第十話
「……何で護衛付きなの?」
卒業パーティーの朝、学園でエリカと待ち合わせていた俺は、開口一番に突っ込まれていた。
その理由は、俺の護衛としてついてきたガウェインとランスローさんが原因だ。この二人のせいで、俺は確実に浮いているという自覚はある。
しかしながら、二人も護衛が付いているのは俺にはどうしようもない理由があった。それは、
「いや……ある意味王命が下ったからとしか言えない……」
この国の王からの命令だからだ。
「それだと余計に分からないんだけど?」
困惑するエリカだが、実は俺もよくわかっていない。
何故なら、今日の朝一番で届けられた手紙にそう書かれていたからだ。
ちなみに、同じような手紙がカラードさんにも届けられていて、最初はよくわかっていなかったカラードさんとサマンサさんも、その手紙を読んですぐにこの二人に俺の護衛として学園に行くよう指示を出していた。
「それについては私から……簡単に言うと、ジークが男爵だからです。爵位持ちの貴族が公的なパーティーに出席する際は、護衛か従者を連れて行くことが推奨されていますので、私たち二人が選ばれました」
「もっと簡単に言うと、ジークだけだと変なトラブルに巻き込まれそうだからな。俺たちが同じ学園内にいるだけでも、多少は抑止力になるからな」
「なるほど……」
と、ランスローさんに続いてガウェインが説明すると、エリカは納得していた。
俺はというと、そんな理由があったからなのかと他人事のように考えていたが、それを見たエリカが、
「ジークはいつも通りよく分かっていないようだけど、ジークと個人的な接点のない生徒にとって、男女共に今日が最後のアピールの機会になるかもしれないのよ。女子生徒は婚約相手として、男子生徒は就職先の候補としてのね」
「ジークは将来的に子爵までは確実視されているからな。現時点で就職先のない生徒にとって、学生でありながら男爵家当主のジークは、直接交渉することが出来る貴重な相手だからな」
「男爵家でなくとも、ジークが口利きすれば子爵家への就職も可能だ。ヴァレンシュタイン子爵家は、爵位こそ上位貴族とは言えないが現王家への影響力は強い。そんな子爵家へジークの紹介で入ることが出来れば、末端とはいえ将来的に安泰と言えるからな」
現状、ヴァレンシュタイン男爵家としては家臣を採用する必要はないが、子爵家なら余裕があるし将来のことを考えればどこかで若い家臣を入れる必要はある。
そう考えれば、俺と直接接点のない……と言うか、ほとんどの生徒になるわけだが、そういった生徒にとって今回のパーティーは将来を左右する重要なものと考えていてもおかしくはないというのは分かった。ただ、
「そんなしつこい奴が居たら、俺は逃げるけどな」
学生程度が相手なら、逃げることは簡単なので、三人が言うようなことは起きない気がするのだが、三人……と言うかウーゼルさんはそう考えなかったようで、
「「ジークなら、逃げる前に手を出す」」
「まあ、陛下としては、学生とはいえ貴族としての経験はジークとは比べ物にならない生徒が多いから、裏をかかれないように私たちでけん制しろということだ」
色々と信用が足りないから監視しろというのが真相のようだ。
「それで、ランスローさんはパーティーの間、どこにいるんですか?」
「私は会場の隅にいる予定だ。まあ、学生時代に世話になった先生方もいるから、挨拶で少し席を外すことがあるかもしれないがな。ただ、基本的には私かガウェインのどちらかはジークの見える場所に常にいるはずだ」
それなら安心だ……と思っていると、
「ジーク、なぜそこで俺に聞かないんだ? 一応、俺はランスローの上司になるんだけど……まあ、肩書だけだけどな」
ガウェインが抗議してきたが、
「単純にどちらが信用できるか考えた結果だ。ガウェイン自身、肩書だけの上司と言っているしな」
「そもそも、ガウェインは学園に来る前に、パーティーの食事を楽しみにしていただろう? ジークはその話を聞いているから、当然の流れだと思うのだが?」
俺とランスローさんの言葉に、ガウェインは完全に沈黙した。
そして、そんな様子を見ていたエリカは呆れた顔をした後で不意に、
「そういえば、ディンドランさ……んも、学園の出身ですけど、今回の護衛には選ばれなかったのですか?」
一瞬、様付けになりかけていたが、ガウェインとランスローさんをさん付けで呼んでいるのにディンドランさんを様で呼ぶわけにはいかないと思ったのか、途中からさん付けに修正し、護衛から外れている理由をランスローさんに尋ねていた。それを聞いたランスローさんは、
