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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第一章
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第九話

「……ウーゼル……への感謝……学園……」


 道に迷っていたところに通りかかった清掃員のおじちゃんに道を教えてもらい、何とかAクラスまで戻ることが出来た俺は、扉を開こうとしたところで知り合い(ウーゼルさん)の名前が聞こえたので少し驚いたが、ウーゼルさんはカラードさんよりも偉い貴族とのことなので、もしかすると何らかの形でこの学園に関わっているのかもしれない。


 その説明の中で名前が出たのだろうと思いながら扉を開けると、俺に気付いて話を中断した担任から遅かった理由を聞かれた。なので、エンドラさんから入学式での事で注意され、その後で学園の説明と個人的な話で引き留められたので遅れたと話すと、担任は「そんなことは放課後でもいいだろうに……」と言いながら、俺に「大変だったな」と同情しながら席に着くようにと言った。


「ヴァレンシュタインが戻ってきたのでもう一度言うが、この学園は国王であらせられるウーゼル様も気をかけておらる。つまり、何かあれば君たちの行いは陛下の耳にも入る可能性があるということだ。そのことと、ウーゼル陛下への感謝を忘れずに、学園生活を過ごすように」


「は? ウーゼルさんが国王陛下?」


「ヴァレンシュタイン、()()ではなく()、もしくは()()だ。陛下とはヴァレンシュタイン家の関係で顔見知りらしいが、今後は発言に気を付けるように」


 思っても見なかった事実に、無意識のうちに声が出ていたようで、クラスメイトの全員が驚愕の表情を浮かべていた。そんな雰囲気の中、すかさず担任が俺を注意したが、その注意に対して曖昧な返事しか返すことが出来なかった。多分、国王陛下をさん付けしたことに驚いたクラスメイトと担任よりも、ウーゼルさんがこの国の王だと知った俺の方が驚き具合では上だろう。何せ、ウーゼルさんが国王ということは、あのアーサーはこの国の王太子ということになるのだし。


(だからエレイン先輩は、アーサーのことを様付で呼んでいたのか……)


 気になっていたことが一つ解決したが、ウーゼルさんの後だとあまり大したことではないように感じた。

 入学式は担任のその話で最後だったので、今日の残りのスケジュールは入寮式のみとなり皆でAクラスの寮へと移動(今回のAクラスは全員寮で生活するらしい)となったが、その前に俺だけ担任に教室に残るように言われ、先程の話の続きをされた。要約すると、本来だと俺とウーゼルさんやアーサーとの関係は担任が口出しすることではないが、俺たちの関係を知らない者の方が多い上に、普通は親しくしていたとしても許されることではない行為であるので、人の目があるところでは最低でも『様』を付けて敬語で話すようにとのことだった。


 そんな担任の説教から解放された俺は……入寮式に参加することが出来なかった。しかも、その入寮式でAクラスの生徒たちはその場でパーティーを組んだらしく、俺一人がのけ者となる事態が発生してしまったらしい。ちなみに、寮に着いた時には皆自分の部屋に移動した後だったので、俺は何の説明もされないままで寮のおばちゃんから自室の鍵を受け取ったのだった。


「あら? ジークは今来たの? 入寮式はもう終わったわよ」


 一人寂しく部屋に移動しようとしていた俺に声をかけたのは、入寮式に参加していたというエレイン先輩だった。

 先程まで担任に捕まっていたことを先輩に話し、そのせいで説明を受けることが出来なかったというと、先輩はわざわざ俺一人の為に寮の決まりごとや学園生活での注意点を教えてくれると言ってくれた。

 流石に俺の部屋で教えることはまずいということで、寮にある食堂の片隅に移動したのだが……移動している途中でエリカが俺とエレイン先輩を見つけ、強引についてきたのだ。

 しかも、エレイン先輩が説明を終えて、俺に個人的なことを聞いてきた時も席を離れる様子を見せずに、そのまま居座り続けたのだった。ちなみに、パーティーを組む相手が居なかったと先輩に相談すると、エリカは少し吹き出し、それを先輩に見つかって注意されていた。


