第十三話
「あ~こすり過ぎて顔がいてぇ……ディンドラン、全部消えているよな?」
「消えているんじゃないですか?」
模擬戦の次の日、俺たちは昼過ぎにフランベルジュ伯爵家の館を出発したのだが、ガウェインは朝から顔を布でこすっている。
俺がしたのは、額に第三の目を描き、目の周りには隈取のようなメイクをし、口周りに泥棒ひげとほっぺにグルグルをかいたくらいだ……いやまあ、冷静に考えなくても書き過ぎだけどな。
ガウェインは顔の落書きが完全に消えたかどうかディンドランさんに尋ねていたが、ディンドランさんはそっぽを向いて適当に答えていた。
その様子を見て、ガウェインはまた布で強く顔の全体をこすっていたが、ディンドランさんが顔を逸らしたのはガウェインの顔に落書きが残っていたからではなく、こすり過ぎのせいで赤くなっていたからだ。
「それにしても、ジーク! お前、どうやって俺の顔に落書きをした? そんなことをされたら間違いなく起きるはずだが、起きた記憶がない……どういうことだ?」
ガウェインはディンドランさんに相手をされなかったので標的を俺に変えてきたが……
「ぶふっ!」
そんな赤い顔して真剣な表情をされても、答える前に笑ってしまうのは仕方がないだろう。
ひとしきり笑った後で、またも顔をこすり始めたガウェインに落書きは残っていないと言うと少し安心したようだが……やはりそんな赤い顔を向けられると笑いが込み上げてしまう。
「団長、あなたがいるとジークが……ぷっ! 話が出来ないので、先頭で周囲の警戒をしていてください」
ガウェインがまた話しかけてくる前に、ディンドランさんが間に入りガウェインを遠ざけた。
その際、ディンドランさんが噴き出しかけたのを見たガウェインは、肩を落として言う通りに前の方に馬を歩かせたが……一瞬だけ俺を恨めしそうに見ていたので、落書きした方法を隠すのは止めておいた方がいいだろう。
「それでジーク、どうやって団長の顔に落書きをしたの? 団長はあれでも気配には敏感な方だから、いくら同室なのがジークだからと言って、顔のすぐ近くまで接近されたら目を覚ますはずよ」
ディンドランさんが真剣な表情で問い詰めてくるので、俺は居住まいを正して、
「三つ魔法を使いました。一つは自身の気配を薄くする魔法で、二つ目は影に潜る魔法、三つ目は相手の眠りを深くする魔法です」
一つ目は技術と言う形で使える者もいるが、それの魔法版と言った感じのものだ。俺もその技術を身に付けているが、それに加えて魔法も使うことでより気配を薄くすることが出来る。
二つ目はよく使っているので説明しなかったしディンドランさんも聞こうとはしなかったが、三つ目の魔法に関しては知らなかったようで、詳しい説明を求めて来た。
確かにこの魔法に関しては使う奴があまりいないので、興味を持つのは不思議では無いが……ディンドランさんの場合、この魔法が犯罪にも使えそうなので問い詰めようとする意図もあるのかもしれない。
「三つ目の魔法に関しては、難しいから使う奴が少ないのではなく、限定的過ぎて使う場面があまりないというのが珍しい理由です。まず、この魔法は起きている相手を眠らせるものではないので、相手が寝ていないと効果が発揮されませんし、深い眠りについている相手をさらに深く眠らせると言うものではありません。あくまでも浅い眠りを深くするような感じです。なので、普通に寝ている時と同じように、強い違和感を覚えると魔法を使っている最中でも起きることがありますし、逆に隣で騒いでいても起きないこともあります。俺の感覚では、起きる可能性を多少下げる魔法ですね」
「なるほど、つまり犯罪に使えないことも無いけれど、使うには頼りなさすぎるということね。でも、それだと団長が起きなかったというには、理由が少し弱い気がするわね」
