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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第四章
73/117

第十二話

(最初の相手は……自信がありそうな顔をしているから、それなりの経験は積んでいるのかもな)


 最初に出てきたのは、俺よりも五~六歳年上と言った感じの騎士だった。

 ヴァレンシュタイン騎士団では基本的に見習い期間がニ~三年あり、正式な身分として騎士と名乗れるのは期間が終わった後からなので、うちだと新人を卒業したくらいだろう。


「怪我に関しては、骨折くらいなら一日あれば治せる程度の治療班がいるから安心しろ。それと攻撃魔法は禁止だ……それでは、始め!」


 つまり、骨折くらいなら怪我を負わせても問題は無いということのようだ。まあ、その骨折も、どの程度かに寄るとは思うが……()()()()()()()()なら、そこまでしなくても勝てるだろう。


 伯爵の開始の合図があっても、相手は剣を構えたまま動かなかったのでこちらから接近し、相手が俺に反応しかけたところで剣を投げつけて……跳び蹴りをかました。


「げっ!」


 相手は、飛んできた剣を弾くことに気を取られてしまい、俺の蹴りをまともに食らって後ろに飛んで行った。蹴りが当たった瞬間の声は、蹴りに驚いたのか呻き声だったのかは分からないが、それを確かめる前に、


「次!」


 次の相手が襲いかかって来た。


「仕切り直しは無しか……まあ、いいけど」


 武器は投げ捨ててしまったので、素手で対応するしかないが……


「よっと!」


 相手は直線的な動きだったので対応は容易かった。

 次の相手は俺が武器を拾わない内にケリを着けようとしたのか、最短距離で向かってきて突きを繰り出してきたが、俺はギリギリまで引き付けて躱し、相手の腕を取って地面に叩きつけた。

 地面に叩きつける際に腕を捻り上げたので骨が砕ける音がしたが、あのままの勢いで突きを喰らっていたら俺の方が骨が折れる以上の怪我を負っていたはずなので、これくらいの怪我は許容範囲だろう。


「次!」


 二人目の騎士の剣を奪ったので三人目の騎士は突っ込んでくることは無かったが、明らかに蹴りや投げ技を警戒していた。なので、お望み通り蹴りを腹に叩き込んで沈めた。


「次!」


 四人目の騎士に対しては、あごに掌底を当てて気絶させ、


「次」


 五人目は背後に回って閉め技で負かした。

 六人目は回し蹴りを頭部に決めて、七人目は殴り倒し、八人目は飛び膝蹴りをお見舞いした。


 そして九人目は……


「これは訓練の見直しが必要だな」


 これまでとは雰囲気の違う相手が出て来た。


「フランベルジュ騎士団副団長のキール・マッカランだ。行くぞ」


 副団長を名乗ったキールは素早い動きで接近し、上段に構えた剣を振り下ろして来た。

 これまでの相手なら、その一撃を躱して横か背後に回り反撃を……というところだが、キールにはそれをさせない上手さがあった。


(視線だけでけん制してくるか……横に躱そうとして瞬間に、真っ二つにする気だったな)


 流石に木剣で真っ二つにするのは難しいだろうが、ガウェインくらいの技量があれば可能なはずだ。今の一撃を見る限りではガウェイン並とまではいかなくとも、これまでの相手と比べれば頭一つどころか二つは軽く抜けているだろう。


 キールは後ろに飛んで躱した俺を突きで追撃し、それも躱したのを見てニヤリと笑った。


「剣も使わずになめた真似をすると思っていたが、確かに今のを簡単に躱すくらいなら、なめられても仕方がないな」


 別にこれまでの相手をなめていたつもりはないが、剣を構えなおしたキールを見て、俺も剣を構えて……正面からぶつかった。


「ふんっ!」

「ふっ!」


 最初の一撃を見て感じていたが、やはりキールはガウェインやディンドランさん程の威力はさせていない。これなら正面から受けても十分撃ち負けることは無いが、それでも俺よりは腕力がありそうなので油断は出来ない。もっとも、それは腕力での話であり、基本的な速度とは俺の方が確実に上で、技術に関してもそれほど劣っているわけではない。

