら、誰だって頭にくるだろ?」


 と驚いた()()をするアーサーにとぼけた感じで返すと、アーサーは周囲が驚く程の声で笑い出した。


「まあ、確かにそうだな! それに、ジークはこういった場で出される王国の料理は久々だろうし、邪魔はされたくないと言われると納得だ!」 


 そうして笑いながら俺の肩を叩き、俺を誘導する形で料理の置かれているテーブルへと移動した。


「正直、そう言ってくれて助かった。もしこれでジークが帰っていたら、王家の面目が潰れるところだった。そして、その原因になった生徒とその家にも、何らかの罰を与えなければならないところだった」


「それ、もしかしなくても俺も罰を受けるところだったんじゃないか?」


 俺とアーサーが向かったテーブルの付近は生徒たちが群がっていたが、王太子と問題を起こした俺が向かってくるのを見て一斉に離れて行ったので、小声でなら誰にも聞かれない状況になっていた。


「いや、それはないな。少なくとも、先程のジークは自身の安全の為にパーティーを中断して帰るという選択を取ることが出来る状況だった。そんなジークに対し、いくら陛下の名代で王太子でもある身とは言え、罰を与えることは難しい。むしろ、与えてしまうと、その状況を見ていた生徒たちの口からその話が様々なところに波及して、王家の求心力を下げる危険性もある」


「まあ、アーサーの言う通りなら、俺は被害者の立場とも言えそうだからな。そんなことになるくらいなら、その原因を作ったとして女子生徒側に責任を追及した方がいいということか……なかなかあくどいな」


 料理を皿に盛りながらそう答えると、アーサーは苦笑いを浮かべていた。そこに、


「アーサー殿下、あまり引っ付きすぎますと、変な誤解を生みかねませんよ?」


 離れたところから様子を窺っていたエレイン先輩が、微笑みを浮かべながら会話に混ざってきた。

 いきなりそんなことを言われたアーサーは、すぐに俺から離れたが……やはり注目はされていたようで、アーサーが動いた瞬間に視線を外したのがかなりの数いた。


「ジーク、大変だったわね。でも、女の子に囲まれて、少しは嬉しかったんじゃない?」


 エレイン先輩が、今度は俺をからかうように意地悪そうな笑顔を向けてきたが、


「先輩は、下心丸出しの輩に囲まれて嬉しいですか?」


 と聞くと、「それはないわね」と、真顔になって答えた。多分、俺以上にあれに似たような経験をしてきているだろうから、その時のことを思い出したのだろう。


「それに、あれはエレイン先輩にも責任はあるんですよ。まあ、大半の責任はガウェインですけど」


 そう突っ込むと、先輩は少し気まずそうな顔をして俺から視線を逸らした。

 先輩にも責任があるというのは、俺が先輩と踊ったからだ。本来の予定では、一緒に会場入りしたエリカと一曲だけ踊り、その後はランスローさんかガウェイン、もしくはアーサーの近くに避難する予定だったが、エリカとのダンスが終わると同時にエレイン先輩がダンスに誘ってきたので断るわけにはいかずにもう一曲踊ることになってしまった。

 ダンスが終われば女子生徒に囲まれる可能性が高いのは分かっていたので、そうなる前に誰かと合流する予定だったのだが、運の悪いことにダンス終了の少し前にランスローさんが学生時代の教師に声をかけられてしまい、フォローを頼まれたガウェインは了承した後で新しく運ばれてきた料理に意識が向いていた。

 アーサーとエリカは他の知り合いと踊っていたので離れたところにいて、エレイン先輩も俺と離れた瞬間に男子たちに囲まれたので、俺と知り合い全員のたインニングがずれた一瞬の隙に女子生徒の接近を許してしまったのだ。


 ちなみに、タイミング悪くランスローさんに声をかけてしまった教師はすごく気まずそうな顔をしていて、ランスローさんは目を離してしまったことをかなり後悔していた。

 そしてガウェインはというと、


「ねえ、ジーク……ガウェインさんが真面目な顔して直立しているけど、何か言ったの?」


 何曲目かのダンスを終えて合流したてのエリカが心配するくらいに真面目な顔をして、俺を見守っているのだった。


「いや、俺は何も言っていないぞ。さっきの騒動は、ガウェインがランスローさんのフォローを忘れていた結果ああなったということで、何やら色々と言われたみたいでな。俺はちょうどその時、アーサーに絡まれていた」


「ジーク、いくら殿下と仲が良くても、それは流石に失礼よ」


 そう言ってアーサーを指さすと、それを見たエリカに手を叩かれてしまった。

 そして、そんな俺を見てアーサーとエレイン先輩は笑っている。


「まあ、それは今後気を付けるということで……そんなことよりも、俺が居なかった間に新しい料理が運ばれているから、無くならないうちに食べておかないとな。出来るなら、こっそり持って帰りたいところだけど……流石にそれはなぁ……」


