第三話
「どうした、来ないのか? ……ああ、エリカと同じ感じの戦い方だとすれば、こんなところだと戦いにくいか。特別に、こっちの方で相手してやるよ」
彼の持つ武器は大剣なので、エリカと同じような戦い方を得意としている、もしくは教えられているのだとすれば、足元に障害物が多く転がっているところだと実力を発揮することは難しいだろう。
そう思い、邪魔なものがないところに移動したのだが……わざと背中を見せて移動したのにもかかわらず、背後から襲ってくる様子を見せなかった。
俺との実力差が分かっていれば今のは一矢報いる絶好の機会だっただろう。
もしこれが、正々堂々を好む性格からだとすれば褒められるべき長所とも言えるが、最後の一人になるまで動かなかったとはいえそんな性格をしている奴が、敵対派閥の集団に属するとは思えない。
まあ、そんなことはどうでもいいので、俺は俺が思う通りに彼と戦うだけだ。
「先手は譲るから、速くかかってこい。さっきの戦いに加わらなかったから、体力は有り余っているだろ?」
周囲に邪魔するものがないところまで移動すると丁度訓練場の中心部辺りだったので、ここなら彼も納得するだろうと思いながら、先輩らしく後輩に気を使ってみると……
「おっと!」
エリカの弟は、何も言わずに襲い掛かって来た。
確かに先手は譲ると言ったし、声を出して攻撃のタイミングを教えるような馬鹿な真似をしないだけマシなのだが……まるで親の仇を討つかのような顔で襲い掛かってくるのだけは勘弁してほしい。と言うか、何でそんな顔をして襲い掛かってくるのかが分からない。
もしかすると、それが敵対派閥に混ざってまで俺の試験相手に立候補したことに関係しているのかもしれないが……俺がエリカの弟と会ったのは今日が初めてだし、エリカやフランベルジュ伯爵に対して俺の知る範囲にはなるが、少なくとも不利益を働いた記憶はない。あったとしても、あそこまで恨まれるようなことではないだろうし、何よりもエリカ自身意味が分からないといったようなことを言っていた。
エリカの弟の攻撃を躱しながらそんなことを考えていると、彼の足元に隙を見つけたのでデッキブラシの先端で軽く引っかけて転がした。
「ぐっ! ……くそっ!」
彼はすぐに起き上がろうとしていたものの、その際に今度は手元に隙があったので、先程と同じようにデッキブラシを引っかけた。
「ぶっ!」
今度は顔面から突っ伏したエリカの弟だが、流石にこれだけでは戦意を削ぐことは出来ないようで、三度目は転がるようにして俺から距離を取ってから立ち上がった。
「昔のエリカにそっくりだな。戦い方も、強引に突っ込んでくるところも」
思わず会ったばかりの頃のエリカを思い出してしまい、つい懐かしくなって笑みがこぼれてしまったが……そんな態度が馬鹿にしているとでも思われたのか、エリカの弟は怒りの表情で俺を睨んでいた。
「きさ……」
「きさ? 何だ?」
エリカの弟が何か言ったみたいだが、小さな声だった上に離れていたので、俺の耳でもはっきりと聞き取れなかった。
もしかすると大事なことを言おうとしていたかもしれないので、もう一度言わないか待っていると、
「貴様ごときが! 姉様の名を! 気軽に口に出すな!」
などと叫びながら、エリカの弟は武器を構えて突進してきた……もしかして、エリカの弟が敵対派閥と組んでまで俺の試験に参加したのは、俺がエリカと親しくしていたからなのか?