確かにこれだけだと、落書き中にガウェインが起きるはずだが……それに関しては、ガウェインの自業自得と言ったところもある。
「まず、昨日のガウェインは旅の間にしては珍しく酒で酔っていました。伯爵の許可があったのと伯爵家の屋敷が安全圏だったということで思う存分飲み食いした上に、風呂から上がった後も酒を飲み、寝心地の良い布団で就寝したことで気が緩みまくっていたんだと思います。なので、俺が落書きしている間に目覚めることはありませんでした。それに加えて落書きは遊び感覚もあったので、三つの魔法を使いながらバレないようにゆっくりと慎重に描いていたから気が付かなかったんじゃないでしょうか?」
ちなみに、落書きが終わったすぐ後にガウェインは周囲に違和感を覚えたのか目を覚ましそうになったが、日が昇りかけていたのと完全に目が覚める前に俺が部屋を出て行ったので、違和感の正体を勘違いでもしたのかすぐに二度寝をしたようだった。
なお、ガウェインが二度寝から目覚めて廊下に出た瞬間、鉢合わせた第一発見者であるディンドランさんに爆笑され、その声に気が付いてやって来た面々にも笑われるという辱めを受けたガウェインだったが、丁度その時の俺は、部屋を抜け出してそのまま朝市に繰り出していたので、一番いい場面を見逃してしまった。
「まあ、確かに他にもそう言った理由があったのなら、出来ないことは無いのかもしれないわね。ただ、落書きをしていいのは団長だけよ。間違っても、私にはしないこと! いいわね!」
ディンドランさんは、自分よりも鋭いガウェインが被害に遭ったということは、自分はもっと気が付かない可能性が高いと考えたのか、自分を標的にしないようにと何度も念を押してきた。その際、さり気なくガウェインへのいたずらを容認している辺り、落書きは本当に嫌なのだろう。まあ、ディンドランさんに恨みは……あまりないので、今のところはいたずらをする機会は極めて低いだろう。
「ジーク、私にもやらないでね」
不穏な空気を感じたのか、エリカもディンドランさんに続けて言ったので、
「ふっ……」
わざと含みを持たせた感じを見せると……
「「……」」
二人は真顔になって、無言でそれぞれの武器を握ったので急いで謝った。
なお、ガウェインに関してはディンドランさんが説明し納得させたらしいが、今後のいたずらに関しては何も言わなかったらしい。
「ガウェイン! このまま道なりに進むと、王都からかなり外れたところに行くんじゃないか?」
いたずらに関する話が終わり、そろそろ休憩できそうな場所を探すかと言う話が出たので地図を見たところ、俺の間違いでなければ王都の方角とは反対の方へと向かっているように感じた。
なので馬車に近づいてきたガウェインを呼んで確かめると、
「ああ、少し寄るように言われたところがあってな。元からその予定を織り込んでいるから問題は無いぞ。もっとも、これまでの道中でのトラブルのせいで少々遅れ気味だし、この後も同じようなトラブルが無いとは限らないけどな!」
などとガウェインは言っているが、そのトラブルなどで遅れることも考慮して予定を立てているだろうから、ガウェインの想定を外れるトラブルがない限りはそこまで心配することではないだろう。そんなことよりも、寄るように言われたという場所が気になる。
ガウェインに指示を出したくらいだから、出した相手はカラードさんかサマンサさんだろうけど、その二人が指示した場所に何があるのかが問題だが……ガウェインは目的の場所を教えるつもりはないようだし、ディンドランさんたちに視線を向けてもそっぽ向かれたので、着いてからのお楽しみにするしかないようだ。
その日は日が暮れる前に到着した村に泊り、その後も順調に三日程問題なく進むことが出来、ようやくガウェインが寄るように言われたという場所に到着することが出来た。