「反省してないわね」


「フランベルジュ嬢、ジークは私に対してはいつもこんな感じだから、気にするだけ無駄だぞ」


 アーサーが笑いながらエリカに説明すると、エリカは呆れたような顔で俺を見ていたが、エレイン先輩はアーサーの言葉がツボに入ったようで、無理に笑いをこらえようとしてせき込んでいた。


「そういえば、ジークは元のクラスメイトと交流したのか?」

「まあ、挨拶くらいはしたけど……元々そこまで親交があったわけではないし、ほぼ三年間会っていなかったから、挨拶以上の言葉は交わしてないな。何を話していいかも分からなかったし」


 正直、元クラスメイトの顔をよく覚えていなかったので、ダンスの前に挨拶はしたもののそれ以上何かを話そうとすると気まずい雰囲気になりそうな感じだったので、早々に交流は諦めたのだ。


「おまけに、あんな騒ぎを起こしてしまったから、視線が少し合っただけで勢いよく逸らされるしな」


「いや、まあ……うん、仕方がないな。そういう理由なら、思う存分食べてくれ。それと、一応これらの料理は持ち帰ることが出来るぞ。ただし、常識の範囲内でだけどな」

 

 アーサーが言うには、このパーティーが終わってすぐに領地に戻る生徒や、実家があまり裕福ではない生徒などもいる為、給仕に言えばお土産という形で料理を箱に詰めたものを用意してくれるそうだ。


「それなら頼んでおくか……男爵の肩書で、普通よりも多く包んでくれるかもしれないし」


 などと、少しふざけていると、


「してくれるでしょうけど、他の生徒に示しがつかないからやめておきなさい……って言うか、そんなに気に入った料理があったの?」

「それは気になるわね」


 エリカが忠告しつつ興味深そうに聞いてきて、流れでエレイン先輩も会話に混ざってきたが、


「いや、特に気に入ったというか、そろそろスタッツに行くつもりだからな。道中の食事用に、色々用意しておきたい」


 そう言うと三人は、声には出さなかったもののかなり驚いていた。


「いや、確かに卒業式後にスタッツに行くという話は聞いていたが、急すぎないか?」


「殿下の言う通りよ! それに、今からだと、行きの途中に雪で身動きが取れなくなる可能性があるわよ!」


 アーサーとエレイン先輩は時期をずらすように言ってきたがエリカは、


「そもそも、男爵が勝手に他の国に行っても大丈夫なの? 特にジークの場合は色々と……事情もあるし、陛下が許可を出さないんじゃない?」


 二人とは違い、最初に驚いた後は冷静になって問題になりそうなところを指摘していた。


「あ~……確かに、来た時と状況が違うから、手続きが色々とありそうだな。でも、ウーゼルさんには事前にスタッツに行くことは伝えているから、ダメとは言われないと思うんだけどな……」


 もし俺が他の国に出かけることが問題になるなら、そのことを聞かされた時点でウーゼルさんは反対しているだろうし、何も言われなかったということは許可が出されないという事態にはならないように思う。


「確かに、父上が何も言っていないということは反対するつもりはないのかもしれないが……」


 と、アーサーが考え込んでいると、


「殿下、陛下はジークの出国を認めるつもりのようですよ」


 エンドラさんが会話に混ざってきた。


「それは本当か、()()()()殿()?」


「ええ、この間ジークの尋問をするように言われた時に、陛下から相談されましたから」


 エンドラさんはアーサーの知らないところでウーゼルさんから直接聞いたと答えると、アーサーとエレイン先輩は複雑そうな顔をしていた。


「それなら父上も、エンドラ殿の前に私に相談してくれてもいいだろうに……」


「まあ、陛下も不安があったのでしょう。それを王太子とは言え、ジークとそう歳も変わらない息子に相談するのを躊躇われたのではないですか? その後も言わなかったのは……その方が面白そうだと思ったのかもしれませんが」


「それは……十分あり得る話ですね……」


 アーサーはエンドラさんの言う可能性を聞いて、少し怒りをにじませながらそう答えていた。


「カレトヴルッフさんの方は……まあ、そんなに気にしない方がいいわよ。もう過ぎたことだし、ジークはもう忘れているみたいだし、それにもし不快感が残っていたとしても、それはあなたに向くものでは無いわ」


「そうですね……わかってはいるのですが……」


 とエレイン先輩はエンドラさんに言葉を返していたが、俺の名前が出たというのに出た理由が俺には分からなかった。そんな俺の様子を見たエンドラさんは、


「ほら、私の言ったとおりでしょ?」


 と言って笑っていた。


「ジーク、エレインが気にしているのは、エンドラ殿が父上から相談を受けるきっかけになったのが、エレインの父親であるカレトヴルッフ公爵が変な疑いをジークにかけたからだ。まあ、こじつけに近いものだったが、その可能性を否定できない意見もあったから、公爵は下から言われて仕方がなしにといったものではあるけどな」


