第八話
「ジーク……薬ちょうだい……」
現れたのは、何とディンドランさんだ。ディンドランさんは余程二日酔いがひどいのか、口を抑えながらフラフラと俺の方へと歩いてきた。
「何してるの……ここは関係者以外立ち入り禁止のはずじゃない?」
「私はここの卒業生だから問題ない……はず? それよりも薬……」
何故俺が二日酔いの薬を持っていると思ったのか詳しく聞いてみたいところだが、あいにくそんな薬はもっていない。そう言うとディンドランさんは絶望のあまり頭痛がいっそうひどくなったようで、今にも倒れそうになっていた。
「仕方がないな……ディンドランさん、まずは水を飲んで、そして左手を前に出して、それと右胸の下あたりを触るから、鎧をはずして」
マジックボックスから水筒を取り出して、デインドランさんに渡した。少し苦しそうだったが、中に入っている1Lほどの水を全部飲ませ、服の上から肝臓の上あたりに左手を当てて、空いている右手で突き出されたディンドランさんの左の手首を握った。
「ヒール」
両手で回復魔法を使うと、ディンドランさんの顔色は見る見ると良くなっていき、そして……
「ジーク、ちょっとお手洗いに行ってくる」
足早に校舎の中に入っていった。流石に卒業生というだけあって、ここから一番近くにあるトイレを知っているようだ。ちなみに先ほどの方法は、肝臓がアルコールを分解する力を強める為のものだ。水を飲ませたのは、肝臓がアルコールを分解する過程で体内の水分を多く必要とすると聞いたことがあるからだった。つき出させた左の手首を握ったのは、魔法を体の中で循環させるイメージを意識しやすくするためだ。一応この方法は、以前ガウェインを使って人体実験をしているので体に害はない。あるとすれば即効性が高いので急にトイレに行きたくなるのと……回復後すぐに酒を飲みだすバカが現れることだろうか?
トイレに急ぐディンドランさんを見送っていると、先程まで俺に突っかかってきていた赤毛の女の子がやけに静かなことに気がついた……が、突然興奮しだして俺に詰め寄ってきた。
「ちょっと、あんた! 何でディンドラン様と気安く話してるのよ! し、しかも、ディンドラン様の胸を……」
「いや、胸は触ってないから……あと、気安いのは、住んでいるところが一緒だから仕方がない」
正確には、『同じ敷地内に住んでいる』だが、詳しく話すのは面倒くさいので別にいいだろう。
女の子が何故興奮しているのかわからなかったので、エレイン先輩に助けを求めようとすると、先輩は先輩でディンドランさんが去った方角を、ぼーっと見ていた。
やがて、スッキリとした顔のディンドランさんが戻ってくると、二人はまたも大人しくなってしまった。
「だいぶスッキリした。じゃあ、戻るから」
シュタッと片手を上げて、サマンサさんたちのところへと戻っていくディンドランさん……と思ったら、戻ってきた。
「忘れてた。ジーク、その二人は誰?」
デンドランさんは、先輩と赤毛の女の子を指差して聞いてきた。
「えっと、そちらの青髪の人は、アーサーのいとこでエレイン先輩。そっちの赤髪の子は……知らない」
「そう……ジークは世間知らずだから、仲良くしてね」
それだけ言うと、今度こそディンドランさんは去っていった。どうやら最後の質問は、ディンドランさんなりに心配していたからだろう。俺のボッチな学園生活を……
俺の心に大ダメージを与えて去っていくディンドランさんを見送っていると、急に両腕が引っ張られた。
「ちょっとジーク! 何でディンドラン様が来ているのを教えてくれなかったの!」
「何で、あんたとそんなに親しいのよ!」
グイグイと二人に両手を惹かれる俺。傍から見ると、美少女を両手に侍らせているように見えるかもしれないが、今の俺は大岡裁きで二人の母親に腕を引っ張られる子供の気分だ。
「二人とも、落ち着けって」
二人とも興奮しすぎて、俺の話に聞く耳をもっていないようなので、多少強引に二人から距離をとった。
「ご、ごめんなさい」
「悪かったわよ」
ようやく冷静になった二人は謝罪の言葉を口にしたが、話を聞くことを諦めたわけではないらしい。
だが俺は、「ヴァレンシュタイン家で世話になっているから、その関係で知り合った」以上のことは言わなかった……というより、言えなかった。
(間違っても、裸の付き合いをしました……なんて、口が裂けても言えん!)