「そう……やっぱり、盗賊に襲われた陛下を助けたのはジークだったのね」

「助けに入らなくても、カラードさんたちならどうにか出来たみたいでしたけどね。たまたま近くを通ったら俺まで襲われて、その時虫の居所が悪かったので襲ってきた方に不意打ちを食らわせたら、美味い具合に敵の親玉に直撃したみたいですね。誰が親玉なのか分かりませんでしたけど」


 最初の一撃の後は狙いを付けて殺した上に、途中から興奮と快楽に酔いしれていたみたいだが、とりあえず危険人物に認定されそうなことまでは話さなくてもいいか。


「なんだかあっさりと言っているけれど、あの時陛下たちに襲い掛かっていた敵は単なる盗賊ではなくて、帝国からの暗殺者集団よ。もっとも、陛下たちを襲うずいぶん前に帝国で犯罪を犯して逃げ出したということになっていたみたいだけど、その親玉は名の知れた腕利きよ。戦場でいくつもの功績を挙げている危険人物……帝国では有望株になるから、犯罪を犯して逃げたというのは嘘ね」


 カラードさんの実力からすれば、敵の親玉と一対一で戦ったとしてもまず負けることは無いくらいの差があるとのことだが、不意打ちだった上にウーゼルさんの護衛もしなければならなかったので、苦戦を強いられていたとのことだった。


「そう言えばカラードさんもあの時、せめてディンドランさんかランスロ―さんを連れて行けばよかったって言っていましたね。結果的には負傷者なしでウーゼル……陛下を守ることが出来たけど、かなり危ない状況だったっと。実際にあの後で、事情を知ったサマンサさんに怒られていましたし」


 カラードさんはガウェインに近い実力を持っているとのことなので、そう簡単に負けることは無いだろうが、それが慢心に繋がったと悔やんでいた。


「まあ、そういうわけで、普通ならジークは貴族に取り立てられてもおかしくないような手柄を立てているのよ。ただそれを公表すると、今度はジークも標的にされる恐れがあるから秘密にされているのでしょうし、他にも理由がありそうだけど……私にもそれは分からないわね」


 恐らく、標的にされる以外にも俺が今代の黒であることも関係しているのだろう。


「待ってください! それじゃあ、こいつは私たちよりも強いということですか!?」

「そういうことになるわね。どのくらい強いのかは分からないけれど……ねえ、ジーク。あなたは私とエリカを同時に相手して、無力化するのにどれくらいかかるのかしら?」


 その質問に俺は少し考えてから、


「今の状況から二人を無力化するだけなら、一分もあれば十分かと。もし無力化というのが生死問わずなら、かかる時間はその半分だと思います」


 と、素直に言った……いや、言ってしまった。質問したエレイン先輩は、俺の答えに気を悪くしたとしてもそれだけで済むだろうが、その隣のエリカは違うはずだ。好戦的で俺を嫌っている様子の彼女がそんなことを聞けば、


「ふざけないで!」


 と、飛び掛かって来ることは、簡単に想像できたはずだ。

 そう反省しながら俺は、俺を掴もうと迫って来ていたエリカの手を片手で払いのけ、反対の手で首根っこを掴んでテーブルに押さえつけた。


「ジーク、そこまで! エリカ、大丈夫!?」


 エリカを押さえつけたところで、エレイン先輩が慌てて止めに入った。


「すいません、反射的に体が動きました。フランベルジュも悪かったな。手を離すけど、飛び掛かってこないでくれよ」


 エリカを押さえつけた際に、思ったよりも大きい音が出てしまったので、騒ぎに気付いた数名がこちらに走ってきている気配を感じたので、すぐにエリカを離して椅子に座りなおした。