その場所と言うのが、
「ここがヴァレンシュタイン子爵家の領地か……自然が多い場所だな」
ソウルイーターのせいで行くことが出来なかった、カラードさんたちの領地だった。
「まあ、はっきり言えば田舎だな。ただ、領地の半分近くを山で占められているおかげで山の幸に恵まれ、山から出る湧水が豊富なおかげで水に困ることなくが農業も盛んだ。欠点は若者向けの刺激が少ないのと、塩が手に入りづらいことだな。ちなみに、山のほとんどがサマンサ様の領地で、残りがカラード様の領地になっている。まあ、合わせてヴァレンシュタイン家の領地だけどな」
これに関しては前に聞いたことがあるが、これは二人が別々の手柄を立てたことで先代の国王から領地を貰ったということだが、表記上はヴァレンシュタイン家の領地となっているものの、実際は別々に管理しているらしい。これはかなり珍しいことなのだが、その理由として、
「ジーク、ここから先は襲ってくる魔物以外は手を出すなよ。知っているとは思うが、サマンサ様の魔獣が様子を見に来ているだけということがよくあるからな」
サマンサさんの魔獣が放し飼いになっているからだ。
この山にはサマンサさんの魔獣が百体以上暮らしていて、自分たちから人を襲うことは無いが、相手から手を出された場合は容赦がないので注意が必要なのだ。
たまにそれを知らない余所者が手を出して返り討ちになることがあるが、山のいたる所に立て札で注意書きがされているし、王家を通して主要な貴族たちに注意喚起がされているので、余程のことがない限り問題視されることは無いらしい。
まあ、人のうちに勝手に入り込んで暴れた以上、それ相応のしっぺ返しが来るのは当然ということだろう。
ちなみに、魔獣の大きさはまちまちで、一軒家を超える奴から子犬程度の魔獣が存在し、種類も統一性が無いのでサマンサさんの領地での狩猟の類はご法度とされている。しかしながら、魔獣に手を出さなければ余程のことがない限りは危ない目に会うことが無いので、領民たちは割とよく山に立ち入っているそうだ。
そんな話をしながらサマンサさんの領地に入ってすぐのところで、
「囲まれているな」
俺たちはサマンサさんの魔獣と思われる魔物たちに囲まれてしまった。
囲んでいるのは五頭だが、一番大きな奴は俺が倒したドラゴンよりも強そうなので、その他の奴らもそれに近い力を持っているとしたらかなり危険な状況とも言える。もっとも、ガウェインとディンドランさんもいるので、実際に戦うことになっても何とかなりそうではあるけれど。
「サマンサ様の魔獣たちで間違いないから襲ってくることは無いと思うが……何が目的か分からんから、大人しくしているのが一番だな」
ガウェインはそう言って馬から降り、他の騎士たちに同じように降りて馬を抑えておくように指示を出した。
これまで、盗賊に襲われても動じなかった馬たちは、急に強力な魔獣たちに囲まれてしまい怯えてしまっているので、何かちょっとしたきっかけがあればパニックに陥って暴れ出してしまうかもしれない。
その場合に備えて馬を降りたのあろうが、他にも魔獣たちに対して敵意がないことを伝える目的もあるのかもしれないが……気のせいでなければ、魔獣たちの視線はガウェインや馬ではなく馬車……つまり、俺の方を向いている気がする。
「ジーク、勝手に動くな」
試しに馬車から降りて魔獣たちの前に出てみると、ガウェインは勝手な行動をした俺に注意をしてきたが、思った通り魔獣たちは俺のことをじっと見ていた。
「ガウェイン、これは俺が魔獣たちに興味を持たれている……もしくは警戒されているとみて間違いないんじゃないか?」
