第十一話
「はぁ……」
国境を越えてバルムンク王国に入ってから二日目。俺たちはここまで何事もなく順調にフランベルジュ伯爵の屋敷のある街に到着した。
到着して早々、エリカは今日何度目になるか分からないため息をつき、
「はぁ…………」
門番がフランベルジュ伯爵家の家紋とヴァレンシュタイン子爵家の家紋が掲げられた馬車に気が付いて向かってきているのを見て、もう一度先程よりも深いため息をついた。
「ジーク、先に謝っておくわ。絶対にうちのお父様が迷惑をかけると思うから……ごめんなさい」
エリカは門番に事情を説明し、そのまま先導されて進む馬車の中で急に俺に謝って来た。
「そうか……じゃあ、俺は少し別行動で時間を潰してくるか。ガウェイン、俺は次の村まで先に言っているから、そこで合流な」
エリカの言葉であの伯爵を思い出した俺は、確かに面倒臭そうになるはずだと思い逃げ出そうとしたが……
「そんなことが許されるか! ディンドラン、ジークをしっかりと見張っておけ!」
「了解」
ガウェインとディンドランさんに阻止された。
しかもディンドランさんは馬上から馬車に飛び移り、逃げ出そうとしていた俺を羽交い絞めにしている。
まあ、それくらいなら逃げ出そうと思えば簡単なのだが、
「先に言っておくが、ここでお前が逃げ出せば俺たちが罰を受けるのは当然として、エリカにも迷惑がかかるし、ヴァレンシュタイン家にも恥をかかせることになる。俺たちはともかくとしても、カラード様とサマンサ様にまで迷惑をかけるというのなら……足の骨をへし折るぞ」
ガウェインが殺気を出してまで脅してくるので、大人しくすることにした。だが一応、
「ディンドランさん、罰を受けるのがガウェインだけに留める方法はあると思う?」
何か方法は無いかと背後にいるディンドランさんに聞いてみたが、
「そんなものは無いわね。もしもあったら真っ先に教えているし、何ならこの街の手前で団長だけを送り出しているわ」
そんな答えが残念そうな声で返って来た。
「それで、何で俺が一緒じゃないといけないんだ? 俺とフランベルジュ伯爵の関係なんて、せいぜいエリカの同級生で一度取り引きしたことがあるくらいなもんだろ?」
「その一度が一番の原因だ!」
と、ガウェインどころかエリカとディンドランさんも声を揃えて俺に視線を向けて来た。
「いいかジーク……普通、何のコネもない冒険者が伯爵家の当主と直接取引するなんてありえないし、それがドラゴンと言うのもありえない。聞いた話では、その時は伯爵が追っていたドラゴンだったというから直接話しかけられるのはおかしなことではないが、その前提としてドラゴンを一人で、しかも瞬殺すると言うことからして普通の範疇を外れている。それに比べれば、伯爵自身が直接取引を持ち掛けることが普通に感じられるくらいだ」
とガウェインはまくし立て、さらに続けて、
「おまけにエリカの手紙の内容から、もしかすると姿を晦ませた同級生のジークかもしれないと、わざわざヴァレンシュタイン家に知らせてくれたんだ。近くを通るのなら挨拶と報告に向かうのは当たり前のことで、その時にその当人を連れて行かないというのはありえないことだ!」
と怒られてしまった。
いやまあ、その理屈は分かるのだが……何か面倒臭いことになりそうだと分かっているのなら、避けたいというのも当たり前のことのような気がする。確かに、貴族としては許される事ではないだろうが……俺は貴族ではないのだし。
そう考えたのがバレたのか、ガウェインはさらに鋭い目つきで睨んでくるし、ディンドランさんの力は強まるしで、結局俺はそれ以上何も言うことは出来なかった。
「そろそろ着くわよ」
エリカの言葉に馬車の外を見てみると、
「デカいな。自領と言うのもあるだろうが、王都のヴァレンシュタイン家の数倍……どころか十倍の広さは優に超えていそうだな」
めちゃくちゃ広い敷地を持ち屋敷が見えて来た。