裸の付き合いと言っても、別に色気のある話ではないし、もちろんエロもない……いや、ちょっとはある。ただ単に、騎士団の訓練に慣れてきたころ、ガウェインとの初めての訓練でボコボコにされてしまい、一歩も動けなくなった俺をディンドランさんが風呂に入れたというだけの話だ。しかも、ついでだからと言ってディンドランさんも一緒に風呂に入ってきたのだ。初めて見る女性の裸に多少興奮したのは事実だが、それ以上に無抵抗の状態で全身をまさぐられた(洗われた)のは、ある意味トラウマものであった。
流石に次からは俺に同情したランスローさんが助けてくれることになったが、ガウェインだけは大笑いしていたので、それ以来、騎士団の中でガウェインだけは呼び捨てにすることに決めたのだった。別にガウェインは呼び捨てにされても気にしていなかったので、特に意味のない抵抗になってしまったが……
「とにかく、あまり話せないこともあるし、何よりそろそろ会場に行かないとまずくないですか?」
その言葉が決め手で、二人は俺から話を聞くことをやめた。
「じゃあ、先に行くから」
俺はここがチャンスだと思い、二人から逃げるように早足で会場へと向かった。もう遅いかもしれないが、入学前から目立ちたくはなかったからだ。
だが、俺の思惑とは別に、二人は俺の後ろをついてきていた。一瞬、しつこいなと思ったが、よくよく考えてみたら、片方は在学生を代表としてきているみたいだし、もう片方は同じ新入生なので行き先は同じだ。
二人は明らかにディンドランさんのことを聞きたそうにしていた。だが、先程断られたばかりなので流石に大人しくしていたが、それでもディンドランさんに関係のないことは話しかけてくる(主に先輩が)ので、当たり障りのない感じで会話した。
「そういえば先輩。アーサーはやっぱり来ていないんですか?」
「来ていないわよ。彼もなんとか時間を作ろうとしたそうだけど、準備が忙しすぎて無理だったみたい」
「へ~」
俺の言葉を聞いた赤髪の子が、何か驚いた顔で俺に突っかかってこようとしていたが、会場の目の前ということもあり、先輩が寸前で止めていた。
「ところで、あなたたちのクラスは?」
「「Aです」」
先輩の質問に、俺と赤髪の子は声を揃えて答えた。まあ、たまたまなんだけど。俺は赤髪の子のクラスは知らなかったんだし……だから、睨みつけるような目で見るのはやめてほしい。
「なら、入ってステージ下の一番右のにいる上級生に名前を言えば、並ぶ場所を教えてくれるから」
「名前の順……とかじゃないんですか?」
俺の質問に、赤髪の子は「何言ってんだ、こいつ?」みたいな顔をしていたが、先輩は可笑しそうに笑ってそのワケを教えてくれた。それによると、どうもこの学園は並ぶ順番に基準があるそうで、一番前がそのクラスで総合順で一番いい成績の者で、左に行くほど成績が下がっていくらしい。一番前の列がAクラスで、その後ろにBクラス、さらにその後ろにC、D、Eクラスと続く。そしてA~Eと分けられているクラスも成績順となっており、最前列の一番右が主席で最後列の一番左が末席と、ひと目で大体の成績がわかるようになっている。
今年は一クラスが大体二十名、学年で百名と少し在籍しているらしく、現在のAクラスは入試トップ二十名(Aクラスだけ、上限が二十名で固定されている)で構成されているが、今後の努力次第では期末ごとの試験結果(前期・後期の二期制)の入れ替えで居場所が変わるため、正確には暫定の学年トップ二十ということになる。
「ありがとうございました。では失礼します」
大体の説明を聞いたので、さっさとAクラスのところに行く事にした。先輩と話していると、先程から周囲の視線が容赦なく俺に向けられているのだ。しかも、何故か女子生徒ばかりから……
「待ちなさいよっ!」
さらに俺の後ろを赤髪の子が追いかけてきたせいで、今度は男子生徒からの視線もぶつけられた……まあ、先輩の時にも男子生徒の視線を感じていたが、どうもこの学年では女子生徒は先輩派、男子生徒は赤髪の子派が多いようだ。