「かもしれないな。今ここにいるのは大きすぎて王都の屋敷に来ない奴ばかりだから、ジークと会ったことは無いはずだが、もしかすると仲間内で情報が共有されているのかもしれないな」
それだったら襲われる心配はないと思うが、もしも見知らぬ奴が来たから様子を見に来ただけだとしたら、下手をすると飛び掛かってくるかもしれない。
そう思っていると、象くらいの大きさがありそうな黒い狼の魔獣が鼻を寄せてきて俺の匂いを嗅ぎ……
「ジーク!」
俺の服の背中部分を噛んで走り出した。
急なことでガウェインたちが驚きの声を上げたし俺も固まってしまったが、魔獣は危害を加える気はないようなので大人しくしていると、
「ここが目的地か?」
かなり開けた場所で降ろされた。
時間にして十分も経っていないと思うが、もしかすると山一つ越えてしまったのかもしれないくらいの距離を移動したはずだ。
何故こんなところに連れて来たのかと思っていると、黒い狼の魔獣は大きな声で遠吠えをし始めた。
至近距離だったの耳を塞いでもあまり効果がないし、音の振動がすごくてよろけそうになってしまったが、別に攻撃と言うわけではなさそうだ。
その遠吠えが終わり辺りが静かになると、
「今度は何だ?」
色々な方向から獣の鳴き声がし始めて、こちらに向かってくる気配が増えた。
そして、
「これは……すごいとしか言いようがないな」
様々な種類の魔獣が、俺を取り囲むようにして集まって来た。その数は軽く五十を超えている。
王都の屋敷にもいるはずなので、これがサマンサさんの魔獣の全てではないはずだが、俺を連れてきた黒い魔獣を始めとして、それぞれがかなり強力な魔獣であるのは間違いないようなので、確かにこれだけ集まればヴァレンシュタイン騎士団に匹敵すると言われるのは過言ではないだろう。
そんな魔獣たちが集まって来て何をしたのかと言うと……順に俺の匂いを嗅いで体をこすりつけてきたのだ。
数匹だけだったが俺と面識のある魔獣もいて、同じように匂いを嗅いで体をこすりつけていたので、もしかすると何かの儀式のようなものなのかもしれないが……野生に近い生活をしている魔獣たちなので俺の体はすぐに汚れていき、ちょっと人前に出るのを躊躇してしまうくらい服に獣の臭いがこびりついてしまったのだった。
集まって来た魔獣が一通り俺に臭いを着け終わると、俺を連れてきた黒い狼の魔獣が大きく吠えた。
するとそれを合図にして、集まって来た魔獣たちはそれぞれ思い思いの方向へと走り去ってしまった。
「何だったんだ、一体? ……っと!」
去って行った魔獣たちを見送っていると、またも黒い狼の魔獣が俺の服を噛もうとしていたので陰に潜って躱し、驚いている隙を突いて背中に飛び乗った。
「おっ! なんか不満そうな顔をしているな……って、振り落とす気か!?」
黒い狼の魔獣は背中に乗られたことが気に食わないようで一瞬牙を見せたが、すぐに体を震わせて俺を弾き飛ばそうとし、それが出来ないと分かると来る時よりも速い速度で走り出した。
「意地の悪い走り方をするな……危なっ!」
黒い狼の魔獣は、木々の間をする抜けるようにするすると走っていたかと思うと、急にジグザグに走り出したり飛び跳ねてみたり、いきなりその場で急旋回してみたりと、あの手この手で俺を背中から落とそうとしていた。
俺の方もこんな速度で振り落とされてはたまったものではないので必死にしがみつき、最後の方はアラクネの糸をシャドウ・ストリングで操って黒い狼の魔獣と俺の体をくくり付けて落下を回避し続けた。
その結果、
「ジーク、ようやく見つけ……何があったんだ?」
ガウェインたちと合流するころには、アラクネの糸なしでも背中に乗れるくらい、黒い狼の魔獣に認めてもらうことが出来たようだ。もっとも、ガウェインに話しかけられて意識が逸れたところを狙われ、最後の最後で振り落とされてしまった。