確かに多数の貴族が住んでいる王都では、屋敷は自領にあるものよりも狭くなるのが普通だし、子爵と伯爵の位の差もあるだろうが、それを差し引いてもフランベルジュ家の屋敷は伯爵の家としてはかなり広いように思える。もっとも、他の貴族の家などほぼ見たことが無いので、もしかするとこれが普通なのかもしれないが、ガウェインの反応を見る限りでは違うようだ。
「フランベルジュ家は、敷地内に軍の拠点や兵の宿舎に訓練場、それにいざという時の領民の避難場所にも使う広場を有しているの」
「王都のヴァレンシュタインの屋敷にも同じように宿舎や訓練場があるが、フランベルジュ伯爵家とはそのまんま規模の大きさの違いが出ているというわけか」
王都のヴァレンシュタイン家も、敷地内に騎士団が暮らす宿舎や訓練場などがあるが、住んでいるのは基本的に百人前後で、領地から交代する団員が来て増えたとしても二百人を超えることは無いとのことなので、同じような考えで作られている伯爵家がヴァレンシュタイン家の十倍以上の広さを持っているのも当然なのかもしれない。
「でも、屋敷自体は伯爵家として普通か少し大きいくらいだし、敷地が広すぎると管理も移動も大変なのよね。学園に通うようになる前は、使用人たちと一緒に掃除なんかをやらされていたし、今も帰ってきた時にはこき使われるし……」
それに広い分だけ苦労も多いようで、そういった思い出もエリカのため息が増えていた原因かもしれない。
「着いたわね。お父様は応接間にいるそうだから、ここからは私が案内するわ」
そう言って馬車を降りたエリカは、案内しようと待っていたメイドを手で制して俺たちの前を歩き出した。
流石に全員で向かうのは失礼なので、エリカに続いたのは俺とガウェインにディンドランさんの三人で、残りは別の場所で待機することになった。
「ここよ……お父様、エリカです。お客様方をお連れしました」
エリカがドアをノックして返事を待ったが、中から音はするものの一向に返事がなかったので、もう一度ノックすると、
「すまん。少し待ってくれ!」
と、少し慌てたような声で待つように言われたのだが……エリカは、
「待ちません」
と言って、勝手にドアを開け放った。すると中には、
「エリカ! 待っていろと言っただろう!」
何故かテーブルにお菓子を並べている伯爵がいた。ただ、慣れていないのかお菓子の乗っていた皿をテーブルの上でひっくり返してしまったようで、その片付けをやっている最中だった。
「悪いけど、片付けをお願い」
エリカは案内しようと待っていたメイドに指示を出すと、伯爵はメイドを止めようとしたがエリカに睨まれて断念していた。
流石に片付けを手間取っていた伯爵と違い、本職のメイドは手早くお菓子を回収しテーブルを拭いて綺麗にしていた。
「ま、まあ、座ってくれ」
伯爵がそう言うと、エリカは伯爵の隣に座り、ガウェインは伯爵の前の席に、俺は後ろに立っていようと思ったがディンドランさんに肩を押されてガウェインの隣に座った。そのディンドランさんは、俺の後ろで立っている。
そんな様子を見た伯爵は少し考えるそぶりを見せ……何事もなかったかのようにメイドにお茶を淹れさせた。
「さて……ここに『ジーク・レヴァンテイン』を連れてきたということは、エリカの言っていた『ジーク・ヴァレンシュタイン』で間違いなかったということだな? 目と髪の色が違うのは少し気になるが……まあ、大した違いは無いな」
伯爵は俺の顔をじろじろと見た後で、一人で何か納得していた。
そんな伯爵の様子を見て、俺はさっさと帰りたかったのでガウェインに視線を送ったところ、ガウェインが口を開く前に、
「ところで、ジーク……うちのエリカと婚約しないか?」
いきなりとんでもないことを言いだした。
これには俺もガウェインもディンドランさんも驚いて言葉を失っていたが、俺たち以上に伯爵の隣でお茶を飲もうとしていたエリカは石化したかのように固まり、
「あちぃっ!」
無表情のままで、手に持っていたカップの中身を伯爵の顔面にぶちまけた。
