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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第五章
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第二話

「ヴァレンシュタイン、本当に()()でいいのか? 確か、倉庫に金属製のものがあったはずだが……」

「ミック、こうなったジークに何を言っても無駄だ。それに、木製とは言えかなり上等なものを使っている……と言うか、たかが()()()()に、何でこれ程のものを使っているのかが不思議なくらいだ」

「それは俺にも分からん。もしかすると、誰かが壊れた槍か何かを再利用したものかもしれないが……」


 ブラントン先生とガウェインは、俺が担いでいる()()()()()()を不思議そうに見ていたが、持ってみた感じからすると先生の予想が当たっているような気がする。

 違う色が塗られているが、中等部の頃たまに使っていた練習用の槍と感触が似ているし太さも近い。ただ、個人的な感想ではあるが、握りやすさで言えばデッキブラシ(こっち)の方が断然上だ。

 学園で用意されている練習用の槍の柄は一~二mの丸棒だが、これの柄は一mを少し超えるくらいの八角棒になっている。

 丸棒と八角棒のどちらが使いやすいかは好き好きだろうが、俺としては八角棒の方が角が手に引っ掛かる感じがして持ちやすい気がする。これが終わったら、俺も練習用と実戦用に丁度よさそうな八角棒を探そうかと思っているくらいだ。


「それにしても……改めて見てみると、割とデッキブラシは武器としても向いているかもしれないな……ジーク、ちょっとそれ、俺にも持たせてくれ」


 ガウェインもデッキブラシの利点に気が付いたのか、俺からデッキブラシを受け取った後で、軽く素振りや突きを繰り出していた。


「先が重くなっているし形だけ見たらハンマーやメイスの一種みたいで、実際にこれくらいの固さがあったら武器としては十分使えるな。しかも、ジークの魔法で強度を上げれば、下手な金属製の武器よりも頑丈で威力も出せそうだな」

「それでもって、金属よりも軽いか……ヴァレンシュタイン、気を付けて戦うんだぞ」


 ブラントン先生の言葉に、思わず「何に?」と返してしまったが……先生は呆れた顔をしながら、「相手を殺さないようにだ」と言った。


「それでジーク、防具はどうするんだ?」

「いつもなら皮鎧なんかを使うが、今回はあくまでも学園の試験だからな。だから、学生の正装である制服で出るぞ」


 学園の制服はなかなか頑丈に出来ているし、強度は当然ながら皮鎧よりも劣るがその分柔軟性は上なので動きやすい。そして何よりも、俺がソウルイーターと戦った時は制服だったので、学生相手ならこれで十分だ。正直、裸でも傷一つなく勝てる自信はあるが、流石に俺はガウェインと違って変態ではないので、観衆の面前で裸になる度胸は無い。


「ジーク、なんだその目は?」

「……多分、変人を見る目だな。ランスロ―も学生時代、よく同じような目でガウェインを見ていたからな」


「何故そんな目を向けられるのか心当たりがないんだが……」


 と言ったところで、ブラントン先生が信じられないものを見るような目をガウェインに向けていた。多分俺も同じような目をしていると思うが……まあ、冷静に考えたら、どんな変態であってもそういった行為をしていない時に、急にそんな目を向けられたら困惑してしまうのは仕方がないのかもしれない。


 ガウェインからデッキブラシを受け取ると、そのまま二人と別れて会場の控室に……向かおうとしたところ、何故か二人は俺に着いてきた。


「ヴァレンシュタイン……不思議そうな顔をしているが、俺はお前の監督責任者として同行することになっているぞ」

「俺に関しては、今はジークの御供だからな。ギリギリのところまでついて行くのは当然だろ。ああ、先に行っておくが、俺はジークの御供としてここにいるが、主君はカラード様だからな。変な命令に対しては断る権利があることを覚えておけよ!」


「ちっ!」


 ガウェインを思い通りに使えるかもしれないと思った瞬間に待ったがかけられた俺は、思わず舌打ちをしてしまったが……まあ、それは仕方がない。それに、カラードさんの命令で来ているということは、変なことをすればその責任がカラードさんに向くということなので、周囲に迷惑のかかるような悪戯はしない方がいいだろう。