先輩に言われた通りに上級生のところへ行くと、何故か赤髪の子が勝ち誇ったような顔をしていた。
「エリカ・フランベルジュです」
「フランベルジュさんですね。Aクラスの先頭です。それと、新入生代表の挨拶がありますので、係の者と打ち合わせをお願いします」
「分かりました」
教えられた席は一番前の一番右……つまり、赤髪の子は主席入学した生徒ということだ。だからさっき勝ち誇ったような顔をしていたのか……今も俺の方を見てドヤ顔をしているが、試験を受けていない俺としては、そもそもAクラスの基準がわからないのでどう反応していいのかわからない。
「ジーク・ヴァレンシュタインです」
「ああ、あのヴァレンシュタインくんですか! 最前列の一番左です。がんばってください」
俺の名前を聞いた時の反応に少し引っかかるところがあったが、取り敢えずありがとうございますと返して指定された場所へと向かった。
ふと振り返ると、赤髪の子……エリカが上級生に詰め寄っていたが、上級生は困ったような顔で代表挨拶の係の方へと誘導していた。
渋々と言った様子で上級生の指示に従ったエリカは、最後に俺をキッと睨んでから係の所へと向かっていった。何故あそこまで敵意を向けられるのか分からないが、取り敢えず遠くへ離れたのでゆっくりできそうだ。
指示された場所でしばらく並んでいると、壇上にやけにガタイのいい男性教師が上がり、入学式の注意事項が述べられた。男性の前にはマイクの様な道具が置かれており、それのおかげで広い会場の隅まで声を届けることができているようだが、そんなものがなくても十分地声だけで声を届けられそうな見た目をしている。
男性の注意事項が終わると、入れ替わる形でエレイン先輩がマイクの前に立ち、入学式の開始を宣言した。最初は学園長の挨拶からだそうで、エレイン先輩に紹介された女性が壇上の中央に進んだ。
この女性、見た目は三十代後半~四十代前半に見えるのだが、実際は五十代後半らしい。何故そんな情報を俺が知っているかというと、俺が学園に入学するきっかけとなったサマンサさんの知り合いというだけだはなく、実はサマンサさんの師匠にあたる人物であり、俺のにとっては先生の師匠のような人物になるということで、サマンサさんが教えてくれたからだ。ちなみにこの情報を俺に教えたサマンサさんは、教えているところをバッチリと学園長に見られており、俺の見ていないところに連れて行かれていた。
学園長の話は小難しく言ってはいるものの、要約すると「入学おめでとう、これから頑張ってください」という感じだった。特に聞かなくても大丈夫な内容みたいだったので、途中から立ったまま眠っていたら、不意に殺気が向けられた。
驚いて殺気を出している人物に目を向けると、それは壇上で話をしている学園長だった。器用にも学園長は、前を向いて話をしながら俺にだけ殺気を飛ばしている。流石にサマンサさんの師匠だけのことはあると思ったが、すぐにサマンサさんが俺に学園長の年齢を教えたあとの状態を思い出してしまい、冷や汗が出てきてしまった。
なので、今からでも真面目に話を聞こうと思った瞬間、丁度学園長の話が終わってしまい、代わりにエリカの新入生代表挨拶に移ってしまった。
学園長は中央をエリカに譲り、自分は横の邪魔にならないところに移動したが、移動する時にさりげなく俺を見ていた。その時見えた学園長の顔は微笑んでいて、それが「一度だけは許す」なのか「あとで覚えていろ」なのか判断がつかないのが恐ろしかった。そのせいでエリカが何を言っていたのか、全くと言っていいほど耳に入ってこない。
緊張の中、無事にエリカの代表挨拶も終わり、俺たち新入生はクラスごとに教室へと移動することになった。その移動の最中、やけに注目されているなと思っていたのだが、入学式の日にあんな騒ぎに巻き込まれてしまったせいだと考えることにした。実際にそれしか原因が思いつかないし……
教室につくと、黒板に書かれている席に移動するようにとこのクラスを担当する教師から言われ、クラスメイトたちはそれぞれ自分の席へと移動していった。