そして、エリカはさらに続けてからになったカップを伯爵の頭に叩きつけ、
「エリカ、それはまずい!」
椅子から転がり落ちそうになっていた伯爵を、自分が座っていた椅子で殴ろうとしていた。まあ、流石にそれをエリカの力でやると怪我では済まないかもしれないので、慌てて俺とディンドランさんで止めたのだが……そんな状況の中、騒ぎに気が付いた伯爵の護衛と思われる騎士たちが応接間に飛び込んできたのだった。
傍から見ると、倒れ込む伯爵に近づくガウェインに、エリカを抑え込んでいる俺とディンドランさん……誤解されるには十分すぎる状況だ。
実際に伯爵家の騎士たちは、即座に俺たちに向かって飛び掛かろうとしたが……そんな騎士たちの前に、それまで静かにしていたメイドが割り込み、
「原因は旦那様です。いつものようにお嬢様にデリカシーのかけらもないことを言い、その結果がこの状況です」
と言い放った。
それだけでは納得しないだろうと思ったのだが……
「そうでしたか。誠に申し訳ありませんでした」
と言って、騎士たちはあっさりと部屋から出て行った。まあ、出て行ったと言っても部屋の前で待機しているのだが全く疑っていないようで、むしろ続々とやって来る他の騎士たちに、笑いながら説明している。
そんな光景に俺は思わず、
「何だ、この家……」
などと、失礼なことを呟いてしまったのだが、それを聞いたメイドは「いつものことなのです」と表情を変えずに言い、エリカは恥ずかしそうに俯いていた。
「エリカ、また腕をあげたようだな」
起き上がった伯爵は、頭を押さえながらエリカを褒めたが……あげたのは腕は腕でも腕力の方じゃないかと思う。
「伯爵様、カラード様のいないところでそんなことを急に言われても困るのですが」
ガウェインが先程の婚約発言に釘を刺そうとすると、伯爵は悪びれた様子もなく、
「今でなければ他のところに後れを取るだろう」
と言った。
「多少腕に自信があって、少々ヴァレンシュタイン家と繋がりがある程度の奴と、貴族が繋がりを持ちたいと思うとは思えないのですが?」
仮に貴族でも男爵程度とかならあるかもしれないが、フランベルジュ伯爵家のような有名どころが跡取りではないとはいえ長女を差し出すとは思えない。悪ふざけにしても少し質が悪いという視線を向けると、
「ジークが自分自身の価値を一番分かっていないというところかな?」
と伯爵に笑われた。ついでにガウェインとディンドランさんも呆れた顔をしている。
「いいか? まず多少の腕と言ったが、ドラゴンを単独で倒すような奴は、多少などという評価で収まるはずがないし、何よりもジークは王国を騒がせたソウルイーターを討伐している。それだけでも縁を結ぼうとするには十分な理由なのに、現時点において次期ヴァレンシュタイン子爵の最有力で、更には王太子と懇意にしている間柄だと噂されている。そんな旨味だらけのジークには決まった相手がいないというのだ。他の奴らに唾を着けられる前に手を出すのは当然のことだろう」
などと、真顔になった伯爵が言うので、確かにそう言うこともあるのか……と思ったところで、
「次期ヴァレンシュタイン子爵?」
伯爵の言葉の中に、不可解な単語が含まれていたことに気が付いた。
意味が分からず混乱した俺は、ガウェインとディンドランさんを見たが……二人共俺が顔を向けると視線を逸らした。
「何を驚いている? 子供のいないヴァレンシュタイン子爵家に引き取られてヴァレンシュタインの性を名乗っているんだ。家を継ぐ継がないは決まっていないとしても、他にいない以上は最有力で間違いないだろう?」
俺の反応に伯爵が不思議がっていると、
「伯爵様、その話はまだカラード様がしていませんので」
と言ってガウェインが止めた。
それで何か事情があると察した伯爵は、少し気まずそうな顔をしてその話を打ち切り、メイドにお茶とお菓子の追加を指示して部屋から離れさせた。
「ガウェイン、どういうことだ? お前は確かに俺がヴァレンシュタインの性を名乗るように言われたことを話した時に、家臣の子供に箔をつけさせる為と他から手を出されないように名乗らせることがあると言ったよな?」