などと考えている内に、エリカの弟の攻撃が迫ってきたのでデッキブラシに魔力を込めて受け止めると、デッキブラシは金属のような音を立ててエリカの弟の剣を受け止めた。見たところデッキブラシが曲がったり、剣を受け止めたところに傷は入っていないので、このまま打ち合っても問題はなさそうだ。
そのまま何度かエリカの弟の攻撃を受け止めたが、その間彼は何やらエリカがどうとか叫んでいたが、近すぎる場所で大声を出しているせいで逆に聞き取りにくく、詳しいことまでは分からなかったものの、聞き取れた断片的な内容をつなげて分かったことは、
「もしかしなくても、お前は俺がエリカと親しくしているのが気に食わなくて、こんなことをしでかしたというわけか?」
「だからどうした!」
こいつは、重度のシスコンだということだ。
しかもこの様子では、下種な勘繰りから暴走して敵対派閥に与した結果、エリカやフランベルジュ伯爵にどれだけの迷惑をかけているのか分かっていないらしい。
「だからどうした、か……自分のしていることがどういった意味を持つのか分からないなら、お前は貴族なんかやめた方がいいのかもしれないな」
「何を言って、ぎっ!」
まだ叫ぼうとしていた馬鹿の腕をデッキブラシで思いっきり殴りつけると、腕の骨が折れる音がして剣が遠くへ飛んで行った。
続けて骨を折らない程度の威力で足を叩き、膝を突かせたところで顎を蹴り上げた。
エリカからはズタボロに叩きのめせと言われていたが、俺としてはエリカの弟だし親であるフランベルジュ伯爵とも顔見知りなので、適当に痛めつけて反省を促そうと思っていた。
だが、こいつの発言で考えを改めた。こいつは、殺さない程度に痛めつけないと、自分がしていることの意味を理解できないだろうし、このまま単に勝つだけではフランベルジュ伯爵家どころか、巡り巡ってヴァレンシュタイン家の為にもならない。
「が、が……」
顎と鼻の骨でも折れたのか、大量の血が出ている鼻を押さえてうずくまっていたエリカの弟の襟首をつかんで顔を上げさせて視線を合わした後で、そのまま振り回して放り投げた。
この時、観客席から悲鳴が上がったが審判は試合を止める気配を見せなかったので、俺はデッキブラシを構えて近づくと、エリカの弟は明らかに怯えた様子でその場から逃げ出そうとしていたが、怪我のせいでゆっくりと近づく俺から逃げることは出来なかった。
「お前、自分が何をしたのか分かっているのか?」
俺は逃げようとするエリカの弟の前に回り込み、デッキブラシの先端を顎の下に添えて顔を上げさせて話しかけると、エリカの弟は何の反応も見せずに固まったままだった。
「お前のしたことは、陛下の派閥に喧嘩を売ったも同然の行為だ。しかも自分勝手な理由で伯爵たちに何の相談もせずに、敵対派閥に寝返った裏切り者と言うことになる。今回の件はフランベルジュ伯爵家は関わっていないみたいだが、お前個人が何も考えずに馬鹿な真似をしたせいで、下手をすると伯爵家自体が陛下の派閥を裏切ったとみなされるところだった。ここまで言えば、いくら馬鹿なお前でも自分のやったことのヤバさが理解できるよな? もし出来ていないなら、今すぐこの場で言え。陛下の派閥の末席に加わった者であり、フランベルジュ伯爵と同じ派閥に属する者として、俺が責任を持ってここでお前を殺してやる」
もしここでエリカの弟を何もせずに許してしまえば、ウーゼルさんの派閥は他の派閥から舐められるだろうし、フランベルジュ伯爵家は今後長い間針の筵状態だろう。そうなれば本当に伯爵家が他の派閥に鞍替えすることも有り得るし、万が一そうなってしまうと、その原因の一つとなってしまった俺と、俺の養父母であるヴァレンシュタイン子爵家にも被害が及ぶ可能性が高い。
そうなるくらいなら、エリカとフランベルジュ伯爵に恨まれることになったとしても、ここでこいつを殺すという選択もありだ。もしそれで伯爵家が他の派閥に鞍替えすることになっても、元から伯爵家が裏切っていたという方向に持っていくことが出来るかもしれない。
ただまあ、殺さないで済むに越したことは無い。ただ、それはこいつのこの後の行動に掛かっているが……この様子ではあまり期待できそうにない。
そう思っていると、
