第十四話
「ジークの奴、やっぱり性格が悪いな。バンのおっさん、まんまとジークの策に嵌まっているじゃねぇか」
「そうですね。まあ、バンさんはジークのことをよく知りませんし、副団長と違って熱くなりやすいタイプですので、ジークにとっては相性がいいのでしょう」
ジークの奴、正面から戦ってもバンのおっさんと互角以上に戦えるはずなのに、無傷で確実に勝てそうな方法を選んでやがる。
「囲んでいる奴らも、何人がジークの戦法に気が付いているかは知らないが……もしもこの後の結果に文句を言いだす奴が居たら、全力のジークに対処させるしかないかもな」
「ジークも、素直にバンさんと戦っていればいいのに……まあ、性格が悪いから、仕方がありませんね。もっとも、騎士団の抜き打ち検査としては、そのジークの性格の悪さが役に立っているともいえそうですけどね」
ディンドランもかなり性格が悪いと思うが……まあ、ヴァレンシュタイン騎士団に目の前で起こった結果だけを見て本質を見抜けない奴はいらないからな。確かにジークの性格の悪さがいい方に向いたのは違いない。もっとも、見抜けないだけならまだ鍛えればどうにかなるし周りが手助けすればいいが、認められないとなると本格的に切ることを視野に入れないといけない。そんな奴らを使うくらいなら、まだ何も知らない新人を一から育てた方が後々の為になる。
「別の意味でいい機会だ。今の騎士団の技量を確かめさせてもらうとするか。それによっては、ランスロ―にバンのおっさんの仕事ぶりを報告しないとな」
などと呟きながらジークとバンのおっさんの試合を眺めていると、
「そう言う団長も、ジークに負けず性格が悪いと思いますけどね」
ディンドランがそんなことをポツリと呟いた……お前には言われたくないけどな!
バンさんの攻撃を避け続けながらいたずらを仕掛けていると、最初の内はバンさんや周囲の連中は文句を言っていたのだが、次第に様子がおかしいことに気が付いたのか静かになって行った。
特にバンさんは被害を受けているだけあって、足元の違和感をどうにかしようとしていたが、バンさんが足元に注意を向けようとする度に俺が剣で槍を払おうとするので、攻撃の手を緩めることが出来ないでいた。
「くそっ! 何ていやらしい戦い方をする奴だ! もっとこう、正々堂々、とぉっ⁉」
そんな中、しびれを切らしたバンさんが大声を出した瞬間、何故かいきなり動きを止めた……いや、止めたというよりは止まったと言った感じで、バンさんは目を見開きながら歯を食いしばり……急に槍を落として四つん這いになってしまった。
動きが止まった瞬間は何かの誘いかと思って警戒したが、流石にこれはそう言ったものではない。そう判断した瞬間、
「こ、腰が……」
そうバンさんが呟いた。
どうやらぎっくり腰になってしまったようだ。
「それまで! この勝負、ジークの勝ちだ!」
そんな俺たちの様子を見て、ガウェインが即座に終了の合図を出したが……囲んでいた騎士たちからの反応は全くと言っていい程なかった。歓声が上がるとはとは思っていなかったが、ブーイングくらいは起こるだろうと覚悟していたのに肩透かしを食らってしまった。
「誰か、担架を持ってこい! バンのおっさんを運ぶんだ! それと、治療班に連絡だ! 年寄りが無理をして自滅したとな!」
ガウェインの命令を受けた数人の騎士たちは、笑いながら屋敷の方へと走って行った。その内の何人かはすぐに担架を持って戻ってきたので、門の辺りにでも配備されていたのかもしれない。
「この結果に文句がある奴はいないな? いたら前に出て来い!」
ガウェインが囲んでいた騎士たちに向かって叫んだが、誰一人として動く者はいなかった。多分、今の戦い方が認められたということだろう。
「お、おぉ……無念……だが、覚えていろよ……ガウェイン!」
バンさんが四つん這いになったままで恨み言のようなものを言っていたので、てっきり俺に向かってだと思っていたら、それは俺にではなくガウェインに向けてのものだった。