俺の席は一番後ろの一番左の席で、俺としては特等席だと思うのだが、どうやら入学式の日においてはクラスで一番学力が低い者の席となっているようだ。しかも、クラスメイトたちは試験の日に見かけなかった俺を遠巻きに見ているだけで、誰も話しかけてこようとはしない。
「静かに!」
ざわついているクラスメイトたちを、担任が一言で黙らせた。
「一番前の一番右の席のものから自己紹介を」
担任はそう言って、教壇においた椅子に座った。
俺の席が一番学力が低い席ならば、一番前の一番左の席はクラスで一番学力がいい席ということだ。つまりこのクラスにおいては、新入生代表を務めたエリカの席となる。
「エリカ・フランベルジュです。私は今代の『赤』になります。以上」
実に短い自己紹介に、クラスメイトは疎か担任まで驚いた表情を見せていた。そんな状況の中、当のエリカはこれ以上話すことはないといった感じで座ったままだ。なので、拍手をしてみたのだが、エリカに睨まれてしまった。
「……次」
俺の拍手で我に返った担任が、次の席のクラスメイトに自己紹介をするように促した。担任の作った流れに乗って次々と自己紹介をしていくクラスメイトたち。その自己紹介で分かったことは、このクラスには貴族が多いということだ。
貴族の数は十五人。つまり俺を除くと、平民は四人しかいないということだ。まあ、貴族の子女は幼い頃から家庭教師がつけられることが多いので、勉強面で見れば当たり前と言えばそれまでだが、他の四人の平民のクラスメイトは貴族に囲まれて肩身が狭いようだ。
(狙いはその四人だな……)
俺がこの学園に入学したのは『友人をつくる』という目的が大きいので、狙うなら同じ身分の四人だろう。自由な時間が出来次第動いてみるとするか。
「次」
考え事をしていたら、ようやく俺の順番が来たようだ。これでこのクラス最後の自己紹介になるので、他のクラスメイトたちから『早く終わらせろ』みたいな空気が漂っている。
「ジーク・ヴァレンシュタインです。ヴァレンシュタインを名乗っていますが、これは便宜上貸してもらっただけなので、血縁関係はありません。よろしくお願いします」
簡単に自己紹介をして、一礼してから椅子に座った。ヴァレンシュタインと聞いて、エリカを除いたクラスメイトたちは一瞬驚いたようだが、すぐに納得したような顔をしていた。
実はこの学園では生徒が主家の性を借りるというのは、よくあるとまでは言わないがあまり珍しいことでもないのだ。それはその貴族が目をつけて入学させた子供が、他の貴族に引き抜かれないようにする為だったり、自分の有力な家臣の子供に箔をつける目的で名乗らせたりするのだ。もちろん、そういった生徒を他の貴族が引き抜くことは御法度とされており、破った場合は貴族社会で村八分にされることもありえるそうだ。ちなみに俺の場合は前者の意味合いが強いと思う。まあ、本当の目的は『無いと不便』だからなのだが、例え引き抜きの話があったとしても、ヴァレンシュタイン家を離れることはないだろう。居心地がいいし。
「ああ、そうだ。ヴァレンシュタインはこの後で話があるからついてくるように」
「えっ!」
自己紹介のあとは学園での注意事項が担任から説明がなされ、それが終わっていよいよ自由時間となるはずだったのに、担任が思い出したように俺の名を呼んだ。せっかくこれから平民のクラスメイトに声を掛けようと思っていたのに……
「学園長からのご指名だ……入学式で寝すぎたからかもな」
俺の入学式での所業は、この担任にもバレていたようだ。担任は、同情しつつも馬鹿なことをしたなとでも言いたそうな顔をしている。
そのままドナドナされること数分、俺は職員室から少し離れた場所にある個室へと案内された。学園長室だ。
「学園長、ジーク・ヴァレンシュタインを連れて参りました」
担任がドア越しにノックしながら声をかけると、ドアがひとりでに開いた。
「ジーク、入ってらっしゃい」
「それでは、私はここで失礼します」