 座り直すと同時に数名の生徒とおばちゃんたちが食堂に駆け込んできたが、エリカとエリカの肩を抱いているエレイン先輩を見て、何かを察して戻って行った。

 その時に俺をチラリと見ていたので、俺がエリカを怒らせて、エレイン先輩が怒るセリカをなだめているとでも思われたのだろう。そうだとすると、エリカの気性の荒さは結構有名なのかもしれない。


「無力化に関しては、確かに理解したわ。でも、そう簡単に殺されるほど、私はやわじゃないわよ!」


 エリカは半泣きの状態で抗議してきて、エレイン先輩に背中を撫でられていた。自分の実力に自信を持っていたのに、それが俺に通用しなくてプライドが傷つき、情緒が不安定になってしまったのだろう。


「エリカ、落ち着きなさい! あなたの強さは、私もよく知っているから!」


 本格的に泣き出したエリカを、エレイン先輩は何とか宥めようとしていた。

 そんなエレイン先輩のおかげで、エリカは徐々に落ち着きを取り戻していたが、まだ感情が不安定みたいだったので、エレイン先輩が付き添ってエリカを部屋に連れて行くことになった。ただし、俺にエレイン先輩が戻って来るまでここで待機するようにとの()()()()()()から。


 エレイン先輩が戻って来るまでの間、何度か生徒とおばちゃんが様子を見に来て、俺が残っているのを見てすぐに踵を返していた。これは間違いなく、入学一日目にして俺は要注意人物に認定されてしまっただろう。


 そんな状況に落ち込んでいると、ようやくエレイン先輩が戻ってきた。


「あら? 何で今度はジークが落ち込んでいるのかしら?」


 誰と誰のせいだよと言いかけたが、そこには俺の自業自得も確実に含まれているので、姿勢を正してエレイン先輩と向き合い、


「いえ、意図せずに一日目にして周囲に悪い印象を与えてしまったかなと思いまして」

 

 少しだけ不満をぶつけるに留めた。

 

「それは……申し訳なかったわ。私がことの発端よね」


 と、エレイン先輩はすぐに俺の嫌味に気が付いたらしく、バツの悪そうな顔で答えていた。


「この際だから行っておきますけど、俺は別に先輩とフランベルジュさんを馬鹿にしたわけでも侮っていたわけでもなく、なるべく客観的に見て判断しただけです。その証拠ではないですけど、本来ならあそこで首根っこを押さえる前か押さえた後で、フランベルジュさんにこれを突き立てています」


 そう言って俺は、マジックボックスから取り出したナイフをエレイン先輩に見せた。


「まさか、マジックボックスが使えるの?」


「はい、性能まで教えることは出来ませんが、この魔法のおかげで俺は、一見無手に見える状況であってもすぐに武器を構えることが出来ます。それは、今回のような場ではとても有効的な()()()です。なので俺はあの時、『今の状況から』と言ったんです」


 本当は素手でも致命傷を与えることは出来ると思うが、分かりやすく武器を見せた方が納得しやすいだろう。もっとも、例え二人が油断しておらず、武器を構えて臨戦態勢に入っている状況だったとしても、『ダインスレイブ』を使えば結果はあまり変わらなかったとは思う。だが、そこまで言うのは流石に酷だし、そもそも『神具』に関しては極力秘密にするように言われているので、例え納得しなかったとしてもそう押し通すつもりだ。


「確かにジークの言う通りだわ。元々盗賊団を壊滅させる力があるのに、それをヴァレンシュタイン騎士団で鍛え上げ、さらにはそんな隠し玉を持っているあなたに対して、私は知らなかったとはいえ興味本位からとても失礼な質問をしてしまったわ。ごめんなさい」