メイドが出て行ったのを確認した俺は、ガウェインに昔聞かされたことを問い詰めると、ガウェインは頭をかきながら、
「あ~……確かにそう教えたし、そういったことがあるのは確かだが……それは跡取りが定まっている貴族の話だ。ジークの場合、出自が不明ながら陛下と王太子様に気に入られていたからな。このままだとジークを利用しようとする奴が現れることを危惧したカラード様が、サマンサ様と相談して陛下にも許可を取って、ジークをヴァレンシュタイン家の養子として登録したんだ。そうすれば、ヴァレンシュタイン家とそれを認めた王家が後ろ盾になることも可能だからな。確かに嘘ではないが本当のことを話さなかったのは悪かったが、カラード様はジークが高等部に上がったらそのことを話して本人にその後のことを決めさせようとしていたみたいだが……教える前にソウルイーターの事件のせいで、ジークが出奔してしまったからな」
とのことだった。
「いや、確かにそうかもしれないけど……カラードさんとサマンサさんが親? 俺の?」
別にあの二人が俺だからと言って嫌だということは無いし、むしろ嬉しいのだが……それ以上に俺は急なことで混乱してしまっていた。
考えがまとまらずに混乱する俺を見て、伯爵は話はここで切り上げて、部屋を用意するから今日は泊まっていけばいいと言ってメイドを呼んで俺たちを案内させた。
「おっ⁉ ようやく回復したか」
そこからしばらく記憶があいまいだったが、気が付くと部屋でガウェインと一緒にいて、ガウェインは俺が正気に戻ったことに気が付くと笑いながら肩を叩いてきた。
どうやら俺とガウェインは同室のようで、話を聞くと俺は二時間近く考え込んでいたらしい。まあ、何を考えていたのか、自分でも分からないのだけれども。
「それにしても、ジークがそこまでショックを受けるとは思わなかったぞ……そんなに嫌だったか?」
それまで茶化すような態度だったガウェインは、急に真顔になって俺の顔を覗き込んで来た。
「嫌ではない……と思う。正直、嬉しいとか嫌だとか考える前に、何が起こっているのか分からないというのが本音だ」
二人にはかなり可愛がられていたというのは理解しているし、愛情に似たものを向けられていたのも気が付いている。だが、だからと言って、いきなり二人が義理とはいえ親だったと言われても、納得することが出来ない。それに、何故か体の奥底では、二人を拒否するような感覚もわずかながらに感じていた。
「そうか……いきなりのことで気持ちの整理がつかないんだろう。ゆっくり……まあ、王都に着くまでだが、二人に会うまでにある程度考えをまとめればいいさ。もし仮に養子が嫌だったとしても、あの二人ならジークを拒絶するようなことは絶対にしないさ」
ガウェインはそんな俺の葛藤に気が付いたのか、珍しくまともで優しい言葉をかけてくれたが……
「団長、ジークは正気に戻りましたか? 戻っていないなら、ちょっとぶん殴ってみましょう!」
ディンドランさんが、木剣を片手に乱入してきたせいで台無しになった。
「おまっ! 仮にも俺はお前の上役で、しかも男の部屋にノックもなしに入って来るな!」
「仮なら別にいいじゃないですか。そんなことよりも、ジークは……って、戻っていますね。じゃあ、私がスッキリさせてあげましょう」
何でだろう……字面だけ読めば色っぽい展開になりそうなのに、今のディンドランさんからは色っぽい展開どころか、命の危険すらあり得そうな展開に発展しそうなのは……
「確かに少しは体を動かした方がスッキリ……って、ジーク?」
ガウェインの注意が外れた瞬間に、俺は影に潜ってこの部屋からの脱出を試みたが、
「ふん!」
部屋の家具から伸びる影を通り、ディンドランさんの下を移動しようとした瞬間、ディンドランさんの持っていた木剣が俺の胴体の上に突き刺さった。