ドアが開いて学園長の姿が見えると、担任は学園長に一礼して戻って行った。
「失礼します」
「しばらくぶりね、ジーク。壇上で見つけた時とても退屈そうにしていたから、会わない間に私のことを忘れてしまったのかと思ったわよ」
学園長……エンドラさんは、俺が部屋に入って早々に嫌味を言ってきた。これは少しヤバいかもしれない。口元は笑っているが、目は全く笑っていない。あれは、サマンサさんが俺にエンドラさんの年齢をバラして連れて行かれた時と同じ顔だ。
「申し訳ありません。昨日の夜は、入学式が気になってあまり眠れなかったものですから……つい」
「そういう繊細さとは縁がないでしょうに、全く……まあ、今回はそういうことにしておきましょう。それで、ジークを呼んだ理由だけど……単刀直入に言うと、あなたはこの学園生活に置いて、常に力を抑えて行動するようにしなさい」
抑えると言っても手を抜くのではなく、能力を制御するという意味らしい。ただし、それは実技関連のみだそうで、勉学では抑える必要はないとのことだ。むしろ、そっちで手を抜いたらエンドラさんが直々に教育してやると言われた。
「それは分かりましたけど……大丈夫ですかね? 一応この学園、特に自分のいるAクラスは、かなりの実力者の集まりなんですよね? 危なくないですか?」
全員の実力を知っているわけではないけれど、主席入学したエリカはかなりの実力を持っていそうだし、あのエレイン先輩も強そうだった。
そのことをエンドラさんに伝えると、
「ぷっ! あなた、そんな心配をしているの? 確かに、主席だったフランベルジュさんも実力者と言って間違いないし、カレトヴルッフさんも中等部一と言っていいくらいの実力を持っているわね。でもそれは、あくまでもこの学園内での話よ。この国で一番の精鋭揃いと言われるヴァレンシュタイン騎士団で揉まれ、そのトップスリーともやり合えるようなあなたにとっては、この学園のトップクラスであっても格下の存在よ。それこそ学園の教官であっても、戦闘力だけを見ればあなたには敵わないわ。私を除いてね」
そうか、強いとは思っていたけど、ヴァレンシュタイン騎士団はこの国一だったのか……すると、何か? あのガウェインは、この国一の騎士ということになるのか? いや、風貌から言ってランスロ―さんの方が一番の騎士という感じがするから、ガウェインはこの国で少なくとも二番目以下の騎士だな。
「ジーク? 何かくだらないことを考えているような顔をしているけど、そういうわけだから、実技関連ではちゃんと力を抑えるのよ。それと、個人的な喧嘩でもね。じゃないとあなたの実力なら、学園生くらい簡単に殺せるからね。だから、今の属性レベルを聞かれた時は、半分以下で答えなさい。それでも学生としては規格外だけど、私の孫……弟子でヴァレンシュタイン騎士団で揉まれていたと言えば、怪しまれはしても真っ向から疑われることは無いはずよ。ああ、でも、フランベルジュさんに対しては、少しくらい力を出していいわ。あの娘は伸びしろがかなりありそうだから、競える相手がいればかなり強くなるはずよ。それこそ、あの娘の目標である、今代の『赤』になれるかもしれないわね」
「分かりました」
今代の赤とは、その属性に置いて特別な存在……レベル10に至った者のことだ。属性レベルが10に到達する者はその世代に一人しかいないと言われているので、『今代の~』という呼ばれ方をする。
(そういう意味だと、俺は『今代の黒』なんだよな……エンドラさんは、『今代の緑』だし)
赤や黒、それに緑という呼び方をするが、赤は火で黒は闇、緑は風のことだ。これは大昔、属性は色で分かれていると考えられていた時代に作られた言葉だからと言われている。ちなみに、今でも光は白、闇は黒で呼ばれているがこれには理由があり、今の主流の考え方だと、光魔法と闇魔法は違うものだが他の属性と比べるとこの二つはかなり近いものであり、光魔法に適性がある者は闇魔法にも適性があることが多くので、二つの属性は根本的には同じもの、もしくは非常に近いものとされているからだ。