 もっとも、それでも変なことをするのがガウェインなので、信用して油断するのは危険だが、ブラントン先生も近くにいるみたいだからいつもよりはマシ……だと思いたい。


「その舌打ちは気に入らんが……まあ、そう言うことだ。こき使えなくて残念だったな、ジーク」


 俺の思惑に気付いたガウェインが楽しそうに笑うが、ふと思い出したことがあったので、ブラントン先生を手招きして相談してみることにした。


「……と言うことがあったんですけど」

「あ~……それは少しばかりまずいかもしれないな。ただ、向こうが気にしなければ問題にはならない程度の話ではあるが、逆に問題にされるとヴァレンシュタイン子爵の責任問題になるかもしれないな」


 とのことだった。


「ちょっと待て、ジークにミック! 俺が何をしたと言うんだ! 何でカラード様の責任問題になるんだよ!」


 それを盗み聞きしていたガウェインが叫んだので、俺と先生で、


「エリカに対してのセクハラ」

「それなりに見知った仲とは言え、年下の女生徒……しかも、伯爵家の令嬢に対してのセクハラは、流石に問題だからな。ガウェインの責任者がヴァレンシュタイン()()ではなく子爵の方だとすれば、万が一の場合の責任は子爵が取らなければならないのは当然だろ?」


 と教えてやった。


「ただまあ、フランベルジュ伯爵とヴァレンシュタイン子爵は同じ派閥であり、最近はジークのことで良好な関係を築けているから大した問題にはならないだろうが、フランベルジュ伯爵が問題にしないのとヴァレンシュタイン子爵がガウェインに罰を与えないのは別の話だからな」


 さらに続けて先生が説明すると、ガウェインは少し安心したような表情を見せたが……やはり、カラードさんからの罰があるかもしれないというのは気が重いらしく、明らかに落ち込んでいた。なので、


「まあ、フランベルジュのことだから、特に気にしていないだろうがな。それに、フランベルジュも貴族の子女として、ガウェインみたいな迷惑な奴には慣れているはずだから、同じ派閥同士で下手に騒いで大事にするようなことはしないだろう……って、聞こえてないみたいだな。と言うわけで、ヴァレンシュタインは気にしなくてもいいと思うぞ」


 ブラントン先生の慰めの言葉を聞き逃していた。

 その後は驚く程口数が少なくなり大人しくなったガウェインだが、多分これ以上問題を起こさない為なのと、俺がエリカの機嫌を取ってくれることを期待しているからなのかもしれない。



「ヴァレンシュタイン、装備に関しては問題ないそうだ。まあ、あれで不正な武器だとか言われても困るがな」


 相手側の生徒と顔を合わせて不必要な問題を起こさないようにする為、俺の代わりに武器デッキブラシを見せに行っていたブラントン先生が戻って来た。

 ただ、武器以外の問題はあったようで、


「向こうの生徒代表と監督責任者と鉢合わせてしまってな。それはもう、()()()()()。馬鹿丸出しの下品な声でな」


 先生は大変ご立腹の様子だった。


「大丈夫ですよ、先生。試験が終わる頃には、嗤われるのは向こうになりますから」

「そうだぜミック、そこは逆に嗤ってやるところだ。学園を救った英雄との力の差が分からないのか……ってな!」

「確かにそうだな。あの場でそう言ってやるべきだった。この恥知らずどもが! ……とな」


 などと言って先生は笑い、


「まあ、どうせ向こうの監督責任者はバッケラーゲ辺りだろ? あいつも含めてその仲間たちは、恥と言う言葉自体は知っていても、その意味までは知らないという馬鹿が多いからな。ミックから言われても、あいつらの頭だと理解できなかったかもしれないな」


 ガウェインの発言でさらに大きな声で笑い出した。


「ジーク・ヴァレンシュタイン、そろそろ試験開始の……」


 そのせいで、試験の開始を伝えに来た試験官が困惑する事態が起こってしまった。



(え~っと……あれがエリカの弟かな?)


 先生とガウェインが爆笑していたせいで、少し遅れて会場入りした俺は、俺とは反対側の出入り口付近で待機していた対戦相手の集団を見て、すぐにエリカの弟っぽい奴の目星を付けることが出来た。何せ、


(エリカに似た髪色で伯爵に少し似ているし、何よりも……ボッチみたいだしな)


 今回の相手は、エリカの弟を除けば敵対派閥に関係する生徒か、その派閥と個人的な付き合いのある生徒だったはずだ。だとすれば、エリカの弟とも敵のような関係のはずだ。

 なので、一人だけ集団から離れている男子生徒をエリカの弟だと考えたのだが……


(なんか、めちゃくちゃ俺を睨んでないか? それこそ、他の生徒たちよりも殺気が籠っているみたいなんだが……もしかして、俺の勘違いか?)


