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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第五章
87/117

第八話

「くさっ! ちょっと、ジーク! あなた凄く臭うわよ!」


 上で伯爵たちを待っていたエリカは、俺を見て驚きながら近づいてきたが……後数mというところで俺の臭いに気が付き、慌てて距離を取っていた。

 俺は自分が臭いだろうからと、最低でも着替えるまではエリカや他の人たちから距離を取ろうと思っていたのに、勝手に近づいてきておいてそれはないだろう……と思っていると、


「ふっ……流石に下水道の臭いを体に纏わせていると、いくら色男でもモテないようだな!」


 などと俺の後ろから来た伯爵が笑い、さらに後ろのエイジも馬鹿にしたような笑みを浮かべてエリカのそばに移動したが……


「お父様は……下水の臭いもしますが、他にも別の……なんだか不快な臭いがします。エイジは単純に一番臭いわ。離れなさい」


 と、エリカに言われながら距離を取られ、二人はショックを受けていた。

 

(エイジは戦った時に下水をもろに被っていたからその臭いだとして、伯爵は……もしかすると加齢臭か?)


 汚水に塗れたエイジは別として、伯爵は下水道にいた時間は長くないので俺よりも臭いが移っていないはずなので、エリカが感じた不快な臭いは加齢臭の可能性がある。まあ、娘が実の父親の臭いを嫌うのは、遺伝子的な行動として正常とかいう話を聞いた気がするので仕方がないだろう……「ざまぁ見ろ!」とは思うけれど。


 落ち込む二人を置いて俺は近くの物陰に移動し、服を着たままの状態で水魔法を使い全身を洗った。

 幸い、着替えや石鹸はマジックボックスに入れていつも持ち運んでいるので、すぐに臭いはマシになる筈だ。ただまあ緊急時ならともかく、同級生の女子に見られるかもしれない状態で素っ裸になるのは恥ずかしいどころの話ではないので、少々頼りないが見られにくいように物陰に移動し、さらに何かの拍子に見られても大丈夫なように服を着たまま体を洗っているのだ。これなら裸を見られて恥ずかしいということはないし、服も洗えて一石二鳥だ。まあ、見られたら変な奴と思われてしまうかもしれないし、着たままでは体も服も臭いが完全に取れないかもしれないが、今は()()から()()くらいにまで臭いを薄めることが出来ればいい。


 素っ裸になれないせいで少々手こずったが、何とか着替え終わってホッとしていると、


「ジーク……すまないが、俺たちも頼めるだろうか?」


 伯爵とエイジが、俺が終わるのを待っていたのか申し訳なさそうにやってきた。先程のことは忘れて了承し、魔法で水を出して二人に浴びせていると……


「ジーク、終わったならあの子たちもお願い……」


 エリカがやってきた。

 実はエリカは、先程俺が体を洗っているところにやって来ていたのだが、対策していたおかげで裸を見られて気まずい思いを……(少なくとも俺は)せずに済んだということがあったのだ。

 その時のことがあったので、子供たちの臭いが気になったエリカは俺に水魔法で子供たちを洗ってもらおうと服を買いに行っていたらしく、用意が出来たので頼みに来たらしいが……そこで先に俺に頼みに来ていた伯爵たちと鉢合わせてしまったのだ。素っ裸になって体を洗っている二人と。