 つまり、総合的に見れば魔法なしでもほぼ互角だ。ただし、


「しっ!」


 普段の戦闘経験の質に関しては俺の方が上だったようでその点で差が生まれ、徐々に俺の方が優勢となり、最終的に俺の剣の切先がキールの喉元に突きつけられた。


「降参だ!」


 キールが降参したので剣を喉元から外したが……降参した()()ということも有り得るので、いつでも動けるように気は抜かずにいた。まあ、キールはガウェインと違い、不意打ちしてくることは無かったのでこれで終わりだろう。

 ただ問題は、


(何で伯爵が剣を握っているのかなぁ……)


 キールとの勝負の最中、伯爵がずっと剣を握りながらそわそわしていたことだった。

 もしも伯爵が十人目として出てくるとなると面倒くさいことになりそうなので、出てきた瞬間に降参して逃げ出してやろうと身構えていると、


「つ」

「次っ!」


 伯爵が飛び出す前に、見覚えのある赤髪が突っ込んで来た。


「はあっ!」


 弾けるように飛び掛かって来たエリカの一撃は、キールの最初の一撃を上回る威力を持っていて、棒立ちのままで受けていたら剣が砕かれるか弾き飛ばされていただろう。

 そんな一撃を俺は数歩後ろに下がりながら威力を殺して受け止め、逆に弾き飛ばしてやろうと力を込めたが、


「また力が強くなったな。見かけよりも重さがある」

「それ、誉め言葉に、聞こえないからね!」


 数歩しか後ろに下がらせることが出来なかった。


「エリカ! 次は俺のば」


「いやぁっ!」


 俺に押されてから一度間合いを取ったエリカは、伯爵の言葉を否定する意味も含まれている為かひと際大きな掛け声を出し、正面から……ぶつからずに、俺の右側に回り込むようにして襲い掛かって来た。

 いつものエリカなら正面から来るという思い込みと掛け声のせいで足を止めてしまった俺は、エリカの右からの一撃を防ぐことしか出来なかったが……エリカは足を止めた状態では重量のある武器でないと本領を発揮できないので、キールどころか新人の騎士を少し上回るくらいの威力しか出せていなかった。


 しかしそこに、


「お~い! これを使え!」


 俺の()()()()、木製の斧が飛んできた。声の主はガウェインだ。

 しかも、俺に直撃するコースを選んでいる辺り、エリカの手助けをすると同時に、絶対に面白がってやったに違いない……が、


「ふん!」

「「あっ⁉」」


 ガウェインは俺に取られるとは考えていなかったらしい。流石にガウェインが全力で投げていたら無理だが、エリカに渡すのが目的の投擲だったので、俺でも十分掴める威力だったのだ。


「ジーク! 今のは無しだ! もう一度やるから、それを返せ!」

「馬鹿か! それだと、もう一度俺に向かって来るだろうが! ほら!」


 ガウェインは、わざわざ自分のところに斧を戻させてもう一度投げるつもりだったらしいが、そんなことをするよりも俺からエリカに渡した方が速いし、何よりも安全だ。


「ありが、とうっ!」

「おっと!」


 エリカもエリカで厚意から渡した斧を、あろうことか受け取ると同時に振るってきた。まあ、何となくそんな気がしていたので、何事もなくかわすことは出来たが……絶対にエリカは、今回の旅でガウェインから悪影響を受けていると思う。


 エリカの初撃を避けたものの、得意な武器に近いものに変えて調子が出て来たのか、避けられた後のエリカに隙は無く、下手に手を出せばこちらがやられてしまう可能性があった。

 さらにまずいことに、その初撃の後が一番反撃しやすい瞬間だったらしく、それを逃した俺はエリカに攻められ続けることになった。


(まずいな……エリカの奴、どんどん調子が上がってきている。かと言って、下手に剣で受けたら壊れそうだし、捌くので精一杯か)


 エリカは昔と変わらず、自分のペースに持ち込むほど調子を上げて来ていて、一度エリカの連続攻撃を断ち切ろうにも今の武器ではまともに打ち合うことが出来そうにない。

 何とかして隙を作りだそうとするものの、武器自体が重さと頑丈さで負けている上に攻められ続けたせいでエリカに完全に流れを支配されており、まともな方法では状況をひっくり返すのが難しい。


(それなら!)


