第十話
「あっけないくらい、こっちの言う通りにしていたな」
「そりゃそうだろ。他国の貴族を利用しようとしたくせに、見誤って手柄のほぼ全てを持っていかれていたんだからな。それをくれるというのなら、表面上だけでも俺たちの言うことくらい聞くだろ」
街に移動した俺たちは街で一番偉いという男と会い、盗賊たちのことを話し合った。
その男は爵位持ちの貴族ではなく、この街の周辺を統治している子爵の縁者ということらしく、盗賊の報告を受けて俺たちを利用し、自分の指揮で解決しようと目論んでいたらしい。
それでうまくいけば爵位を得ることが出来るかもしれないとでも考えたようだが、結果として俺たちに手柄を持っていかれるし、それに対して非協力的だったという失態を犯すことになったのだ。
もしこれがただの一般人が解決したのならまだ挽回の目があったものの、こちらは他国の貴族の関係者であり、おまけに向こうは俺たちの正体を初めから知っていたいたので誤魔化すことも出来ず、他国の貴族が強引に介入したと主張しようにも俺たちは巻き込まれた側の上に正式に報告しているので、下手をすると国際問題に発展しかねない大問題になる可能性もあった。なので、手柄を譲るというのは渡りに船と言ったところだっただろう。
「まあ、その対価として、それなりのものは頂いたが……もしもあいつが手柄を独り占めするだけでなく、俺たちに不利益なことをしようとしたら、貴族になる夢は断たれるだろうよ。下手をすると、自分の命と一緒にな」
あの盗賊の件で、俺は全ての手柄を譲るのかと思っていたが、ガウェインは全てを渡すのではなく、俺たちの報告に対して街は全面的に協力し、盗賊は俺たちと共に対処に当たった先発隊が中心となって解決した……という風に報告すると約束させ、その念書を書かせたのだ。
何故そんな中途半端に俺たちのことを残させたのかと疑問に思って聞くと、ガウェインはその方が後の面倒事が少なくなるからだと答えた。
俺たちの痕跡は、村を過ぎたところからだったらあの男でも誤魔化すことは出来るだろうが、それ以前と街を過ぎた場所ではしっかりと残ることになってしまう。
そうなると、盗賊騒ぎのあった周辺で忽然と姿を消した謎の集団という、どこからどう見ても怪し過ぎる存在が生まれてしまい、下手をしなくても盗賊たちと何らかのかかわりがあるのではないかという疑念を抱かせることになるだろうというのをガウェインは予想したそうだ。
なので、そんな怪しげな存在にさせない為に、他国の貴族で協力者という地位をはっきりとさせたとのことだが、それでもあの男が欲に目がくらんで念書を握りつぶした時の為に、ディンドランさんたちが夜中でも開いている酒場や食事処に向かい、それとなく情報を流しているのだそうだ。
「ああいった奴は、敵も多いだろうからな。もしも今回の件を自分に都合の良いように利用し、俺たちとの取り引きを無かったことにしようとしても、少し調べれば真相が分かるということだ。ついでに、調べれば俺たちは無実であの男に利用されただけの通りすがりだと分かるだろうし、もっと詳しく調べれば大事にするとヤバい案件だと理解するだろうしな」
まあ、ヴァレンシュタイン家とフランベルジュ家を貶めるようなことがあれば、王国としては自国の利益につながる可能性があるので、嬉々として口を出してくるだろう。
「なんか、こちらから提案した約束事を、俺たちの方が守っていないように思えるな」
「守っていないように感じるだけだ。あくまでも噂話として流すだけで、もしかすると明日には誰も内容を覚えていないという可能性もあるからな。そうなって疑われたとしても、俺たちは別に悪いことをしたわけではなく、むしろ盗賊退治という善い行いをしたんだ。胸を張っていればいい」
俺も性格が悪いとか言われることがあるが、流石にガウェインは年季が違うようだ。きっとこれまでもこんなことをやって来たに違いない。
「何か失礼なことを考えているみたいだが、用事はすんだしさっさと宿に戻るぞ。明日……ではなく、今日はなるべく早くに出発するからな」
別にそこまで急ぐほどのことではないが、これ以上この街に滞在しているとさらに余計な面倒事に巻き込まれるかもしれないということで、ガウェインとしてはさっさとこの街を離れて、バルムンク王国に入っておきたいそうだ。
「今からだと、あまり眠ることは出来そうにないな」