ただ、宗教的な考え方では違うこともあり、光は善、闇は悪のような考え方をすることもある。馬鹿らしい話で、光属性が得意な者でも普通に犯罪者はいるのだが、そう言った宗教関係者には都合の悪い話なので、そう言った場合は『光属性のレベルが高いだけで、実際は闇魔法の適性が高い』ということになるらしい。
「彼女が今代の赤になれば、レベル10はこの王国で三人目になりますね」
「あなたのことは当分秘密にするそうだから、それまで表向きは私一人だけということだけどね。まあそういうわけだから、この王国の為にも彼女の成長に協力してやってちょうだい」
エンドラさんの言う通り、王国の為になるのなら彼女の成長を手助けしてもいいだろう。ただ問題は、何故か彼女が俺を敵視しているようだということだけど……まあ、何とかなるか。ならなかったらならなかったで、仕方のないことだったと諦めよう。彼女に対して、そこまで深入りする義理は無いし。
「それじゃあ、俺は教室に戻りますね」
「ああ、少し待ちなさい。今戻っても、中途半端なところから説明を聞くことになるわ。説明することは基本的に毎年変わらないし、あなたへの説明は私の方からすると担当の教諭に伝えているから、それを聞いてから戻りなさい」
エンドラさんの説明は、基本的には事前に配られた資料に書かれていることとさほど違いは無いが、Aクラスに在籍している生徒に関しては、年に数度行われる試験結果によっては問答無用で下位のクラスに落とされるし、下位のクラスの生徒に成績で抜かれても入れ替えが行われるとのことだ。その代わり、申請すれば学園にある様々な資料(個人情報や機密情報といった一部を除く)の閲覧や寮の個室使用の優先権といった特権が与えられる。
他にも色々(授業料や教材費の免除や卒業後の希望職種への推薦など)あるので、入れ替えはかなり激しく、卒業時に入学当初の面子が半数以上変わっていたというのはよくある話で、過去には何度か全員が入れ替わっていたということもあるそうだ。
「だから、卒業まで死ぬ気でAクラスを死守しなさい。仮に今下位にいる生徒が傑物揃いだったせいで落ちてしまったというのなら仕方がないけれど、間違っても怠けて落ちたとかだったら……分かっているわよね? それと、バイトはしてもいいけれど、それも成績を落とさない程度にしなさい」
一応、中等部の一・二年生は滅多なことでは外出できないとなってはいるが、それだと平民出身の生徒は経済的に苦しむ可能性が高いので、許可があれば外でアルバイトが出来るのだ。もしくはそう言った生徒に限り、実家から通うことも可能とされている。
Aクラスクラスに在籍しているとそう言った許可が下りやすくなるのだが、基本的にAクラスに入ってくるような生徒は金銭に困っていないか、困っていてもクラスを維持する為に我慢することが多い。
「今のところ、外でアルバイトをする予定はないですね。一応、サマンサさんから前借りという形でお小遣いを貰っていますし……ああ、でも『ギルド』へは一通り行っておきたいですね。外での実習の時に、少し小遣い稼ぎしたいと思っていますので」
学園での授業は大きく分けて、座学と実習がある。基本的には前世の学校と変わらないところも多いが、大きな違いとしてはこちらの世界には魔法があるのでその為の授業と、戦う為の戦闘術と戦術の授業があり、それらの成果を試す為の実戦訓練もある。
その実戦訓練には学園内で監督者の元で行われるものと、王都の外にでて魔物が出る森で行うものがある。学園内では基本的に監督者が目を光らせているので、滅多なことでは命に関わるような事件事故は起こらないが、王都の外で行われる実戦訓練は監督者の数が増えるものの、範囲が広い上に目の届かないところが多くなる。その為当然のことだが、前世の授業よりも怪我の危険性は格段に高い(というより、怪我人が出ないことの方が珍しい)し、命の危険もある。