「こんなところで裸になるなんて……変態」


 最悪を想定していた俺と違い、不用意に素っ裸になっていた二人を見て、エリカは明らかに軽蔑の眼差しを向けている。


「エリカ、人が体を洗っているところに勝手に覗いておいてそれはないだろう?」

「ちょ! 姉上! あっち! あっち向いていてください!」


 それに対し、伯爵の方は冷静に布で股間を隠して抗議しているが、エイジはその場にしゃがみこんでエリカに懇願していた。


「エリカ、こっちはもうすぐ終わるから、少し待っていてくれ。流石にこんな中途半端な状態でほっぽり出すのは可哀そうだからな」


「分かったわ。終わったら呼んでちょうだい」


 特に弟の方が……とまでは言わずに、とりあえずエリカを離れさせることに成功した。


「重ね重ね済まんな。エイジ、いつまでもそうしてないで、後がつかえているのだからさっさと終わらせるぞ」


 伯爵は何事もなかったかのように再開していたが、エイジはエリカに裸を見られたのが恥ずかしかったのかしゃがんだままだったので、伯爵に頭を軽くはたかれていた。


 エイジが立ち直るのが遅かったせいで思っていたよりも多少時間がかかってしまったが、二人が終わったのでエリカを呼ぶと、


「ジーク、何か衝立になるようなものを持っていない? このままだとさっきみたいに誰かに見られることもあるでしょう? それと、水をためておけるものも欲しいわ」


 確かに女の子もいるので、先程のようなトラブルは出来る限り避けたいと思うのは当然だろう。

 ただ、桶は何個か持っているが衝立になるような板はないので、槍を数本地面に突き立てて紐を結び、その紐に布をかけることで簡易的な浴場を作った。

 これで桶にお湯を入れれば俺の役目はひとまず終了だ。後は基本的にエリカに任せて、何か要請があればその通りに動けばいいだろう。


「準備が出来たぞ。男の子を洗った後で少し離れたところで待機しているから、何かあれば呼んでくれ」

「分かったわ。ありがとう、ジーク」


 男の子は一人なので、エリカたちよりは早く終わるだろうと思い、エリカから買ってきた服を受け取って、もう一つ浴場を作って男の子に水浴びをさせた。


 予想通り、男の子の水浴びが終わってもエリカの方はまだ時間がかかりそうだったので、声をかけてから男の子が使っていた方の浴場で待機し、たまにエリカから言われてお湯の交換をして女の子側が終わるのを待った。



「それでジーク、この後はどうするの?」


「一度ヴァレンシュタインの屋敷に戻って、カラードさんたちに報告。その後でもう一度身だしなみを整えてウーゼルさんに報告だな」


「それなら、俺たちも時間を合わせた方がいいだろうな。王城へは、ヴァレンシュタイン子爵家の方が近かったな? それじゃあ、こちらから子爵家に迎えに行こう。それで、うちの馬車で王城に行くのがいいだろうな。そうすれば、周りはエイジの件で伯爵家が陛下に呼ばれたと勘違いするだろう」


 今回の件は秘密裏にウーゼルさんが冒険者としての俺に依頼した形なので、出来る限り秘密にした方がいいだろうということだった。

 それに関しても、今の俺が王城に向かえば目立ってしまうのは間違いないので、渡りに船ということで頼むことにした。


 その後の警備兵への引継ぎと説明は伯爵に任せ、俺は一足先に屋敷に戻ることにした。

 子供たちはとりあえず伯爵家で面倒見てくれることになり、ウーゼルさんに報告した後で帰るところか探している人が分かり次第送り届けることになった。

 子供たちに関しては、王城に連れて行ってそこで保護してもらうということも出来るだろうが、今回の事件は犯人たちが騎士団の鎧を着ていたことから、王城の関係者の中に犯人たちと繋がっている者がいる可能性があるので、伯爵家で保護した方がいいだろうということになったのだ。