「ここで無理した分は、バルムンク王国に入ってから取り返せばいい。他国よりも自国の方が、俺たちの肩書きが通用しやすいからな」
そう言うわけで、いつもより少し速足で宿に戻った俺たちは、すぐにベッドに潜り込み……たかったが、ディンドランさんたちがまだ帰ってきていなかったので、その報告を聞く為にしばらく待つことになった。
そのせいで、完全に俺とガウェインは寝不足となってしまったが、帰って来るのが遅れたディンドランさんたちは噂を流している間に交代で仮眠を取っていたらしく、俺たちとは対照的に朝から元気いっぱいだった。
「ジーク、あと少しで川が見えてくるから、そこで休憩するわよ。そろそろ起きなさい」
馬車の中で寝ていると、馬に乗ったディンドランさんが外から声をかけて来た。
「団長も御者席で寝ていないで、さっさと起きてください。休憩の時間です」
続けてガウェインにも声をかけていたが、俺の時とは違い言葉に棘があった。まあ、二人掛けの御者席の半分以上を陣取っているからちゃんと御者をやっている騎士が迷惑そうにしているし、何よりもあのままだと運転の邪魔になって事故を起こしてしまうかもしれない。
「くぁ~……やっぱり、座ったままだと疲れがとれんな……え~っと、今どの辺りだ?」
大きなあくびをしながら伸びをしたガウェインは隣の騎士に今いる場所を聞き、すぐにどの辺りまで来ているか把握したようだ。
「それなら、もう数時間で国境というところか。それに、そこからさらに進めば半日もしない内にフランベルジュ伯爵領に入るな。今からだと日が暮れる前に国境を超えられるか微妙なところだが、少し無理してでも進んだ方がいいな」
そうガウェインが呟くと、
「団長、私はついさっき休憩の時間だと言ったはずですが……まさか私たちに、休まずに進めとおっしゃりたいのですか? 私たちは街を出てからろくな休憩も取らずに、ここまで来たのですよ。それに、馬を休めなければ、国境を超える前に潰れてしまいます。馬も、誰かさんたちと違って、文句も言わずに歩いているんですから」
ディンドランさんが静かに怒りだした。しかも、しれっと俺までガウェインと一緒にされている。
流石のガウェインも、今のは自分の失言だとすぐに反省し謝っていたが……あれは失言に関してというよりは、ディンドランさんが怖かったから反射的に謝ってしまったのだと思う。
「あとどれくらいで国境に着くかというよりも、今は休憩を取ってしっかりと体調管理をする方がよっぽど重要です。休憩場所を見つけ次第、ジークは食事の準備、団長は周辺の調査をお願いします」
決定事項としてディンドランさんから命令を下された俺たちは、一言の反論もせずに了解した。まあ、今回の旅での休憩や野営の際に、俺は食事の担当をしてガウェインは周辺の安全確認をすることが多いのでこれまで通りではある。
なお、ガウェインがこのパーティーのリーダーであるにもかかわらず調査を担当することが多い理由は、単にガウェインが俺たちの中で一番野営の経験と知識が豊富だからで、俺が食事の担当を多くするのは、俺が一番料理が上手いからである。
ちなみに、一番下手なのがディンドランさんで、その腕前はエリカを除いた全員から、ディンドランさんが食事を作ると病人が出るから頼むからジークがやってくれと懇願されたくらいだ。なお、何故自分が代わるではなく俺に作るように頼んで来たかと言うと、俺以外が交代しようとすると意固地になったディンドランさんが、張り切っていつもより強烈な料理を作る可能性が高いからだそうだ。
「ジーク、何か手伝うことはある?」
そんなことを思い出しながら調理に取り掛かろうとした時、背後から声をかけられたので一瞬ディンドランさんが来たのかと焦ったが、すぐに声がディンドランさんよりも若……幼さが残っていることに気が付いた。
「エリカか? それじゃあ、野菜を適当な大きさに切ってくれ」
少し失礼なことを考えてしまったのでディンドランさんに気が付かれないかと心配したが、エリカのすぐそばにいると言うようなオチは無かったので安心した俺は、遠慮なく手伝って貰うことにした。
まあ、手伝って貰うと言っても、エリカもディンドランさん程ひどくは無いが料理はあまり得意ではないとのことなので、万が一の場合に備えて比較的料理の味に影響のない作業を手伝って貰うことにした。
「それで、わざわざ俺が一人の時に話しかけてきたということは、何か他の理由があったからじゃないのか?」