 一番俺を敵視しているのも彼みたいなので、もしかするとエリカの弟ではないのかもしれないとも思い始めていた。


(盾持ちの重装備が十人、それ以外が二十人か……前衛と後衛が分かりやすいな)


 エリカの弟らしき生徒は両手剣に皮鎧を装備しているので、多分戦い方はエリカに似たものだろう。


「時間だ。これより、ジーク・ヴァレンシュタインの実技試験を開始する! 勝敗は試験結果に関係ないが、無様な試合はしないように! それでは……始め!」


 俺が会場に入って少し進んだところで、審判が早口で簡単な説明をした後で試験の開始を告げた。

 一応、簡単なルールの説明は事前にブラントン先生から教えて貰ってはいるものの、こちらはまだ会場に入って数十秒程しか経っていないのにもかかわらず、相手側はすでに武器を構えている上に陣形を整えており、おまけに魔法の準備すらしていた。

 つまりこの審判は、敵対派閥に与しているということだ。これでは試験結果は勝敗に関係ないという言葉は守られることは無いだろう。

 などと思っている内に、俺目掛けて魔法が飛んできた。


「一斉に放っても、射線が被らない程度には工夫しているか……まあ、被らないことを優先しすぎているせいで、威力と速度はいまいちみたいだけどな」


 おまけに、俺からだいぶ離れたところに向かっている魔法もあるので、集団相手なら効果的かもしれないが、一人を狙うには少々効率の悪い方法だと言える。

 もっとも、一発でも当たれば倒せると考えて、躱しにくいようにわざと広範囲に放っているのだとすれば、一つの戦法としてはありかもしれないが……これくらいの威力では俺に一発当てた程度では倒すことは出来ないし、一発一発の着弾点の間隔が広い上に着弾までの時間差がかなりあるので、よけながら接近するのは難しくない。


「せめて、着弾した瞬間に周囲に広がるくらいの工夫があれば、俺の服を焦がすことくらいは出来たかもしれないのにな」


 俺は、飛んできた魔法を躱しながら前に進み、魔法が飛んでこなくなったところで一度止まることにした。

 まだ一番近い相手まで百m以上残っているのに、相手側は自分たちの魔法が全て避けられるとは思っていなかったのか動揺しているみたいで、二回目の魔法攻撃が遅れているようだ。そこに、


「早く魔法を撃つのだ! 奴を近づけさせるな! 盾を持っている生徒は、万が一に備えて迎え撃つ準備をしろ!」


 観客席から指示が飛び、相手側は急いで魔法の準備に入っている。盾を持っている生徒たちは、魔法の準備をしている生徒を守るようにして横に広がり始めた。

 ただ、一度目の時と違い余裕を持って魔法の準備が出来ていないせいか、まだ数秒かかりそうだったのでその間に声の主の方に視線を向けると、指示を出していたのはバッケラーゲだった。


「審判! 外野から指示を出すのはいいのか?」


 一応会場の端に移動していた審判に声をかけてみたが、審判は聞こえないふりをしているのか俺の言葉を無視していた。

 その間に、ようやく向こうの準備が終わったようで、もう一度一斉に魔法が放たれたが……今度のは一度目よりもひどかったので、俺はデッキブラシに魔力を込めて、


「よっと!」


 飛んできた魔法を審判の方へと打ち返した。正確に言うと、飛んできた魔法をデッキブラシで受け止め、勢いをつけて審判目掛けて放り投げたという感じだが、一連の動作を素早くすることで、傍から見ると打ち返した魔法が不運にも審判に向かって行ったように見えるはずだ。まあ、そう見えなかったとしても、元々試合中の審判は石ころと同じような扱いなので、もし当たってしまったとしても避けられなかった方が悪い……と、何か言われたらそう言い返そうと思う。


 残念ながら魔法は審判に当たらなかったので、次はバッケラーゲを狙ってみたが……観客席の方には何かしらの仕掛けが施されているようで、バッケラーゲの少し手前で魔法が消えていた。


(あいつらの弱い魔法だと通用しないのかもしれないな。なら、もっと強い魔法を当てるとどうなるんだろう?)