「何で俺だ⁉ ……まあ、その様子じゃ、治療班が来るまで何も出来ないだろ?」
いきなり標的にされたガウェインは驚いて数歩下がっていたが、すぐにバンさんの様子を思い出して調子に乗り始めた。なので、
「ヒール」
俺はすぐにバンさんに回復魔法を使った。俺の魔法だと瞬時に回復させることは出来ないが、それを補うために普通よりも多くの魔力を注ぎ込み、更に数回立て続けに使った。その結果、
「覚悟はいいな、ガウェイン?」
「ジーク! お前、何してやがる!」
バンさんのぎっくり腰は、ほぼ回復したようで、立ち上がったバンさんは落とした槍を拾い、ガウェインに突進しようとした。だが、その前にガウェインは逃げるそぶりを見せたので、
「シャドウ・ストリング」
バンさんにしていたいたずらと同じ方法でガウェインの逃走を妨害した。
「ジーク! お前、本当に性格悪いな!」
俺の放ったシャドウ・ストリングはすぐに引き千切られてしまったものの、逃げ遅れて武器の無い状態でバンさんの相手をすることになったガウェインがそんなことを言ったので、
「せい!」
性格の悪い俺は、バンさんの邪魔にならないように気をつけながらガウェインに石を投げつけた。
「バンのおっさん! 余計な横やりが入っているが、おっさんはそれでいいのか!」
「かまわん! お前をしばく方が大事だ!」
ガウェインはバンさんに投石を止めさせるように言わせようとしたみたいだが、バンさんはそれ以上にガウェインをしばくことを優先させた。
「この野郎ども!」
ガウェインは文句を言いながらも俺の投石とバンさんの槍をさばきながら隙を伺い、驚くことにバンさんの繰り出した槍を掴んで硬直状態に持ち込んだ。
今の位置からだとバンさんとガウェインが重なってしまっているので、一度石を投げるのを止めて場所を移動しようとしたところ、
「うっ! ま、また……」
バンさんのぎっくり腰が再発してしまい、またもバンさんは四つん這いになってしまったのだった。
「今の内だ!」
バンさんが四つん這いになった瞬間にガウェインは屋敷の方へと逃げだし、それと入れ替わるようにして治療班が到着したので、バンさんによるガウェインへのお仕置きはここで一度幕引きとなったのだった。
「ジーク、エリカ、ここがヴァレンシュタイン子爵家の領地での屋敷よ。もっとも、カラード様もサマンサ様も基本的に王都で暮らしているから、ここに来るのは年に数回だけどね」
二人共、この領地を得た当初はこちらにいることが多かったそうだがそれも数年のことだったそうで、ウーゼルさんが国王の座に就いてからは生活の基盤を王都に移すことになったそうだ。
ただ、そう言ったことは珍しいことではないらしく、領地の小さな貴族の話ではあるものの、自分の領地に一度も言ったことがないという貴族もいるらしい。
そう言った話は例外ではあるが、王都で役職に就いている貴族やカラードさんのようにウーゼルさんから必要とされている貴族は領地に引きこもることが出来ない為、親族や信頼できる部下などに領地経営を任せるのだそうだ。
「ヴァレンシュタイン家は数人の部下に任せているわね。その内の一人がバンさんなのだけど……ああいった感じだから、基本的に担当するのは領地に残っている騎士団の運営や治安維持に関することよ。先代の騎士団長だしね」
確かに先代の騎士団長でああいった感じなら、騎士団関連の仕事の管理を任されるのは適任と言えるだろう。
そんな風に納得していると、
「ちなみに、副団長の御父上よ」
「え⁉」
突然、ディンドランさんの口から納得しがたい事実が告げられた。
「ガウェインの父親じゃなくて?」
「ええ、間違いなく副団長の方よ」
この事実にはエリカも驚いたようで、目を丸くして口を開けている。
俺の知っているランスロ―さんは、爽やかなイケメンで騎士団一の理性の持ち主と言った感じで、バンさんは会って時間は経っていないが確実にガウェイン寄りの性格だと断言できる。