「ディンドランだと、変に目立ちますからね。彼女は学生時代から目立っていたせいで、今でも学園生に人気があります。それに独身ですから、女子生徒だけでなく男子生徒が群がることになれば、ジークの護衛どころではありませんから」
と答えていた。エリカはその答えに納得しながらも、「それならお二人も同じなのでは?」と続けて聞いたが、
「ガウェインはあんな感じなので女子生徒の人気があるとは思えませんし、私は既婚者なので」
と言って、エリカに左手の薬指に嵌められた指輪を見せていた。
その答えに、またも納得したエリカだったが、
「なんで俺が人気がないと言われて納得しているんだ?」
ガウェインはエリカが素直に納得したことに不満があるようで、俺に愚痴をこぼしていたが……
「成績優秀で卒業したランスローさんに対して、ガウェインは学園で大暴れして退学になったからじゃないか?」
そう返すと、ガウェインは「退学じゃねぇ! 自主退学だ!」と叫んでいた。
そこに、
「ガウェイン、騒ぐな! 追い出すぞ!」
ブラントン先生が登場し、ガウェインを怒鳴りつけていた。
「久しぶり、ミック」
「ランスローも、一緒にいるのならこの馬鹿をちゃんと見張っておいてくれ」
笑みを浮かべながら挨拶するランスローさんに対し、ブラントン先生はガウェインを指さしながら抗議するが、
「私の役目はヴァレンシュタイン男爵の護衛であって、間違ってもガウェインのお目付け役ではありません」
といった具合に、ランスローさんは先生の抗議を受け流していた。
「ああ、そういやお前はそういう奴だったな。いつもいつも、しれっとガウェインの尻拭いを俺に押し付けていたな」
先生はそんなランスローさんに学生時代の恨み節をぶつけていたが、当の本人には立て板に水といった感じで気にした様子を見せなかった。
「まあ、いい……ガウェイン、今日の卒業パーティーには、普段よりも外部の参加者が多い。お前のやらかしはヴァレンシュタイン男爵、ひいてはヴァレンシュタイン子爵の汚点になるということだけは理解して行動しろよ!」
「分かってるよ! ……てか、そんなに多いのか? 俺は参加したことがないから詳しくは知らんが、普通は陛下の名代とパーティーの立会人という名の監視役数人とその付き人くらいだと聞いているんだが?」
基本的に卒業パーティーは、卒業生の関係者の参加は俺のような例外を除いて認められていないので、大人の参加者は教員以外だと限られている。
俺の場合、学生ながら爵位持ちの当主ということで、その護衛としてカラードさんから二人を借り受けているが、他の貴族子女である生徒には付き人などの参加者は居ない。
ただ、俺以外の例外だと王族の場合は当主でなくとも護衛を連れてくることが出来るらしく、アーサーの時にもいたらしい。
「そのことだが、今年はその立会人の数が増やされている。通常は付き人を入れても三人、多い年でも五人程度なのだが、今年に限っては立会人だけで十人、付き人も入れると二十人だ」
「なるほど……今回が異常ということは、今年は例年とは違いがあるということ……つまりは……」
ランスローさんが一人頷きながら呟くと、この場に居る俺以外の四人の視線が一斉に動いた。
「つまり、立会人たちの目的は俺ということか……めんどくさ」
犯人の一味と疑われたことも理由だろうが、せっかくのパーティーに余計な奴らが参加しやがって……などと思っていると、
「それもあるが……まあ、ヴァレンシュタインが目的で間違いではないんだが、今回の立会人の一人、いや二人がかなりの重要人物でな。本当はヴァレンシュタイン以外の学生には秘密にしていかなければならないが、フランベルジュなら問題ないな」
ブラントン先生の思わせぶりなセリフに俺は嫌な予感がしたが、エリカはもっと嫌な予感がしたようで、
「先生、ちょっとまっ……」
「今回の陛下の名代はアーサー王太子殿下で、立会人の一人に公爵家のエレイン・カレトヴルッフが含まれている。俺がここに来たのは、馬鹿をやりそうなガウェインに釘を刺すのと、殿下がパーティーの前にヴァレンシュタインに会いたいとのことで呼びに来たんだ」
先生はエリカの言葉を無視して、ここに来た理由を話した。なので、
「断る! ……わけにはいきませんよね?」
「ああ、そうだな。もし断られたりしたら、最悪俺の首が飛ぶ」
「そういうわけで男爵、アーサー殿下をお待たせするわけにはいきませんから、早速向かいましょう。ミック、案内を頼む」