黒い狼の魔獣は俺を振り落とした後、「フンッ!」と大きく鼻息をならして森の中へと消えていった。
ちゃんと着地できたので怪我はしていないが、振り落とすというよりは叩きつける勢いだったので、もしかすると認められたというのは気のせいだったのかもしれない。
「何があったかは知らんが、無事なら問題ないな……ところで、お前かなり臭いが、本当に何をした?」
黒い狼の魔獣の気配が完全に消えたところでガウェインが近づいてきたが、俺から数歩離れたところで立ち止まってそんな失礼なことを言ってきた。まあ、確かに臭いはするが、ガウェインの加齢臭ほどではない気がする。
そう返すとガウェインはさらに言い返してきたが、そんな俺たちを呆れた顔で見ていたディンドランさんの「どっちも同じくらい臭いわよ」の一言で争いは終結することになった。
「まあ、確かにそんなことになったら臭うのは仕方がないわね。ジーク、速く着替えなさい。出来れば水浴びもした方がいいと思うけれど、今は水で濡らしたタオルで拭くくらいで我慢しなさい」
ディンドランさんが俺から少し離れたところでそう言うので、俺は木の陰に隠れて服を脱ぎ、体を拭いてから着替えることにした。それだけで臭いは大分マシになったが、馬車に乗るとエリカが嫌そうな顔で少し距離を取っていたので、俺は馬車の中で何度も体を拭く羽目になった。
流石にエリカの前で裸になるわけにはいかないので、服を着たまま濡れたタオルで拭いたせいで、せっかく着替えた服が湿ってしまったが、そのかいあってエリカが嫌な顔をしなくなるくらいまで臭いを薄めることが出来たようだった。
「ジーク、見えたぞ。あれがヴァレンシュタイン子爵家の屋敷がある街だ」
黒い狼の魔獣に振り落とされてから三時間くらいたった頃、目的の街が見えて来た。
「ここからだと全体は見えないが、子爵家の街にしては大きいみたいだな。まあ、フランベルジュ伯爵家の街程ではないみたいだが……それよりも、かなり攻めにくそうな造りをしているな」
子爵でしかもこんな田舎と言っていいくらいのところなのに、目的の街は周囲を五m以上はありそうな塀に囲まれていた。しかも外堀もあるみたいなので、多少数的に不利な状況だったとしても、かなりの間粘ることが出来そうだ。まあ、何を相手に想定しているのかにもよるが。
「すごいだろ。あれ、カラード様の趣味だぜ。元は一~二mの塀で囲む予定だったらしいが、案を練っている内にあれこれ盛り込んで言ったらああなったらしいぞ。まあ、名目上は森に囲まれている分だけ魔物が多いだろうから、それらに備えるって言うことにしたらしいがな。もっとも、そう言った魔物なんかは、街に近づく前にサマンサ様の魔獣にやられるんだけどな」
どんな趣味をしているんだと思ったが、本拠地の護りは固い方が色々と都合がいいだろう。
「人口は領全体で大体七万くらいだな。騎士団は二千人程で、予備役を入れれば三千と言ったところだ」
人口と騎士団の人数は多いのか少ないのか分からないが、平地の少ない領地だと考えれば多い方なのかもしれない。
ただ、騎士団に関して言えば、サマンサさんの魔獣たちが協力すれば人数以上の戦力を保持しているのは間違いないだろう。
街の門を通った時に確認したが、塀は高さだけでなく厚さも同じくらいあったので、これが本当に町全体を囲んでいるのなら防衛力もかなり高いはずだ。少なくともフランベルジュ伯爵家の屋敷があった街の塀よりも、造りだけを見て言えばヴァレンシュタイン子爵家の街の方が上だ。
そうして街の中を進むにつれて、なんだか堅気には見えない男たちが増えて来た……と言うか、どう見ても遠巻きに囲まれている。
