第六話
「そう言えばジーク、父上が目録が出来たから取りに来いと言っていたぞ。私がここに来たのも、それが理由の一つだ」
そろそろ家に帰ろうかと準備をしていた時、アーサーが思い出したようにウーゼルさんからの呼び出しを伝えて来た……と言うか、普通は理由の一つどころか主目的なんじゃないかと思うのだが……さっきの言い方だと、すっかり忘れていたな。もしこれをウーゼルさんにチクったら、どんなことになるのか……ちょっと試してみようかな?
などと考えていると、カラードさんとサマンサさんの視線が俺に集中したので、余計なことはしない方がいいみたいだ。
「それは、今日行った方がいいのか?」
「そうだな。この後、何か特別な約束などが無ければ、私と一緒に城に言って欲しいが……どうだ?」
「いいぞ。別に予定なんてないからな」
アーサーは一瞬エリカに視線を向けたが、試験が終わったからと言って同級生と親交を温める予定など入っていないので、即座に了承した。
「「はぁ~……」」
すると、背後から呆れの混じったような二人分のため息が聞こえてきたが……もしかすると、ウーゼルさんとサマンサさんは何か用事があったのかと思い振り向いたが、特にいつもと変わらない様子で、
「それなら、我々もついて行った方がいいですね」
「そうですね。お二人にも関係のある話ですから、ジークと共にいた方がいいはずです」
アーサーに話しかけていた。
「それでは、私はお先に失礼させていただきます。恐らく今頃は父が愚弟の根性を叩き直している最中のなずなので、私も参加して共に修正してやろうと思います」
この先の予定を話し合っているアーサーたちを見て、エリカは先に部屋を出て行った。出て行く際に少し不穏なことを言いながらこぶしを握っていたので、シスコン気味な弟君のトラウマにならなければいいが……まあ、やり過ぎるとさらに闇が深くなる可能性もあるので、ほどほどのところで勘弁してあげて欲しい。
「さて、我々もすぐに陛下の元へ……と言いたいところだが、最低限の身支度くらいはしないといけないな。サマンサ、俺の予備の礼服を出してくれ。ジークは学生だし、予備の制服でいいだろう。ガウェインは……サイズが小さいだろうが、俺の予備の予備を貸すからそれを着ろ。エンドラ様、廊下を少しお借りします」
そう言ってカラードさんは、サマンサさんがマジックボックスから取り出した礼服を二着受け取ると、俺とガウェインとアーサーを連れて廊下へと出た。
「うぅ……流石に廊下で裸になるのは寒いな……って! やべぇ、変なところに引っ掛かった! ジーク、助けてくれ!」
「いや、わざわざ素っ裸になる必要はないだろ……あれ? エリカが戻って来た。何かあったか?」
「ちょっ! マジか! ジーク、俺を助けるかエリカの足止めをたの、っとぉ!」
「……俺の勘違いだ。エリカじゃなくて違う人だったし、建物に入ってこなかった」
人の目の前で素っ裸になったガウェインに、ちょっとしたいたずらのつもりでからかうと、予想外に焦り出したのですぐに勘違いだったということにしたのだが……少し遅かったようで、ガウェインはズボンに足を引っかけて半裸の状態で転んでしまった。
「ジーク……お前、わざとだな」
「勘違いだって言っているだろう。そもそも、自室ならともかく学園の廊下で何で全裸になってから着替えようとするんだよ? 学園長室がある建物だから一般の生徒はあまり入ってこないとは思うけど、他の教師は普通に入って来るし、そうなればちょっとした問題になるぞ」
「そんなわけ……」
「あるな。少なくとも、ヴァレンシュタイン子爵家は廊下で裸になるような露出壁のある変態を雇っていると言われるかもしれん」
ガウェインは否定しようとしたが、カラードさんがガウェインの言葉を遮って睨みつけた。ただ、
「ジーク、さっきからうるさいけれど何事……本当に、何事?」
騒ぎを聞きつけたサマンサさんがドアを開けて、半裸の状態で地面に転がっているガウェインと、そんなガウェインを礼服を着たカラードさんが仁王立ちで見下ろしているという光景を見て目を丸くしていた。
「とりあえず、さっさと服を着ろ。今度は真面目に、だ」
「いや、さっきもジークがふざけただけで、俺は真面目だったんですけど……いえ、何でもありません。すぐに着ます」
カラードさんに睨まれたガウェインは、慣れた様子で手早く礼服を着ている。やはり、先程はふざけていたと言うことが判明したわけだ。
「サマンサは着替え終わっているみたいだが……何故エンドラ様まで着替えているのですか?」