そう言って俺の背中を押したのはランスローさんだ。この様子だと、ランスローさんはアーサーがパーティーに来ることをカラードさんから聞かされていたのだろう。しかし、
「えっ? もしかして、ランスローは知っていたのか? 俺、何にも聞いていないんだけど?」
ガウェインは何も知らされていなかったようで、巻き込まれたエリカよりも動揺していた。
「え~っと……先生、案内をお願いします」
「そうね。アーサー殿下の前に出るのは緊張するけれど、エレイン先輩と会うのは久しぶりだから楽しみ……と思うことにするしかないわね」
俺はランスローさんに絡んでいるガウェインを無視することにし、エリカも自分よりも驚いているガウェインを見て冷静さを取り戻したようで、大人しくブラントン先生についていくことに決めたみたいだ。
アーサーが一人で待っているなら、先生についていくふりをして途中でバックレることも考えたが、エレイン先輩もいるのなら行かないわけにはいかない。
「ああ、こっちだ。と言っても、殿下とカレトヴルッフは学園長室にいる。一応、他の立会人は近寄らないように言われているらしいが、恐らくはどこかでヴァレンシュタインが来るのを見張っているだろう。だが、下手に絡むと面倒臭いことになるから気が付いても無視しておいてくれと、殿下と学園長からの伝言を預かっている」
……エンドラさんもいるのなら、急いで行く必要がある。むしろ、バックレようとしていたことがばれると大問題だ。
「お、おい、ヴァレンシュタイン! いきなり置いていこうとするな!」
エンドラさんが待っているとなると、もしも遅くなれば何をされるか分からない……と思った瞬間、俺の足は無意識のうちにスタートを切っていた。
無意識ではあったが走り出すことはなかったおかげで、かろうじて先生たちを置き去りにすることはなかったようだ。
速足で追いついてきた先生とエリカと、ついでにまだランスローさんに絡んでいるガウェインたち共に、今度こそ学園長室に向かった俺たちだったが……先生の言う通り、学園長室までの途中で明らかに学園関係者ではないような奴らが俺を見ていた。
先生の言う通り無視してやり過ごしたが、もし事前に言われなかったら不審者だと判断して取り押さえていただろう。
「アーサー殿下、学園長、ジーク・ヴァレンシュタイン男爵をお連れしました」
「入りなさい」
エンドラさんの許可が出たところでブラントン先生が扉を開けると、
「エレイン先輩、お久しぶりです」
「ええ、久しぶりね」
エレイン先輩と目が合ったので挨拶をした。
続いてエンドラさんにあいさつしたところで、空いていた椅子に腰かけると、
「ジーク、私をわざと無視しているな?」
アーサーがわざわざ俺の前の席に移動してきてそう言った。
「いや、当たり前だろ? 今回面倒ごとを持ってきたくせに」
いつもと変わらない感じでアーサーの相手をすると、
「ふっ……そんなことを言っても大丈夫か?」
アーサーが不敵に笑った。
そんな様子路見ていたエンドラさんたちはいつものことだと無視していたが、エリカとブラントン先生は落ち着かない様子を見せていた。
「何がだ? ウーゼルさんの名代だから、俺が気を使うと思ったのか?」
これが人前……他の知らない奴らの前なら、アーサーのことを王太子としてちゃんと敬うふりくらいはするが、知った人たちの前だからいつも通りの態度で対応したが……
「あのね、ジーク……今回、ウーゼル陛下にアーサー殿下が名代としてパーティーに参加して貰えるようにお頼みしたのはカレトヴルッフ公爵家……つまり、私とお父様なのよ」
アーサーの代わりに、エレイン先輩が申し訳なさそうにそんなことを言い出した。
「ジーク、私も巻き込まれた口だ。巻き込んだのは公爵とエレイン……しかも、どちらかというと、エレインの主導でだったかな?」
驚く俺を見てアーサーは意地の悪い顔で衝撃の事実を突きつけてきた。
「少し前に、ジークが犯人の一味と疑われて、学園長に尋問を受けた……と言うことになっているでしょう? そして、その提案をしたのが私の父。言い訳するつもりはないけれど、お父様はジークが犯人と関係があるとは思ってもいないわ。ただ、その下にいる貴族たちからしつこく言われたことで、可能性を消す為に陛下に進言して学園長に尋問させた。それがジークを毛嫌いしているお父様が嫌がらせの為に陛下の義弟という立場を利用したと、敵対派閥から難癖をつけられたの」
まあ、王の義弟というのはそれほど強い権限を持っているので、それを悪用したと言われてしまうと本人だけでなくウーゼルさんの悪評にもなってしまう。
