第十五話
2024年最後の投稿です。
来年もよろしくお願いします。
「それまで!」
ディンドランさんが終了の合図を出すと、エリカは腰が砕けたかのようにその場にへたり込んで体を震わせていた。
「エリカ……」
本気を出せとのことだったので俺なりに考えた上で、黒の能力を十分に活かしつつ、俺の被害を最小限にして確実にエリカを殺すことが出来る戦法を選んだのだが、少しやり過ぎてしまったのかもしれない。
そう思ってエリカに声をかけようとした時、エリカは弾かれても手放さなかったハルバードを杖代わりにして何とか立ち上がった。そして、
「ジーク……もう、一回……」
まだ少し震えながらも、ハルバードを構えながら再戦を申し込んで来た。
エリカの精神的なダメージが抜けていない状態でもう一度戦っても大丈夫なのか俺では判断が出来なかったのでディンドランさんに目配せをして確かめると、ディンドランさんが黙って頷いたのでエリカから少し距離を取って剣を構えた。
「始め!」
「ふっ!」
今度も先手を取ったのはエリカだったが、先程とは違いハルバードに魔力を纏わせているようだ。
魔力で力と武器を強化して短期決戦に持ち込むつもりなのかと思ったが、それでは前と同じように空振りと分かっているはずだから別の目的があるのかもしれない。
そう思って今度は幻は使わずに、こちらも剣に魔力を込めて迎え撃とうとしたが、
「はぁっ!」
エリカが再度気合を入れたかと思うと、ハルバードから炎が噴き出して俺に襲い掛かって来た。
「打ち合わせないつもりか」
とっさに後ろに飛びのいて炎を躱したが、もし反応が遅れるかハルバードを剣で受けようと構えていたら、間違いなくあの炎は俺は大やけどを負っていただろう。
「伯爵家での訓練の時の魔法だな?」
エリカは質問には答えずに、後ろに下がった俺を追いかける形でハルバードを振るい続けた。
確かにこの技なら近づくだけでダメージを与えることが可能なので、先程のようにエリカの間合いの中で躱し続けることは出来ない。
しかし逆に言うと、ハルバードの間合いに入らなければダメージを受けることは無く、エリカは魔力と体力を無駄に消費することになるだけだ。
確かにエリカは勢いに乗ると強くなるタイプだが、常に魔力を使いながら攻撃を仕掛け続けることは難しく、どこかで呼吸を整えないと息切れを起こして動けなくなるだろう。そのタイミングで懐に潜り込めば、確実に勝てる。
そう思った瞬間、エリカのハルバードの炎が少し弱まった。
(今っ! ……じゃない⁉)
息切れが近いと判断して突っ込もうとした瞬間、ハルバードの炎が間合い以上に伸びてきて、俺のところまで届きそうになった。
すぐに突っ込むのを止めて回避したが炎は俺の顔をかすめ、俺の髪の毛を数本燃やして頬に軽い火傷を負わせた。
しかも、回避の前の無駄な一瞬をエリカが見逃さずに距離を詰めて来たせいで、ハルバードの本体がギリギリ届かないと言ったところまで接近を許してしまった。
(刃は届かないけど、炎は十分届く位置か……それならさっきみたいに)
俺は先程エリカをハメた時と同じように、魔法でエリカの背後に回ろうとしたが……
(クソっ! これだから火の魔法は厄介だ!)
エリカがハルバードを振るうたびに起こる熱風が斬撃や炎の後に遅れて襲ってくるせいで、回り込むのが困難になっていた。
ただ、多少のダメージは受けたものの致命傷になりそうな攻撃は今も回避し続けることが出来ているので、このまま躱し続けていればエリカの魔力が先に尽きるだろう。
ただ、それを選んでは俺が負けるのと同じ……いや、それ以下だ!