 笑うエンドラさんを見ていた俺に、アーサーがそう説明してくれて初めてエレイン先輩が気にしていたことが分かった……ただ、その理由が分かると同時に、エンドラさんの言っていたことが正しいものだとも分かり、今度は俺の方が少し複雑な気持ちになってしまった。


「それはそうと、フランベルジュさんはあまり驚いていなかったわね?」


「え? ええ、はい、まあ何と言うか……終わってすぐに行こうとしているとは思わなかったので驚きはしましたが、行くこと自体は聞いていたのでそのことに関しては驚きはなかったです。ただ、北の方へ行くには時期が悪いですし、男爵でもありジークの……家出のことを知っている陛下が許可を出したのかが気になっただけなので」


 などとエリカは言っていたが、エリカが許可うんぬんで思ったのは爵位のことや過去の家出のことではなく、今代の黒である俺が外国に行くことをウーゼルさんがどう思うかといった感じなのだろう。


「それに関しては私、陛下はもう気にしていないと思うわよ。ジークがこの国を出て行ったのは、あくまでもヴァレンシュタイン家に迷惑が掛かると思ったからであって、その心配が杞憂であり昔のように自分の帰る場所があるのなら、ジークは今後どこに行ってもちゃんと戻ってくるはずだというと、陛下は納得していたわ。ただ、この国の都合で抑え込もうとするなら、ジークは逆に反発して出ていくと思うから気を付けないといけないとも言ったけどね」


 エリカの疑問にエンドラさんがそう答えると、


「だろうな」

「確かに」

「そうですね」


 三人はそろって頷いていた。

 それに対し俺は、心当たりがあったので何も言うことは出来なかった。

 そんな俺の反応を見て、エンドラさんは面白がっていた……が、


「それで、ヴァレンシュタイン男爵は、誰をお供に連れていく予定なの?」


「俺一人ですけど?」


 俺の言葉を聞いて、急に真顔になって動きを止めた。よく見ると、こめかみの辺りがひくひくと小さく動いている。


「ジーク……あなた、何を考えているの? 確かにジークの実力なら、一人でも無事に行くことが出来るでしょう。しかし、絶対ではありません。怪我で済むのならまだしも、命を落とすことも考えられます。あなたは冒険者であると同時に貴族でもあるの。しかも、当主という立場でありながら、子爵家の嫡男という立場でもある。もしこれで一人で他国に行き何かあった場合、ジークの男爵家のみならず、ヴァレンシュタイン子爵家の評判にもかかわってきます」


 そんな大げさな……とは思ったが、エンドラさんだけでなく、アーサーやエレイン先輩、それにエリカも真剣な表情で俺を見ていたので黙っていると、


「もしこれでジークが命を落とした場合、ヴァレンシュタイン子爵家はジークの持つ男爵家の権利を手に入れる為に、養子とは言え嫡男を殺害したのではないかと噂されるでしょう。それに、陛下としても自国の、しかも自分が目をかけていた貴族が他国で亡くなったとなれば、その死因や原因を探らなければならないでしょう。そんなことになれば、その国との関係が悪化することも考えられます。だからこそ、貴族は遠出をする場合、常に数人の護衛を付けるのです。例えその護衛が自分よりも弱かったとしても、致命傷を遠ざける盾になりますし、最悪の場合は護衛対象の最後を伝えることも出来ます」


「ジーク、エンドラ殿の言う通りだ。男爵とはいえ貴族となった以上、もしもの場合も考えて行動しなければならない。護衛を連れて行くのが嫌なら、スタッツに行くこと自体を取りやめるべきだ」


 エンドラさんに言われ、アーサーにも珍しく強い口調で言われてしまった。

 急に場の雰囲気が変わってしまったせいで、離れていた生徒たちからさらに注目を集めることになってしまったが、エンドラさんやアーサーたちは気にしていないようだ。そこに、