サマンサさんの後ろから現れたエンドラさんを見て、カラードさんは困惑していたが……エンドラさんがサマンサさんと一緒に着替えて現れたということで考えれられるのは当然、
「私も行くからよ。面白そうだし、ついでに今回の卒業に関する話をウーゼル様に報告しておこうと思ってね」
ついてくる気があるということだ。
本人も言っている通り、面白そうだから本来報告する予定の卒業に関する話をついでにしてまでついてくることを決めたのだろう。多分、卒業に関する話はもっと後でもよかったはずだ。
「私の乗ってきたものでは六人はきついですから、私のものと子爵家のもので行くことになると思いますが、馬車はどういった形で振り分けましょうか?」
普通に考えれば、ヴァレンシュタイン家の関係者が子爵家の馬車で固まり、アーサーとエンドラさんが同じ馬車になるのではないかと思っていると、
「アーサー様、よろしければジークとガウェインを乗せてやってください。エンドラ様は子爵家の馬車でどうでしょうか?」
「まあ、妥当でしょうね。主賓はジークだから、アーサー様の馬車に乗るのは当然だし、その護衛として学園に来たガウェインは同乗するのもおかしくはないわ。ただ……王城までからかう相手がいないのは暇ね……カラードに相手をしてもらおうかしら?」
カラードさんの提案に、エンドラさんがすぐに賛成したが……
「アーサー様、そちらにジークとガウェインとエンドラ様をお願いします。子爵家の馬車には、私たち夫婦で乗ります」
エンドラさんの不吉な言葉を聞いて、すぐに内容を変更していた。ただ、それだとアーサーに迷惑がかかる気がするが……エンドラさんなら、わざわざ王太子を標的にするような真似はしないという判断なのだろう。
そんな俺の悪い予想は当たり、エンドラさんは馬車の中で家出中のことを根掘り葉掘り聞いて来ては、色々と俺をからかって遊んでいた。
「よく来たジーク……試験で苦戦したという報告は聞いていないが、なんだか疲れているみたいだな。何かあった……いや、原因はエンドラ殿のようだな」
エンドラさんのせいで疲れているのが一目で分かったのか、謁見の間で待っていたウーゼルさんは俺の顔を見るなり少し驚いていたが、すぐにその原因が分かったようで何か納得していた。
「ここまで呼んでおいてなんだが、少し込み入った話をするので余の部屋に移動するとしよう。ああ、護衛などは要らぬぞ。男爵にとって個人的なことも話すからな。それとアーサー、アナが呼んでおる。少し話がしたいそうだ」
ウーゼルさんは自分の護衛に命令を出した後で、アーサーにも指示を出していた。まあ、指示と言っても、アーサーにとっては母親に会いに行くように言っただけだが……言われたアーサーは嫌そうな顔をしていた。
「適当なところに座ると言い。それと楽にしていいぞ。ここには口うるさい奴は近寄らないからな」
ウーゼルさんは部屋に着くなり、羽織っていたマントを乱暴に放り投げて椅子に座ると、俺たちにも席に着くように言った。
そして懐から紙を取り出して、
「ジーク、これが目録だ。中身を確認してみろ」
ウーゼルさんに言われて渡された目録の中身を確認すると、中に書かれていたのは、
「金貨一万五千枚……千五百の間違いとかではなくてですか?」
俺の感覚では金貨一枚が十万円くらいなので、目録に書かれているのが間違いでなければ十五億円程が俺のものになる。
「内訳としては、ソウルイーターの懸賞金が金貨五千枚、侯爵家の資産の一部から出されるのが金貨一万枚だ。本来ならその倍出してもいいと思ったのだが、流石にそれは多すぎると方々から言われてな。とりあえず、その金額となったのだ。不服があるのならもう少し上乗せすることが出来るが、どうする?」
などとウーゼルさんは言うが、俺としてはこれでも多すぎると思ったくらいだし、下手にこれ以上望めば他の貴族からにらまれることになりそうなので即座に断った。
「確かにそれがいいだろうな。金貨一万五千枚は、並の男爵家どころか子爵家の年収を上回る。それだけでも方々から嫉妬されるはずなのに、更に上乗せを願ったとなれば、金額に納得した貴族からも批判を受ける可能性があるだろう。逆に言えば、欲をかかなかったことを評価する者もいるということだ」
まあ、一番新参貴族である俺が、お偉方の決めたことに異を唱えたらいい気はされないのは簡単に想像できることだ。
それに、今の俺には運営する領地もないし養う家臣もいない。そう言った意味では、丸々懐に入る金額だと思えば多すぎるということはあっても、少ないということは絶対に無い。