ディンドランさんはエリカと戦う前に、俺とエリカの差を確認しろと言った。これはエリカにしてみれば、『差を見せて貰え』ということだろう。
それなら俺のやることは、エリカの攻撃を回避し続けるのではなく、正面からこれをねじ伏せること……ならば、
「ダインスレイヴ……喰らえ!」
まだ出していなかった力を見せつける。
「ぐっ……あっ……」
至近距離からダインスレイヴを向けられたエリカはそれまでの勢いが嘘のように鈍り、燃え盛っていたハルバートの炎も消えかけていた。しかし、それでもエリカの動きは止まらずに、無理やりにでもハルバードを振るおうとしたので、
「シャドウ・ストリング」
ハルバードを振るうことが出来ないように完全に動きを封じた。
「それまで!」
動けなくなったエリカを見たディンドランさんが終了の合図を出したので、俺はシャドウ・ストリングを解いてエリカを解放したのだが……
「誰だ!」
「のわっ!?」
離れた茂みの中に不審者の気配を感じたので、すぐにシャドウ・ストリングを飛ばして捕縛した。
「ディンドランさん!」
「分かっているわ!」
何かを捕まえた手ごたえがあったので、万が一にも逃がさないようにディンドランさんにも声をかけて捕縛したものの正体を確かめに行くと、
「……これは、まごうことなき不審者だね」
「そうね……どうしましょうかしら?」
茂みの中には、長い時間行方不明だったガウェインが転がっていた。
「いや、どうしましょうかしら? ……じゃなくて! さっさと糸を解けよ!」
いかにも不審者の言いそうなセリフだったので、ちょっとしたいたずら心で、
「もしかしてこの不審者……ディンドランさんのあられもない姿を覗きに来たのかも?」
とふざけて言ってみたところ、
「おい、ジーク……お前、言っていいことと悪いことがあるぞ。何で俺がこいつの裸なんぞ覗き見しなけりゃいけないんだ? こいつの裸を除くくらいなら、街でもっとかわいい娘を探すに決まっているだろ!」
などと言い出した。
ガウェインにしてみれば悪ふざけに対して悪乗りして返しただけのつもりだろうが……それは色々な意味でアウトだ。
まず、ガウェインの言葉の後半部分に関して言うと、ストーカーや覗きと言った複数の犯罪行為を示唆しているし、言い方からすると前科がありそうでもある。
そして最大の問題は……ディンドランさんの前でディンドランさんを堂々と貶したことだ。
「ジーク、この糸って、どれくらいの強化があるの?」
「え~っと……一本で六十kgちょっとくらいまで耐えられるのを三本編んでいるので、百八十kgくらいだと思います。まあ、誤差はかなりあるかもしれませんけど」
前に実験してみたところ、それくらいの重量のものを釣り上げることが出来ていたのでそれを基準にしているのだが、誤差は絶対にあると思うので確実ということは言えない。
「そう、まあいいわ……それで、ちょっと気になったから聞くけど……私だと、何人分くらい釣り上げることが出来るかしら?」
「四人分だと思います!」
少し強度に不満がありそうディンドランさんだったが、一体何をするつもりなのだろうと思っていると、絶対に答えを間違えてはいけない質問を俺に投げかけて来た。
そんな質問に俺は脳みそをフル回転させて答えたが……答えた後で少しわざと過ぎたかかもしれないと、俺をじっと見つめてくるディンドランさんを見て思った。
「ジーク……流石にそれは大げさよ。せいぜい三人と半分くらいね」
と言って笑顔を見せたので、俺の答えはディンドランさんにとって十分満足できるものだったらしい。
もったいなかったがアラクネの糸を適当なところで切ってディンドランさんに渡すと、そのままディンドランさんは縛られたままのガウェインを引きずってどこかへと消えていった。
そんな二人を見送っていると、
「ジーク……悪いんだけど、肩を貸してくれない? 立てないんだけど……」
地面に座ったままのエリカが遠慮がちに声をかけて来た。
「そう言えば、ダインスレイヴに至近距離から喰われていたな」
ダインスレイヴの能力を知っていれば、距離を取るか身体を魔法で強化すればもう少し被害を抑えることが出来たかもしれないが、何も知らない状態で至近距離から魔力を喰われれば立てなくなるのは当然だろう。
「……喰われるって何よ?」
エリカに肩を貸して立たせると、エリカは先程の俺の呟きを聞いて不安そうな顔をしていた。
まあ、エリカなら別にダインスレイヴの能力を知ったとしても他所に漏らすことは無いと思ったので教えたのだが、
「何よそれ、反則じゃない⁉ 相手の魔力を奪ってそれを自分のものにして、あの威力の高い魔法を放つことが出来るんでしょ? ずる……いや、やっぱりずるいわね!」
そんなことを言われてしまった。まあ、確かにダインスレイヴを使われた相手からすればずるい能力なのだろうが、それを俺に言われても困る。何せ、ある意味でこの能力は生まれ持ったものなので、俺が設定したものではないのだからな。
「……まあ、そんなことをジークに言うのは間違いなんでしょうけど、やっぱりずるいわよ。私も欲しいくらいの能力だわ!」
エリカは起こっているのか褒めているのか分からないことをずっと言っていたが、流石に屋敷で駆けつけて来たメイドに代わってもらう頃には大人しくなっていた……と言うか、やはり屋敷にいたほとんどの関係者は、俺とエリカの戦いを見ていたようだ。