 ならばまともではない方法で……と、俺は一瞬だけわざとバランスを崩したふりをした。

 集中しているエリカならそんな隙を逃すはずがないので、必ず決めに来るはずだと考え、攻撃を誘って逆にカウンターで仕留める……はずだったが、


「それは反則だろ!」


 上段から振り下ろされた一撃をギリギリでかわそうとした瞬間、エリカの斧が炎で包まれた。

 想定外の出来事に反応が遅れてしまい、攻撃は躱せたものの反撃に移ることが出来なかった。しかも質の悪いことに、エリカは興奮しすぎて自分が反則していることに気が付いていないのか、攻撃を止める気配を見せずに斧を振るい続けている。

 しかも、エリカの斧は燃えているのに斧の形を保っているのに対し、俺の木剣は斧の炎が掠っただけで少し焦げている。これだとエリカの斧が燃え尽きて時間切れということにはなりそうにない。


 流石に伯爵がエリカを止めるだろうと思い視線を向けてみたものの、伯爵はガウェインに何か言われていて、エリカを止めようとしなかった。つまり、エリカの反則は気にせずに、このまま続行しろということだろう。


 ただの訓練なのに無茶苦茶だなと思いつつも、俺もエリカに反則を指摘しなかったが、剣で捌くことが出来なくなったせいで、炎が出る前よりも状況がかなり悪くなった。


(掠りそうになっただけで服が燃えかけているな……怪我の心配どころか、まともに食らえば命の危険すらあり得るぞ)


 危機的な状況だというのに、何故か俺は少し楽しくなってきていた。

 そうしている内に、この難しい状況を、どうすればひっくり返すことが出来るのか? ということを考え始め、次第に、魔法も使えず武器も役に立たない状態で、俺に出来る攻撃手段は何だ? となっていき、そこから、どうすれば今のエリカを()()()()()()()()()()? となったことに気が付いたその時、ひどく強いのどの渇きのようなものを感じた。

 そして次の瞬間、俺はエリカの一撃を剣で受け止め、斧が一瞬だけ止まった隙に素手で掴んで引っ張った。そしてそのまま、バランスを崩したエリカに飛びつき、


「俺の勝ちだ」


 焼けただれた手を押し倒したエリカの首に添えた。


「勝負ありだ! 早くジークの治療を!」


 伯爵は俺がエリカの首に手を添えた瞬間に試合を止め、待機していた治療班を呼び寄せた。


「はぁはぁはぁ……」


 伯爵の声が聞こえたので立ち上がり、エリカから離れたが……手の痛みを感じない程に感情が高ぶっていて、今すぐにでも()()()()