「ヴァレンシュタイン男爵、そこまでにしていただきたい!」
観客席から仲裁に入って来た者がいた。
「フランベルジュ伯爵」
「ひ、ひひ……」
自分の息子のせいで、勝手に窮地に立たされかけていたフランベルジュ伯爵本人だった。
伯爵は観客席から飛び降りると、まずは審判に向かって、
「審判、勝負は大分前に着いていたはずだ。何故止めなかった! まだ試験の最中だというのなら俺はここで謝罪し引き上げるが、その場合、何故こうなるまで続けさせたのか、伯爵家として正式な場での回答を学園と貴様の派閥に求めさせてもらうぞ!」
伯爵が審判を睨むと、審判はすぐに試合の終了を告げてその場から逃げ出した。
確かに伯爵の迫力はすさまじいが、それでも倒れている自分と同じ派閥の生徒たちをほったらかしにするのはどうかと思ったが……まあ、あの状態の伯爵に睨まれてしまったら、並の胆力しか持っていない奴では仕方のないことだろう。
「誰か、怪我人の回収を頼む!」
「伯爵としても命ずる! この愚息以外の生徒たちの治療を急げ!」
俺の言葉では動きが鈍かったが、流石にフランベルジュ伯爵が命令として出したことで多くの教師が我に返ったようで、すぐに倒れていた生徒たちを訓練場から運び出した。
「さてと……ヴァレンシュタイン男爵」
他の生徒たちが運び出されると、訓練場の中心に残されたのは俺とフランベルジュ伯爵、そして愚息判定されたエリカの弟だけになった。
エリカの弟は俺の試験相手の中で一番酷い怪我をしていたが、伯爵が止めたせいでこの場から移動することが出来ず苦しんでいた。しかし伯爵は、そんな自分の息子に対して回復薬の入った瓶の蓋を数個空けて振りかけただけでその場に置いたままにしていた。
「この度は俺の息子が迷惑をかけた。申し訳ない」
「いえ、こちらとしては大したことではないですから……むしろこちらこそ、少々やり過ぎてしまったみたいで申し訳ありませんでした」
迫力はすごかったものの敵意は感じなかったので、いきなり戦闘になることは無いと思っていたが、急に頭を下げられるとは思っていなかったので少し驚いた。
そしてさらに、
「王太子殿下、私の愚息が陛下の派閥に混乱をもたらしたこと、今ここで謝罪いたします!」
と言って観客席に向かって頭を下げたことにも驚いた。
「その謝罪を受け入れよう。本来ならば伯爵家には何らかの罰を与えなければならないところだが、今回の件は伯爵家子息の個人的な暴走だということは、陛下も私も理解している。よって、そのほとんどの責は子息にあるが、そこのジーク・ヴァレンシュタイン男爵が陛下の代理として十分すぎる程の罰を与えており、それに加えてフランベルジュ伯爵からの謝罪を持って、派閥からの制裁は終了したとみなす。フランベルジュ伯爵家には、以降もこれまでと変わらぬ忠誠を期待する」
そして、何故か紛れ込んでいたアーサーの王族然とした態度にも驚かされた。
「さて……そろそろこいつを連れて行きたいところだが……このままだと、動かすのは難しいな。ジーク、回復魔法とか使えないのか?」
伯爵はエリカの弟を連れて行こうとしたものの、本人が少し動かされただけでかなり痛がっていた為、俺にそんなことを聞いてきたが……ちょっとした怪我ならともかく、俺の回復魔法ではここまでの大怪我を治そうとすればかなりの時間がかかる。
もっとも、自分自身の怪我ならもっと早く治せるし、他人の怪我であっても回復させるだけなら大分時間を短くすることは可能だ。
そのことを伯爵に話すと、エリカの弟の回復を頼まれたのだが……その場合、魔力量にものを言わせて骨や裂傷などを強引につなげるので、醜い傷跡や後遺症が残ることになる。
そのことを伝えると伯爵はすぐに撤回してきたので、代わりにブラントン先生に頼むことを提案した。
ブラントン先生なら俺よりも回復魔法が上手いし、俺やエリカの担任ということもあるので他の教師に頼むよりも信用できる。
「なるほど、彼ならエリカの教師でもあるし、個人的にも信用できるな。そのブラントン教諭はどこに?」
ブラントン先生は俺の監督責任者として控室までは一緒にいたので、その辺りにいるのかと思い探したところ、怪我をした生徒たちの応急処置を他の教師たちとしているのを見つけた。