遠くから視線を感じていたのでそうだろうとは思っていたが……多分ディンドランさんは、エリカに相談される前から根回しでもしていたに違いない。
でなければ俺はともかくエリカの魔法は夜だと目立ち過ぎるし、何よりも中庭でいきなり火の手が上がったというのに誰も駆けつけなかったのは、仮に気が付かなかっただけだとしたら怠慢どころの話ではない。
そう思いながら部屋に入ろうとしたところで、
「何逃がしているんだ、ディンドラン! 早く回り込め!」
「そう思うなら、腰を痛めないでください!」
外からそんな怒鳴り声が聞こえて来た。どうやらガウェインはアラクネの糸から逃げ出したようだ。まあ、流石に強度の高いアラクネの糸でも、ガウェインみたいな大男を引き摺っていれば地面との摩擦で切れてしまうのは仕方のないことだろう。
聞こえてくる音からすると、追いかけているのはディンドランさんとバンさん以外にも多数いるようで、普通の人間ななほぼ確実に捕まるのだろうが、相手はガウェインなので逃げ切る可能性が高く、もしかするとこの部屋に隠れようと侵入してくるかもしれないので、俺は万が一に備えてドアにカギを変えてからノブをアラクネの糸で固定し、更にその糸の端をマジックボックスから取り出したヤカンにつなぐことで、誰かが鍵を開けて侵入しようとすれば大きな音が出るような仕掛けを施した。
ついでに窓の外側にわなを仕掛け、内側にもドアと同じように音の出る仕掛けを施せば、もし侵入者が現れても即座に行動が起こせるだろう……などと考えてから眠りについたのだが、夜中にガウェインが戻って来ることは無く、仕掛けを作動させたのは朝食の時間になっても現れなかった俺を呼びに来たエリカだった。
しかもエリカは、俺の仕掛けが自分を驚かす為のものだと勘違いしてしまい、子供っぽいいたずらをするな! と、食堂に行くまでの間ネチネチと小言を言われてしまうのだった。
「あれ? ディンドランさんたちは?」
食堂に入ると、朝食は俺とエリカの分しか用意されておらず、ガウェインは当然のことながら、ディンドランさんや他の騎士たちの姿も無かった。
「ディンドラン様は、ガウェインさんの捜索で朝方まで動いていたそうで、私たちよりも先に食事を済ませたらしくて、今は寝ているわ」
一応、エリカは同室のディンドランさんを起こして食事に誘ったそうだが、ディンドランさんからそう説明されたので一人で食堂に来たところ、俺がまだ来ていないとメイドから聞いたので迎えに来たとのことだった。
食事中、何人かこの館の騎士が食堂に来たが、あまり接点のない俺たちに近寄って来る奴はおらず、離れたところから何度か視線を感じる程度だった。
食事を終えた俺たちは、ディンドランさんが起きるまで自由時間ということで別行動に移り、俺は一度部屋に戻ることにしたのだが……窓の外の罠がちゃんと作動したようで、デカい獲物がかかっていた。何と、二人も……
「肉が固そうな獲物だな……ディンドランさんを呼んでくるか?」
とりあえず、多分今回の責任者の一人であるディンドランさんに相談と言う形で丸投げしようと部屋を出て行こうとしたところ、
「ジーク……頼むから下ろしてくれ……疲れと寝不足のせいで、頭がおかしくなりそうなんだ……」
珍しく弱弱しいガウェインの声が聞こえて来た。しかもその隣で同じように逆さ吊りになっているバンさんは、また腰を痛めたのか苦しそうな表情をしている。
流石にヤバそうだと思い急いでバンさんを下ろすと、バンさんはうつ伏せのまま動かなくなってしまった。一応息はしているみたいなので生きてはいるが、動くことは出来ないようだ。
俺一人では対処が難しいと判断したので、急いで部屋を出てディンドランさんを呼びに行くと、トイレに行こうとしていた眠そうな顔をしたでディンドランさんを発見したので事情を話して応援要請をすると、
「それは大変ね! 分かったわ! すぐに行くから、ジークは先に戻って現場を荒らされないように守っていなさい! いいわね、私が行くまで現場をそのままの状態にしておくのよ!」
と言って、俺の部屋とは反対の方へと速足で移動していった。
ディンドランさんの指示を受けた俺は、部屋に戻ってバンさんの治療に取り掛かったのだが……現場の保存にバンさんの現状維持が含まれている可能性があった為、痛みを和らげる程度の回復魔法しか使わずに、ディンドランさんの到着を待つことにした。
そして、ガウェインの声が聞こえなくなり、代わりにいびきが部屋に響き始めた頃、
「待たせたわね」
ようやくディンドランがやって来たのだった。
ディンドランさんは廊下で見た時とは違いすっきりとした顔をしていて、服もいつもの普段着に着替えているので、恐らくはトイレに行った後で身だしなみを整えてきたのだろう。
「それじゃあディンドランさん、後は任せます。俺はちょっと街を見てきますので」
そう言って俺は、バンさんに使っていた魔法を中断し、ディンドランさんに何か言われる前に部屋から逃げ出した。
外を歩くには少々身だしなみが整っていない状態だったが、これくらいなら最悪どこかの物陰で直せばいいだろうと思い、まずは部屋から離れることを優先したのだ。
部屋から出たところで、ディンドランさんが俺を呼ぶような声が聞こえた気がしたがそのまま無視し、追いかけてくる人がいないのを確かめてから空き部屋に入って服を着替えて身だしなみを整え、今度こそ俺は屋敷の外へと脱出した。