 俺としては、出来るかと聞かれたことに対して出来ると答えただけなので、そこまで失礼なことだとは思っていないが、エレイン先輩はそう思っていないようだ。


「そこまで気にしていませんでしたし、謝罪も受け入れますから頭を挙げてください。ただ……」


「ただ?」


「フランベルジュさんへのフォローはお願いします。多分あの様子だと、俺が何を言っても嫌味を言っているか馬鹿にしているとしか思われないはずですから」


「分かっているわ。むしろ、それは当然私がしなければいけないことよ。私が余計なことを言わなければ、あなたもあの子も傷つくことは無かったのだから」


 先輩は、余程俺のプライドを傷つけてしまったと思っているみたいで、神妙な面持ちで約束してくれた。


「それで、話は大分戻るのだけれども、ジークはパーティーを組む相手が居なくて困っていると言っていたわよね。これは私個人の意見だけれども、あなたはパーティーを組まない方がいいと思うわ」


 ようやく一番相談したかったところに戻ったと思ったら、エレイン先輩に諦めろとも取れるようなことを言われてしまった。


「別に嫌味とか意趣返しとかではなくて、あなたが()()()()()()()()()()を組むのはメリットがないし、全体的に見るとデメリットが発生する可能性があるのよ……」


 先輩が言うには、現時点では例え学年トップクラスの集まりであるAクラスの生徒とは言え、そのトップで入学したエリカとですらあれほどの差がある以上、俺が組むパーティーは良くも悪くも俺中心となってしまうだろうし、そうすると組んでいる生徒の成長を妨げる恐れがあり、それが学園側に自己中心的な行動をしたと取られる可能性があるということだった。

 だがしかし、成長を妨げる恐れがあるからパーティーを組まないとなれば、それはそれで協調性のない自己中心的な行動ととられ、成績に大きく響くかもしれないとのことだった。


「だからジークは、固定のパーティーメンバーを探すのではなく、その時その時で色々な人と組むといった方法をとるのがいいと思う」


 コミュニケーション能力が非常に大事になってくるので、俺にはかなり大変だとは思うが、エレイン先輩の言う通り、それしか方法はないだろう。


「コミュニケーション能力もだけど、通常ソロで活動している人が他のパーティーと組むには信頼も必要になるから、最初は色々と大変だと思うけど、授業を真面目に受けているところとジークの実力を見れば、組みたいと言ってくれる人はいると思うわ。一応、私の知り合いにもお試しという形で組んでみてくれないか頼んでみるから、頑張ってみて。それに、ソロでの活動が上手くいけば、他にやる人が少ない分、成績に反映されやすいはずよ」


 成績を付ける際に、他者と比較した場合の結果が評価に大きく影響されるので、比較対象が少ない方がいい結果を得やすくなるということだ。ただ不安材料としては、これまでの前例が少ないせいで、基準があやふやなところがありそうだとのことだが……成績に関して言えば、エンドラさんがいるので最低でも公平に見て貰えるだろう。まあ、贔屓だと言われるだろうが、この学園では贔屓というのは珍しくないので、最悪の場合は俺が贔屓されない代わりに、これまで贔屓されてきた生徒も痛い目を見ることになるだろう。


「権力者に知り合いがいると、こういう時にありがたいですね」

「私が言えた義理ではないけれど、あまりそういうことを公の場で言わないようにね。ただでさえあなたは学園長だけでなく、国王陛下も権力者の知り合いになるのだから」


 それに関しては、今日担任に注意されたばかりなので、色々と気を付けないといけないとは思っている。


「そうなると、アーサーの場合はどうなるんでしょうか?」

「私は直接アーサー様から話を聞いているから大丈夫だけど、事情を知らない第三者のいるところでは様付か殿下を付けないとまずいかもしれないわね。ただでさえアーサー様はこの学園で人気があるし、アーサー様のそばには、将来の側近候補が何人かついているから、その人たちから睨まれることになるわよ」


 かなり面倒臭そうだが、これ以上要注意人物扱いされない為にも、頑張らなければいけない。ただ、様や殿下を付けて呼んだら、アーサーの方も嫌がりそうだな……


「いや、待てよ……頑張れば、アーサーの嫌がる顔を見ることが出来るかもしれないのか……どうせ様か殿下を付けないといけないのなら、それくらいの楽しみを持っていた方がいいのかもしれない」