 と、少し興味が湧いてきたのだが……試そうとする前にどこからか強い視線を感じたのでやめておいた。ちなみに、俺が感じた強い視線はエンドラさんのものだったので、もしも本気で試そうとした場合、エンドラさんの魔法が俺を襲っていただろう。


 気を取り直して、試験の続きをするか……と思い、相手の方へと向き直ると……分かりやすい隙を見せていたというのに、あいつらはほとんど元の位置から動いていなかった。


(なんか怪しいな……俺とあいつらの進路上に魔力は感じないけど……魔法以外で何か仕掛けているのか?)


  俺が近づくのを待っているのだとしたら、何かしらの罠を仕掛けている可能性があるが、罠だとはっきり分かるものを事前に仕掛けていた場合、あいつらどころかその所属する派閥すら非難されることになるだろう。

 だとすれば、先程の魔法攻撃の間に仕掛けたということになるだろうが……ここからだと分からないので、あえて最短距離を突っ切ってみることにした。


(あの感じだと、やっぱり何か仕掛けているな)


 俺が一直線に走り出すと、何人かの口元が歪んだのが見えた。


(あいつらが仕掛けている場所は……あそこだな)


 ご丁寧なことに、あいつらの何人かは俺が接近中だというのに、俺ではなく罠が仕掛けられていそうなところに視線を向けて教えてくれていた。もっとも、何が仕掛けられているのか興味があったので、あえてその場所に踏み込んでみたが……期待していた以上に面白いものが仕掛けられていた。


()()()()か! 一回目と二回目の魔法攻撃の時に、土魔法に混ぜてばら撒いたのか? 多少は知恵が回るようだ……けれど)


 俺はさらに速度を上げて、まきびしの上を走り抜けた。

 これには相手どころか作戦を考えたであろうバッケラーゲも驚いていたみたいだが、簡単に土で隠れるようなサイズのまきびしが、戦闘でも使用することを想定している靴の底を貫通するのは難しいし、何よりも魔法で靴を強化すれば貫通するどころか逆にまきびしの方が土に完全に埋まってしまう。

 こんな小細工に使うくらいなら、接近してきたタイミングで撒くか、直接俺を狙って投げつけた方がまだ効果が期待できただろう。


「しっ!」


 相手側には予想外の出来事みたいだったが、それでも流石に学園で訓練を積んでいただけあって、前衛は俺が接近するのに合わせて盾を構え、タイミングを合わせて体当たりを仕掛けて来た。

 それに対して、俺はデッキブラシを思いっきり振るっただけなので、普通に考えれば体当たりでデッキブラシは折れて、俺も吹き飛ばされたのだろうが……


「ぶへっ……」


 強化されたデッキブラシは折れるどころか、逆に盾の上から相手を叩きのめした。


 他の盾持ちの生徒たちは俺が吹き飛ばされると想定して追撃の為の行動に移っていたので、俺を追い越してしまい勝手に背中を見せて無防備な状態で固まっていた。

 そこにデッキブラシを遠慮せずに叩き込んだのだが……流石に後頭部は洒落にならないので、比較的致命傷になりにくそうな尻を狙うことにした。


 盾持ちの生徒はすぐに体の向きを変えようとしていたものの、全身を鎧で固めた上に重たい盾を持っていたせいで急な反転に体がついて行かず、俺を追い越した九人全員が足をもつれさせていて、その内の五人は転んでいる。


「ぐっ!」

「いでぇ!」


 転ばなかったのは俺から近いところにいた奴らなので、まずは二人の肩とケツを叩き、


「づぁ!」

「ぐひゅ!」


 続いてデッキブラシの先端を腕に振り落としてから、転ばなかった最後の一人の胸に突きを食らわせた。

 これでデッキブラシの餌食にならなかった盾持ちは転んだ五人となったが……その五人は転んだ時に勝手にダメージを負ったらしく、一人では立ち上がることが出来なさそうだったので、まだ元気な後衛の二十人を相手にすることにした。


 見たところ、後衛とは言え剣や杖を装備しているので、一応は近接戦の備えをしていたようだが……遠距離からの魔法と盾持ちたちの攻撃で勝負が決まるとでも思っていたのか、せっかく用意していた武器を構えていない奴も多かった。