だから、ランスロ―さんよりガウェインの血族と言われた方がすんなりと納得できるのだが……何度確認しても、バンさんはランスロ―さんの父親で間違いないとのことだった。
「二人の共通点って言ったら、性別……は関係ないな。体格……もガウェインの方が近いな。後は……実力くらいだけど……それもあまり関係ないよな?」
二人の似ているところを必死になって考えてみたものの、やはり他人ではないのか? と言ったことばかり思い浮かんでしまう。
「ジークが驚くのも無理はないけれど、副団長がバンさんの息子なのは、騎士団の全員が知っていることよ。もっとも、ジークと同じように親子だと知った際に驚くのは、騎士団に入ると全員が一度は経験することだけど」
やっぱり、二人のことを知っていると驚くのは当然だよな……と思っていると、
「それと、副団長はバンさんではなくてバンさんの父親、つまり父方の祖父似らしいわ。あと、母方の祖父にも少し似ているそうね」
「なるほど、隔世遺伝ってやつか!」
それならあり得るな! ……と一人で納得していると、ディンドランさんとエリカがジト目で俺を見ていた……が、二人も俺と同じように驚いた、もしくは驚いたことがあるということは、俺をそんな目で見る資格は無いはずだ! ……とは思ったものの、反論すると何倍になって返って来るか分からないので、二人の視線に気が付かなかったふりをすることにした。
ディンドランさんに案内された先で、この領地を管理している人たちにあいさつし、そのまま今日泊まる部屋に案内されたのだが……部屋に入ってゆっくりする暇もなく、俺はバンさんに訓練場へと連れて行かれた。まあ、こうなるのは予想出来ていたが……何故か俺と戦いたいという騎士たちの先頭に、ディンドランさんがいるのかが分からなかった。
もっとも、流石にバンさんから他の奴に回せと言われて渋々場所を譲っていたが……あの様子だと、近々訓練の相手をさせられるのは間違いないだろう。
結局、俺はその場にいた三十人の騎士たちと模擬戦をやらされ、ようやく終わったかと思えばディンドランさんが乱入してくるという地獄を見ることになってしまった。ちなみに、戦績は三十勝一敗だ。
流石にバンさんが参加することは無かったが、一人一人がフランベルジュ伯爵家の騎士たちと同等かそれ以上に強かったが、ガウェインやディンドランさんと比べるとだいぶ劣るので何とかなったという感じだった。
なお、それぞれがかなりの強さを持っているというのにバンさんに言わせると、「驚かす為に顔の怖い奴を集めたから、強さで選んだわけではない」とのことだった。
そしてその後、
「いたぞ! 追い込め!」
「逃がすな! ここで決めろ!」
「でないと地獄が待っているぞ!」
領内の見回りなどから戻って来た騎士たちも率いたバンさんは、ガウェインの捜索に繰り出していた。
元気なのはいいことだが、またぎっくり腰にならないように気を付けてもらいたいものだ。
「ジーク、ちょっといい?」
その夜、ガウェインが未だに逃走中なので二人部屋を一人で広々と使っていると、エリカが部屋を訪ねて来た。
流石に貴族の娘が夜に一人で男の部屋を尋ねてくるのはどうなのかと思ったが、すぐにディンドランさんも来るとのことなので一先ず部屋に入ってもらうことにした。
「それでどうした?」
エリカを椅子に座らせて、マジックボックスから温かい飲み物を出して渡すと、エリカはそれを一口飲んで、
「私と戦って欲しい。訓練の時みたいに手加減するのではなく、本気で」
真剣な表情で頭を下げて来た。
それに対し、どう返事をしようかと迷っていると、
「ジーク、やってあげなさい」
ディンドランさんがそう言いながら部屋に入って来た。
「ここならフランベルジュ伯爵家の屋敷や王都の屋敷と違って、ジークの本当の実力や能力の情報が外に漏れる可能性は低いわ。それに、これはジークにとっても利益になることよ」
「俺にとっても?」