公爵は自分の仕事をしただけだというのに、それを敵に都合のいいように解釈されて利用されているのは、そうなるように仕向けた奴がいるということだろう。
「そこで、ジークに疑いをかけたのは個人的なものでは無く、あくまでも仕事上仕方のないことだったと強調するために、次代の国王であるアーサー王太子殿下にパーティーの参加をお願いしたの。そして、公爵家からはジークと顔見知りである私が参加することで、王家と公爵家はジークに対して尋問したのは個人的な感情が原因では無いし、両家はジークを重要視しているとアピールする為ね。まあ、私は次代の公爵ではないけれど」
流石に学生のパーティーにウーゼルさんと公爵自身が参加するのは大げさだし、主役である学生が楽しむことが出来ないので、卒業生であり学生と年の近い二人がちょうどよかったということもあるのだろう。
それに、話では俺とアーサーの関係を聞いていたとしても、実際に見てみないことには信じない輩は一定数居ることだろう。そいつらに対してけん制する意味もあるだろうし、もしかするとその後のこと……俺が今代の黒だと公表することになった時のことまで考えているのかもしれない。
「そういうわけで、ジークが言った言葉は私ではなく、エレインに向けられたものだと……って、ジーク?」
アーサーが、自分への態度は実はエレイン先輩へのものだったと言って俺をからかおうとしていたが……
「えっと……ジーク、これは?」
「先輩に無礼を働いたお詫びです。エンドラさん一押しのお菓子です。お納めください」
エレイン先輩の話が終わりアーサーが口を開くとほぼ同時に、俺はエレイン先輩に頭を下げて買い溜めしておいたフェアリーピコのお菓子を差し出した。
「あの、えっと……いただきます」
先輩が箱を受け取ったのを確認してから顔を上げると、
「ジーク……私とエレインとの扱いの差が酷くないか?」
アーサーが真っ先に詰め寄ってきた。
「ああ、それはあれだ。アーサーが特別ということだな……多分」
「そんな特別扱いは嫌なんだが……」
しかし、俺の言葉を聞いてすぐにうなだれてしまったので、背中を押して元居た自分の席に誘導して座らせた。
「先輩も、どうぞ座ってください」
「え、ええ、ありがとう」
「ジーク、一応言っておくけれど、ここは私の部屋よ」
椅子を引いてエレイン先輩にアーサーの近くの席に座ってもらうと、エンドラさんが呆れたような顔をしていたが、もう一つお菓子の箱をマジックボックスから取り出して蓋を開けてテーブルの真ん中に置くと、
「まあ、私の弟子でもあるから、お客をもてなす側とも言えなくもないわね」
などと言って、そそくさと席についてお菓子に手を伸ばしていた。
そのままパーティー前だというのにちょっとしたお茶会が始まってしまったが……ランスローさんとガウェインは護衛という形でついてきている為、二人だけ後ろで立ったまま待機していた。
そのことに関してガウェインはぶつくさと何度も文句を言っていたが、その都度立って待機することを決めたランスローさんに論破されている。
(完全にランスローさんの嫌がらせだな。もしこれがディンドランさんだったら、ランスローさんは注意をしつつも参加を認めていたはずだ)
そんなことを考えながらお菓子をつまんでいると、視界の端で遠慮がちにお茶を飲んでいるブラントン先生の姿が目に入ったのだが……やはり先生も立っての待機はランスローさんの嫌がらせだと思っているようで、呆れた視線をランスローさんに向けていた。
「ちょうどお菓子もなくなったし、ジークたちはそろそろ会場に向かいなさい。開始の時間まではまだ余裕があるけれど、ジークとフランベルジュさんの登場する時間を逆算して入場を開始するはずだから、二人は早めに行った方がいいわ。その方が担当は安心するでしょうから。ブラントン先生、後は頼みます」
「分かりました」
「失礼します」
「了解しました」
俺は爵位持ちの貴族として、エリカは学園の成績最優秀者として最後に会場入りすることが決まっているので、事前に早めに会場付近で待機するように言われていた。
なのでエンドラさんから言われた通り、この部屋に来た時のメンバーで学園長室を出ようとすると、
「ジーク、また後でな」
「ああ」
アーサーが声をかけてきたので返事はしたものの……卒業生が外部の、しかも国王の名代と話す時間があるのか分からないので、もしかすると今日のところはこれが最後の会話になるのかもしれない。