「いくら何でも舐めすぎだろ……」


 俺と後衛たちとの間には、十m程の距離しかない。それにもかかわらず……いや、試験が開始して自分たちの攻撃が全く効いていないというのに、未だに自分が取るべき行動に移れていない奴らを見て、こいつらが相手の試験では何の意味もないのではないかと思ってしまった。なので、


「少々手荒に行くぞ」


 さっさと終わらせることにした。

 

 後衛集団のど真ん中に飛び込んだ俺は、まず手始めに一番近かった男子生徒の腹に蹴りを入れ、次に左右にいた女子生徒をデッキブラシを叩き込んで昏倒させた。

 この時になってようやく背後の生徒が襲いかかってきたものの、獲物を振りかぶる前にデッキブラシの先端を顔面に突き入れて転がし、強引に前後左右に空間を作った。


「さっさとかかってこい。お前たちは一応俺の試験をする側だろ? なのに、何で俺がお前たちの訓練……いや、()()()に付き合ってやらなければならないんだ? 時間の無駄だ。これならゴブリンを相手にしていた方がよっぽど有意義だ。お前たちと違って、金になる分だけな」


 デッキブラシを肩に担ぎ、仲間がやられても反撃に移れないでいた奴らに向かって挑発すると、ようやく火が付いたようで、次々に怒声を上げながら飛び掛かってきたが……


「芝居の()()じゃないんだから、大声出しながら大振りするな」


 それぞれが勝手に武器を力任せに振るおうとするばかりで、俺との間合いや仲間との連携がすっぽりと頭から抜けているらしく、当たるどころかかすりもしない攻撃しか出来ていなかった。


 そんな奴らばかりなので、軽くデッキブラシで押したり足を引っかけてやるだけで簡単にバランスを崩し、仲間同士でぶつかり合って自爆する奴もいた。


 そんな様子が面白かったのか、観客席の方から笑い声が出始めたが笑われている本人たちは気が付いていないようで、一人また一人と俺のデッキブラシの犠牲となっていった。

 おまけに、何も考えずにかかってくるものだから、俺がバランスを崩してやらなくても勝手に倒れている仲間に躓いたり踏みつけたりしていたせいで、自分たちの仲間の怪我を自分たちがひどくするという、目も当てられないような事態が起こり始めた。

 相手の中には、早くからそのことに気が付き、距離を取って魔法で攻撃しようとする生徒もいることにはいるのだが、そう言った生徒がいくら大声で指示を出しても興奮して突進している生徒の耳には届かず、二十人いた筈の後衛は瞬く間にその数を半分にまで減らしていた。


 俺に突進する生徒の数が減ったことで、間合いを取っていた生徒が魔法を使いだしたのだが、最初に飛んできた魔法をデッキブラシで逸らして倒れている生徒の近くに落としてやると、慌てて放とうとしていた魔法を中断し、審判に何か言おうとしていたが……俺から目を離した瞬間に距離を詰め、デッキブラシの一撃をお見舞いするとそのまま気を失っていた。


(大方、試験を一時中断させて、足元に転がっている生徒たちを移動させるように言おうとしたんだろうけど、中断を進言する前に隙を見せたら意味がないよな……まあ、あの場所から移動してやったから、これで心置きなく魔法が使えるかもしれないけれど……)


 そんなことを考えている内に、思った通り右側から魔法が飛んできたが、


(こんな真っすぐで威力の低い魔法なら、審判にやった時みたいに離れている的に当てるのはさほど難しくないんだよな。数もそこそこ転がっているし)


 飛んできた魔法をデッキブラシで弾くと、その魔法は離れたところに転がっていた生徒に命中してしまった。


(適当に弾いた魔法が当たるなんて、ついてないな)


 これで魔法を使おうとしていた生徒たちは、生半可な魔法では仲間に被害が出てしまうと理解したらしく、次の攻撃方法に工夫を……などとは考えずに、俺に群がってやられた生徒たちと同じように突進してきた。

 これで至近距離からの魔法攻撃に切り替えたのだとしたら多少は見所があったのだが、本当にただ突進してきただけだったので、自暴自棄になった上での行動だと思われる。



「最後まであっけなかったな……いや、まだ一人残っていたか」


 突進してきた生徒たちを叩きのめした俺は、


「ほら、最後に回してやったんだから、さっさとかかって来いよ」


 集団に加わらずに、最後の一人になるまで静観していたエリカの弟に手招きをした。

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