 俺の呟きを聞いたエレイン先輩は、俺のことを変人でも目の前にしたような顔で見ていたが、注意をしないということは敬称を付けるだけマシだと思っているからなのかもしれない。


「とりあえず、ソロのことは一度学園長に相談してみようと思います」


「それがいいわね。今代の緑であるエンドラ学園長は、学園で一番どころかこの国でも上位に来る影響力の持ち主だから、相談するなら最上の相手ね。まあ、相談できる人は、この学園だと一部の学園関係者かジークくらいだけど……正直、羨ましいわ」


 傍から見ると羨ましいのかもしれないが、俺からすると少し厄介なおばさんと言った感じだ。もっとも、そんなことを思っているのがエンドラさんにバレたら、どんな目にあわされるか分からないので絶対に秘密にしなければならない。


「それにしても、ジークは交友関係が狭いというのに、その狭い中に国王陛下にアーサー様、今代の緑であるエンドラ学園長、ヴァレンシュタイン家のカラード様に、その奥方で今代の黒()()のサマンサ様とディンドラン様……この国でも上から数えた方が速い有名人ばかりね」


 そう言われても、こればかりは俺の意志でそうなったわけではないし、しかも今先輩が名前を出した半数くらいは割と面倒な人だったりするので、何人かは先輩に担当を変わってもらいたいくらいだ。

 そう言うと、先輩は俺が冗談を言っていると思って笑っていたが……割と俺は本気だったりする。まあ、信じてはもらえなかったが。ちなみに担当を変わってもらえるのなら、エンドラさんだけでもお願いしたい。


「学園長のところに行く前に、担任の先生に相談した方がいいですね。いくら学園長が俺の師匠の師匠でも、授業に関係することを担任の先生を通り越して行くのはよくないでしょうし」


 そう言うと先輩もそうした方がいいと言ったのだが、その後で不思議そうな顔で、


「ジーク、何でさっきから()()()()()と呼んでいるの? 普通に名前を言えばいいのに……もしかして、何かあった?」


 と聞いてきた。


「まあ、何かあったというか、逆に何も無かったというか……はっきり言うと、担任の名前を知りません。名前を知る前に学園長に呼ばれたので、多分先生も俺に名前を言っていないことに気が付いていないと思います。俺も聞いていないのに気が付いたのがついさっきなので」


「それは何と言うか……先生もジークも、かなり抜けていたというところかしらね? 一年のAクラスを担当するのは、ミック・ブラントン先生よ。伯爵家の三男で、本人も男爵位を持っているわ。この学園で、数少ない爵位持ちの先生ね。選民思想が()()()()()()、基本的に物事を公平に見ることの出来る教師だから、担任としてはかなり当たりの部類に入るわね」


 貴族と平民で区別はしても差別をしたという話は聞いたことが無いそうだが、貴族はこうあるべきで平民はこうあるべきという考えは持っているそうだ。だが同時に、それは自分個人の考えであると理解しているらしく、生徒に押し付けるようなことをしたというのも聞いたことがないらしい。


「生徒の相談には乗ってくれるしアドバイスもしてくれるそうだから、まずはブラントン先生に話をしてからの方がいいのは間違いないわね」


 早速今から相談に行こうかと思ったのだが、流石に先生も今日は忙しいそうなので、相談するのは明日の午後(授業は午前中のみ)の方がいいとのことだった。


「それじゃあ、夕食に遅れないようにね。時間を間違えると朝までひもじい思いをすることになるかもしれないから、気を付けるのよ」


 最後に先輩から、夕食の時間と風呂の時間と寮生活の中でも特に重要な注意事項を念押しされた。

 Aクラスの特権として、希望者には基本的に個室が与えられる(当然俺も希望した)のだが、入学してすぐだと仲のいい友人がいないことが多いので、時間に遅れても誰かが呼びに来てくれるなどと言うことは期待しない方がいいそうだ。

 