「ええ、エリカは私が見たところ、その年代では歴代でもトップクラスの実力の持ち主で、今すぐ騎士になっても通用するし、それどころか王国でも上位に食い込める可能性を秘めているわ」
ディンドランさんはかなりエリカを高く評価しているようで、べた褒めと言っていいくらいに褒めている。しかし、肝心のエリカはディンドランさんに褒められているというのに嬉しそうな顔をしていない。
「ただ、あなたはそれ以上に別格よ。いえ、別次元と言っていいくらいだわ。エリカが王国でも上位に入れる可能性を秘めているとすれば、あなたは現時点でこの大陸のトップクラスに入っているかもしれないわ」
エリカと比べると別次元とも言えそうな褒め言葉に、俺はそんなことは無いだろうと思ったが、
「本気のジークに勝てる存在となると、パッと思いつくのは今知られているレベル10に、うちの団長と副団長、それと各国で最強と言われている内の数人と言ったところね。それも、勝てる可能性があると言うのも含めてだから、もしかすると十人もいないかもしれないわ。もっとも、私が知っている範囲内での話だけど」
という、言われた本人ですら耳を疑うような話を聞かされた。
「だからこそジークは、自分が同世代の中でいかに異質な存在であり、差がどれほどのものなのかを確認する必要があるわ。もちろん、現時点での同年代を相手に、今代の黒としての能力を発揮して戦うという機会はほぼないと言っていいでしょうけど、少なくとも現時点での同年代の次点との差を知っておくということは、今日を逃せば次の機会はいつになるのか分からないわ」
だから俺にも利益があるというわけか……それなら引き受けた方がいいだろう。
「ただ、本気を出せと言っても殺せと言っているわけではないのだから、ちゃんと理性は保つのよ」
ディンドランさんの言葉に頷いた俺は、そのままで外へと歩いた。普通の部屋着なので戦うのには不向きだが、今回はこれで構わないだろう。武器に関してはマジックボックスに入っているので問題は無い。
いきなり外に歩き出した俺の後を、ディンドランさんとエリカが慌てて追いかけてきた。
それにしてもディンドランさんがああいう言い方をしたということは、傍から見ても俺の精神面に未熟なところがあると知っているからだろう。
「この辺りでいいか?」
俺が選んだ場所は中庭のど真ん中で、周囲には人の腰の高さくらいの岩がいくつかあるものの、大きな影を作るような障害物は無い。それに今日は月が綺麗に出ているので、エリカにとっては戦いやすい環境だろう。
俺がディンドランさんたちに確認すると、二人共黙って頷いた。
それを見た俺は剣を取り出し、エリカも愛用のハルバードを構え、ディンドランさんが俺たちから離れたところで……合図もなしに戦いが始まった。
先手を取ったのはエリカだったが、俺はあえてその場から動かずに待ち構えた。
それがエリカには意外だったのか多少驚いた表情を見せたが、俺が片手でエリカの一撃を完全に受け止めてからいなすと、今度は声を出して驚いていた。
攻撃をいなされてバランスを崩したエリカだったがすぐに立て直し、再度ハルバードを振るおうとしたが……俺はすでに最初の場所にはいなかった。
「どこに⁉」
俺の見失ったエリカに対し、
「こっちだ」
背後から声をかけた俺は、一瞬間を空けてから剣を振るった。
その攻撃をエリカは防ごうとしたが、
「えっ⁉」
金属同士が当たる音はせずに剣はハルバードをすり抜けた。
「次はこっち」
今度は別方向から声をかけて、先程と同じように剣を振るう。
エリカは今度も同じように防ごうとするが、またも俺の剣はエリカのハルバードをすり抜けてしまう。
それを数度繰り返すと、エリカは剣を防ごうとするもののまたすり抜けてしまうのではないかと言う疑問から、防ぐ前から次の行動に移ろうとし始めた。
そこを狙い、
「あっ!?」
「これで終わりだ」
今度は幻ではない剣でハルバードを弾き、上段からバランスを失ったエリカに向けて振り下ろし……額に当たる寸前で止めた。