「おっ! ジークじゃないか! 依頼で出かけているという話だったが、思ったよりも帰ってくるのが早かったな!」


 子爵家に戻ると、庭をうろうろしていたガウェインが俺を見つけて駆け寄ってきた……よほど暇をしていたんだろう。


「カラードさんたちはいるか? 今回の依頼のことで、ちょっとした報告があるんだけど」


「カラード様なら、さっきまで俺たちと訓練をしていたから、風呂に入っていると思うぞ」


 それならちょうどいいので、俺も風呂に向かうことにした……が、


「一応聞くけど、サマンサさんと一緒に入っているとかいうことはないよな?」


「あ~……それに関しては、メイドに聞いた方がいいだろうな」


 風呂場に行って、もしも二人が一緒に入っていたら気まずいどころの話ではない。

 そういうわけで、まずは屋敷の中でメイドを探してサマンサさんの位置を教えてもらい、自室にいることを確認してから風呂場に向かった。


「ジークじゃないか。戻ってくるのが早い気がするが、陛下の依頼はもう終わったのか?」


 風呂場でくつろいでいたカラードさんは、入ってきた俺に驚いていたが追い出すようなことはせずに、理由を聞いてきた。


「ちょっとした想定外のことがあったので、一度ウーゼルさんに報告しようと思いまして」


 と、カラードさんに下水道での出来事を報告……する前に、まずは体を念入りに洗うことにした。

 やはり服を着たままでは臭いが残っている気がしたので、風呂に入る前の礼儀としてカラードさんに報告は少し待ってもらった。



「なるほど、そんなことがあったのか……確かに王都でも端の方や裏路地では犯罪行為が行われることは珍しくないが、下水道内に隠し部屋を用意するほどの犯罪組織となると、おいそれと表に出すわけにはいかないな。そういうことなら、フランベルジュ伯爵に任せるのがいいだろうな。それに、伯爵としても今回の件は伯爵家とその嫡男の汚名返上にはもってこいの機会だ。頼まなくても喜んでやってくれるだろう」


 確かに、俺が少し話を振っただけで食いついてきたくらいだ。

 あの様子だったら、面倒なことを任せても文句を言うことはないだろうし、恩に着せようとは考えないだろう。


「伯爵家が出るのなら、うちは様子見でいた方がいいな。ただ、いつでもヴァレンシュタイン子爵家として動けるように、報告だけは俺かサマンサにするようにな」


 その約束をさせられて、カラードさんは風呂から上がっていった。

 俺もこのままゆっくりと入っていたかったが、いつフランベルジュ伯爵が来るか分からないので、ゆっくりするのは帰ってきてからにしてカラードさんから少し遅れて風呂を上がることにした。



「ジーク、エリカが来たわよ」


 部屋で準備を整えていると、ディンドランさんがエリカの来訪を伝えにきた……というか、せめてノックくらいはして欲しいが、いまさら言ってもディンドランさんは多分聞いてくれないと思うので、ディンドランさんを止めるにはドアの鍵をかけるしかない。まあ、それをすると後でねちねちと嫌味を言われるので、軽々しく使うことが出来ない。


(それにしても、伯爵が迎えに来るという話だったのに、エリカだけが来たのか?)


 少し不思議に思いながら、エリカが待っている部屋に向かうと、


「ジーク、ちょっと事情があって、お父様が直接迎えに来ることが出来なくなったわ。ただ、ここに来れなくなったというわけで、王城には一緒に行った方がいいから。途中で合流したいとのことだったわ」


 どうも下水道でのことが関係しているのか、伯爵家の屋敷の周りをうろついている見慣れない者が発見されたので、念の為に伯爵は直接俺を迎えに来ずに、途中の路地裏で俺を拾うことにしたそうだ。


「私がここに来たのは、私がジークとは同級生だからね。もし誰かに聞かれても、卒業パーティーのことで打ち合わせに来たといえば通るからよ。それじゃあ、行きましょうか」


 ここから俺は、エリカの乗ってきた馬車で伯爵が通る予定の道に先回りし、路地裏で伯爵を待つことになる。

 作戦としては、近道をする為に路地裏に入った伯爵の馬車が少しの間速度を落とすので、その隙に乗り込むというものだ。

 そこまでする必要があるのかとも思うが、伯爵はそれくらい念を入れた方がいいと考えたそうだ。



 「それじゃあ、その辺りで待っていたらうちの馬車が来るはずだから」と、エリカに言われてからしばらくして、


「来たな。それじゃあ……」


 俺は馬車のドアが開いているのを確認してから、俺が隠れている物陰を通り過ぎる瞬間に馬車の中へ飛び込んだ。


「うわっ!」

「流石だな」


 馬車に飛び込むと、ちょうど目の前にいたエイジはいきなり現れた俺に驚いてのけぞり、伯爵は感嘆の声を上げた。


「もう少し速度を落としてもよかったんじゃないですか?」


 ドアを閉めながら伯爵にそう聞くと、


「ジークなら出来るだろうと信頼してのことだ」


 などという言葉が返ってきた。


「それに、この路地裏に入るまで、馬車の後をつけていた輩がいたからな。流石に人通りの多いところで引き離すほどの速度を出すわけにはいかなかったからあの速度だったというわけだ」