「私もそれがいいと思う。それに今回のジークの立てた手柄は、今後出される手柄に比べれば些細なものになるだろうしな。その時に多くを得る為にも、今は何も言わない方がいいだろう」
そう言ってウーゼルさんは笑うが……今後出される手柄と言うのは何のことだろう? そう思っていると、
「ジーク、あなたは『今代の黒』でしょうが。この国でたった二人しかいない、最高クラスの戦力の一人なのよ。それに比べれば、ソウルイーターやアコニタムの討伐何て、些細なことだわ。ちなみに言っておくけど、一応私は伯爵相当の権力を持っているから、ジークも最低でもそれくらいの待遇を得られるはずよ。ですよね、陛下?」
エンドラさんがそう言って初めて、俺はまだ今代の黒だという事実を隠していることを思い出した。
特に今代の黒ということを公表しようと思っていなかったので忘れていたが、肩書で言えばエンドラさんの今代の緑と並ぶ最高峰の称号なので、確かに公表したら学生の身で叙爵されたことなど霞むくらいの騒ぎになりそうだ。
「うむ、それは保証しよう。ただ、そうなるとヴァレンシュタイン子爵家との兼ね合いが難しくてな」
「それならご心配はいりません。何しろ私たちは、ジークに家督を譲るつもりで養子にしたのですから、ジークの男爵家と私の子爵家の立場が入れ替わっても問題はありません。それどころかいっそのこと、子爵家をジークのヴァレンシュタイン家に吸収した方がいいかもしれません。何しろ、今代の黒がヴァレンシュタイン家の当主となれば、子爵家の株も上がりますからな」
などとカラードさんは言い、サマンサさんも笑っているが……俺としてはそうなると気が引ける。むしろ俺が子爵家を継ぐことになった際には、男爵家は分家とした方がいいような気がする。
「カラードがそう言うなら大丈夫だろうが……まあ、そういったことはその時になって考えればよいか。それはそうと、ジークに聞きたいことがあるのだが……ジークは王都でも冒険者として活動するつもりはあるのか? それとスタッツでは偽名で活動していたようだが、まだヴァレンシュタインに戻してはおらぬか?」
一応、カラードさんやウーゼルさんたちには、卒業式が終わったら一度スタッツに戻ることを伝えている。
バルムンク王国の爵位を得た以上、この国を本拠地とするのは当然のことだが、あちらには世話になった人たちがいるのでちゃんと挨拶をしなければならないと思っているのだ。
ただ、卒業式まで一ヵ月近くあるので、その間に冒険者ギルドで依頼を受けようと思っていたのだが、王都に戻ってから忙しかったので後回しになっている。
なので一段落着いたこのタイミングで、一度王都の冒険者ギルドに行くことを決めていたのだ。そして何か簡単な依頼があれば、王都のギルドの雰囲気を確かめる為に受けてみようかと思っていた。それに、今はまだヴァレンシュタインではなく家出中に登録したレヴァンテインのままなので、ギルドを尋ねた時にでも登録名の変更ができるのかを聞いてみるつもりだった。
そのことを伝えると、
「それなら、頼みたい仕事があるのだ。それも、ジーク・ヴァレンシュタインではなく、スタッツから来たジーク・レヴァンテインにな」
ウーゼルさんはニヤリと笑ったのだった。
「あそこが入口か……まだ離れているのに、ここまで臭いが来ているな」
ウーゼルさんに目録を貰った次の日、俺はウーゼルさんに頼まれた仕事をこなしに下水道の入り口までやってきた。
一応、下水道に関する仕事は冒険者ギルドにちょくちょく出ているらしいが、不人気なので手つかずになることが多いらしい。
そういった事情からわざわざ指名依頼にしなくてもいいので、俺はスタッツから王都に出稼ぎにきたというていで下水道の仕事を受けることができたのだ。
「対策をしてもこの臭いか……これがソウルイーター関連の話じゃなかったら、絶対に受けたくない仕事だな」
ウーゼルさんの頼みたい仕事というのが、ソウルイーターが下水道を使用して犯行を行っていた可能性があり、その痕跡が何か残っていないか探ってほしいというものだった。ついでに、ならず者や魔物が入り込んでいれば、それらの排除もしてほしいとのことだった。
ギルドに出された表向きの仕事内容は、下水道に大きな破損個所がないか調べ、魔物がいた場合はその排除か報告というものなのだが、今回はそれらの報告は適当でいいそうだ。
「今のところ、生き物の気配は感じられないけれど……まあ、何かしらの反応があるとすれば、王都の中心部に近づいた時か」