手伝うだけなら休憩場所に着いた時にでも言えばよかったのに、エリカは俺が皆から離れて川の傍に移動している後ろを黙ってついて来ていたのだ。明らかに何かしらの理由があり、料理を手伝うというのは俺に近づく為のついでの理由に違いない。
それを指摘されたエリカは驚いた表情を見せた後で野菜を切る手を止めて俯き、
「ジークは初めて人を殺した時、どんな感じだった?」
意を決したようにそんなことを聞いてきた。
「初めての時か……参考にならんと思うぞ?」
俺の場合は特殊な場所と場面からこの世界が始まったせいか、エリカの参考になるようなことは言えないと思ったが、エリカはそれでもかまわないということだったので、思い出しながら話すことにした。
「正直言うと、向かって来る敵を殺したくらいにしか思わなかったな。エリカも前に聞いたと思うが、俺は森をさまよっていて、そこでウーゼルさんとアーサーが賊に襲われているところに遭遇した。その時に路画は神具で賊の親玉を含むほとんどを殺したが……あの時は俺に気が付いた賊が俺を殺そうと向かってきたから殺しただけで、もしもあの時先か賊が居なくなった後でウーゼルさんたちが俺に刃を向けていたら、間違いなく俺はウーゼルさんたちにも攻撃を仕掛けていた。それくらいあの時の俺は、精神が狂っていたんだよ」
話し合いよりも先に動くという考えになっていたのは、間違いなくあのゴリラに襲われたことが関係しているだろう。そしてその要因の一つに、森の中にいる間はダインスレイヴをほぼ出しっぱなしにしていたというのも関係しているだろう。
「だから、今になって冷静に考えると、俺が明確な意思と殺意を持って人を殺したのは、ソウルイーターが最初になるんじゃないかな? もっとも、ソウルイーターが人と言うのは生物学的に違うような気もするけどな」
ソウルイーターも違うとすると、その後の父親の方のアコニタムとその執事ということになるが、あの時もかなり特殊な状況だったので、エリカの期待するような答えは出せないだろう。
そんな俺の言葉に、エリカは「そうなんだ……」とだけ言って黙り込んでしまった。
「すまんな。俺だと変な状況ばかりで参考になるようなことは言えないが……あまり気にし過ぎないことだな。無実の人間を殺したのなら話は違って来るが、あいつはこれまでに何人もの命を奪ってきた奴らの一味だったんだ。それに、もしもあの場でエリカの身に何かあれば、フランベルジュ伯爵は黙っていないだろう。もしかすると、フランベルジュ伯爵家と俺たち……ヴァレンシュタイン子爵家との争いになるかもなるかもしれないし、取り逃がしなどしたら、あいつはもっと多くの命を奪っていたかもしれない。降伏勧告を受け入れなかった時点で、あの結果はあいつの自業自得というわけだ」
「そうなの……かしら?」
エリカは何とか自分を納得させようとしているみたいで、その後は黙り込んで野菜を切ることに集中していたみたいだが……もしもあの時、エリカがあの男を切らなくても、あの男の命運は尽きていただろう。
正確な罪の重さがどれほどのものかは分からないが、あれだけの大規模な盗賊の一味だとすれば死刑はほぼ間違いないだろうし、仮に人を殺していなかったとして罪が少し軽くなったとしても、あの出血量では治療するまで生きることが出来たか怪しいし、もしも治療が間に合いそうだったと真剣に治療は行わない可能性が高い。むしろ後々の手間を考えるのなら、そのまま見殺しにするか止めを刺される事すらあり得る。
もっとも、そんなことは今のエリカに言っても意味がないどころか、むしろ悪い方に向かわせることになりそうなので言う必要はない。ただ、
(エリカが今代の赤を目指すのなら、これくらいは自分で乗り越えないと無理な気がするけどな)
これは俺の勝手な想像だが、レベル10になるには才能はもちろんとして、それに見合うだけの努力とそれ以上の運が必要だと思う。しかし、それとは別の条件として、人として何かが壊れていることも重要な要素の一つなのかもしれないと、最近では考えるようになってしまった。その根拠の一つとして、
(俺が直接知っているレベル10の内、少なくとも二人がまともではないからな)
エンドラさんはどうか知らないが、間違いなく俺とクレアは人としてどこかが壊れているだろう。さらには、話に聞いただけだが自称勇者の今代の雷も、どこがとは言わないが壊れている可能性が高い。