「そうなると、向こうには伯爵が尾行に気が付いていたことがバレたということですね」


「そうなるが……あからさま過ぎて、あれで気が付かない方がおかしい。これは俺の予想だが、あれは一種の警告だろうな。あまり首を突っ込むなという……な」


 そうだとすれば、敵は思っている以上に手ごわいかもしれない。

 念の為周辺の気配を探ってみたが、この馬車を追いかけているようなものはおらず、伯爵の言う通り脅しの可能性が高い。


「思った以上に面倒ですね。まあ、陛下の依頼を受けた時から、面倒臭いことになりそうだとは覚悟していましたけど」


 それが分かっていてもウーゼルさんからの依頼で、しかもそれがソウルイーター関連のものだったからこそ、俺はこの依頼を引き受けたわけだ。

 それに、その面倒臭そうなことのいくらかは伯爵が引き受けてくれているので、単独の時よりもかなりマシになっているだろう。


「髪と目の色は変えていましたけど、俺がレヴァンテインではなくヴァレンシュタイン男爵だということはバレていると思った方がいいかもしれませんね」


「そうだな。そうだとすると、ここまでした意味が無くなってしまうが……下水道を出た時点ではそこまで予想できなかったから仕方がないな」


 戻る途中に俺の後をついてくるような気配は感じなかったが、その道のプロならいくらでも方法はあるだろう。


「それならいっそのこと、堂々と報告した方がいいかもしれませんね」


「そうかもしれないが、それをするとジークが標的に……いや、逆に襲い掛かってきてくれた方が、尻尾をつかみやすいかもしれないな……とにかく、それは陛下に報告した後で話し合った方がいいだろうな」


 こんなことになるんだったら、カラードさんにも来てもらうんだった……などと思いながら、俺たちは王城へと向かった。



「なるほど、フランベルジュ伯爵が一緒なのはそういった事情があったからか。てっきり余は、伯爵家と縁を結んだ報告かと思ったぞ」


 などとウーゼルさんが笑うと、


「それならよかったのですが、あいにくとうちの娘もジークも、今はそういったことに興味がないようでして。ただまあ、卒業パーティーでは一緒に行くとのことでしたので、将来に期待というところです」


 伯爵が笑って答えていた。

 その間エイジはというと、国王陛下(ウーゼルさん)をこんな至近距離で顔を合わせることなど初めてだったらしく、緊張でガチガチに固まっていて聞こえていないようだった。


「それはそうと、エイジと言ったな?」


「は、はい!」


 いきなりウーゼルさんに声をかけられたエイジは、緊張のあまり声が裏返っていたが、ウーゼルさんは気にせずに、


「よくやった。褒めて遣わす。人攫いから我が臣民たる子をその身に深手を負ってまで守ることは、並大抵の者では出来ぬことだ。姉を思うあまり周囲に迷惑をかけたとのことだが、今回の件はそれを補って余りあるものである。今後も堂々と胸を張って、父たるフランベルジュ伯爵を支え、次代に伯爵家を繋げるように。期待しておるぞ」


「は……ははっ! ありがたきお言葉、感謝いたします!」


 元々ウーゼルさんは、一時的にとはいえエイジが敵対派閥に組したことに関して、大使的にしていなかったようだが、周りからすればそういうわけにもいかないということで、一応苦言は呈していたそうだ。なので今の言葉は、エイジは名誉を挽回したと王の言葉で宣言したようなものなのだろう。


「そういえばジーク、紋章官がいくつか家紋の図案を考えたそうだ。帰る前に受け取るといい」


 もうできたのかと思っていると、どうやらその紋章官は初めての大仕事ということで張り切ったらしく、もしその中で気に入ったものがなかったら、遠慮なく行ってほしいとのことらしい。