まだ下水道に入って百mくらいのところだし、何よりも俺が使用した下水道の出入り口は王都の端の方のものなので、王都の規模を考えると入ってすぐのところに誰かが潜んでいる可能性は低い。
「そもそもこんなところで発見できるくらいだったら、すでに見つかっているか……あまり長く居たくはないが、やっぱり一日仕事になるのを覚悟しないといけないか」
移動中に汚水まみれになる可能性も考えて古着屋で買ってきた服と外套で身を包んでいるが、それだけでは臭いは防ぐことはできない。なので、常に魔法で体の周囲に風をまとって臭いを散らしているのだが……昨日エンドラさんに軽くコツを習った程度なので、無いよりはましという感じだ。
これがエンドラさんなら、臭いを完全に防ぐことができるのだろうが今の俺にはこれが精一杯なので、この仕事が終わったら今後のことも考えて、エンドラさんに教えてもらうのがいいだろう。結構便利そうで応用のききそうな魔法の使い方だし。
「駆け足で回るか」
事前にウーゼルさんから重点的に調べてほしい場所などは知らされているので、その近くに行くまでは走りながら調べることにした。
流石に走りながらでは細かいところまで調べることはできないと思うが、よほど上手く気配を消されていない限りは人くらいの大きさの生き物なら気が付けるだろう。
そう思って王都の中心部を目指したのだが……走り出して十分もしないうちに、人くらいの大きさの気配を見つけたので戦闘態勢に入った。
「早速だけど……これは人じゃないみたいだな」
最初に感じた気配では人くらいだったのが、時間が経つにつれて徐々に小さくなっていた。これは明らかに人ではなく魔物だろう。しかも、ここまで短時間で大きさが変わる可能性があるとすれば、おそらくはスライムだと思われる。
そう目星をつけて、目視できるところまで近づくと、
「やっぱりスライムか……しかも、何かを捕食している最中だな」
思った通り、気配の主はスライムだった。最初より気配が小さくなったとはいえ、普通のスライムの数倍は大きいみたいなので、特殊な固体か上位のスライムなのだろう。
そして、そんなスライムが何を食べていたのかというと、
「あれは……人間か? 死体……ではないな」
生きている……いや、少し前まで生きていた人間だった。
なぜそう判断したかというと、スライムの体内で溶かされながらもわずかに動いていたからだ。もっとも、すでに体の半分以上を溶かされているので生きているとは思えないし、仮にまだ生きているとしても助かる見込みはない。
「問題はどんな種類の人間かだけど……それを確かめるには、あれを回収しないといけないな」
こんなところに同業者以外でまともな人間がいるとは思えないので、あの二つは俺が下水道に入って最初に見つけた異変といえるだろう。
「いつものスライムとは違うみたいだが、スライムには違いない。基本は一緒だろう。問題は、あれ以上餌を破損しないようにしないといけないというところか」
倒すだけならスライムの核を破壊すればいいだけなので魔法で吹き飛ばせばいいのだが、それをすると餌の正体まで分からなくなってしまうので、少々丁寧に倒さなければならない。
「とりあえず、槍か何かで餌を取り出すか」
スライムは餌を食べるのに夢中になっているようで、すぐ近くまで来ている俺に気が付いていないようだった。なのでその隙に、マジックボックスから使い捨ててもいいような槍を取り出して、
「よっと!」
スライムの核に突き刺した。
普通のスライムの核なら砕ける程度の強さで突いたのだが、このスライムは普通のよりも核が大きい分だけ強度があるようで砕くことが出来なかった。ただ、スライムとしては急に自分の弱点を突かれたことに驚いたようで、食べかけの餌を吐き出したので最初の目的は果たすことが出来た。
「ふっ!」
餌を吐き出したスライムはとっさに逃げ出そうとしていたが、槍の間合いから外れる前に先ほどよりも強く核を突くと核が砕け、スライムは体の形を保てずになって溶け出した。
「ここまで砕けていれば再生はできないな。念のため魔石も取り出して、これもウーゼルさんに提出するか」
スライムは核を取り出しただけでは死なないので、核を粉々に砕くか核の中にある魔石を取り出さないと再生してしまう。
それを知らない奴が、たまに倒したスライムの核をポケットやカバンに入れて持ち歩き、何かの拍子に再生したスライムに服やカバンを溶かされるという事件が発生することがあるのだ。