そんな先生を呼びながら伯爵の横に蹲っているエリカの弟を指差すと、先生は慌ててこちらに走って来た。
「これは……思っていた以上に酷いな。ジーク、やり過ぎだ! 伯爵様、ここまでの怪我だと、私では完全に治すことは出来ません」
「最悪、動かしても痛みを堪えることが出来くくらいまででも構わない。俺もここまでの怪我になるとは思っていなかったが、これに関してはこいつの自業自得だからな」
そう言って伯爵は憤るブラントン先生をなだめていたが、多分俺は後で先生から小言を貰うことになるだろう。
「これで歩けるくらいにまでは回復したはずです。ただ、頭部へのダメージが気になりますので、しばらくは安静にして、すぐにでも専門の治療師に見せるべきです」
「うむ、教諭の言う通りにしよう。助かった。ジークも、今回は迷惑をかけた。この礼は、後日必ず……行くぞ」
伯爵は俺とブラントン先生に頭を下げると、エリカの弟の腕を掴んで立ち上がらせて試験場を後にした。
「とりあえず、これでジークの試験は全て終了だ。この結果なら合格は間違いないと思うが……敵も多く作ってしまったみたいだな」
先生の言う通り、まず間違いなく俺が叩きのめした生徒たちの親やその関係者は俺を敵視するだろうし、他の派閥の貴族も俺を危険視するかもしれない。そして恐らくは同じ派閥の中にも、俺を気に食わないと思った貴族が出てくるだろう。
ただまあ、
「面倒くさくなったら、またしばらく家出しますから、大丈夫じゃないですかね?」
「他の国に行けば、向こうも手出ししやすくなると思うが……逆にジークもやりやすくなるということか」
先生の言う通り、敵の処理は国内よりも外国の方がやりやすい。もっとも、それで倒せるのは敵の下っ端くらいだろうから、大元は叩けないのが難点だが……脅しとしては十分だろう。それに、敵の大元の目の届かない場所で戦えば、その分だけ俺の切り札はバレにくくなる。
「お~い、ジーク! アーサー殿下がお呼びだ! 学園長室に集合だとよ!」
ガウェインは俺の護衛だとか言っておきながら試験が終わったにもかかわらず姿を見せずに、いつの間にかアーサーからの指示を受けていたらしい。
「ガウェイン、俺も行くのか?」
「ミックのことは聞いていないが……監督責任者として、一応行った方がいいんじゃないか? 駄目なら戻ればいいしな」
アーサーが言い忘れたのかガウェインが忘れているのかは知らないが、ブラントン先生は俺の担任だし今回の試験の責任者となっているので、一応ついてきた方が無難だろう。もしそれでいない方がよかったのなら、ガウェインの言う通り引き返せばいいが、もしアーサーやエンドラさんが先生に用があった時にいないとなると、監督責任者なのになぜついてこなかったと叱責される可能性がある。
「確かに行くだけ行っておいた方がいいな」
先生はガウェインの言葉で行くことを決め、俺たちと一緒に学園長室へと向かったが……この後で先生はついてきたことを後悔し、ガウェインをぶん殴ることになるのだった。
「アーサー殿下、エンドラ様、ジークたちを連れてきました」
「入りなさい」
エンドラさんの許可が出てから中に入ると、部屋にはエンドラさんとアーサー、それにエリカが待っていた。
正直、エリカがここにいるとは思っていなかったので驚いたが、よくよく考えれば弟が敵側に与していたので事情聴取と言う形で呼ばれたのかもしれない。
もっとも、それなら伯爵の方が残りそうな気がするが……まあ、何かしらの理由があってのことなのだろう。
そんなエリカは、アーサーとエンドラさんの近いところにいるせいで緊張しているようで、これまで見たことがないくらい大人しくしていたが、部屋に入って来た俺を見て安堵の笑顔を見せた後ですぐに表情を引き締め、さり気なく俺たちの方へと移動して来た。
「あら、ブラントン先生も来たのね。先生には後で報告しようと思っていたけれど、一緒にした方が手間が省けるわね。まずはジーク、あなたの試験結果は合格よ。非公式ではあるけれど、学力試験は第二位相当の点数で、実技試験は文句なしね。そう言うわけで、Aクラスでの卒業資格を与えるわ。ただし、出席日数の関係で、Aクラスの最下位でね」