 そんな俺に、


「おい! ()()()()()!」


 ガウェインが脳天に拳骨を落としてきた。すると、


「んがっ! ……いっ~~!」


 その衝撃で暴れたい気持ちが霧散し、代わりに頭と手のひらの痛みが襲ってきた。

 その様子を見て、伯爵の用意していた治療班が慌てて回復魔法を使ったが、頭の痛みはすぐに引いたものの手の火傷は治りが遅かった。


「どういうことだ?」

「いつも通り魔法は発動していますが、あまり効果が見られません!」


 俺の火傷が治らないのを見た伯爵が治療班の男に尋ねるが、治療班の男も魔法の危機が悪い理由が分からずに慌てていた。


「伯爵様、多分これは俺の体質のせいです。多少ですが痛みは引きましたので、後は自分で何とかできます」


 こんなことは初めてで理由は分からないが、恐らくは俺は黒の10であることが関係しているのかもしれない。

 なので俺は、()()()()()患部に薬を振りかけてから、自分で回復魔法を使った。


「ほぉ……」


 伯爵は俺が回復魔法を使えるとは思っていなかったのか、自分でけがの治療をする様子を見て感心したような声を出していた。


「うん……まあ、こんなものか」


 多少時間はかかったし痛みも完全に引いたわけではないが、力を込めてこぶしを握っても大丈夫なくらいにまでは回復することが出来た。


「ジーク、こんなことはよくあるのか?」


 回復魔法の効きが悪かったのを見ていたガウェインが心配そうに聞いてきたので、


「そうみたいだな」


 と答えた。

 伯爵たちが居る場所で黒の10であることが関係しているのかもしれないと言うわけにはいかないのでそんな答えになったのだが、


「そうみたい……って、なんで他人事なんだ?」


 ガウェインは空気を読まずにさらに聞いてきた。


「だから、俺は昔から基本的に自分の怪我は自分で治して来たから、人から回復魔法を使われる機会があまりなかったんだよ!」


 その言葉に少しイラつきながらそう答えると、ガウェインは納得すると同時に、


「そうか……ジークは友達が少なかったし、家出をした後もボッチだったみたいだしな。悪いことを聞いた」


 などと言って、同情するような言葉と視線を向けて来た。

 そんなガウェインに向かって剣を向けようとしたした時、


「ジーク、怪我は大丈夫か?」


 伯爵が心配そうに近づいてきた。それを見た俺は……つい、もう一戦自分とやれるか確かめに来たのかと思ってしまった。


「いや、そう警戒するな。流石にあんなことになった後で、俺ともやってくれとは言わないからな」


 俺の雰囲気から察したらしい伯爵は先手を打って断って来たが……その後で、


「まあ、目の前で娘に抱き着いて押し倒した男に思うことが無いわけではないが、あれはエリカの方に非があったわけだしな」


 などと言い出した。

 確かに言葉にすればそれで間違いないだろうが、俺からすれば命がけとも言える行動だったし、あの模擬戦を見ていればそう言った邪な考えがないことは分かりそうなものだが……それを理解した上でからかっている伯爵に何を言っても効果は薄いだろう。

 そんな俺の目の前でニヤニヤと笑っている伯爵の背後では、顔を真っ赤にしているエリカがキールから新しい斧を渡されて待機している。

 伯爵は気が付いていなかったみたいだだが、エリカは俺の治療が終わったのを見て近づいてきた伯爵の後をついて来ていたのだ。

 すぐに声をかけてこなかったのは、伯爵が謝罪しようとしていたので待っていたからだろう。


 その後、伯爵はエリカに追いかけ回されて訓練場から逃げ出し、何度か戻って来ようとしていたがそのたびにエリカに睨まれて訓練場の中まで入って来ることが出来ず、審判の役目はキールに引き継がれて訓練は再開された。

 ちなみに訓練の結果はと言うと、ディンドランさんとガウェインは危な気なく十人抜きを達成し、他の三人は十人抜きは逃したものの、それぞれ五人以上に連勝した。


「ふむ……結果としてはこちらの惨敗だが、得るものは多かったな。それに、悔しくはあるがフランベルジュ家はヴァレンシュタイン家と敵対しているわけではないし、むしろこれが切っ掛けで友好を結ぶことが出来るのなら、とても有意義な訓練だったと言えるだろう。今後もこう言った合同訓練を行いたいものだ」


「それはこちらも同じだ。確かに結果に差は着いたが、これはあくまでも訓練だからな。それに、フランベルジュ家の騎士団の練度の高さの一端を垣間見ることが出来たし、こちらとしても有意義なものだった。王都に戻ったら、伯爵家との合同訓練の有意義さを我が主君に必ず伝えよう」


 と言った感じで、ガウェインとキールの握手で訓練は幕を閉じた。

 ちなみに、伯爵の退場から訓練の終了まで俺とエリカは話すことが出来ず、終わった後で話しかけようとしたもののエリカから避けられていたので、その日は一言も言葉を交わすことが出来なかった。

 なお、その日伯爵家でご馳走になった夕食はかなり豪華なものだったが、その席でも俺とエリカは一番離れた位置に配置され、関係改善の生贄になりそうだった伯爵はエリカによって締め出され、夜にはエリカとの模擬戦のことをガウェインにからかわれるなど、一日の後半のほとんどをもやもやとしたままの気持ちで過ごすことになってしまった。


 そして次の日、


「団長、おは……ぶふっ!」


 夜中に俺のストレス発散の犠牲となったガウェインの顔面はディンドランさんたちのみならず、フランベルジュ伯爵家の面々までも爆笑の渦に巻き込んだのだった。

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