幸い俺の体は影の中にあったのでディンドランさんの一撃を食らうことは無かったが……何故ディンドランさんは正確に俺の位置を把握できたのかが謎で怖い。
「逃げましたね」
部屋から遠ざかる最中にディンドランさんの声が聞こえたが、追ってくる様子はなかったので俺の位置が分かっていたわけではなさそうだ。
つまり先程の一撃は勘で放ったものであり、もしもあの木剣が何らかの方法で影の中まで攻撃できる状態だったなら、今頃俺は骨の数本を折られていたかもしれない。
「こわっ!」
ディンドランさんのヤバさを再確認して肝が冷えた俺は、そのまま部屋とは反対の方向へと逃げたが……今度はそこで、
「おお、ジークか! ちょうどいい、付き合え!」
ディンドランさんと同等かそれ以上に厄介な存在であるこの屋敷の主に捕まってしまった。
そして連れて行かれた先には、
「ジーク! ……って、お父様?」
エリカがフランベルジュ家の騎士たちと訓練をしていた。
エリカは俺が現れたことに驚いていたが、俺の方に伯爵の手が回されているのに気が付くと、親を見ているとは思えないくらい冷たい目を向けていた。
「い、いや、なんだ……ここに向かっている途中で、たまたまジークを見つけてな。せっかくだから、うちの訓練場を見せてやろうと思ってな!」
エリカの向ける視線が怖かったのか、伯爵は焦りながらそんなことを言っていたが、エリカは俺を見て強引に連れてきたことが分かったようで、
「うちのお父様がごめんなさい。まだ疲れが残っているようなら、部屋に戻った方がいいわよ?」
と、部屋に戻った方がいいのではないかと心配していたが、
「いや、せっかくの機会だから、隅の方で見学させてもらおうと思う」
部屋には多分ディンドランさんがいると思うので、ここで時間を潰させてもらうことにした。
「そう? ジークがいいならそれでいいけど……ああ、そう言えば、もう少ししたらディンドラン様が来るわよ。私の訓練を見てくれるらしいわ」
エリカは俺が残るというと少し心配した表情を見せて訓練に戻ろうとしたが、思い出したように俺がここに来ることになった原因の襲来を知らせて来た。
ここにいる方が危ないじゃないか! ……と思い、すぐに立ち去ろうとしたが時すでに遅く、
「あら? どこに逃げたのかと思ったら、こんなところにいたのね」
ディンドランさんが木剣を抜いた状態で訓練場の入り口に立っていた。
距離は離れているがここでは開けすぎていて近くに潜れるような影は無く、影のあるところまで逃げようとしても潜る前にディンドランさんに捕まる気がする。例え今ここで逃げることが出来たとしても、二度も目の前から逃げれば後々ひどい目に会わされるのは間違いない。
「ディンドランさん、俺は体調不良なので見学します」
「大丈夫よ。逃げ出すくらいの元気があるなら、少し体を動かせば完全に回復するわ」
最後のあがきで体調不良を訴えてみたが一瞬で切り捨てられてしまい、強制的に俺の参加が決まってしまった。
「すまないが、少しいいだろうか?」
しばらくの間、フランベルジュ家の騎士の訓練に混ざり汗を流していると、伯爵が訓練を中断させて俺たちに話しかけてきた。
ちなみに、訓練に混ざったと言っても、俺は対人形式の訓練についてはエリカとディンドランさん、それとディンドランさんのすぐ後に合流したガウェインたちとしかしていない。
「フランベルジュ家には実力を測る為の訓練として、一対一の試合を連戦で行い、どこまで勝ち抜けるかを試すというものをよくするのだが、ヴァレンシュタイン家の者たちにも参加してもらえないか?」
フランベルジュ家の騎士たちと戦わなかったのが関係しているのか、伯爵は俺たちに騎士団との実戦形式の訓練を提案して来た。
流石に訓練とはいえ、他家に実力を示すようなことをカラードさんの許可なしにするのはまずいのではないかと思ったが、
「いいですね。こちらとしても他家の騎士とやり合う機会はそうありませんから、やってみましょう」
意外なことにガウェインは伯爵の提案を了承し、ディンドランさんも止めるそぶりを見せなかった。