「なるほど、あれだけの功績をあげて叙爵される者の家紋など、そう何度もあるどころか、一生に一度かもしれませんから、他の者にその名誉を取られたくないのでしょうな」


「であろうな。余もこれまでの在位の中で、直々に爵位を与えた者など数えるほどしかおらぬ。しかもそれが、戦争以外での武勲でとなると、ジークが初めてのことだ」


 ウーゼルさんの言葉に伯爵は驚いていたが、「確かに記憶にありませんな」と納得していた。


「本来ならば、今すぐにでも人攫い集団のことを周知しなければならぬが、その前に捕縛した者たちの調査をせねばならぬ。幸いなことに、伯爵が手を回してくれたおかげで捕縛した犯人の全てが暗部の手に渡った。それに、ジークが見つけたという証拠もだ。これで他に関わりのある者に行きつけばよいが……可能性は低いと思った方がよいだろう」


 警備兵の鎧を持ち出せる者が犯人に協力している可能性があるので、その場合はすでに証拠は隠滅されているとウーゼルさんは見ているようだ。


「とにかく、今回はご苦労だった。しばらく先になるだろうが、今回の件でジークとフランベルジュ伯爵を呼び出すことになるはずだ。ジークは学園を卒業後に一度スタッツに行くとのことだが、呼び出しがあるまでは出国を禁ずる。まあ、余ほどのことがない限りは、卒業前には準備が整うだろう」


 急ぐ用事ではないので、王命に従うのは当然なのだが、どういった理由で呼び出されるのかが気になった。まあ、おそらくは今回の件を当事者から説明する為だろうとは思うが、そうすると俺が偽名で冒険者ギルドに登録していたことも説明しないといけないかもしれない。

 貴族が冒険権者ギルドに登録していたとしても問題はないはずだし、偽名に関しても特に何も言われないとは思うが……俺が冒険者でもあると知られると、他の貴族から変な依頼とかされないかが不安ではある。

 そのことをウーゼルさんに話してみると、


「まあ、無いとは言い切れぬが……それは何とかなるだろう。気になるというのなら、ジークへの個人的な依頼は、余を通してからとするようにと言ってもよいぞ。実際に、ジークは余の直臣ともいえるからな」


 ウーゼルさんが言うには、ウーゼルさんが俺に直接爵位を与えると決めた以上、俺の責任者はウーゼルさんであるともいえるので、今後個人的な依頼は断っても構わないし、無理やり依頼を受けさせようとするのならウーゼルさんの名前を出しても構わないそうだ。そうなると、


「男爵の肩書以上の権力を持っているみたいに思えるんですけど?」


  そんな疑問が浮かんだ。

 それに対しウーゼルさんは笑い声をあげ、伯爵はあきれた様子で、


「それは今更のことだろう。そもそも、ジークの養父であるヴァレンシュタイン子爵は、爵位が上である俺でさえも同格以上の相手のように配慮しなければならない相手だ。子爵も陛下の直臣と言って間違いない人物だからな」


 そう言われてみると、確かにその通りだ。何せ一国の王が家臣の自宅に遊びに行くなど、それだけで特別な間柄だと言っているようなものだ。


「それに加えて、ジークは王太子殿下からの覚えもすこぶるいい。それこそ、兄弟のようにな。そんな相手に無理な要求をすれば、陛下も殿下もいい気はしないだろう」


 改めて考えてみると、確かにそうだ。もっとも、事情を知っていれば俺が今代の黒だからで納得する話かもしれないが、それを知らない人からすれば、俺は間違いなくウーゼルさんとアーサーのお気に入りであるとしか見えないだろう。

 そう思いながら、何気なくエイジを横目で見てみると……改めて自分の行動がいかに危ないものだったのかを知ったようで、今にも卒倒してしまいそうなくらい顔色が悪かった。


 その後、軽く雑談をしてから王城を出たのだが……馬車の中でもエイジの顔色は戻らず、俺が途中で馬車を降りたことにも気が付いていない様子だった。

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― 新着の感想 ―
将来ジークが今代の黒と公布された時エイジ君失神しうそう… 本当挽回できて良かった
エイジさん、名誉挽回というか汚名返上というか。 若さ故の過ちを打ち消せたみたいで良かったですな。 ジークさんとエリカさんが 将来 縁を結ぶ事になったら 義理の兄弟や身内になるかもしれない訳で。 人攫…
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