「エンドラ様、何かありましたか?」


 ランスローさんがやってきた。

 ガウェインは俺たちから少し離れたところで立ち止まり、周囲を警戒しつつにらみを利かせているようだ。


「ランスロー、あなたからも言ってやってちょうだい。ジークったら、スタッツに一人で行くつもりだったのよ」


「は? ……そんなこと、カラード様とサマンサ様、それに私たちヴァレンシュタイン騎士団も許しません」


 エンドラさんに愚痴られたランスローさんは、一瞬驚いた顔をして動きを止め、すぐに許されるわけがないだろと言いたそうな鋭い視線を俺に向けてきた。


「それに、護衛を連れて行かなければ、恐らく陛下は男爵の出国を許すはずがありません」

「それは私も言ったのよ。その辺りのことを、ジークはよくわかっていないみたいでね……あなたからも、子爵とサマンサに報告してちょうだい」


「了解しました。戻り次第、即報告いたします」


 ランスローさんが敬礼してエンドラさんの命令を聞いているのを見て、今日は就寝時間が取れないかもしれないと覚悟するのであった。




 そろそろパーティーの終了の時間というところで、


「あ、あの……ヴァレンシュタイン男爵様」


「失礼ですが、男爵のお知合いですか?」


 俺は一人の女子生徒に声をかけられた。

 まあ、声がかけられた瞬間に女子生徒の前にランスローさんが立ちふさがり、背後をガウェインが塞いだので女子生徒は怯えてしまい、ランスローさんの質問に答えることが出来なくなっていた。


「ランスローさん、その子、知り合い……と言えるか微妙だけど、一応見覚えがある」


「そうですか、失礼しました」


 俺がそう言うと、ランスローさんは俺と女子生徒に謝罪すると俺の背後に移動し、ガウェインは少し離れた位置で周囲の警戒に移った。


「それで、え~っと……申し訳ないが、名前を思い出せないんだが……」


 顔は何となく覚えていたのだが名前までは分からなかったので、教えてもらおうとしたところ、


「あら? マリじゃない。どうしたの?」


 エリカが現れて女子生徒の名前を呼んだ。


「そういえば、そんな名前だったな。確か、前……中等部の時に一度組んで、その後でエリカに紹介したんだっけか?」


 名前を聞いて思い出したが、昔パーティーを組んで授業を受けた時に、俺と同じソロで活動しているというのでエリカに紹介したことがある生徒だった。しかし、クラスも違ったしエリカといる時に何度か挨拶をした程度だったので、俺に何の用があるのかと思っていると、


「あの、男爵様にお礼を言いたくて……」


 さらによくわからないことを言われてしまった。


「マリ、どういうこと?」


 それはエリカも同じだったようで、不思議そうにマリと呼んだ生徒に質問していた。


「えっと、エリカ様は知っていると思いますが、学園でいい成績を取れたおかげで、私は王都の騎士団への就職が決まったんです」


「ええ、それはずっとパーティーを組んでいたから知っているけど、それがどうしてジークに繋がるの?」


 ますますわからないといった感じの俺とエリカに、マリは続けて、


「エリカ様とパーティーを組めたおかげで、私の騎士団への就職が決まりましたが、それはヴァレンシュタイン男爵様がエリカ様に直接紹介してくれたおかげです。そのことを男爵様がご在学中にお礼をしたかったのですが……」


「する前に、俺は学園を去ったというわけか……それで今礼を言おうと?」


「はい。私の実家はあまり裕福ではなく、両親は無理をして学園に入れてくれたので、卒業後はどこかの貴族様の騎士団に末端でもいいので入れたらと思っていたのですが、思っていた以上の成績を取れたおかげで王都の騎士団に入れることになり、家族とそれほど離れることなく想定以上のお給料を得ることが出来るのです」


 そのきっかけを作った俺に、マリは一度直接礼を言いたかったのだそうだが、俺は高等部の最後の方に戻ってきた上に、ほとんど学園に来なかったので今日が最後のチャンスだと思っていたそうだ。

 ただ、ダンスの後でエリカに頼もうと思っていたら、他の女子生徒がやらかしたせいで俺が居なくなるし、戻ってきた後はアーサーが常にそばにいる状態だったので近寄ることが出来ず、今になってようやく声をかけることが出来たというわけだった。


「大したことをしたわけじゃ……いや、礼を受け取ろう。これからも頑張ってくれ」


「はい! 失礼しました!」


 そう言ってマリは大きく頭を下げると、他の知り合いのところへと走っていった。


「少し危なかったけれど、今のは貴族っぽくてよかったわよ」


 マリが去ると、どこかで様子を見ていたらしいエンドラさんが寄ってきて、からかうように声をかけてきた。


「まあ、貴族としての自覚を持て、気をつけろと言われたばかりですからね」


 そう言うとエンドラさんは笑っていたが……


「だからと言って、サマンサたちのお説教が無くなるとは思わないことね。さあ、そろそろお開きよ。今日は私もこのまま帰れるから、ジークの馬車に乗せてもらうわね」


 お説教を避けることは出来ないようだ。しかも、エンドラさんも参加するつもりらしい。

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マリさん、あんな騒ぎになった後でもジークさんへの直接感謝を伝えようと頑張ったのですな、怖かったでしょうに。律儀な人ですね。これからも頑張って欲しいなと。 ジークさんの移動には護衛をつけなければならな…
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