「ガウェイン、なんだか素性のよろしくなさそうな強面の奴らに囲まれているんだが……それと、この先で待っている、一際ごつくて怖そうなのが待ち構えているけど……もしかして、ヴァレンシュタイン家の関係者か?」
どういった目的があって囲んでいるのかは分からないが、敵意を向けてきているわけではないので危ないことにはならないだろうと思っていると、どうやら目的の屋敷らしい門の前で初老の男性が槍を持って仁王立ちしていた。
明らかに俺たちを囲んでいる奴らのボス的な存在だと分かるのだが、あの場所で立っているということはヴァレンシュタイン家の関係者と言うことで間違いはないと思うが、どう見ても仁王立ちしている男を含め、非合法の組織の連中にしか見えない。
現にエリカなんかは周囲をかなり警戒しており、いつでも飛び出せるように愛用のハルバートを取り出している。
そんな中、
「お~い! バンのおっさん! 例の奴を連れて来たぞ!」
ガウェインは躊躇なく仁王立ちしている男性をおっさん呼びしていた。
バンと呼ばれた男性は、ガウェインをギロリと一睨みしてから頭上で槍を数回転させて、
「よく来たな、歓迎しよう。早速だが、稽古をつけてやろう!」
勢いよく地面すれすれまで槍を振り下ろしたかと思うと、野太く大きな声でそんなことを言いだした。
それに呼応するように、周囲を囲んでいた連中が歓声を上げたが……どう見ても稽古と書いて私刑と読む方が正しい雰囲気な気がする。
「なあ、ガウェイン……これ断っても問題ないか?」
「そう言うな。老人の数少ない楽しみの一つなんだから、付き合ってやってくれ。それと、周囲の奴らはヴァレンシュタイン騎士団の騎士たちだから、背後から襲ってくることは無い。顔はヤバめの奴らばかりだがな」
どんな楽しみだと思いながらも、どうやっても断ることは出来そうにないので仕方なく馬車を降りると、
「うぉっ! ガウェイン、こいつら本当に騎士なのか?」
すぐに俺とバンと呼ばれた男性を囲み始め、即席のリングを作り出した。
「あ~少々自身が無くなってきたが、一応騎士団員ではある……はずだ。だよなディンドラン?」
「一応そうだったはずです」
ディンドランさんも呆れるくらい、領地の騎士団たちのノリはめちゃくちゃだったが、俺から言わせてもらうと王都に居た騎士団たちもこれに近いところはあった。そしてその中心は、間違いなくあそこで不思議そうな顔をしている二人だ。
「まあとにかく、ルールは分かりやすく、攻撃魔法なしで武器は刃引きしたものを使い、どちらかが降参を宣言するか傍から見て続行不能になったら終了だ。いいな」
ガウェインの言葉を聞いて、バンさんは持っていた槍を構え、俺はこの旅の中で練習用に使っていた剣を取り出して構えた。そして、
「それでは……始め!」
開始の合図が出た瞬間に、俺は飛び出してバンさんとの距離を詰めたが、流石に懐まで潜り込むことは出来ず、槍の穂先をわずかに動かされただけで潜ろうとしていた隙間を埋められてしまった。
その後も何度か潜り込もうとしたが、その度にわずかな動きで動きを制限されてしまい俺は自分の間合い入ることが出来ず、逆に相手の間合いで立ち回らなければならない羽目になった。
「ちょこまかと鬱陶しいな……もっと攻めてこんかっ!」
バンさんは、あと一歩踏み込んでこない俺にイラついているのか、徐々に攻撃が苛烈になって行った。これで荒くなるのなら漬け込む隙が出来そうなものだが流石にそれは甘い考えらしく、攻撃が強烈になるにつれて正確さも増している。
「ご当主様に見込まれた奴が、こんなせこいことをするのか!」
それならばこのまま回避しつつ、相手の体力が尽きるのを待つ……振りをして、回避しつついたずらを仕掛けることにした。
俺の作戦にバンさんはまんまと嵌まったのか、怒りを滲ませながらさらに攻撃の速度を上げてくるのだった。