(頭、肉体、精神……ある意味、壊れているから人の範疇を超えた存在になれたのかもな)
もしも俺の仮説が正しかったとすると、盗賊の死で悩んでいるエリカはレベル10になれないし、エンドラさんも人として壊れている変人ということになる……絶対に二人には言えないけれど。
「よし!」
これ以上考えると思考が変な方に向かいそうだったので、気持ちを切り替えようと気合を入れたところ……隣で野菜を切っていたエリカが驚いて、素早い動きで俺に包丁を向けて来た。
(もしかすると、エリカも仮説内の条件を満たせるかもな……)
エリカはすぐに包丁を向けたことを謝っていたが……とっさのことでしかも俺が悪いとはいえ、手を伸ばせば届く距離にいる人に対して包丁を向けてくるあたり、壊れる才能は持っているのかもしれない。
「それでこの後の進路だが、予定通りフランベルジュ伯爵領を通って行こうと思う。ジークの情報提供をしてくれたのも伯爵だし、伯爵本人はいないかもしれないが、エリカのこともあるし挨拶はしておいた方がいいだろう。それに何よりも、フランベルジュ伯爵家はヴァレンシュタイン子爵家と同じ派閥だからな。安全面でも、他のところを通って行くよりは安心できるだろう。ただ、今からだと夜通し移動しても明日の昼前に到着と言ったところだ。軽く休憩をした後は国境にある関所まで進み、その近くで野営だ。ジーク、お前は野営地まで待機して、体を休めておけ。ただしその代わり、夜の番はジークの担当時間を増やす」
「その理由は?」
「国境付近になると、盗賊や傭兵と言った警戒しなければならない相手が増える。それに今回は盗賊騒ぎで少し暴れたからな。もしかするとよく思っていない奴らが仕掛けてくるかもしれない。そんな時の為に、夜に強いジークに警戒を任せたい」
「分かった。ただし、俺一人と言うのは流石になしだからな」
いくら夜に強い魔法が使える俺でも、一人で全てを守るのは難しい。流石にガウェインもそれは理解しているので、笑いながら当たり前だと答えていた。
その後、食事を終えた俺たちは周囲が暗くなり始めた頃に野営地に到着し、俺の指示で馬車を停める場所を決めた。
野営地は国境の関所から見える場所で水場も近かった為、俺たちの他に何組もの冒険者や商人、そしてそれらに似せた格好の怪しげな奴らがいた。
その為、俺は出来るだけそう言った奴らから離れていて、なおかつ潜り込めそうな影が多い場所を選んだ。
普通なら動きやすい場所か見晴らしのいい場所を選ぶのだろうが、こっちの方が俺の能力を活かせるので誰も文句は言わずに従ってくれた。
水場から離れたところに向かう俺たちを興味深そうに見ている奴らもいたが、こういった場所にも利点はある。それは影が出来やすいということは障害物が多いというわけで、そう言ったところに敵が身を隠すこともあるが、逆に言えば俺たちも身を隠すことが出来るのだ。つまり、
「先に言っておくけど、あの岩場の後ろは私たちが使うわよ。だから男どもは、私たちの許可なしでは近づかないようにね」
トイレや水浴びと言ったこともしやすくなるのだ。
ちなみに、ディンドランさんが女性用にと指定したのは、俺の胸の高さ程の岩が数個転がっているところで、立っているとディンドランさんなら胸の辺りが見えてしまいそうだが、この周辺ではトイレも水浴びも一番しやすいところだ。
「それはいいが、そうなると俺たちはあそこの茂みしか用を足せる場所が無いな。まあ、しゃがめばほとんど隠れるし、着替えは別に裸を見られたって気にすることは無いからいいけどな」
そして何よりも、水場から離れていても俺たちは俺を初めとして数人が水に困らない程度の水魔法が使えるので、便利だが人や獣も集まりやすい水場にこだわる必要がないのだ。
「それじゃあ、そろそろ一組目の夜番の時間だな。ジーク、三組目まで頼むぞ」
今回は俺以外を三組に分けて、俺はそのうちの一組目と二組目と共に番をすることになっている。ただ、場合によっては三組目の時もしなければいけないので、最悪夜通し番をすることも有り得るが、何とかなるだろう。一人旅の時は夜寝ないことは多かったので、体力的には何も問題ないはずだ。ただ、それでも眠気はやって来るので、出来るなら時折眠気覚ましになるようなことが起こって欲しいくらいまである。
まあ、そう言ったことを願っている時に限って、何も起こらないのがお約束だけど。