これが冒険者なら自業自得で済まされるところだが、スライムは子供でも倒すことのできる魔物なので、子供が親に内緒で倒して記念に核を持ち帰って隠し持ち、それが再生して思わぬ事故に見舞われるということがまれにあるので、スライムに関しては倒した後の処理も大切なのだ。
「そして、この死体だけど……ゴム手袋やビニール袋みたいな水漏れしない袋があればいいんだけどな……まあ、腐乱死体よりはましだと思うしかないか」
スライムは、餌となった人間の着ていた服などは後回しにしていたようで、服やカバンといったものは修復すれ何とかつかるかもしれないというくらいには形を保っていたが、その中身に関しては下半身が完全に溶かされて無くなっていて、残された上半身も皮膚の大部分が溶けた状態だったので、かなりグロテスクなことになっている。
そんな状態なので触りたくないが重要な証拠となるかもしれないので、何とか死体から服を脱がし、残っていたカバンにズボンと一緒に突っ込んでマジックボックスに入れた。
そして残った上半身はというと、
「ここまで溶かされた状態だと、人物を特定することは出来そうにないから置いて行ってもいいよな?」
下水道の汚水に流すことにした。
流石にあれに触りたくないしマジックボックスに入れるとはいえ持ち運びたくないので、この場で処理しても構わないだろう。
「さて、先に進むか」
一応手を合わせて冥福を祈ってから改めて中心部に向かったが、中心部に近づくに連れて様々な気配を感じるようになった。
「今のところ人の気配はないが……思った以上に魔物がいるな。スライムばかりだけど、虫型もそれなりに見かけるな。これまでに依頼を受けた奴らは、ほとんど仕事をしないでサボっていたみたいだな」
幸い、弱い魔物ばかりで下水道に大きな破損は見られないが、最初に遭遇したデカいスライムの件もあるし、ここまではたまたま弱い魔物としか遭遇していないと考えた方がいいだろう。
「これで三十匹目か……スライムが二十くらいだけど、下水道とは言え王都の下でこれはちょっと問題だな」
まだ中心部まで距離があるというのに、下水道に入ってから一時間くらいで魔物が三十匹もいるということは、王都全体では相当数存在していると見て間違いないだろう。
「これだけ多いと調査が満足に出来ないかもしれないし、ここは魔物を無視して先に進むべきか?」
魔物が侵入しているのか繁殖しているのかは不明だが、これは王都にとって大きな問題ではあるだろう。ただ、ウーゼルさんから依頼されたソウルイーター関連の調査とは違うものなはずだ。
それなら、今は魔物のことを無視して先に進み、ウーゼルさんの依頼をこなした後で対処してもいいと思う。
「……それが最善かもな。魔物に関してはついでにといった感じだし、ソウルイーターの方が重要度は上……」
この後の行動方針をどうするか考えながら進んでいると、遠くで何かが暴れている音が聞こえた。音と同時に三人分の気配を感じ取ったので、俺以外に複数人が下水道に侵入しているということになる。
「これが同じような依頼を受けた同業者ならいいけど……三つの気配のうち、一つは明らかに子供みたいだし、暴れているのもその子だ。残りの二人はその子供を取り押さえているな……」
何かしらの事情があったとしても、こんなところに子供を連れ込むような輩がまともとは思えない。
子供のことを考えたら、今すぐに介入するのが一番なのだろうが……
「何か、目指している場所がありそうだな。子供には申し訳ないけど、命の危険がない限りはその場所につくまで我慢してもらうか」
連れて行かれる先に、もしかするとソウルイーターに関連するものがある可能性があるので、かわいそうだがそこに行くまではこらえてほしい。もっとも、その場所につく前に子供に何かしようとするのなら、行き先が分からなくても助けるしかない。
俺は陰に潜って近づき、一定の距離を保ちながら三人の後をついていった。
「あんな場所に入り口を作っているのか」
最初に見つけたところから十分程進んだところで男たちが立ち止まり、一人が棒を取り出して天井にあった出っ張りに引っ掛けると、天井に偽装していた入り口が開いて中から縄梯子が下りてきた。
その縄梯子を一人が先に上り、上から縄をおろして残っていた男に子供を縛らせた。
(手慣れているな……それに、中に複数の気配がある)
その気配のほとんどは子供のものみたいなので、ここはソウルイーターではなく人さらいの隠れ家みたいだ。
「まあ、だからと言って見逃すわけなんてないけどな」
俺の声に気が付いた男が、驚いた顔をして振り返ったが、
「眠ってろ」
声を出す前に気絶させたので、先に上がっていった男には気が付かれることはなかった。