「あ、はい、分かりました。ありがとうございます」
別に学園を卒業することにこだわっていたわけではないので、卒業資格が貰えるのであればAクラスどころか学園最下位でも構わないのだが、Aクラスの資格を貰えるというのであれば遠慮なく貰おう。
「ところで、俺が学力二位相当の成績ということは、一位はエリカですか?」
「そうよ。卒業試験どころか高等部の三年間、全ての試験で主席を取り続けているわ。これは、カレトヴルッフさん以来の快挙ね」
「なるほ、いたっ!」
中等部の成績からすればそうなるのも納得だ……などと思っていると、すぐそばまで来ていたエリカにわき腹を殴られた。
近くまで来ていたのは気が付いていたが、てっきり俺の成績が気になったからだと思っていたのに、何故自分の成績を聞いて俺を攻撃するのかが分からない。
「あ~……ジーク、フランベルジュ嬢、そろそろ私の方から話をしてもいいだろうか?」
いきなり攻撃してきたエリカを睨むと理不尽にも睨み返されたので、しばらくの間睨み合いが続いていたが、そこに遠慮がちにアーサーが声をかけて来た。
「ああ、そうだった。アーサー、何の用で俺を呼んだんだ? 別に話すだけなら、いつも通りヴァレンシュタイン家に来ればよかったんじゃないか?」
「ジーク! あんた、何を考えて殿下を呼びつけようとしているのよ!」
アーサーがヴァレンシュタイン家にいきなり遊びに来るのはよくあることだったので、俺としてはいつも通りの話し方だったのだが、エリカとしてはありえないことだったらしく怒鳴られてしまった。
「エリカ嬢、ジークとはいつもこんな感じだから気にしなくともよい……と言うか、見知ったばかりの非公式の場であまり硬い口調は疲れるので、エリカ嬢ももう少し砕けた話し方をしてくれると助かる」
「殿下の御前で申し訳ありません!」
エリカはアーサーの前だというのを思い出したのか慌てて頭を下げていたが、焦り過ぎてアーサーの言っていることの意味を理解できていなかったようだ。
「まあ、もう少しすればエリカも慣れると思うぞ。それで、呼んだ理由は何だ? ガウェインはエンドラさんじゃなくてアーサーが呼んでいると言っていたから、俺の試験結果とは別に理由があったんだろ?」
「ああ、そうだ。そのことでエリカ嬢……フランベルジュ伯爵家の関係者も来てもらっている。伯爵も来ていたが、伯爵を呼ぶとなると大事になりそうだったから、学園に所属しているエリカ嬢に代理で出席を頼んだ形だ」
そう言った理由であれば、伯爵ではなくエリカがいたのも納得だ。
「それで、俺を呼んだ理由は……って、エリカをフランベルジュ伯爵の代理で呼んだということは、エリカの弟が敵対派閥に居たことだよな?」
そう尋ねるとアーサーは頷き、エリカの顔色が悪くなった。
「結論から言うと……ジーク、よくやった。伯爵にも言ったが、あの場でジークがフランベルジュ伯爵家の嫡男に制裁を加えたことで全てが丸く収まった。特に、ジークが伯爵家ではなく嫡男の個人的な暴走だと皆の前で言ったことで、伯爵家自体は裏切ってはいないと王家としても堂々と言うことが出来た。もしもあれが無ければ、王家が庇っても伯爵家を贔屓しているといらぬ疑いを生むことになっていた。それに、ジークを父上の代理と言う形で派閥の代表とすることで、今後別の者があれ以上の制裁を加えることは出来なくなった。まあ、多少やり過ぎた感はあるけどな」
つまり、俺がウーゼルさんの代理ということは、俺がやったことはウーゼルさんがやったも同然ということで、決着が付いた以上は今後他の奴が因縁をつける行為はウーゼルさんの決定に逆らうも同然と言うことになるらしい。もっとも、俺はウーゼルさんの代理になった覚えがないのだが……まあ、不都合があるわけではないので別にいいか。
「そう言うわけで、エリカ嬢をここに呼んだ理由は、これ以上王家から何か罰を与えるということは無いというのを改めて伝えるのと、この件で子息を嫡男から外す必要はないと言いたかったからだ。逆に今回の件で嫡男から外したりすると、王家が圧力をかけて追加の罰を与えたとも思われかねないからな」
「陛下と殿下のご恩情に、伯爵家を代表してお礼を申し上げます」