実際にそこまで頻繁にあるというわけではないが、外での実戦訓練で命を落とした生徒は二桁に上るし、直近だと昨年の一年生(現二年生)のグループが実戦訓練で外へ行った際に魔物の群れに襲われ、数名が重傷負い、その内の一名が亡くなっている。
そんな危険と隣り合わせの実戦訓練だが、基本的に自分が倒した魔物や収穫した物は個人の所有物となり、学園が買い取ってくれる。ただし買い取る際、油断していると買い叩かれることもあるので、そうならない為に自身の知識と目を鍛える必要がある。それが難しいのなら、信頼できる者を見つけて代わりに交渉してもらうか、外の業者を納得するまで回るしかない。もっとも、売り物の多くは時間が経つと痛んで価値が無くなるものが多いので、多少買い叩かれたとしても、慣れないうちは学園に買い取ってもらうのが無難ではある。
「まあ、あなたの実力だと、外での訓練は絶好の小遣い稼ぎの場よね。いいものが手に入ったら、私のところに直接持ってきなさい。学園の担当が買い取るよりは高い値を付けるわよ」
「でも、結局相場より値切るんですよね? 俺、マジックボックスの魔法が使えますから素材の長期保存が可能ですし、容量もサマンサさん以上にあるんですよ」
この世界単位で見れば、マジックボックスを使える者は確認されている者だけでもそれなりの数がいるものの、そのほとんどは肩掛けのカバン一個から二個分の容量という感じで、もし仮に四人程度が乗れる馬車一台分の容量があるマジックボックスを使えるとしたら、かなりの好待遇で軍や貴族に迎え入れられるそうだ。しかもその場合、年間の給料が爵位持ちの貴族の年間収入を上回ることも珍しくないし、肩書だけではあるが爵位持ちの貴族になれることもあるそうだ。
そんな貴重な魔法だが、サマンサさんのマジックボックスは馬車一台どころか五台分は優にあるそうで、俺は現時点でそんなサマンサさんと同等以上の容量を持つマジックボックスが使えるのだ。
「流石は今代の黒と言うところね……まあ、いいわ。とりあえず、ものによっては相場以上の値段を付けるから、忘れずに私のところに持ってきなさい」
エンドラさんのお目当てのもの以外は値切られそうだが、後々のことを考えると特に使い道のないものは値切られてもエンドラさんに売った方がいいかもしれない。
「それじゃあ、俺は教室に戻りますね」
「ええ、学園生活は数年しかないのだから、ちゃんと楽しむのよ。それと、彼女が出来たら、真っ先に教えなさいね。学園の生徒の悪口は言いたくないけれど、ヴァレンシュタイン家を利用しようと近づいてくるのもいるはずだからね。あなたは表面的な悪意には気付けても、貴族的な悪意はまだ難しいでしょ?」
確かに、あの『高貴な少年』のように、誰もかれも分かりやすく悪意を見せてくるはずはないし、むしろ初対面であそこまで直接ぶつけてくる奴は珍しいはずだ。
誰の目から見ても明らかに犯罪行為だと分かるようなことをしてくるのなら、こちらも力で排除することは簡単だろうが、陰でこそこそとやられた上で後ろ盾を使われたら、俺だけでは対処するのは難しいだろう。しかも、あいつの後ろには教頭がいるみたいだし。
「一応、教頭には釘を刺しておいたけれど、効果は薄いでしょうね。だから、教頭が何かして来たら、それも私に報告しなさい。私のま……弟子にちょっかいをかけるということは、私に喧嘩を売っているのと同じことだから、ジークの代わりに思い知らせてあげるわ」
エンドラさんも、あの教頭に対しては思うところがあるようだ。それも、付き合いが長そうな分だけ余計に。
ただその言い方だと、俺のことを思ってなのか自分の恨みをぶつけたいのか分からないが、面倒な相手を引き受けてくれるというのだから、これに関しては素直に報告しよう。俺の分の恨みを晴らすのは、エンドラさんの後でいいしな。
エンドラさんに「分かりました」とだけ返した俺は、そのまま学園長室を出てAクラスの教室に向かった。ただ、学園長室へは案内されて向かった為、帰りはクラスへの道を少し間違えてしまい、想定以上に時間がかかってしまった。