「とりあえず、荷物を軽く整理したら少し寝るか」


 一応、夕食の時間になると寮のおばちゃんたちが各階に置いてある鐘を鳴らすそうなので、余程熟睡しない限りは目が覚めるだろう。最悪寝過ごしても、マジックボックスに数日分の食料が入っているので朝までひもじい思いをすることは無い。


「風呂に関しても、入れなかったら魔法で水を出してタオルで拭けばいいか……少し汗の臭いが残るかもしれないけど」


 そう思いながら自分の部屋を移動し、荷物の整理をせずにベッドに横になると、


「やべぇ、まじで寝過ごした……」


 目が覚めた時には、明らかに食事と風呂の時間が過ぎていた。食堂まで確かめに行かなくても分かる。外のあの暗さは、間違いなく夜中だ。


「色々あったからな……」


 主に昨日(もしくは一昨日)の夜の宴会や、それ以前のガウェインのしごきやディンドランさんのしごき等々……ランスロ―さんがあの二人を止めてくれなかったら、多分学園生活の準備が終わらなかっただろう。

 そんなことを考えながら、マジックボックスに入れておいた干し肉とチーズとパンを取り出して、それぞれを火の魔法で炙って即席のホットサンドを作り夕食……と言うか夜食にして食べた。

 後は風呂だけだが、風呂桶代わりに出来るタライは用意しているが、流石に今から湯の準備しさらに使った後の始末も面倒だったので、手桶に出した水を温めて布で体を拭くくらいにしておいた。臭いが少し気になるが一応香水もあるし(サマンサさんに持たされた)、今日はそれほど汗をかいていないのでまだ大丈夫だろう。


「洗濯物は自分で洗うか寮のおばちゃんに頼むかだったか……普段着は自分で洗えばいいか」


 制服もまだ一日しか着ていないので着回しが出来るし、普段着は貴族が使うような繊細な高級品ではないので、自分で洗っても問題ないだろう。それに、おばちゃんに頼むと料金が発生するので、今後洗濯を頼むとすれば制服くらいになるだろう。


「そうなると、制服は三着くらいあった方が便利か? でも、まだ成長期だしな……面倒だけど、しばらくは二着で回す方がいいな」


 今は百六十cmと少しくらいだが、この世界に来る前はもう少し背が高かった気がするし、筋肉も増える可能性が高いので、今は様子見でいいだろう。制服は中古もあるとはいえ、実際に買うとなると中古でも地味に高いしな。


 体を拭いて寝間着に着替えて汚れた湯を処分したところで、制服がしわだらけになっていることに気が付いた。まあ、制服のままで寝ていたので仕方がないのだが、流石にこのまま着ていくと恥ずかしいので、間違えないように二枚目の制服の方と交換した。


「こっちの制服は、忘れないようにアイロンがけしないとな」


 アイロン代わりの鉄の棒(火の魔法が使える者はこれを熱して使うらしい)も事前に準備しているので、アイロンがけを忘れないように机の上に制服と一緒に置いておくことにした。

 ガウェインに鉄の棒や風呂桶代わりのタライを用意した方がいいと言われた時は、完全に俺をからかっているだけだと思っていたが、ギリギリになって準備しておいてよかったとつくづく思う。あの時、ランスロ―さんに持って行く物を確認してもらったのは正解だったな。


 まあそんなわけで、今では使い道があるのだろうと思っているが、集め始めた当初は必要ないだろうと思っていたものも含めて、馬車一台半分くらいがマジックボックスに入っているのだ。そのうちの半分くらいが食料や薬と言った消耗品だが、もし仮に今すぐ学園外で実習を兼ねた数日間の野営があったとしても、かなり快適に過ごすことが出来るだろう。それくらいの食料や道具が、俺のマジックボックスには準備されている。


「この時期の星の位置からすると、今は夜中の一時くらいか……朝食が七時からとか言っていたから、今から寝れば十分起きられそうだな」


 そう思ってベッドに潜り込んだ俺は……朝も寝坊して朝食の時間に間に合わず、備蓄していたパンをくわえて教室に走ることになるのだった。

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