「ただ、こっちは八人しかいませんし、せっかくの機会に所属が同じもの同士が当たるのはもったいないので、フランベルジュ家とヴァレンシュタイン家で別れて一人ずつだして戦い、負けた側が入れ替わって次の試合を行うというのでどうでしょうか?」
つまりガウェインは、騎士団の対抗戦を勝ち抜き戦形式で行ってはどうかと言いたいらしい。これならガウェインがディンドランさんが前の方で出れば、俺にまで回って来ることは無いだろう。
二人の実力は王国で広く知られているので、ここで実力を見せつけたとしても多くの情報が知られることは無いだろう。
そう思っていると、
「こちらは先鋒としてジークを出します。ジーク、行って来い」
よりにもよって、ガウェインは俺に先陣を切るように命令してきた。
これには伯爵も予想外だったようで、驚きを隠せないでいた。その隙に、
「ガウェイン、カラードさんに許可を取らないでこんなことしていいのか?」
「まあ、大丈夫だろう。それに、伯爵にはジークの居場所を教えてくれた借りがあるからな。ここでジークの力を見せればそれで帳消しにしたと言えるしな。ただし、黒の力は見せずに勝て。出来るな?」
正直言って、フランベルジュ伯爵家の騎士たちの練度はかなり高いと思う。訓練を見ただけなので実戦だとどれくらいの強さを持っているのかまでは不明だが、噂に聞く限りでは少なくとも実戦で役に立たない強さということはありえないはずだ。
まあ、それでもヴァレンシュタイン騎士団には劣るとは思うが、油断できる相手ではない。
「ジーク、あなたなら大丈夫。それに、何があっても団長が責任を取るから、これっぽっちも気にすることは無い」
ディンドランさんは、何かあってもガウェインに全ての責任を負わせるつもりらしく、俺に笑顔を向けているが……ガウェインの独断を容認したというのは無かったことにする気満々のようだ。
「ディンドラン……何かあったら、お前も一緒に怒られるんだからな?」
「私はいきなり変なことを言いだした団長に驚いていただけで、納得した覚えはありません。皆もそうよね?」
そう言って後ろにいた他のヴァレンシュタイン家の騎士たちに確認すると皆揃って頷き、それぞれいかにガウェインの発言が唐突なもので、呆気に取られてしまい反対する暇がなかったかを笑顔で語っていた。
「お前ら……覚えておけよ」
多勢に無勢を悟ったガウェインは捨て台詞のように呟いたが、ディンドランさんたちはその顔を見てさらに笑顔になるのだった。まあ、実際にこのことが問題になったとしたら、ディンドランさんたちも一緒に怒られるのは間違いないだろう。
「そろそろ始めてもいいだろうか?」
ディンドランさんたちがガウェインで遊んでいる間に伯爵の方も打ち合わせを終えたようで、向こうは整列して俺たちを待っていた。
「それと、こちらから勝ち抜き戦を提案しておいてなんだが、一人当たり最大でも十人で一区切りとするのはどうだろうか?」
よく見ると伯爵家の騎士たちは一つの列に十人が並んでいた。それが十あるので、伯爵家側から参加するのは百人の騎士ということだろう。
「それで構いません。ただ、こちらは八人しかいませんので、八人目が負けたら一人目に戻りますが、構いませんね?」
ガウェインがそう言うと、伯爵は少しムッとした表情になりながらもそれを了承した。
「いきなりルールを変えてきたが、恐らくは最初からそう提案するつもりだったんだろうな。でないと、もしもジークを最後に回された場合、俺とディンドランだけで全員抜かれる可能性もあっただろうからな。まあ、ジークが最初に来たからルールを変えなくてもよくなったとしても、娘と同い年の奴に自分のところの騎士たちが何人も抜かれてしまっては貴族としての面子に関わるから、予定通り十人区切りにしたんだろうな」
「そんなわけで、黒の力を使わずに思いっきりやってこい!」とガウェインに背中を叩かれて、俺はフランベルジュ伯爵家の騎士の前に出ることになった。