エリカはアーサーの話を聞いて、その場に跪いて頭を下げた。
「それにしても……仮にも鉄製の武器を装備している集団相手にデッキブラシで戦うとか……馬鹿にしていると思われてもおかしくないな。まあ、いい気味だとは思うけどな。それでジークから見て、誰か見どころがある者はいたのか?」
アーサーはエリカを立たせて俺たちに席に着くように勧めると、こちらの方が話の本命だったのだろうというぐらいの笑顔を見せていた。
「まあ、それなりに研鑽を積んでいるように見えたけど、今のままだとあいつらは実戦では使えないな。俺に仕掛けた戦法も、悪くはなかったが通用しなかった時点で別のものに切り替えた方がよかったのに、最後までかえるそぶりをみせなかったしな。多分、事前に打ち合わせた通りのことしか出来ないんだと思う。集団戦の練度に関しても、多分自分たちが確実に勝てる相手……ゴブリンとか自分たちよりも弱くて少数の相手でしかやっていないんじゃないかな? そう言った意味で言えば、エリカの弟はまだ見どころがあったと言えるな。まあ、あの中では一人で向かってきただけ、今後の成長に期待できるかもと言うくらいではあるけどな」
エリカの弟なのだから、それなりの素質は持っているだろうし、あの武器がエリカの弟に合っていないような感じがしたので、自分に合う武器を見つけてちゃんとした訓練を行えば……の話ではあるが。
「まあ、ジークから見ればそうなっても仕方がないか。あの中でうちの派閥の子息が一番可能性がありそうというだけ、喜ばしいというところかな? それにしても……デッキブラシでもあれだけの差が生まれるのなら、もっと弱い武器でもよかったんじゃないか?」
などとアーサーが言うと、
「はは……殿下、あれより弱い武器……例えば、そこら辺に落ちていそうな気の棒でも、結果は変わりません。むしろ、下手に弱すぎる武器を使うと、力の入れ具合を間違えてしまい、かえってあれ以上に酷い結果になることもありえます。素手なら力加減は簡単でしょうが、いささかインパクトに欠けますし、魔法主体となると、それこそ素手以上に瞬殺でしょう。何せこの国で今代の黒と魔法でやり合える者となれば、エンドラ様を除けば片手で数えるくらいでしょうから」
とガウェインが笑って答えた……ところ、
「おい、ガウェイン! ジークが今代の黒と言うのは本当のことなのか!」
真っ先にブラントン先生が反応した。
「あれ? ミックってもしかして……ジークが今代の黒ってことを知らなかったり……するのか?」
ガウェインは先生が俺が今代の黒であることを知っていると思い込んでいたらしく、全員知っているのなら問題は無いと口を滑らせたみたいだが、実は知らなかったと知って顔色を悪くしていた。
「エンドラさん、この部屋の防音は大丈夫ですか?」
「一応、私の魔法で外に漏れないようにはしているけれど……ジークは誰かが近くにいるか気配を探れる?」
「……いえ、少なくともこの部屋の周辺には気配を感じません。エンドラさん以外に何かしらの魔法を使った形跡もありませんから、大丈夫だとは思います」
とりあえず、俺が今代の黒であるということがバレずに済みそうで一安心だが……アーサーは口元に手をやって少し考え込み、
「ミック・ブラントン、ジークが今代の黒であるということは、例え家族であっても秘密にするように。今代の黒であるジークは王族派……いや、この国の切り札の一つにもなりえるもので、どこにどういった敵が潜んでいるか分からない状況で、むやみに広めていい話ではない。これは、ごく限られた者のみが知っている情報だ。幸いなことに、ブラントン家は王族派に属していることと、ブラントン教諭はエンドラ殿とジーク本人からの信頼も厚いとのことなので、身柄の拘束などをする必要はないが……もしこの話を他者に漏らした場合、その責はブラントン家にまで及ぶと心得よ」
「りょ、了解いたしました……殿下、一つお願いがございます」
「何だ? 申してみよ」
「少々、お見苦しいところをお見せいたしますが、不問としていただきたいのです」
先生がそう言うとアーサーは不思議そうな顔をしなが頷いた。そしてその次の瞬間、
「ガウェイン! この、くそったれが!」
先生の拳がガウェインの顔面に命中した。